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王子の幸福と悪夢


「レティア、結婚して欲しい」


 策ではない。本心だ。鈍感娘に正しく伝われと願う。レティアは放心気味。ポカンと口を開いている。

 ルタ王子もルイ宰相の台詞を隠そうと叫んだので、聞こえなかった……ようには見えない。

 私を見据えて、真っ赤な顔で固まっているから聞こえた筈。


「嵐の夜からなので、永遠とは言えない。でも今朝の11も、飛行船やこの国に来てから話したことも、全部本心だ。結婚前にまずは婚約。レティア、今後も逃亡は自由だ。君は常に自由」


 策略ではないと伝えたくて更に続けてみたが、反応無し。

 返事を待つこと数分。レティアはようやく動いた。


「はい……。嬉しいです……」


 頬を染めて、笑顔で肯定の返事。あまりにも可愛らしく笑うので、見惚れるそうになった。

 トトトっと近寄られ、ぴとりとくっつかれる。


 何これ可愛い……。


 さあキスしてと言わんばかりの、期待でキラキラ輝く上目遣い。


 可愛い……何この生き物……。


 喜んで惚けている場合ではない。ルイ宰相がまた何か言い出すかもしれない。

 見せつけてもろくな事がない。慌ててレティアを引き離し、腰に手を回した。今必要なのは適切な距離感。

 それにしても、レティアは酔っ払いだな。

 ほのかに香る酒の匂いに、あまりにも蕩けている瞳。思考が鈍っている様子。

 下手すると、明日覚えていませんとか言い出すかも。


「話の流れでつい。自国でするべきことをこのような場で失礼しました」と近くの者達に軽く会釈をして、ルタ王子へ視線を送る。


「いえ。おめでたい話です。なあティア。舞踏会で婚約とは、私達のようだ。ああ、君は勝手に婚約者になったな。あはははは。何度思い出しても面白い」


 ふと見ると、割と近くにティア王女がいた。頬を赤らめて、もじもじしている。

 周りから、ドッと笑いが出た。ルタ王子はさり気なくルイ宰相を後ろへ下げ、ヴラド卿へ任せている。


「それはお忘れ下さいルタ様」

「いや忘れられない。知っている方も多いようだな。あれは実に不快で恐ろしかった。その日会ったばかりの女性に、婚約者ですと言われるなんて」


 不快で恐ろしかったと口にした時、ルタ王子はさり気なくルイ宰相を見た。その後はティア王女に向かって満面の笑み。

 気にしていなければ分からないくらいの動作。ルイ宰相の顔色がますます悪くなったが、ゲストの注目はティア王女へ注がれている。


「それにしてもレティア姫、今朝の11とはどのような話です?」


 気まずい、というようにティア王女が話題を変える。


「私も知りたいですレティア姫」


 アンリエッタ令嬢がレティアへと近寄ってくる。

 ルタ王子に目配せされたので、レティアの背中をアンリエッタ令嬢に向かって押した。

 ティア王女も近くにきて、レティアへ笑いかける。

 ルタ王子の先程の目配せは、妻とアンリエッタ令嬢に任せろ、という事だろう。


「女性は女性同士かな。こう、気恥ずかしくて聞けないですよね? ユース王子」

「ええ、ルタ王子。その通りです」


 ティア王女はもうレティアを拐っていた。レティアに笑いかけ、凄ぶる楽しそう。絶世の美女の天真爛漫な笑顔はまるで天使。

 ミラ姫もアンリエッタ令嬢に連れて行かれている。私が合図をしたので、ヴィクトリア達も続いた。

 レティアはあっという間に女性達の輪の中心。


「妻は恋愛話が好きでして。何も気がついていません。告白は驚きましたが、色々とありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」


