お披露目会は危険な香り1
ユース王子と2人で国王陛下に結婚話の挨拶に行くと「ユースとディオクに任せる。お披露目会で婚約発表をする」という言葉と、お祝いの台詞を贈られた。
「結婚式や婚姻の調印をする日はのんびり決めよう」とはユース王子。
のんびり、ゆっくりだと心の準備が出来るので私も賛成した。
ディオク王子と生活についての打ち合わせ。カール令嬢とチェス。エトワール妃とお喋り。コランダム様とエトワール妃とアフタヌーンティー。カール令嬢の母親のコルネット夫人とカール令嬢の3人でオーケストラ鑑賞。そんな遊んでばかりの日々。
今の君に仕事はない。とディオク王子に言われている。カール令嬢に「コンケントゥス式典にむけて話題作りは大切」と言われて、少し気が楽。
それでも気が引けるので、ヴィクトリアに頼んで作法のレッスンをしてもらい、国王陛下の私室にある歴史や神話に関する本を片っ端から読んでいる。
国王陛下は私が彼の私室へ行くと喜んでくれる。なので、つい本を借りに行ってしまう。
ユース王子は毎朝手紙をくれる。それから夕食を一緒にして散歩。
あっという間に数日が過ぎて、お披露目会の日がやってきた。
薔薇ホールで行われるお披露目会は昼餐会。ホール入り口に置かれたソファに国王陛下とコランダム様と並んで座り、招待客に挨拶をされる。
私達の前に立つのはディオク王子とマクシミリアン宰相。それからプレゼント受け取り係。
私はコランダム様や国王陛下とお喋りして、気が向いたら招待客に笑いかければ良い。
顔や名前を覚えてもらう努力をするのも、私に気に入られるように励むのもゲストの方で、私は好き勝手して良いらしい。
事前に席次表を頭の中に入れて、ディオク王子やマクシミリアン宰相と挨拶する人達の顔と一致させる。
昼餐会に招かれたのは中央官僚とその子供のうち私と年齢が近い者達。それから今日演奏や歌を披露してくれる女学生や男子学生。
貴婦人が排除されたのは、私のやきもちのせいと、ディオク王子が若い世代でレティア派を作って、それをそのまま国王陛下派にしたいから。
今日はアリスと会える。アリスを貴族侍女に迎えて後ろ盾になってくれている、ロータス・カンタベリ伯爵と共に来る。手紙に合唱に参加すると書いてあって、とても楽しみ。
それからオリビアとも会える。オリビアもアリスと同じく合唱に参加すると手紙に書いてあった。
スヴェン達は来てくれるのか分からないけれど、ミラマーレ伯爵宛の招待状は「家族全員」にしてある。
出入口の外にオットーの姿を見つけた瞬間、胸が詰まった。後ろにスヴェンがいて、その少し後ろにオリビアとダフィがいる。
「ええ、レティア様化粧を直します」
背後の椅子に座るヴィクトリアに声を掛けられた。
「ヴィクトリア?」
立ち上がったヴィクトリアに手を取られて、引っ張られる。
「はい。私にお任せください」
さあさあ、と強引に立たされる。困惑していると、国王陛下にも「その方が良い」と告げられた。こうなると行くしかない。
ヴィクトリアは私をソファの後方にある部屋へ連れて行った。小部屋で、ソファがいくつかとテーブルがあり、花が飾ってある。それだけ。鏡はないし、どう見ても化粧を直す場所ではない。
「何か粗相をしました? お説教は真摯に受け止めます」
ヴィクトリアは目を丸めた。
「まさか。募る話しもあるでしょう。彼らとだけ長々挨拶すると目立ちますので、こちらでゆっくりどうぞ。ディオク様からです」
ソファでお待ち下さい、と告げられて腰掛ける。ディオク王子、そこまで気を回してくれたのか。
好きに過ごしてよいけれど、あからさまな贔屓はするな。ディオク王子にはそう言われていたし、オットー達に迷惑をかけたら困ると我慢するつもりだった。
私が入室した扉とは別の扉からノック音がして、ヴィクトリアがオリビア達を連れて来てくれた。入室はオリビア、スヴェン、ダフィ、それからオットーの順番。
「お姉様!」
とととっとオリビアが走り出し、ヴィクトリアが「走らない」と一喝。私はソファから立ち上がり、オリビアの正面へ移動した。しゃがんで軽く腕を広げる。
「来月、また大蛇連合国へ行きます。連れて行くのに恥ずかしくない所作を見せてくれる?」
「はい」
オリビアはゆっくりとした美しい足取りで、私の前まで移動した。その後の挨拶も綺麗。ヴィクトリアは「よろしい」と口にしてから退室した。
「皆様、お久しぶりです。ずっと挨拶にも行けず、お礼も言えてなくてすみせん。それにロクサス卿とのことも。ロクサス卿かオリビアから聞きました?」
