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お披露目会は危険な香り4

 廊下に出たところで、リチャード国王を先頭にして、マクシミリアン卿、それから何人かの騎士達の集団と遭遇。

 ヴィクトリアに「お顔」と囁かれて、私は慌てて笑顔を作った。


「レティア。痛みはどうなのか、様子を見に行くところだった。それに、報告もしようと思ってな」


 私と目が合った瞬間、リチャード国王が近寄ってきた。


「陛下。それは、国王号令のことでしょうか?」

「ああ、そうだ」


 大きく頷くと、リチャード国王はにこやかに微笑んだ。


「レティアの婿はユースだという号令を出した。書面上の婚姻は本日より。結婚式は19歳の誕生日。諸外国の要人を招き、経済を潤すために、対外的には婚約扱いとする。つまり、婚約発表と言えば婚約発表だ」

「あの、それならなぜ単に婚約ではないのです? それから……」

「どうして事前の説明と違う? すまないな。それを隠していた秘密は、アレだ」


 リチャード国王は私の背後を掌で示した後、両手を顔で覆った。

 振り返ると、ぶすくれ顔のユース王子が、布で猿ぐつわをされて、騎士に両腕を掴まれていた。

 隣には呆れ顔のディオク王子。その後ろには無表情のヘイルダム卿とゲオルグ卿。


「陛下、人払いはしてありますが、一応室内へ」

「ああ、そうだなディオク」


 私達は全員、私が休んでいた部屋の中へ入った。


「レティア。ユースという男は、かなり面倒臭い。あれこれ自分の思い通りにしようとする男だ。例えば君との件だと、無期限婚約やヴェガ修道院に引きこもるなどだ」


 ガシガシと頭を掻くと、リチャード国王はディオク王子を見据えた。


「そうなのだろう? ディオク」

「証拠をお見せした通りです」


 ディオク王子は肩を竦め、私と向かい合った。


「レティア、ユース兄上は頭が少々おかしくなっている。まず一つ目、流星国で結婚宣言したのに、無期限婚約だと譲らない。隠し子疑惑とか、幾人か愛人を囲っているとか、そういう策をいくつか発見した」


 ピシッ、と私の中で何かがひび割れた。心だ。今、心に割れ目が入った。


「隠し……子……。幾人かの愛人……」


 軽い目眩がしてよろめく。そういう可能性があることを、私はちっとも考えていなかった。

 しかし、ふと思う。子供好きそうなユース王子が、自分の子供を日陰者になんてするだろうか。いや、しない。

 愛人は分からない。ただ、そこらで食い散らかして、という男性が愛人を囲ったりするだろうか? それもしなさそう。


「ちなみに、その隠し子は嘘だし、愛人も囲ってない」


 ディオク王子の発言に、そうだよな、と心の中で呟き、安堵する。


「君を不審がらせて、正式な婚姻日をのらくら伸ばす。自分が良いと思うその日まで、君と恋人ごっこをしたいらしい」


 告げられた意味を理解出来ない。私と恋人ごっこ?


「流星国で結婚宣言したのに、いつまで経っても結婚しないなんて、許されると思うか? 普通は許されない。ユース兄上のスキャンダルで揉めて、延期中。そうやって自分の都合の良い日まで、結婚日を延長させるつもりだったようだ」

「あの、ユース様の良いと思う日、都合の良い日とは何です?」


 私はチラリとユース王子を見た。彼は死んだような目で床を見つめている。


「さあ? 本人に聞いてくれ」


 パチン。ディオク王子の指と指が軽快な音を鳴らした。


「スキャンダルは困る。後処理が面倒臭い。ユース兄上なら処理まで自分でするだろうし、そこに色々絡めるだろうけれど、その労力分、別のことをさせたい」


 この発言に、うんうんとリチャード国王が頷いた。


「ヴェガ修道院に入るというのは、日々浮気をしていないと証明するためらしい。しかし、修道院内で仕事をするなんて非効率的。国の損失、不利益だ。修道院入りなんて却下だ却下」

「そう、ですね……」


 また、パチンという音がした。ディオク王子、仕草がユース王子に似ている。


「国王陛下が大事にする、未婚の王女に手を出す者はいない。しかし、既婚なら話は別。君の機嫌を取って、中央政権に食い込もうと考える男が現れる。結構な人数の貴族が、愛人の座を争うだろう」

「は、はあ。そうなのです?」

「お披露目会で、君が使える権力だって広まるからそうだ。そこらで押し倒されでもしたら困ると思っているのだろう」


 それか、とディオク王子が続ける。


「君がロクサス卿と元に戻る為の時間の提供。もしくは、世界の狭いお姫様に男を沢山見せて、1番を決めさせたい。でも体に触らせるのは却下。節度のある範囲でないと許せない。そんな感じだろう」


