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お披露目会は危険な香り2

 右手の指に激痛。


「きゃあああ! 蛇よ! 殺される!」


 エブリーヌの悲鳴がホール中に響き渡る。痛みで顔をしかめながら目を開いた。私の両手は真っ赤な瞳のセルペンスを掴んだまま。その手、右手がジンジン痛む。


——過剰に構うな


 この声は子どものセルペンスではない。手の中のセルペンスが大人しくなった。手を胸元に引き寄せる。


「殺しません! 肩から落ちただけです! 襲いませんから落ち着いて下さい!」

「近寄らないで!」

「襲いません!」


 目の前には蛇を殺してと叫ぶエブリーヌの姿。セルペンスの瞳は赤いけれど、牙を剥き出しにしたりしないでジッとしている。なのに、エブリーヌの足は更に私を襲った。

 掴んでいるセルペンスを守ろうとして、身を縮める。エブリーヌの足はぶつからなかった。そろそろと目を開く。

 肩に誰かの手が触れて顔を上げる。サー・ミリエルだった。

 エブリーヌの口をサー・アテナが押さえた。エブリーヌに睨まれて、後退りする。


「王女に対してどういうつもりだ!」


 サー・ミリエルに怒鳴られて、エブリーヌはビクリと肩を竦めた。エブリーヌが騎士達に囲まれていく。


「錯乱しているようですのでどうぞこちらへ」

「休まれた方が良いです」


 サー・アテナがエブリーヌの腕を掴み、ホール外へ連れて行く。

 

「レティア、大丈夫か?」


 国王陛下が駆け寄ってくる。チラリと見ると、右手の薬指と小指が赤く腫れていた。自分でもビックリするくらい赤い。慌てて右手を背中へ回して隠す。

 王女を蹴って怪我をさせたエブリーヌはどういう扱いをされるのだろう。高名貴族の娘なら招待するべき。近寄らずに愛想笑いをしますと言ったのは自分だ。なのに偶然とはいえ近寄り、騒ぎを起こした。


「驚かせてすみません。肩から落ちただけで

す。常に側にいてくれて、飼っている訳ではなく……むやみやたらに噛んだりなど……」


 全員に向かって会釈。穏便に済ませたい。セルペンスが化物蛇と思われるのは嫌。

 それにカーナヴォン伯爵はフィラント王子の部下で、力のある貴族だったはず。娘のエブリーヌを殺そうとしたなんて汚名は家族全員に迷惑をかけるに違いない。


「申し訳ございません陛下……。彼女が驚き、怖がったのは……私のせいです……」

 

 左手の中のセルペンスが項垂れるように頭を下げた。


——人前で騒ぐなと親に怒られた。姫に謝る


 ごめんなさい、と沢山の声が頭の中に響く。その後、低い声で牙には牙と聞こえた。その後は静か。何も聞こえない。手の中のセルペンスを撫でても無言。

 セルペンスの瞳は青く変わり、ポロポロと涙を落とした。私の左手首に頭をすり寄せる。

 

「本当に危険ではありません」

「そのようなことは知っている。何故謝る。誰か医者を呼べ」

「陛下、それでしたら既に。レティア、向こうで休もう。今にも倒れそうだ」


 いつの間にか近くにいたフィラント王子に体を支えられた。


「大した事ありません。噛もうとしたなんて違います。私が落としたせいで両者を驚かせて……。このようにすっかり怯えてます」

「クラウスが振り回しても噛まない蛇だ。分かっている」

「誰か椅子を」


 国王陛下が声を出した時にはもうサー・ゲオルグが椅子を持って近寄ってきていた。フィラント王子に椅子へ座るように促される。

 右手を確認され、触れられる痛みに耐える。大した怪我でもないのに騒いだら後で何か言われるかもしれない。


「レティア、お医者様がすぐ来ますからね」


 柔らかな声と、肩に優しい労わるような手の感触。見上げると、エトワール妃だった。ハンカチを手にしていて、軽く屈んだ彼女にトントンと顔周りの汗を拭かれる。

 少し離れたところでサシャがクラウス王子を抱き上げていた。クラウス王子は両手を口に当てている。


「ありがとうございます」

「腫れは酷いが折れてなさそうだな」

「フィラント、エトワール、レティアを任せた」


 国王陛下は立ち上がり、私に背を向けた。ふと見たらディオク王子がカーナヴォン伯爵の隣に立っていた。カーナヴォン伯爵は両膝をついてこうべを垂れている。


「陛下、娘の不始末を謝罪したいそうです。彼女は我を忘れる程爬虫類が苦手だと。むかし噛まれたトラウマが蘇ったのではないかと」

「面を上げよ」


 国王陛下に告げられて、カーナヴォン伯爵は顔を上げ、ディオク王子が話した事と同じ内容を口にした。それから謝罪。


「ああ、カーナヴォン伯爵か。なら娘に2度と城へ入るなと伝えよ。聖蛇は一匹ではなく城中に住まう。それにあの取り乱し様、錯乱はすぐに治らないかもしれない。療養のためにしばらく王都を離れると良い」