立ち上がり、オリビアの背中に手を回して、スヴェン達に軽い会釈。
「シャ、いえレ、レ、レティアさ……」
「シャーロットさん! そんなに痩せてどうしました? オリビア、どこが元気だよ!」
オットーの挨拶を遮ったスヴェンが駆け寄って来て、オリビアを睨んだ。
「スヴェン、レティアと呼んで下さい。鷲蛇姫レティア・アルタイルよ。中身は同じだけど、シャーロットとは少し違うのです。私、そんなに痩せました?」
自分の姿は毎日鏡で見ている。城に来る前と後でそんなに変化はないと思っていたけれど、毎日見ていて変化に気がつかなかったのだろうか。
「痩せましたよ! お城で、お姫様で、オリビアも元気だって言っていたのに、酷い扱いをされているのですか⁈」
「まさか。手紙にも書いた通り、お披露目会まで仕事なしって言われて遊んでばかりよ」
「違うわよスヴェン! 激痩せしていたのが、戻ってきたのよ! 流星国で美味しいものをうんと食べたもの!」
激痩せと聞いて、自分のウエストを見る。コルセットなしなので、自分本来の体型だけど、やはり痩せたとは思えない。手を見ても同じ。
「オットー、ダフィ、私痩せました?」
2人を見たらオットーは大泣きしていた。顔にハンカチを当てている。
「旦那様が大事な時に傷つけて、追い詰めてしまったと後悔していました。そんなに痩せられて、なのに先日は土産など……。王女様なら元気だろうなどと、申し訳ありません」
オットーが膝をついて頭を下げてしまったので、慌てて駆け寄る。
「元気でしたよ! 厄介者ではなくて家族として優しく迎え入れてもらっています。確かに城に来たばかりの頃は食欲が無かったですけれど、今は食べていますよ。ねえ? オリビア。私、流星国でも沢山食べていたわよね?」
「お兄様が酷いからよ。ユース様はお姉様に優しく食べさせていたのに、お兄様なんてお姉様が痩せたことに気がついていなかったわ。今日は来るな! って家に置いてきたの」
「オリビア、まさかロクサス卿と喧嘩した?」
「良いのよ。ウジウジ、なめくじみたいに落ち込んでて、その隙間に入り込まれてるのよ! 例の方にね。大事な時に支えるどころか突き飛ばしたお兄様はお姉様には相応しくないから、お姉様が許しても、やっぱり好きだって言っても私は許さないわ」
「仲良くして、むしろ元気付けて欲しいわ。ロクサス卿は誰かが注意しないと、ずっと働き続けますよ」
私の隣に並んだオリビアは頬を膨らませた。元婚約者を応援して、とまでは言えなかった。それを口にするにはまだ胸が痛い。
私がかつてなりたかった、シャーロット・ミラマーレ夫人の姿を想像したくない。
けれども自分で諦めて、背中を向けた。そしてユース王子が好きだ。応援はしないけれど、邪魔もしない。ロクサス卿に慶事があれば笑って祝福する。内心複雑になろうとも、そうするべきだ。
「お久しぶりですシャーロット……いえレティアお姫様。父がいきなりすみません」
「人が居なければレティアで良いわ。ダフィ、少し背が高くなったのね」
笑いかけたら、ダフィも泣き始めた。これは予想外。どちらかというと、ロクサス卿を袖にしたと怒られるか、下手すると嫌われると思っていた。
「シャーロットさんはお姫様だったら兄上と離されるから嫌だ。そこまで言ってくれたのに、兄上が迎えに行かないから……」
スヴェンまで少し涙ぐみ始めた。ハンカチを出して、スヴェン、ダフィの涙を拭う。こんなに心配してもらえるのなら、もっと沢山手紙を書いたり、会いに行けば良かった。
「お姉様、スヴェンは家出したの。ダフィのアパートで暮らしているわ。お兄様と大喧嘩したの」
「そうなの? オリビア、そのようなこと、一言も聞いていません」
「フィラント王子やエトワール様から、そのうちレティア姫とお兄様の婚約が発表されて、嫁降してくるから元の生活に戻る。少し護衛などが増えるだろうって聞いていたのよ。でも、エトワール様も会えてないって言うから、きっと心細いだろうと思って、早く迎えに行こうって……」
私から目を逸らすと、オリビアは俯いてしまった。スヴェンがぶすくれ顔をしている。
「酔っ払ってシャーロットはもう居ないって言った瞬間、兄上をぶん殴って家を出てました」
でも、と続けるとスヴェンは困り笑顔で私を見つめた。
「兄上の言っていた意味、少し分かりました。雰囲気が随分違います。高嶺の花に見えます」
「そう? ドレスや王女レッスンのせいかしら。それともこの鷲蛇かしら」
私の認識とロクサス卿の認識の違いが改めて浮き彫りになり、何とも言えない気持ちになった。
——呼んだ? 姫、遊んでくれるの?
