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女好き王子は逃げたい 6


 逃亡失敗。私としたことが、してやられた。


「フィラント君やエトワール夫人から君の事を聞いていてね。植民地も交渉次第とは視野が広くて豪傑な考えだ。アルタイル王国の立地や、自分の腕に自信がある前提とはいえな」


 数年前の話をされて驚く。肩を叩くな。

 お喋りエトワールのせいで、フィラントが口を滑らせたのか? あの夫婦め、この国で何を喋っている。

 何の話ですか? というような困惑顔を、フィズ国王へ返す。


「誤魔化しても無駄だ」


 フィズ国王は私にだけ聞こえるように、耳元に顔を寄せた。


「アルタイル王国なんて欲しい者にくれてやる。醜い権力争いはうんざり。最初からやり直す」


 この台詞、情報漏洩の犯人はフィラントだ。この話はフィラントとレグルスにしかしていない。レグルスはフィズ国王と面識がない。

 あの二人は口が固いが、レグルスの方がもっと固い。一方、フィラントは深酒や信用で、口が緩くなる。


「普通に独立宣言なんてしたって潰される。そこで他国の後ろ盾を手に入れる」


 数年前の自分の計画を、このような場所で聞かされるとは思わなかった。


「新興国家建国の後押しをしたという恩を与える。どのみち煌国に潰されるなら、先に白旗振って良い条件で犬になるのが得策。アルタイルは大蛇連合国からかなり遠く、煌国からも微妙に遠い。自治させて利益享受する方が楽と考えるように仕向ける。実に豪胆だな」

「そのような考えもあるのですね」


 愛想笑いを浮かべ、単に雑談しているぞと周りにアピールする。ここに味方はいない。人を増やされては困る。

 ルタ王子が、興味津々そうにしている。敵を増やされてたまるか。


「王座よりも大切なのは血が流れないこと。国とは人である。国が残っていて民がいないなんて許されない」


 囁き声はまだ終わらないらしく、フィズ国王の顔は私の耳元から離れない。


「権力闘争に潰されそうになりながら、内乱の気配に早く気がつき対策を練る。国内に最も血が降らない道へ大勢の者を誘導しながら、国外情勢にも目を向けていた。その頃の権力は小さく手駒も少なかったらしいな。最終的には全部上手くまとめた。無血革命の噂、その後の政策など、色々と聞いている」

「そういう話があるのですね。きっと運が良かっただけでしょう」


 ルタ王子に笑いかけ、大した話ではないとアピールする。こっちに来るな。

 すっと私の背後にアクイラ宰相が立った。体格が良いので威圧感たっぷり。

 考えなしのフィラントが漏洩しただけではなく、調査員はこの男か。やはり、単なる大酒飲みの娘溺愛馬鹿ではなかった。


「君、煌国に昔から出入りしているだろう? 兄上に話が届いていて、多少噂を聞いている」


 ここでフィズ国王は私から少し離れた。


「春霞の屋敷に忍び込んだとかな」


 その話……。


「ユース王子がですか?」

「ああ。そうらしい」


 この話題に切り替えたフィズ国王の狙いは何か思案する。祖国で女遊びした話だから、非難されるのか?


「そういえば、少々昔の話ですが、従兄弟姪が憧れの恋愛をさせてもらったそうです。素敵な方もいるものだと、喜んでおりました。政略結婚の決意がついたそうで、ありがたい事です」


 なんの話です? とリシュリが食いつく。


「その頃、従兄弟姪は歳の離れた甥と結婚予定でな」

「甥とですか? 恋愛をして諦めるって……」

「リシュリ、分かるだろう。というか分かれ。お前は考える癖をつけろ」

「ルタ様、お客様の前でそんな辛辣な」


 ルタ王子はリシュリを無視して、探るような目でフィズ国王を見つめている。


「明けぬれば、暮るるものとは、知りながら。良い歌だ」

「義父上、その続きはなほうらめしき 朝ぼらけかなです?」


 へえ、とルタ王子に眺められる。へえ、の中身を知りたい。私もへえ、と言いたい。何故その龍歌を、ルタ王子まで知っている。

 他国の高貴な娘と火遊びとは高感度爆下げ……ではないらしい。

 ルタ王子が私に注ぐ目の色は、決して悪い種類のものではない。くそっ、フィズ国王め。相槌や笑顔で上手く誘導している。


「明けぬれば、暮るるものとは知りながら、なほうらめしき朝ぼらけかな。ユース王子、龍歌を詠めるのですか? 後朝の文なら、喜ぶでしょうね」

「そうだなリシュリ君。アルタイルには龍歌の文化はない。著名な歌人のように、良い歌だ」


 フィズ国王は楽しげに私を観察している。

 ルタ王子はリシュリに呆れ返っている。第一側近があれでは、人材が欲しいというのも肯ける。

 しかし、リシュリはあっという間に場の中心になった。

 興味津々そうな女性達に龍歌や後朝の文の意味を解説している。

 その後、アクイラ宰相から私の後朝の文は絵と香付きだったという情報も引き出し、褒めてくれている。

 今この状況で高評価を得たくない私としては不満だが、リシュリのゲストを褒めつつ場を盛り上げる対応は正しい。


「単に夜這いに来た殿方とは違い、話を聞いてくれた。一生恋と無縁などとは寂しくてならないと打ち明ければ、口にしていない願いまで叶えてくれた。一生に一度の恋。永遠に残る美しい思い出。感激。そういう噂です。あくまで噂で真偽も誰と誰の話なのかは不明。歌にアルタイルの花が添えられていたとかいないとか」


