表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/116

お姫様の新生活 1

 帰国後、私の最初の仕事はカール令嬢との昼食会。流星国でお世話になったお礼をした方が良い、と今朝ユース王子に言われたので、カール令嬢を誘った。元々誘うつもりだったけど、前倒しにした。

 仕事は名目。ブリジット姫流職権濫用。

 サンドイッチを食べながら、チェスの対戦を希望されたので、二つ返事で了承した。応接室の一つで、ふかふかのソファに向かい合って座り、チェスの駒を並べる。


「猛特訓したので今日こそ勝ちますよ。レティア様、流星国はどうでした?」

「はい、とても素敵な国でした。それで色々とお話しをしたくて、お誘いしました」

「レティア様ならいつでも歓迎です。話なら、ユース王子から既に色々聞いたので大丈夫ですよ。けっ、こん♡ の話とか」


 ニマニマ笑うと、カール令嬢は右手の人差し指で、宙にハートマークを描いた。ボボボボボボッと顔が熱くなる。

 ユース王子はアクイラ宰相と共にカール令嬢と色々話すと言っていたが、結婚話もしたのか。帰国翌日なのにもう話終わっているって早い。恥ずかしい……。


「父からも聞いたので、単刀直入に言いますけど、気を引きたい相手なんていません。応援したいなど、ありがとうございます」


 ブスッと唇を尖らせると、カール令嬢は膝に肘を乗せて、頬杖をついた。


「フィズ様からの手紙も読みました。ニール探しはやめて、帰って来なさいと。それで、その本人は釣れまして……」

「ニールさんは、初めて聞いたお名前です。お会い出来たのですね」

「ああ。話を聞かないから、濡れ衣を着せて、牢に入れてもらいました」

「えっ?」


 カール令嬢の目的は、流星国へ送る人材発掘。それからアンリエッタ令嬢とユース王子の縁談話の回避。そのついでに好きな男性の気を引く。そういう結論に至っている。

 カール令嬢の恋のお相手は結局分からなかったので、直接聞こうと思った。この件だけは、アクイラ宰相やユース王子にも頼まれている。

 お相手はニールという名で……牢に入れてもらった?


「牢ですか?」

「逃げるのでつい」


 しばらく沈黙。言葉を探す。好きな人が逃げるからって牢に入れるって、どういうこと? と聞いて良いのだろうか。


「アンリエッタとは会いました?」

「はっ、はい! 恋人とご一緒で、あまり話せませんでした」

「恋人?」

「ええ、白銀月国のエルリック王子です。舞踏会に春招きの祝祭とずっと一緒で、公認の仲のようでした」


 えっ? とカール令嬢は目を丸めた。


「春招きの祝祭? もう終わっているはずでは」

「雪などで延期になっていたそうで、楽しませていただきました」

「それはとても良かったです。それで、あの変態エルリックとアンリエッタが恋人?」

「変態……あー、確かにご冗談を言って、痴話喧嘩をして、戯れあっていました」

「戯れあうって、アンリエッタは本気で嫌がって……。公認でした? 恋人?」


 頭が痛い、というようにカール令嬢は右手でこめかみを抑えた。


「あちこちに縁談話を持ちかけて、エルリック王子が正式に縁談を申し込むのを待っているらしい、そういう噂で持ちきりでした。その、マヴィ姫とルル姫から聞きまして、お二人はティア様からだそうです」

「あー、えー、それなら、多分、そうか……。ユース王子と見合いって話もそれか。謀られた! アンリエッタに謀られた! 挑発されてアルタイル王国にまで来て、してやられた!」


 立ち上がると、カール令嬢は地団駄を踏んだ。くそっ、うわあ、と叫び続ける。お嬢様が「くそっ」って良いのかなあ。


「この隙にティア様の秘書官になるつもりだ! 怒らせたからだ!」


 正確には分からないけれど、アルタイル王国やユース王子はアンリエッタ令嬢とカール令嬢の何かしらに巻き込まれたっぽい。


「私はニールなんて断じて好きではありません! 結婚の噂が立てば会いにくると思って、案の定で……。アンリエッタの為です! なのにあの嘘つき女! まただ! 何がニールを好きだと気がついただの、国内で決めないなら他国の王子と結婚しなさいと言われて困ったわ、だ!」