 カーナヴォン伯爵の青白い顔からますます血の気が引いていく。


「はい、陛下。心遣い、ありがとうございます」

「噂の才色兼備、レティアの側仕えとして考えていたが残念だ。しかし、同じく聖蛇に愛される西の覇王の前ではなくて良かったな」


 エブリーヌが私の側仕え候補だったなんて呻きそうになった。しかし、王都を離れろか。カーナヴォン伯爵を怒らせてはいけないと思ったけれど、そうでもなかったらしい。


「はい、その通りでございます。娘の蛇嫌いがここまで酷いとは知らず、大変申し訳ございませんでした」


 カーナヴォン伯爵はとぼとぼ退室。国王陛下は私のところへと戻ってきた。ディオク王子も来る。


「俺、君の思考回路がサッパリ分からないんだけど」


 少し屈んだディオク王子に耳元で囁かれた。頭をぽんぽんと頭を撫でられる。


「これを機にけちょんけちょんにするなら分かるけど、庇うなんて。ユース兄上が言うからああしたけどさあ」

「ユース様が?」


 ホール内を見渡し、ユース王子の姿を探す。見当たらない。


「そうだ。使えないし、フィラント兄上とも折り合いが悪いので、これを機に親子共々潰そうと思ったのに。君もあの女性、嫌いだろう? 会のどこかで赤っ恥をかかせようと思っていたのに」

「赤っ恥だなんて、そんな」

「今の君はヒエラルキーのほぼ頂点なのに、まだ怖いってこと?」

「私がほぼ頂点?」


 痛みで脂汗が止まらない。エトワール妃が肩を撫でて、汗を拭いてくれるのが心底嬉しい。


「辛そうですからお話しは後回しにしてあげて下さい」

「そうだディオク。エトワールの言う通りだ。今は話しかけるな。医者はまだか。こんなに腫れて色もおかしい。折れているのではないか?」


 国王陛下が私の周りをうろうろし始めた。


「陛下、落ち着いて下さい。医師ならもう来ます」

「腫れが酷くなっている。どんな力で蹴ったんだ!」


 薔薇ホール内に国王陛下の叫びが響き渡る。一瞬、ホール内が静寂に包まれた。その後、おいたわしやとか、なんて酷いというような雑談が聞こえてくる。

 やがて「お待たせしました」と白衣の壮年女性が現れた。隣には彼女よりも少し年上に見える白髪男性。彼も白衣姿。後ろにはユース王子。居ないのは医者を呼びに行ってくれたのか。

 ユース王子は私のところへは来ないで、コランダム王太妃の元へ向かって行った。アクイラ宰相一家もいる。その他には官僚らしき壮年男性達。何か根回しや、騒動や会の遅延に対する謝罪だろう。


「おおシーナー! レティアを診てくれ」

「はい陛下。失礼致します」

「レティア、王室医師のラージー・シーナーだ。隣は彼の妻で同じく医師のクリスティーナ。もう大丈夫だ」


 白髪の医者、シーナー私の右手を確認した。痛いけど我慢。出てくる涙をエトワール妃が拭ってくれた。

 シーナー医師は鞄から小瓶を出して指に塗った。次は板のようなものを指に添えられる。その次は針のついた筒が出てきた。掌に刺しますと言われて動揺。鎮痛剤を直接打つと言われて目を逸らす。

 掌に針の刺さった痛みが走る。終わりましたと言われ、そろそろと目を開いた。最後は真っ白い包帯を巻かれた。

 小指と薬指、掌、手首がぐるぐる巻き。薬指の骨折、小指は打撲と言われた。1ヶ月程で完治らしい。


「鎮痛剤が効いてくれば楽になるでしょう。いつでも鎮痛出来るように、しばらくは妻のクリスティーナがレティア様に常に付き添います」

「ありがとうございます。しかし常に付き添うだなんて、お医者様は忙しいでしょうし……」


 声を掛けたらラージーにもクリスティーナにも目を丸められた。


「医者なら1人でも多くの者を診て欲しいという意味でしょう」


 ユース王子の声がして、顔を上げた。隣にカール令嬢がいて、彼女の隣には見知らぬ男性。青みがかった短い金髪の青年。小柄でカール令嬢と同じくらいの背丈。くりっとした目をしている。その隣にはリシュリ卿。

 短髪青年の服はリシュリ卿とよく似ている。ということは流星国からの使者だ。


「リチャード国王陛下、この者はニールと申しまして流星国の王室医者の元弟子です。煌国でも学んでいます。例の式典までの講師ですが、主治医にもなります」


 カール令嬢が発言すると、ニールは付け焼き刃には思えない品のある会釈と自己紹介をした。

 ニール、ニール……カール令嬢が牢屋に入れたという人。流星国へ連れ帰りたい人物。


「ニールはユース王子か私の側にいるので、レティア様の痛みを和らげる為にすぐに動けます。レティア様は過剰な保護がお好きではないようなのでどうでしょうか。ニールもこの国で新しい医学知識を得たいそうなので、そちらのシーナー夫妻と交流させていただきたいです」

