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王子と鷲蛇姫 8

前話から少し戻って、その先のお話へ。


 ユース王子に、今夜ミラ姫の泊まる客間に泊まって良いか聞きに来た。

 なのに、目の前、ミラ姫と私の間辺りでルイ宰相が膝をついている。

 こんな真似、また恥ずかしい目に合う。どうやって逃げよう。


「私と……おど……。いいや、私と結婚して下さい! いや。結婚します。そうなりました。今夜からよろしくお願いします」


 衝撃的発言。私は口を両手で隠して、目を丸めた。

 隣にきてくれたユース王子と目が合う。彼は小さく首を横に振った。ということは「そうなりました」はルイ宰相の勝手な発言だ。

 そもそもユース王子は今朝私に「金や権力と引き換えにしない」と言ってくれた。

 誠実らしいと聞いていたのに、この自己中心的な嘘。嫌悪感が湧いてくる。

 こんなに注目されて、恥ずかしいし怖い。

 また見知らぬ女性にワインをかけられたり、ハンドバッグで叩かれるかもしれない。

 アルタイルを巻き込んだり、ユース王子を疲れさせるのも最悪。急に拐おうとしたり、嘘をついたり、自分勝手過ぎる。腹が立ってきた。

 ユース王子は私を売らない。もし売るなら、ルイ宰相がアルタイルを人質にとってユース王子を強く、とても強く脅迫したということになる。

 それなら嘘つき男ではなく、脅迫男だ。どちらにせよ、許せない。

 踊って下さいではなく「結婚することになりました」なんておかしい!


「ルイ宰相は黄昏国のミラ王女と婚約するのですか……」

「えっ?」

「えっ?」


 ユース王子の呟きに驚く。ルイ宰相とミラ姫も彼を見た。


「ルイ宰相。いつかの為に練習したい、と張り切るのは良いけれど、酔い過ぎです。巻き込まれたミラ姫が困っている。激務続きで飲みたいのも、少し羽目を外したいのも分かるが、やり過ぎですよ」


 ルタ王子がしゃがんで、ルイ宰相の肩に手を置いた。


「失礼しましたミラ姫。思わず勘違いを。確かに、ルイ宰相は大変飲まれていた。うんと飲まれていた気がします」


 ルイ宰相は、ルタ王子やユース王子の台詞に無反応。私を見つめたまま、茫然としている。酔っ払いなのか。様子が変なのはお酒のせい。それは納得。


「お酒って怖いのね」


 ミラ姫に囁く。お酒にそういう変な力があるのは知っている。酔っぱらったアクイラ宰相やミネーヴァから学んだ。

 ミラ姫が曖昧に笑い「ええ」と頷く。

 ホールのあちらこちらから、笑い声が出始めた。良かった。和やかな雰囲気だ。


 ルイ宰相はずっと固まっていて、どんどん青ざめている。体調不良か、大変。

 二日酔いを思い出す。あの気持ち悪さは気の毒。

 声を掛けると面倒なことになりそうだけど、放っておくのも気が引ける顔色。どうしよう。誰かお水……。どうして誰も何もしないのだろう。お水……でも声を掛けるのは……。


「無視しろ。何も気にするな」


 隣に立ち、私の腰に手を回しているユース王子からの耳打ち。

 行くぞ、というようにユース王子はルイ宰相に背を向けて歩き出した。押されるので、私も続く。


「ミラ姫、今夜は随分とお世話になっているようで、ありがとうございます。私に何か用でした?」

「えっ、ええ。ええ、そうです。あの……」


 オロオロしながら、ミラ姫は「先程の台詞、本気な上に貴女へよ?」と私に囁いた。

 返事に迷う。えっ? 本気?