 私とロクサス卿が元に戻る為の時間の提供……。それは、私も思った。その方がしっくりくる。

 パチンという音がまた鳴った。


「他にも色々ありそうだけど、まあ基本的に全部政治や目的の為に不都合。好き勝手にのさばるユース兄上に釘を刺す方法はただ一つ。兄上の命令のみ! よって国王号令だ!」


 高らかに笑うと、ディオク王子はユース王子に向かってウインクを飛ばした。

 ユース王子はまだ虚ろな、死んだ魚のような目をしていている。


「国王の命令で、本日よりレティア・アルタイルの婿はユース・セルウス。ユース・セルウスにはアルタイル姓と、王位継承権を与える。王位継承位は第3位。結婚式典が19歳の誕生日なのは準備期間。それから祖母のルシル王妃に因んでだ」


 コツコツ、と靴跡を立てながら、ディオク王子はユース王子の前へと移動した。


「政略結婚だ。ユース兄上が権力を取り戻したくて、リチャード国王に国王号令を出させた。レティア姫は泣く泣く婚約者のロクサス卿と破談。レティアに対して出るかもしれない誹謗中傷をユース兄上に乗っけるのに、とても良い案だろう?」


 ニヤリと笑うと、ディオク王子はユース王子の猿ぐつわを解いた。


「ディオク君。対策が兄上初の国王号令とは考えなかった。計画が全部パーだ」


 ユース王子は不機嫌そうなしかめっ面で、舌打ちをした。


「違う。考えた筈だ。今の兄上は支離滅裂過ぎる。本来、ユース兄上が使うのが俺の案だろう? 結婚生活の中身は二人で自由に決めれば良い。望み通り、恋人ごっこから始めろ」

「……。だって、美しくない……」


 頬を膨らませると、ユース王子はディオク王子を睨みつけた。


「美しくない! どうしてユース王子と結婚を? 国王陛下の命令です。そんなの、実に美しくない! 国王に決められた婚約者と徐々に心を通わせた、という方が綺麗だ!」

「はあ? 相手がスキャンダルまみれで?」

「誤解がきっかけで親しくなっていく。良い事だろう! どうせ嘘の噂がわんさか立つから、むしろ自分で発信して、コントロールする。それにレティアを求める者は、ヴェガ修道院で修行を積む覚悟が必要という……」


 ディオク王子がユース王子の唇を掌で塞いだ。


「分かる。言いたいことは何となく分かる。けどもう全部白紙、全部却下。ユース兄上は国王号令に背けない。レティアも従う」


 ディオク王子は肩を竦め、ため息を吐き、私を見据えた。


「この号令、単にユース兄上が得をするだけのものだ。なので君には恋人を作る権利が与えられる。公認の愛人1名なら、余程のことがなければ文句を言わない」


 そんな権利が与えられるのか。私は首を傾げた。


「ユース兄上が君を蔑ろにしても、何があっても、離縁させない。ユース兄上を、アルタイル王家から追い出さない為にな。婿と恋人が一緒でも、愛人が恋人でも、好きにしてくれ」


 今度は首を縦に振る。もう意味を理解した。


「俺の勝ちだユース兄上! 世の中が自分中心に回ると思うなよ。レティア、行こう。君はこれで、ロクサス卿と上手く行かなくなってすぐに目移りした尻軽女などという誹謗中傷を受けなくても済む。君の初恋を破壊したのは俺達兄弟だ」


 ディオク王子はユース王子に背を向けて、私の隣に並んだ。腰に手を回される。

 尻軽と言われて、胸が痛む。でもその通りだ。夫婦となると決めた人を、あっさりと変えてしまったと言われれば、否定出来ない。


「尻軽? まさか。そんなことはない。唯一頼りにしていた心の拠り所、白馬の王子様に、見知らぬ異国の地でぺちゃんこに潰されてさぞ辛かっただろう。君はその気持ちを押し殺し、国の為に大きな利益を生むように励んでくれた。今日のお披露目会は、それを伝える会だ」


 私の顔を覗き込むと、ディオク王子は優しく微笑んだ。


「真実は本人や親しい者にしか伝わらないし、多くの者は面白がったり、悪意に満ちた噂を好む。ロクサス卿は婚約者を諦めさせられた。俺達によって。ロクサス卿にとっても、その方が良い」

「ええ。それは。ありがとうございます。でもしかし……」

「俺達やユース兄上は良い。元々色々言われている。それに我慢出来なくて、キッカケが欲しかった。君を利用する代わりに、君や君の大切なものを蔑ろにしない」

 