腕輪になっているセルペンスがしゅるりと肩に乗った。
「いばらの冠に青薔薇が咲いて、四六時中この蛇が優しくしてくれるの。だからロクサス卿はレティア姫が怖いみたい。仕方ないと思うわ」
セルペンスの巻き付く右手を軽く差し出すと、オットーが後退りした。この反応は予想通り。城内ですれ違う勤務者も、今のオットーのような目を向けてくる。
「即位式の日、そちらのお蛇様と同じ姿の巨大な蛇がレティア様を拐い……。旦那様は酷く怯えていました。蛇の嫁とか、生贄になるとか、そういう話しがないか調べていて……」
「まあオットー。ロクサス卿に伝えてくださる? この子達は優しいお友達です。城の地下に住んでいて、寄り添ってくれいるの。落ち込んでいると頬ずりしてくれたり、つついたり、踊ってくれたりね」
何故こんなに簡単なことなのに、ロクサス卿には言えなかったのだろう。
私はロクサス卿に背を向けられるのがとてつもなく恐ろしかった。苦しくて、まるで溺れそうな程だった。なのに、今ならすんなり話せる気がする。
「王家の守護、聖なる蛇が周りに現れるのはお祖母様と同じだそうです。こちらの鷲蛇は葉っぱを食べるのですよ。魚も肉も嫌い。わたしが歌うと揺れたり可愛いわ」
——セルペンスは可愛い
頬ずりされたので、セルペンスの頭を指で軽く撫でる。オットーの目の色はあまり変わらない。
「この蛇、クラウス王子の周りにもたまにいます」
「俺もスヴェンと一緒に見たことがあります」
スヴェンとダフィは不思議そうな目でセルペンスを眺めている。
——姫、早く家に遊びに来て。みんな待ってる。歌って。
「興味があるなら、城の地下の住処に行ってみます? お祖母様は地下にある神殿で祈りを捧げていたそうなので、倣うつもりなの。1人では心細くて。良いかしら?」
——姫の連れは良いけど嫌な匂いがしたら噛む
「レティア様、あの、その蛇と喋れたりします? クラウス王子はそういう感じですけれど」
「スヴェン、まさか。でも何となく気持ちが分かるわ。こう怒っているか、機嫌が悪いかくらい」
「俺、行ってみたいです」
ダフィにスヴェンが同意する。オリビアが「私もよ」と続いた。
「レティア様、そろそろ」
「はいヴィクトリア。私、城の外へはまだ出られません。頼んでおくので、今度遊びに来てくれますか?」
全員を見渡し、まだ泣いているオットーに笑いかける。
「明日にでも。お好きだったスコーンとジャム、あとカボチャケーキもお持ちします」
「ありがとうございます。会の途中で、また声を掛けますね」
抱きしめたいけれど、良いのか迷って全員と握手をした。オリビアは大丈夫だろうと、軽く抱きしめる。
手を振って薔薇ホールへ戻った時、固まってしまった。
来るのは知っていたし、心構えもしていたけれど、体が強張る。
相手のエブリーヌ・カーナヴォン伯爵令嬢は気まずそうに微笑み、軽い会釈をした。
——姫の敵
私の肩からセルペンスが飛び降りる。慌ててしゃがんで手を伸ばす。
「危ないから戻ってきて!」
エブリーヌを威嚇するセルペンスを掴む私。勿論、注目の的。周囲の人達が騒めき、恐ろしいものを見たような視線を注ぐ。
ああ、やらかした、と私は目を瞑り、どういう発言をするべきかと思案した。