 ミラ姫は「酔いということにしないと、断れないものね」と続けた。

 こう言われると、ミラ姫の方が正しい気がしてきた。ユース王子、助けてくれたのか。また助けてくれた。彼はいつも助けてくれる。


「ルイ宰相、酔いではなくて本気でした? ああ、そうですよね。私とのお見合い、乗り気では無いという噂を聞きましたもの」


 誰だろう、と背中側から聞こえた声の主を見ようと振り返る。なんだか騒がしい。


「お父様、私も乗り気ではありません」


 アンリエッタ令嬢が、割腹の良い年上男性と話している。小柄な彼女と大柄男性は、何もかも似ていないけれど、二人は親子らしい。


「そうだろうから、やんわりと断り続けている。アンリエッタ、いい加減……」

「ルビー! 信じていたよ!」

「貴方だけは嫌よ! 近寄らないで!」

「だから指一本触れないじゃないか。ああ、もっと怒ってくれ。むしろ蹴ってくれて良い」

「いやあ! 何故そうなるの⁈」

「ほら、ここでビンタだ。丁度良い高さだと思わないか?」

「この変態王子! 向こうへ行って!」


 アンリエッタ令嬢の低い怒声に、金髪青年の歓喜の声が入り混じる。何あれ。

 近くの女性が「まただわ」と呆れ声を出した。その隣の女性が「ええ、また痴話喧嘩ね」と囁き返す。

 帰国後にエトワール妃やカール令嬢に聞いてみよう。


「ルイ宰相! 水をお持ちします!」


 突然、ルタ王子の声が響いた。お水を用意してくれるのなら良かった。

 ルイ宰相と目が合う。顔色が少し良くなっていたので軽く会釈した。もう具合悪くなさそう。

 先程の台詞が本気なら、言い直されるのは嫌だ。このままユース王子に身を任せて、この場から逃げよう。


「ユース様! レティア様と夫婦で挨拶回りですか⁈  おともいたします!」


 今度大声を出したのは、ミネーヴァだった。隣でミリエルがポカンとしている。私も唖然としてしまった。夫婦?

 そもそもこの二人、舞踏会にいたんだ。


「夫婦?」


 ルイ宰相が私を見つめる。そんな話、聞いていないと顔に描いてある。いや、私も知りません。


「夫婦?」


 口から掠れ声が出た。ユース王子と私、夫婦って設定になっていたの? いや、そんな話は聞いてない。


 夫婦?


 心臓がバクバクして、体がどんどん熱くなっていく。特に顔。私は顔を冷やそうと、両手で頬を包んだ。


 ユース王子と夫婦⁈


「ミネーヴァ。噂を真に受けて、侍女がこのような場で軽率な事を口にするべきではありません。確かにレティア王女とユース子爵は婚約する可能性が高いですけれど、夫婦とは何ですか」


 つかつかつか、とヴィクトリアがミネーヴァに近寄り、彼女の腕を掴んだ。

 えっ? 私とユース王子、婚約するの? そうなの?


 私の中の夫婦像というと、お世話になったシェーンベルク酒場の夫婦。フィラント王子とエトワール妃の夫婦。幸せそうな四人の姿が脳裏に浮かぶ。

 あまり思い出したくないが、義父と義母もわりと親しげだった。仲良く一緒に私を叱り、時に殴って……。

 私とユース王子が婚約して、夫婦になると、どうなるの? 仲良く暮らせる? 

 ……。昨夜の夕食時みたいな生活が待っている? それは素敵な日々だ。


 出会ったばかりの、私を口説く演技をしていた頃のユース王子を思い出す。

 デートをしたな。ちっとも楽しくなくて、怖かった。

 今の気持ちで、もう一度同じようなデートをしたい……。

 今度は好きな人とデートだから、楽しくて、嬉しくて、幸せだろう。


「そうだったのレティア姫。ユース子爵って、ユース王子は子爵なの? 王子で子爵?」


 ミラ姫の声がして我に返る。何だか、先程からぼんやりしてしまう。

 妄想にひたるなんて、私も酔っ払いなのかもしれない。マヴィ姫やブリジット姫に勧められて、何杯か何だ。

 この質問に対する適切な台詞は何——……。


「ミラ姫。今の話、レティアは何も知りません。私は少々複雑な立場で、出自怪しいということで、王子と呼ばれる子爵なのです。最近、私の格を正式に上げようという動きが強まっています。その動きが、レティア王女と結婚しないかという打診です」

「まあ、そうなのですか……」

「内々の話でやんわり断っているのに、もう夫婦とは。噂とはすぐに真偽が捩くれます。縁談話もそれとなくいただいているのに、既に結婚していましたとは、そのような事はありません」