 さあ、と腰を押されて、私は戸惑った。色々な情報を与えられて、パンクしそう。


「私、嫌です。中傷されて構いません。辛くて悲しいときに、寄り添ってくれたユース様の優しさや真心に救われたと、その話を嘘で消すなんて嫌です」


 足を止めそうになると、ディオク王子に強い力で腰を押された。


「そう? それならそう話せば良い。君は大切なロクサス卿の名誉を傷つけないように細心の注意を払うだろう。彼にはフィラント兄上やエトワール姉上がいるし、何よりユース兄上があれこれ手を回す」

「えっ?」

「私に逆らうと蛇神が激怒するとリチャード国王やユース兄上を脅した。そう言ったって良い」

「えっ?」

「なあ、リチャード兄上」


 ずっと黙って聞いていたリチャード国王が「ああ」と頷いた。


「そうそう。アルタイル王族本家は重婚可だ。婿や嫁は重婚不可だけど」

「重婚可って……」

「そう。君は自由で、ユース兄上はがんじからめ。ユース兄上は大好きな尊敬する兄上に命じられてお嫁さんに対する裏切り行為は出来ない。しない。マイルールを守る、ほぼ理性で生きている男だからな」


 パチパチ、パチパチ、パチパチ。ディオク王子が拍手を始めた。


「ユース兄上。俺がこう考えるように仕向けたろう? ユース兄上に浮気や不倫をさせない理由作りと、レティアの自由の確保。俺の答えは、兄上の望む解答ですよね?」

「さあな、ディオク。私は嘘に本音を混ぜる。なので今、怒ってもいるさ」


 はあああああ、というユース王子の大きなため息が室内に響いた。


「今日からか……。酷い……」


 酷い? それはどういう意味ですか? と問いかける前に、私は部屋の外へ連れ出された。その後に、リチャード国王達、ヴィクトリアと続く。

 室外に出た途端に、ディオク王子が「うえええええ」と呻き、ブルリと体を震わせた。


「これはこれで怒る。絶対にそうだ」

「あの、何故です? 何に怒ります?」

「君には怒らない。単に面倒なだけだから平気。なあ、兄上」

「ああ、まあ、ディオクに任せた。あとはフィラントだな、フィラント。レティアにはエトワールがついていてくれる」

「そうですね。フィラント兄上に任せましょう」


 怒る。酷い。その意味を推測しかねる。

 分かるのなら教えて欲しいと何度問いかけても、リチャード国王やディオク王子からの返事はない。

 諦めて、しばらく無言で歩いていると、薔薇ホールの方向ではないと気がついた。そして、後ろから聞こえてくる足音にも。

 振り返ると、凛と背筋を伸ばして柔らかく微笑むユース王子が、側近と騎士を従えて歩いてきていた。


「陛下。雪花ホールでの祝いの音楽会。陛下の後に続いて、レティアと二人で入場ですよね?」

「ああ。その通りだユース」


 ユース王子は私の隣に立ち、ディオク王子から私をさり気ない動作で奪った。ディオク王子も当然、というように離れる。

 雪花ホールに到着すると、レティアとユース王子に名前を呼ばれ、横抱きにされた。

 誰も何も言わない。むしろ、これが当然だというような空気。ユース王子にニッコリと笑いかけられて、恥ずかしさと不信感で気持ちがぐちゃぐちゃだ。


 騎士が雪花ホールの大扉を開く。白銀に輝く、花の彫刻の重たそうな扉がゆっくりと開いた時に、私は目を丸めた。

 扉からの直線上、奥の壁に飾られる三賢者の絵画の下は真紅の絨毯と、高台、そしていくつかのソファーが設置されている。

 その場所の最も絢爛なソファに、黒い法衣に身を包む者が座っていた。

 おまけに、ソファーを囲うようにとぐろを巻き、胴の一部から頭部をピンと伸ばす、人の体よりも太いセルペンスの姿まである。


 雪花ホール内は静寂に包まれている。招待客達は壁際に身を寄せて、直立不動。誰も彼もが怯えた表情。何、この状況……。


「我等の姫が悪意によって害された。優しき姫は即座に許し、嘘をついて庇ったようだが我等は許さん。罪人には罰を与える。罪には罰。牙には牙だ」


 叫んではいないのに、大きくてよく通る声。怒りをたたえている。この声、即位式の時に現れた謎の男性と同じだ。


()()姫をこちらに連れて参れ」


 長袖の法衣から褐色に日焼けした、大きくて骨張った手が現れ、手招きをした。手の甲に小さなセルペンスが乗っていて、青い瞳がジッと私を見据えている。

 突風と共に体が浮き、気がつくと私の体は謎の男性に抱えられていた。

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