 隣に並んだルタ王子に囁かれ、小声で返事をした。


「ユース王子、おめでとうございます」


 ずっと離れた位置で傍観していたフィズ国王が、茫然としているルイ宰相の隣に立った。

 彼が拍手をはじめたので、周囲のゲストも拍手を開始。

 フィズ国王に手招きされて従う。正直行きたくない。

 周りのゲスト達に感謝をして、会釈をしながらフィズ国王の前へと移動。

 フィズ国王の右側に私、左側にルイ宰相。二人とも背中に手を回されて歩き始める。

 ルタ王子とヴラド卿がルイ宰相の近くを歩く。アクイラ宰相達、フィズ国王の家臣も私達を囲う。少々嫌な予感。ゴクリと喉が鳴る。


「ルイ君、躊躇っていた脅迫をしたのは、手遅れになるという勘か? 正しかったようだな。しかしまだ間に合う」

「えっ?」


 パチパチと瞬きをすると、ルイ宰相は「まさか」と呟いた。


「簡単だ。こう言えば良い。ドメキア王国はゴルダガ王国と交易をする。武器などを売るとな」


 その一言でゾッとした。全身に鳥肌が立つ。冷戦中の敵国に武器を流される。最悪かつ的確な脅迫。


「フィズ様、何を」

「ユース王子、その場合どうする?」


 ルイ宰相は戸惑っている。フィズ国王に、にこりと微笑まれたので、笑顔を返した。

 表情は取り繕えるけれど、手汗は酷い。口の中の水分も一気に無くなる。


「国外に嫁に出せる存在ではありませんので、ルイ宰相を婿に迎える形になります。連合国としては、歓迎されない話ですよね? ですから先程のように、ルイ宰相がレティアへ想いを告げるのを妨害する策に従いました。それは……あー、私の勘違いだったようで……大変申し訳ありません……」


 抑揚をつけて喋り、怯えの演技。あっちを立てれば、こっちが立たずか。頭を下げるしかないので、頭を下げる。どうやって逃げ切ろう。


「そうか。私達の為に。確かにそのように見えた。しかし咄嗟に目の前で婚約までするとは驚いた。家臣とも息が合っていたな」


 フィズ国王は威圧感たっぷりの笑みを浮かべている。ルタ王子は素知らぬ顔。お前はルイ宰相とレティアの結婚反対派だろう! 早く味方しろよ! 


「勘違いだったようなので……。それなら傷つけて、絆されやすくした状態で、熨斗をつけて送ります」


 国と一人を天秤にかけられて、たった一人を選ぶなんて私には無理。

 金や権力に引き換えにしないと言ったのに、生贄にするのは最悪の裏切り。反吐が出る。三度目の恋人も、自分の権力の無さで失うのか。

 最後まで抵抗するが、アルタイルの首根っこを掴まれて逃げ切れる自信は無い。

 人生でも指折りの幸福の後に、地獄への入り口。悪夢だ。


 潰すべきなのはルイ宰相。彼が引けば、彼の応援をしたいフィズ国王も引く。

 逃げられる可能性があるとすれば、ルイ宰相の良心につけ込むこと。

 他にレティアを諦めさせる材料は……先程のレティアの態度だ。

 というか何で味方のルタ王子やヴラド卿は黙り込んでいる! ここに来て賛成派なら、先程のやり取りは何だったんだよ!


「少し時間をかけて婚約破棄にします。その後結婚でどうです? 勿論その間指一本触れません。その方が色々とスムーズです。それとも私など信用ならないから、即座に結婚ですか?」