 ミラ姫と同じ事を言いそうになる。そうなのか。そうだよな。そうなのか……。

 ユース王子は私を妹分として受け入れてくれている。うんと優しくて甘やかされているけれど、女性として見られていない。

 結婚を打診されて断ったのか……。知らないところで失恋……。


「噂を鵜呑みにして、大変失礼致しました。レティア王女とは大変親密でございましたので、てっきり……」

「驚かせてすみません……」


 ミネーヴァとヴィクトリアの謝罪は、耳にぼやぼや響くだけ。泣きそうなのを我慢するので精一杯。


「ピンクのサザンカの花言葉は永遠の愛でございますよ。今朝の薔薇もお忘れですか?」

「レティア様。ひたすら追いかけて成功した方もいます。あのユース王子がここのところ誰にも手を出さずに、貴女様の世話ばかりなのはそういうことでは? また逃げるのです?」


 ヴィクトリア、ミネーヴァと順番に耳元で囁かれる。えっ? 二人とも、どういう意味?


「レティア姫、私と結婚——……」

「レティア、結婚して欲しい」

「ルイ宰相、休んだ方が良い。こちらへどうぞ」


 ……。今、何か聞こえた。


 ……? レティア、結婚して欲しい……?


 ルタ王子の声にかき消されるくらいの声だったユース王子の発言に、目が床に落ちそうになる。

 今、ルイ宰相の声も少し聞こえた気がする。それは無視しよう。ルタ王子やユース王子が遮ってくれたから、無視出来る。


 ユース王子が「レティア結婚して欲しい」なんて、信じられない。

 ユース王子は柔らかく微笑んで、それ以上何も言わない。

 夜を閉じ込めたような瞳は優しいのに、とても寂しげ。また疲れているのだろう。

 そうか、苦肉の策だ。ルイ宰相が言い直そうとしたから、なんとか絞り出した策がこれ。

 しかし、ヴィクトリアやミネーヴァの発言が引っかかる。


「嵐の夜からなので、永遠とは言えない。でも今朝の11も、飛行船やこの国に来てから話したことも、全部本心だ。結婚前にまずは婚約。レティア、今後も逃亡は自由だ。君は常に自由」


 少し震えた声を出すと、ユース王子は私に向かって腕を広げた。

 嵐の夜から? 一ヶ月くらい前の嵐のこと? えっ? 旦那様とのことをずっとフォローしてくれていたのに? いや、だから断っていたってこと?

 今朝の11? 今朝の11本の薔薇? 全部本心? 最愛? 今朝の愛しているも本気だった? 昨夜のやり取りも?

 次から次へと疑問が湧いてくる。


 はい、と言えばユース王子と結婚?


 断ったら、私の新しい恋は泡みたいに消える。それだけは分かる。


 大きく深呼吸をして、震える足を踏み出す。恐れや怯えは恋をダメにする。ミラ姫の言葉を思い出す。初恋は不信で枯れた。


 今後も逃亡は自由だ。君は常に自由。

 縛りつけようとする一方、ユース王子はいつも私に猶予を与えてくれた。

 最初の契約書のサインは自分でしたし、王女即位前には軟禁解除。

 ロクサス卿との事も、最後まで私の背中を押そうとしてくれた。

 権力強化の為に結婚を打診されて断ったのなら、きっと私の為だ。

 変なの。あんなに苦手で怖かった人が、今は一番信じられる人。


—— 信じる事は難しいけれど、信じるという事は大切な事だ。


 ちっとも難しくない。ユース王子の本心が、目の光で分かる。出会った頃とは真逆。


「はい……」


 勇気を出してユース王子に近寄ると、壊れ物に触れるみたいに、そっと優しく抱き締めてくれた。

信用は積み重ね。愛は育むもの。二人の関係はまだ蕾。

お話はもう少し続きます。


ヴィクトリアは色々思うところあり。

ミネーヴァ「やりましたディオク様!」

ヘイルダム(縁談話を勝手に進めたこと、怒ってそう……)と怯え中

その他の家臣「えっ、なんで急に抱き締めた?」

ロクサス卿は不在。何人かと光苔の調査中。


アリスとオリビアは色々聞きたくてウズウズ中。

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