 要約すると、彼女は騙されたっぽい。カール令嬢は真っ赤な顔をしている。騙されたのが余程悔しいみたい。


「あのー、カール令嬢。何となく分かりましたけれど、そのニールさんは良いのですか? お迎えに行かなくて。その、牢へ……」

「説得して連れ帰るので良いです。ルタ王子の第一側近が、阿呆男なので入れ替えないとならない」

「ルタ王子の第一側近とは、リシュリ卿のことですか?」

「そうです。軽率で間抜けな男でして、鍛えてもちっとも無駄で」


 カール令嬢はソファに腰掛けて、不機嫌そうに頬を膨らませた。


「その方でしたら、フィズ様から頼まれてしばらくユース王子の見学? らしいです。コンケントゥス式典までの期間、そういうことになったそうです」


 直接本人に渡して欲しい、と頼まれていた手紙をハンドバッグから出して、カール令嬢へと差し出す。

 フィズ国王からカール令嬢への手紙を、彼女はすぐに開封して読んだ。


「レティア様がコンケントゥス式典へ招かれる……リシュリを頼む……。ここにニールを連れ帰ると、私の支持率はうなぎ登りだな」

「コンケントゥス式典に招かれる予定でして、付き添っていただきたいです。よろしくお願いします」

「もちろんです! リシュリのせいで一ヶ月滞在か。一度帰るつもりだったけど、また何かを調査する父上の世話もあるし、レティア様もいるので良しとします。しかし、国から長く出られないとは残念。一緒に流星国で暮らしてもらいたいと思っていましたのに」


 はあ、とため息を吐くと、カール令嬢はサンドイッチの乗った皿を私へ差し出した。


「お気遣いありがとうございます。私がおもてなしするべきなのに」

「いえ。世話も護衛騎士の仕事です」

「えっ? カール令嬢が私の護衛騎士ですか?」

「女騎士団の立ち上げを検討したいので、調査してくるようにと。正式な話になったとは、レティア様のおかげでしょうね。後でフィラント王子と共に、女騎士達へ挨拶に行きます」


 調査するのと、護衛騎士になるのは、別の話だと思う。カール令嬢が明らかにウキウキしているので、言い辛い。私に決定権のある話でもない。

 サンドイッチをさあどうぞ、とずっと勧められているので、お礼を告げて、卵のサンドイッチを手に取った。


「それでレティア様、春招きの祝祭は楽しかったですか? コーディアル様やティア様の歌や舞は堪能されました?」

「はい。とても素晴らしかったです」


 カール令嬢とは、そのまま流星国の話で盛り上がった。チェスをしながら、サンドイッチをいただき、お喋りするのは楽しい。

 チェスが終わると、散歩をしようという話になった。エトワール妃に会いに行こうと誘われる。

 

「ユース様に許可を取ってきます」

「許可? 許可なんて必要なのですか? 城の中なのに。ああ、それを口実に会うのですか」


 指摘され気がつく。確かに、許可って必要? 朝食時に、今後どうやって過ごしていくのか聞くのを忘れた。流星国へ行く前は、王女レッスン中で、軟禁されていて、それが当たり前になりつつあった。

 カール令嬢に、一応と返答して、応接室を出る。今日の護衛騎士は女性のサー・アテナと男性のサー・シャイトンの二人。


「お部屋へお戻りでしょうか。陛下とディオク王子が時間がある時に会いたいそうです。ご都合がよろしい時に伝令をと。それからこちらをお預かりしております」


 アテナに告げられて、目を丸める。渡された紙に目を落とす。剥き出しの羊皮紙で四つ折り。

 国王陛下とディオク王子が私に会いたい。でも私の都合が良い時……。

 手紙はユース王子からだった。内容は【朝食時に言い忘れたが今日の君は休養日。明日、新しい後見人と謁見だ。私は馬車馬のようにこき使われる。夕食時間は君に合わせる努力をする。伝令をくれ】だった。右下に署名と、月と薔薇の絵が描かれている。

 私は応接室に戻った。カール令嬢に国王陛下やディオク王子と会わないとならない話をする。ただし、急ぎではないと。


「そうですか。では、私はエトワール様とニール、あとリシュリと話をしたいので、また夜にでも。国王陛下を待たせていたとは知らず、すみません」

「いえ、まさか。カール令嬢は大切なお客様で、私も楽しくて」


 カール令嬢はティア王女の侍女。そのことにハッと気がつき、カール令嬢に相談した。伝令内容と、ユース王子からの手紙の内容をまとめて話して、王女ならどうするものなのか? と。つい手紙も見せた。恥ずかしい内容のものではない。


「こちらの月と薔薇は何ですか?」


 再度ソファに座り、紅茶を飲みながら、カール令嬢はテーブルの上の手紙をトントンと指で示した。

 かああああと顔が熱くなり、返事を言い淀む。恥ずかしい内容、一箇所だけあった。


「その反応、二人だけの挨拶ですね。国王陛下やディオク王子、ユース王子もレティア様の都合を聞いているので、スケジュールを組んで、伝令を出せばよろしいかと。それか直接会って、双方の予定のすり合わせをするか」


 微笑んだだけで、カール令嬢はそれ以上私の照れについて、聞いてこなかった。とても新鮮な反応。そして気が楽。

 伝令を出そう。直接会ってすり合わせは無理。城は迷路みたいでまだ道を覚えていないし、国王陛下達の居場所も分からない。


「カール令嬢、アドバイスももちろんですが、ありがとうございます。私、こう、流星国では揶揄われてばかりで、その、恥ずかし過ぎて少々気後れしてきていたので嬉しいです」