 前者を採用してくれ。時間は無いよりも有る方が絶対に良い。


「それだと、あの……先程のような目で見続けるかもしれません。しかし真心込めて接すれば、氷は溶けるでしょう。冬は必ず終わり、春を迎えます」


 ルイ宰相にすまなそうな視線を送る。彼は明らかに怯んだ。よし、良いぞ。レティアの氷のような視線は私も恐ろしかった。

 あの軽蔑と拒絶の瞳。断固拒否という眼差し。自分に向けられた訳ではないのに、思い出すと縮み上がる。


「フィズ様、このような脅迫をしてまで……」

「彼女のあの反応に心が折れたか。自らの行いが招いた結果だ。それなら直に忘れる程度の気持ちだ。立場を悪くしてまで応援などしたくない」


 ルイ宰相を睨み付けると、フィズ国王は私の肩をぽんぽんと叩いた。優しく微笑みかけられて戸惑う。

 ルイ宰相は複雑そうな表情で、唇を噛んだ。今にも泣きそうで、ほんの僅かに同情心が芽生える。


「花は枯れても種は撒かれる。太陽が沈むと月が照らし、星も輝く。なあ? アクイラ、オルゴ」

「その通り! 懐かしい。ルイ宰相。妻はかつて、傷ついている俺を優しく癒してくれました」

「またその話か。惚気話は犬も食わん」

「何だと。お前は逆だからな。隙をうかがい、傷ついた心につけ込み……」

「人聞きの悪いことを言うな!」


 アクイラ宰相とオルゴ卿の大男二人が、ルイ宰相の肩に腕を回し、暖炉の方へ遠ざかっていく。

 フィズ国王に目配せされたヴラドとリシュリもついて行った。


「さあて、どう出るかな。リシュリが煽るか、潰すか。オルゴはともかく、アクイラは煽るな」

「義父上、楽しんでいます? ユース王子が気の毒です。心にも無い事を言わされて」

「想定済みでなければ、スラスラ出て来ないさ。その上でルイの弱点を突いて逃げようとする。効果覿面のようだ。粘るなら応援してやろうとも思うが、どうだろうな。ルタ君、ユース王子のような動ける男が側近だと頼しいと思うが、どうだろう」


 呑気に笑われ、動揺する。この態度と台詞に何を返すべきなのか悩む。一先ず曖昧に笑っておいた。


「それは私も思いました。色々任せると、色々楽そうです」

「だろう? ルタより先に、更に波風立たないように動いてくれて、ありがとう」

「いえ。過大な評価、ありがとうございます」

「義父上、思い入れのない国や男に最大限尽くしてもらえるとは思えません。リシュリの追加教育を彼に頼むくらいが丁度良いと思います」

「そうか? それとリシュリはあれで良い。追加教育を頼むだと、ユース王子と君が交流する機会が無いな。まあルタ君、彼と少し話があるので、しばしゲストを任せる」

「はい」


 会釈をすると、ルタ王子はティア王女の方へ去っていった。

 フィズ国王と二人きり。歩いている方向はホールの出入口。

 これではまるで、蜘蛛の巣にかかった蝶々だ。


「あの蔑みの目。あれは実に気の毒だった。どういう教育をしている。相手によっては洒落にならんぞ」

「はい。おっしゃる通りです。すみません」

「まあ、ルイには良い経験になっただろう。あれは何でも飲み込み成長する。これがキッカケで誰かと縁を結ぶかもしれない。そうなると万々歳だ」


 後押しする振りで、ルイ宰相を潰す機会を窺っていたという事だ。

 それから私、いやアルタイルに恩を作るのも目的。理由はフィラントが欲しいから。実に食わせ者。


「はい。ではない。否定しろ。あれは蔑みよりも怯えと怒りだ。少し焦ったよ」


 フィズ国王の眉間に皺が寄る。小さく首を振られたので、返事はしなかった。しばらく黙っていろという意味だろう。

 ホールから出て、青白い光苔のランプに照らされる廊下を二人で歩く。


「もう一度言う。ルタより先に動き、波風立たないように動いてくれてありがとう」


 歩きながら、軽く会釈をされる。


「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」

「話を戻すが、地が揺れた気がして少し焦った。それに、半刻程前にウィンザー王国のデリア王女が廊下で転んで怪我をした。何かが足元に絡まったそうだ」


 足が止まりそうになる。平静を装うが、動悸が激しい。

 デリア王女とレティアに何があったか詳しくは知らないが、トラブルめいた事があった事は認識している。エブリーヌのように何かあるかもと、懸念していた。

 怪我は想定内だが、地が揺れた気がした?


