お披露目会は危険な香り 3
見知らぬ貴族がユース王子を呼びに来て、彼とは一時お別れ。
ヴィクトリアとサシャに補助してもらいながら食事を済ませる。手の痛みは時間と共にどんどん取れた。代わりなのか右手の手首より先の感覚がない。
食事が終わり、手の痛みも消え、そろそろ戻ろうかという話になった時、ユース王子が部屋に飛び込んできた。
「レティア、今日はゆっくり休むべきだ。部屋へ送ろう」
駆け寄ってきたユース王子は、私に微笑みかけた。
ユース王子に続いてディオク王子、ヘイルダム卿、サー・ゲオルグが入室してきた。
「レティア、結婚おめでとう。そろそろ薬が効いてきただろう」
「黙れディオク。結婚なんてするか!」
「国王号令ですから、結婚したんですよユース宰相。いえ、ユース兄上」
ユース王子が振り返り、ディオク王子と向かい合う。
「結婚なんてするか……?」
私の問いかけにユース王子は答えなかった。耳に届かなかったのかもしれない。彼は不機嫌そうな表情で部屋の中をうろつき始めた。
「要はレティアの権力全てを、有無を言わさず私に乗せる気か。敵を増やすぞ」
「ユース王子、黙認が公認になっただけかと。反対の雰囲気はほぼありませんでした。反ユース派が不愉快そうなだけです。それより良いのです?」
ヘイルダム卿の掌が私を示した。私はベッドから立つか立たないか迷い、ベッドの端に座っている。ユース王子と目が合う。彼は目を丸めた後に、顔をしかめた。
「レティア、どうした?」
「どうした? 結婚しないと……」
「しないだろう! まだ君とデートしていない! プロポーズをやり直すから無期限婚約を勝ち取ろうとしていたのに、決まったようなものだったのに、国王号令とはどういうことだ!」
むすっとした表情で、ユース王子はまた部屋の中を歩き始めた。デートしていないから結婚しない。そういう意味か。いや、どういう意味? 国王号令?
「ユース王子、そうではなくて既婚者です。レティア様は本日より既婚者。業務内容は不明ですが国王の秘書官。愛人になりたいとわんさか……」
「……はあ? ヘイルダム、何を言っている。私の妻だぞ」
国王の秘書官。その話はリチャード国王から聞いている。秘書官とは肩書きだけ。
主な仕事は国王陛下の私室でチェスやお喋り係。そう説明されている。ユース王子も知っているはずだが、彼の側近のヘイルダム卿が「業務内容は不明」とはどういうことだろう。
ユース王子は腕を組んでヘイルダム卿を睨んだ。
「レティア姫は今回の外交の件で国王陛下の寵愛を手に入れた。過剰に贔屓するユース宰相に与える程に。ユース宰相がねだったのかもしれない。そう、どんっと提示されたら、誰もが欲しいと考えますよ。特に反ユース派ですね」
「だから、私の妻だぞヘイルダム」
「政略結婚です。誰もそんなことは気にしません。ユース派の中にも、巨大権力のある可愛いお姫様を与えて貰えるのは誰かウキウキしている者がいるのでは? 絶対にいますね。ロクサス・ミラマーレ伯爵以上だと絞られますし」
ヘイルダム卿はチラリと私を見てからユース王子を見据えた。
「お披露目会で今回の外交での活躍が広まります。西の覇王に招待された話と共に。レティア姫の為にカーナヴォン伯爵を中央政権から追い出す理由、誰もが察したでしょう。権力、権威がたっぷり。加えて若くて可愛いです」
「そんなの許さん! 愛人は認めるが1人だ。権力、権威、何もかも手に入れられない単なる恋人。そういうガッチガチの法令を作ってやる。それだ。私は金や権力抜きでレティアを口説き落とす者しか認めない。その前に結婚の撤回だ。順序を守れ、順序を」
ぷんぷん怒りながら、ユース王子は部屋を出て行ってしまった。ディオク王子、ヘイルダム卿はうんざり顔。
ディオク王子とサー・ゲオルグがユース王子を追いかけていった。
「レティア様、ユース王子に何をしました?」
「何って、どういう意味です?」
「すっかり貴女様に夢中なようで、あのユース王子が……」
「あのとは……」
ヘイルダム卿からの質問途中、ユース王子が戻ってきた。ディオク王子とサー・ゲオルグ一緒に。
騎士が2人、ユース王子の両腕を掴んで引きずっている。別の騎士が扉を開き、中へと入ってきた。
部屋の中央でディオク王子とユース王子が笑顔で睨み合う。
「国王号令は絶対です。背くなら国王宰相の地位を剥奪されますよ。当然、レティアとの結婚も無し。アルタイルから追放だ。西に引き取り手もある」
「ディオク、この私を脅すのか!」
「ええ、リチャード兄上が。部屋から出て行かないからだ! 嘘の議案に騙されて気がつかなかっただろう! ユース兄上が嫌がらせや惚気の為に部屋に居座ると思うか。隠し棚の中の偽書類にまんまと騙されたな」