「他人の恋愛内容にさほど興味がないので」

「……ご自分の恋愛には興味がありますか?」


 つい、口にしていた。そういう風に聴こえて、質問した方が良いと思ったから。羨望の混じった目だったから。


「参ったな。レティア様、ここだけの話なのですが……」


 カール令嬢は私の耳元に顔を近づけた。


「周りが過剰に聞いてきて煩いから話したくないだけで、恋愛断固拒否派ではありません。初恋には敗れましたが、そのうち新しい恋もあるでしょう」


 彼女は私から離れ、ニッと歯を見せて笑った。


「母上と同じように、恋愛結婚をしたいのです。ただ、適齢期を過ぎつつありますし、父上の顔も立てたいとも思っています。この性格なので、一度会ったくらいで拒否してくる相手と暮らしていけるとは思えません。それで見合いの破壊魔神です」

「そうだったのですね。そのこと、お母様はご存知なのですか? お父様は知らないようですけれど」

「母には話をしています。父はあのようなので、絶対に話しません。孫、孫、ドレス、ドレスと喧しくて腹が立つので」

「お母様に、尊重してもらえていて良かったです」

「エトワール様と同じで、気楽で良かったです」


 嬉しそうに微笑まれて、どちらかというと猛々しいカール令嬢が可愛らしいので、驚いてしまった。


「何ですか? おかしなことを言いました?」

「いえ。あの、気が合いますね。過剰に尋ねられると、恥ずかしいですもの」

「ええ。ですから、流星国で一緒に暮らせたらと思ったのですけれど、国外で暮らせないなんて残念でなりません」

「ありがとうございます」


 まだカール令嬢と話したいと思ったので、予定を考える。


「カール令嬢、今日のご予定はエトワール様とニールさんと、リシュリ卿に会うのですよね」

「ええ。エトワール様とは、夕食前が良いと思ってこれから。それでレティア様も一緒にどうかと。リシュリはいつでも良いです。ニールは……レティア様と共に会いたいと思うので、明日でも明後日でもいつでも」


 何か思いついた、という顔と含み笑いをすると、カール令嬢は顎をさすった。アクイラ宰相の仕草と似ている。

 それで、後でアクイラ宰相と会おうと思った。構い過ぎずに見守っていれば、カール令嬢はきっと父親の願いを叶えると、それとなく教えたい。


「レティア様を牢へ連れて行くのは、さすがに許可を取る必要があると思います。誰にかは存じ上げませんが」

「エトワール様に相談しましょう。なので、ご一緒しても? 陛下やディオク王子に、エトワール様のところにいるので、都合が良い時にお呼び出し下さいと伝えます」


 ユース王子はどうしよう。会いたいので一緒に夕食を摂りたい。けれども、夕食時間が読めない。流星国へ行く前は、夕食時間は決まっていて、部屋でだったので、ユース王子と夕食を摂る話を……誰に? 誰にするの? アテナで良いの?


「それでは、ユース王子への返事は、陛下やディオク王子から呼び出しされているので、二人に予定を聞いて、夕食時間と場所をお知らせ下さいですね。彼が予定を組んでくれるでしょう。国王宰相ですから」


 カール令嬢は素晴らしいアドバイザーだ。

 お客様なのにこんなに親身になってくれて、昨日までヴィクトリアがしてくれていたことをしてくれる。

 はいどうぞ、とカール令嬢は上着の内ポケットから黒い棒を取り出した。何だろう。


「万年筆です。良かったら差し上げます。便利ですよ。また父から奪うので」

「いえ、お借りします」


 黒い棒は蓋が取れた。蓋を外した万年筆を渡される。インク付き羽根ペンと思えば良いですよ、と言われてそろそろとユースからの手紙に文字を綴る。


「書けた。なんて便利なのでしょう!」

「今日も負けましたので戦利品にどうぞ」

「まさか」

「これまでの対局分です。勝ったら返してもらいます。でも手加減しないで下さいよ」

「受け取りやすいようにと、お気遣いありがとうございます」


 ユース王子へ簡素な手紙を書き、少し迷う。彼は絵を描いてくれたけれど、私はどうしよう……。封筒なしの剥き出しの羊皮紙。

 見られて恥ずかしくないもので、ユース王子には伝わるものって何だろう。

 私、ユース王子を褒めたことが無い。逆は沢山あるのに。嬉しいって気持ちが伝わるように願いを込めて、月と薔薇の絵を丸で囲う。

 アテナに伝令と手紙を頼むと、彼女は短い返事をして、サー・シャイトンへ命令を出した。サー・シャイトンへお願いしますと頼むと、驚かれた後に堅苦しい会釈をされる。何に驚かれたのか分からない。

 サー・ダグラスやミネーヴァと随分と違う。目も合わせてくれないし、空気が重い。ちっとも王女として認められていないのだな、と改めて痛感。


 私とカール令嬢は東塔へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