 アクイラ宰相はところどころ嘘をついている。私は夜這いオーケーの国で、ナンパされたから忍び込んだだけ。

 アルタイルの花なんて添えていない。煌国でごく普通に親しまれている桃の花だ。

 

「煌国は一夜の恋に寛容。恋愛は風流だという文化の国です。誰の話か伏せられても、良い歌や対応は広がります」

「煌国は一夫多妻で男性優位社会なのに、家は女が継ぐので複雑。恋愛に寛容といっても皇妃には多くの見張りがつく。ただ一人のために鳴くしかない籠の中の鳥。歳の離れた甥が(ねや)に来ることはない。一夜の甘い夢は、永劫支えでしょうな」

「家の権威維持や親の出世の為。不自由のない華やかな暮らしと引き換えに、愛は無しかあ。まあ、このような話、煌国ではそこらへんに転がっています」

「大蛇の国だって、時にそうだろう」

「そうですね。聞きました? あのお話」


 アクイラ宰相とリシュリの口を止めたい。しかし、リシュリが全く別の話題を出し、女性達に振ったので、助かったと安堵してしまった。

 フィズ国王は愉快そう。安心したのを、見られていた。

 ルタ王子の中の私の評価を上げつつ、女誑しを好まないルタ王子へ私の欠点を提示。そんなところだろう。

 流星国に来ないかという話は振られると思ってはいた。なので、あれこれと会話のシミュレーションをしてあった。

 しかし、このような流れ。シミュレーションは全部外れ。これでは完全にフィズ国王の掌の上。

 話題の中心人物に戻ってなるものかと、リシュリを煽てて、どんどん喋らせる。

 私の話や印象よ消えろ。フィズ国王に耳打ちもする。


「噂とは、誇張されるものです。良くも悪くも。良い意味で誤解されて、戸惑っています」

「その通り。その中にある真実を探るというのが難しい。私は多少目が良い。調査範囲も広い。よって君が欲しい。アルタイルに良い条件を出すぞ」


 提示される条件は全部突っぱねよう。脅迫はされない筈。脅迫した相手に、未来の国王を預けたりはしないからだ。


「フィズ様、その件ならカールが先回りして人材発掘中です」


 ここでアクイラ宰相が味方につくのは予想外。信じる気はないが、感謝の笑顔を向ける。


「ああ、アクイラ。結婚して連れてくるから、女性騎士団を立ち上げて欲しいと頼まれていた。しかし、破談なのだろう? 私はアルタイルから人材が欲しいのではない。目星は二人だけだ」

「やはりそういうことで。それなら、ユース王子、やはりカールと婚約します?」


 ぶほっと赤ワインを吹き出しそうになり、耐えて飲み込む。曖昧な困惑顔を浮かべた。


「いえ。アクイラ様、愛のない結婚などは……。もちろん、カール様のお気持ちの方です。想い人がいるカール令嬢の為に、私との縁談は白紙でしたよね?」

「そうだ! その通り! 貴方はカールを口説いてくれたが、カールときたらちっともだった。なのでフィズ様、ユース王子の事はご自分で口説いて下さい。このアクイラは、こうして連れてきました。可愛くて癒し系の王女様も招きましたぞ。いやあ、私はやはり優秀だな」


 アクイラ宰相は、豪快に笑った。

 お前が連れてきたのではなく、自ら来たんだ!

 そういう本音は心の中にしまっておく。ひたすら困惑顔を示す。

 得意げな表情のアクイラに、内心舌を出しても、表情に出してはいけない。


 癒し系の王女か。小生意気な顔立ちではあるが、邪気のまるでない笑顔と言動は確かに「癒し系」だ。

 褒められて嬉しいけれど、余計な感想を教えるなとも思う。


 ロクサスと今の私の気持ちは似ているかもしれない。

 自分だけが見抜いた自慢の婚約者だったのに、大衆の目に晒され、認められ、一気に雲の上。

 ロクサスは焦燥感に押し潰されて、自信喪失して潰れ、レティアから逃げた。

 レティアは彼の心が離れた事を即座に見抜いた。

 恋愛には鈍感なのに、拒絶に鋭いのは育った環境故だろう。というか、育ての親だ。

 親から与えらなかった「愛情」には過剰に喜び、与えられてきた「拒否や嫌悪」には必要以上に怯えて敏感。

 考えれば分かるのにロクサスめ、自分にいっぱいいっぱいでレティアをぺちゃんこにしやがって。


 ルイ宰相を筆頭に、レティアと国に有益な男が次々と登場している。

 対国内ならライバルは乏しいけれど、国外に出れば別。私もロクサス同様に、自信を失いそう。口説いてもまるで無駄な、すっかり兄のポジションを確立した私は、ここからどうやって巻き返すんだ?


 フィズ国王やアクイラ宰相と話をしたくなくて、現実逃避。レティアを眺め、早く帰りたいと強く願う。

 けれども、彼女の幸せそうな笑顔は守るべき。帰れない。フィズ国王からも、会話拒否では逃げられない。


「そうか。それなら自ら動くしかないな」

「いえフィズ様。カール令嬢と色々と相談しています。私やフィラントの実務能力を買って下さっているのは嬉しいです。しかし、私や弟よりも優秀な者がいます。カール令嬢の目を見込んで私の調査をしたのでしたら、是非弟のディオクや、マクシミリアンという……」

「何を言い出すのですかユース王子! ディオク王子は国の骨格です! 二ヵ国で活躍出来そうな余裕のあるユース王子と、アルタイル王国に全力投球のディオク王子は違います!」


 うげっ。ヘイルダム。そういえばいたんだった。味方に刺された。

明けぬれば、暮るるものとは知りながら、なほうらめしき朝ぼらけかな


百人一首 052 藤原道信朝臣作を拝借しました。

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