「その意味、分からないのですが……」

「非難するつもりではない。娘と似ている。シャルル国王もそうだ。害すると何が起こるか分からない人間、というのがこの世界には存在する。彼女を国から長く出せないという話も、私個人としては信じている」


 さあ、と促されるままについて行く。フィズ国王は深思という様子。


—— この世に神はいるが、好き嫌い激しく、選り好みするので、不平等さは諦めろ


 ふと、エリニースの言葉を思い出した。

 神が存在するかしないかなんて確かめようはないが、謎の生物は確かに存在する。

 好き嫌い激しく選り好みするのは、セルペンスやアングイスだろう。

 フィズ国王の娘ティア王女にまとわりつく、大きな三つ目の蜜蜂も同じなのか?


「あの青薔薇の冠、とても不思議だ。聖女と持ち上げるのに役に立つだろう。だが君のような男なら、当然危険性も理解しているよな。アルタイルはあの辺りではそれなりの国だが、大陸規模で見れば小さく弱い国だ」

「はい。いきなり雨が降ったり想定外だったので、今後は城からなるべく出さず、噂が広まらないように気をつけようと考えています」

「いや。一度本国へ行くと良い。シャルル国王陛下に会わせよ。あの蛇、気が合うだろう。シャルル国王陛下の肩にもいる」


 へえ、と声が漏れそうになり慌てて口を閉じる。それは新情報。そうなのですか、と相槌を打つ。


「陛下は何も語らないが、君や彼女になら何か話すかもしれない。軽く伝えておく。きっとコンケントゥス式典に招かれるだろう」


 レティアへの支援という名で、アルタイルの首を完全に掴む気か。

 フィラントをルタ王子の側近にしたいだけで、随分大袈裟。

 フィズ国王は心の底から心配、という眼差しなので、素直に頷いてお礼を告げる。親切だと素直に信じたくなる雰囲気。

 これが全部計算と演技なら、そのような恐ろしい相手に敵対するのは破滅の道。フィズ国王の傘下に入るのは得策で、不利益や逃げ道もまだ殆ど思いつかない。


「コンケントゥス式典は音楽祭で、再来月だ。ルイに気の毒なので、フィラント王子とレティア姫で頼む。個人的に会ってみたいのでディオク王子でも良い」

「お気遣いありがとうございます。そのようにします。三人でお願いします」


 フィラントでもディオクでも、持ってけ泥棒。決めるのは本人達だ。

 どこへ行くのかと思ったら、フィズ国王はくるりと進行方向を変えた。元来た廊下を戻り始める。


「素直だな」

「ええ。人を見る目はあります」

「そうか。まあ顔に疲労と諦めだと描いてあるぞ。もう少し練習しろ。他の話は後日。交易の件だ。春招きの祝祭が遅れ、2日間時間がない。3日後、1日予定を空ける」


 完全にフィズ国王の掌の上。命令口調へ反発する気持ちも湧いてこない。


「そんなに縮こまるな。植民地など欲しくない。この国で足りているのに、本国や連合国内の事も気にかけないとならない立場だ。あまりに不平等な契約も苦手。交易の通り道の国に過剰な要求もしない。君の想定より甘いと気楽にしていてくれ。きっと驚く」

「そのようなお言葉、ありがとうございます」

「潰し過ぎたようだな。目敏く視野が広いと、肩に乗る荷物が多くて大変だろう。フィラント君はもっと思慮が浅い。私は平穏を好む。それに連合国本国の国王相談役だ。是非、頼りにしてもう少し気を抜いてくれ」


 まるで父親みたいな空気を醸し出しながら、フィズ国王は私の背中を軽く掌でと叩いた。


「頃合いを見て戻って来ると良い。きっとホール内は祝福ムードだ」


 そう告げると、フィズ国王は颯爽と去っていった。

 彼の姿が見えなくなると、足から力が抜けた。廊下に座り込む。自然と乾いた笑いが出た。鳥肌が止まらない。どっと疲れた……。

 自分に振り回される者の気持ちを改めて自覚し、少々気をつけなければ、と反省した。

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