「二つも作るな! 国王号令に気がつかないように、二重棚に書類を隠すってやり過ぎだ。部屋なら出て行く予定だっただろう! それどころかヴェガ修道院で禁酒、禁欲する。素晴らしい案だったのに!」
何その話。私は知らない。隠し棚、偽の書類、そしてヴェガ修道院。ヴェガ修道院はアルタイル大聖堂の隣にある男性のみの修道院だ。
「流星国で結婚宣言したのに、無期限婚約ですなんて通用するか。婚約して正式な婚姻日はいつです、ならまだしも。国王号令に従え。リチャード兄上の即位後初の、そして最後かもしれない国王号令だ」
ユース王子は不満そうに小さく頷いた。
「はい指輪。結婚式典の統括者はガブリエル伯爵だ。レティア、コンケントゥス式典で西からの招待客をうんと集めてきてくれ。19歳の誕生日に執り行う結婚式は、素晴らしいものになるように手配する。意見があれば、遠慮せずどんどん出してくれ」
私にウインクを飛ばすと、ディオク王子はさっとマントを翻して部屋を後にした。騎士達が扉を閉める。
ユース王子はディオク王子に渡された白い箱を見つめている。
「ヘイルダム、ゲオルグ! 聞いたか⁈ 逃げ道が無い。結婚したくない!」
ユース王子がヘイルダム卿に詰め寄る。私は勢い良く立ち上がった。
「ユース様、結婚したくないとは」
「レティア! 君から頼んでくれ。物事には順番がある。デートが先。それから……。それから……国王号令……。拒否したらレティアを拒否するのと同じ……。今日結婚……。今日……」
ユース王子は遠い目をして、両膝を床についた。両手を床につき「無理……」と呟いた。
「ユース様、何が無理なのですか? 私が嫌です? 私も心の準備がまだで、そもそも王室の結婚とはどう過ごすのか理解していません。2人で話し合うのではダメです? 国王号令やヴェガ修道院とは何です? 婚約発表ではなかったこですか? 自分の事なのに蚊帳の外は嫌です」
ユース王子に近寄ってしゃがむ。そろそろと肩に触れると、ユース王子は上半身を上げた。
「レティア……デートしよう。お披露目会なんて知るか。この可愛いレティアをお披露目なんてしない。そうしよう」
「ユース様、今夜はレティア様の晴れ舞台です。国王陛下が開催した祝いの席です」
「そうだヘイルダム。ディオク主催ならともかくリチャード兄上だ。しかもレティアの功績を讃える日。嫌だあ。あんな魔境みたいなところにレティアを連れて行くなんて嫌だあ」
「誰がどの口を! ご自分も嬉々として参加してきた社交場に何て言い草ですか」
サー・ゲオルグがユース王子の前に立ち、仁王立ちして見下ろす。ユース王子はふらふら立ち上がり、私の隣に移動してきた。腰を引き寄せられた。
「ユース様、魔境とはどういう意味です?」
「未婚の王女に手を出す男はいない。既婚なら別だ。君の背中に乗る権力や権威に、可愛らしさに美しさ。国内の権力闘争の一つに、君の寵愛の奪い合いが加わるってこと。だから未婚のままのらくらいこうと思っていたのに」
「えっ、ユース様。私と結婚する気は無かったということですか?」
「いやあ、まさか。君の権力や権威をこそぎ落として、君の寵愛が蟻ほども役に立たないように、こう色々と手配したりしないと」
ユース王子は私を見つめた後に、嫌そうに顔をしかめた。
「無理。無理! 今日から夫婦って、絶対に無理だ! 号令を撤回して欲しいと直談判してくる!」
ユース王子は私の腰から手を離し、勢い良く部屋から出ていった。しかしすぐに追いかけたサー・ゲオルグに捕まり、連れ戻されてきた。
ヘイルダム卿がユース王子と向かい合う。
「レティア様のお加減が宜しければ、雪花ホールへ2人でご入場下さい。ユース様、国王号令は絶対です。それとも、宰相ともあろうお方が、リチャード国王陛下の権威を蔑ろにするおつもりですか」
「レティアはまだ具合が悪い。ずっと悪い。そうだ。そうしよう。なあ? レティア?」
ユース王子に笑いかけられて、私は思わず首を横に振っていた。
状況がまだ飲み込めないが、なんとなくは理解している。
「婚約発表ではなく、結婚発表のようですが、私は国王陛下に従います。貴方様から私へのお気持ちが嘘偽りないのでしたら応じて欲しいです。陛下の隣でお待ちしております」
自然と唇が尖る。ユース王子は失恋のケア係で、私は恋人とか、結婚しようとか、そういうのは全部嘘だったみたい。
泣きたいよりも腹が立つ。嘘つき。ユース王子の嘘つき! 嘘つき、嘘つき、嘘つき! いつも嘘つきだ!
ホールへ戻ったら、誰かがきちんと説明してくれるだろう。私とユース王子の結婚は、家族としても、政治的にも、都合が良いのはもうよくよく知っている。
政略結婚上等。今日からユース王子が私のお婿さんなら、私にはユース王子を縛る権利があるということだ。
私はユース王子を無視して、ヴィクトリアを伴い、そそくさと部屋を出ていった。
今度の恋は簡単には諦めたくないようです