「その話ならユースから少々聞いています」

「陛下、このまま食事を始めて、話をするのはどうでしょう。レティア王女に休んでいただく別室を用意しました。招待客の食事が終わる頃には鎮痛剤が効いてくるでしょう」


 さあ、とユース王子は国王陛下とニール、シーナー夫妻を促した。その次は移動してコランダム王太妃とアクイラ宰相、コルネット夫人。3人とも、私の近くを通り、労りの声を掛けてくれた。


「レティア様、一応もてなされる側なのでエトワール様に任せて失礼します。様子を見て顔を出しますね。エトワール様の代理の侍女はクラウス王子を任されているレディ・サシャです?」


 残ったエトワール妃とカール令嬢が私を立たせた。


「ええカール令嬢。レティア、サシャを付き添わせますから、痛みが引くまでゆっくり休むのよ」

「戻られるのを待っています。ゆっくりお休み下さい」


 エトワール令嬢とカール令嬢が去り、ユース王子は残った。


「レティア、手は痛いだろうが気分はどうだ?」


 ユース王子に微笑みかけられ、手を差し出された。彼の右手にそっと左手を乗せる。


「あの……」

「聞かなくても分かる。いきなりこのような騒動どうしよう、だろう? しかし大抵の者はこう思っている。君や王族に話しかけるネタが出来た。役職が一つ空いた。あと、噂通りレティア姫は国王陛下に寵愛されている。すり寄ろう」

「えっ?」

「自分のせいで中止なんて気が引けるだろう。なので会は続行する。痛みが消える頃、食後から復帰だ」


 私はユース王子とサシャと共に別室へ移動。薔薇ホールからかなり近い客間。そこにはヴィクトリアがいた。彼女は、部屋の準備は終わったので、食事や飲み物の手配をしますと部屋から去った。

 ユース王子に手を引かれ、サシャにベッドに寝かされる。ユース王子はベット脇、窓近くにある椅子に腰を下ろした。

 反対側から、サシャが布団をかけたりしてくれて、枕にもたれかかって座る形になった。右手はふかふかの布団の上。左手は布団の中へ入れられる。


「うわっ、蛇」


 おっと、とサシャが布団から手を離した。セルペンスが3匹増える。足あたりの布団の上に現れた3匹はとぐろを巻いて目を瞑っている。正確には薄目。微かに青い瞳が見える。


「大人しいですね。目が青い。先程は真っ赤で怒っているようでした」


 サシャはしげしげとセルペンスを眺めた。セルペンスはチラリとサシャを見て頭部を背けた。


「本当に守護蛇なんだなあって思いました。あの令嬢に虐められていたって噂を聞いていたので。エトワール様から、そこらの蛇とは違って大人しくて何もしないと聞いていましたけど、敵を攻撃しましたね」


 サシャは何故か楽しそう。


「こう、頼んだら……」

「サシャ、そういうことが出来るのなら、ルシル王妃は戦場の女神だっただろう」

「ああ、そうですね。ユース様、それにしても何故こちらに? レティア様がゆっくり休めません」


 腰に両手を当てると、サシャはユース王子を見据えた。大きな猫目がユース王子を睨む。ユース王子はというと、布団の中で私の左手を握った。


「恋人が心配だからだ。世話をしたい」


 目を丸めたサシャが私とユース王子を交互に見た。


「ユース様、ドメキア王国の王女に見染められて婚約してきたのですよね? それでユース様はレティア様と共にまた西へ行くと」

「ははっ! それはまた新しい噂だな。レティアが求愛された話がねじ曲がったようだな」


 布団の中でギュウッと手を握り締められた。恥ずかしくて仕方がない。顔が熱い。俯いて眠ってしまったようなセルペンスを眺める。


「ユース様とレティア様が恋人? まさか! ふふっ。あはは。またですか? 揶揄わないで下さいユース様。レティア様は嘘をつけないみたいですね。こんなに困った顔をして」

「えっ?」

「大丈夫ですレティア様。誤解なんてしません。もう間も無くロクサス卿との婚約発表ですよね? 今日もですけど、婚約パーティーのお菓子が楽しみです。食事を4人分運ぶように伝えてきます」


 ふふふん、と鼻歌混じりでサシャは部屋を後にした。ユース王子と2人きり。


「私とユース王子は、笑い事みたいですね……」

「私の日頃の行いが悪いからだな。カーナヴォン伯爵やエブリーヌのことは心配するな。身から出た錆。君とは関係なしに、遅かれ早かれ何かあった」

「あの、ユース様……。(わたくし)にはずっとこういうことがついてまわります」


 嫌がられない気はするけれど、反応が怖くて顔を見れない。右手の包帯を眺める。自分が怪我をするのは良いけれど、周りを巻き込んだり迷惑をかけるのは嫌だ。


「退屈しない人生が待っているな」


 繋がれていない方の手が私の頬を撫でる。優しくそっと、包み込むように。目と目が合う。

 春の陽だまりみたいな微笑みに、私は小さく頷いた。

いじめっ子にバチが当たる

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