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王子とドングリ 5

 暖炉近く、ホストのルタ王子達の集まりの末席に座る予定が、ルイ宰相の隣に座らされた。同じソファには、ヘイルダムも腰掛けている。何故か私が中央。

 自分達の右側、暖炉正面にはルタ王子と側近リシュリ、白銀月国のエルリック王子が座っている。

 私の正面には、流星国ハフルパフ公爵のオルゴ卿、流星国国王相談役アデル卿、それからルタ王子秘書官のルイ卿。

 このような場所、想定外だ。ルイが二人もいてややこしい。


 今のところ政治経済や法律の話題なので、傾聴に徹している。

 時折、アルタイル王国はどうです? と投げられる質問に対しては、ヘイルダム卿に答えさせている。

 私はホール内の様子、レティア観察、ヴィクトリアや情報収集に放った騎士数名の観察で忙しい。

 早く宿へ帰り、この国からもなるべく早く脱出したいと考えている。

 しかし、レティアが楽しそう。ミラ姫に世話されながら、女性に囲まれて幸せそう。アリスとオリビアと合流してからは、特に顕著。

 あれを止めて「帰るぞ」とはとても言いたくない。


「レティア様、最初のトラブル以降、問題無さそうですね」


 囁かれて頷く。ヘイルダムはずっと艶々顔だ。

 昼間、遠回しにレティアへ婿入り希望している四カ国と会談した。ヘイルダム卿が勝手に場を設けていたのは、まだ腹立たしい。

 アルタイル王国官僚としては正解なので、文句は言えない。

 レティアは晩餐会や舞踏会で、着々と人脈を増やしている様子。大蛇連合国の中流国である、黄昏国のミラ姫にかなり気に入られた事は、ヘイルダム卿の中でかなり高評価のようだ。

 貧乏貴族育ちの真偽怪しい王女に興味なし、という様子からの掌返し。

 国益になるなら受け入れて大事にするのは当然である。

 エトワールにも気に入られているし、帰国後のレティアの立場は割と安泰だろう。


 時間が過ぎ、手洗いだと席を外し、ザッと自分でもホール内の噂を収集。

 ルタ王子達の所へ戻った後は、しれっと末席へ移動。

 ぼんやりと酒を飲み、踊るレティアを眺める。次々と誘われている。楽しそうで悔しい。イライラする。でも可愛い。

 淡いピンクのドレスの色のせいか、キツさが減っていて、愛くるしいことこの上ない。


 気がついたら女性が隣にいて、他にも増え、そのせいなのか男性も増えた。

 誘うように話しかけてくる女性の誰にも興味が持てない。雑談しながら、酒を呷る。

 レティアより色っぽく、どう見ても触り心地良さそうなのに、口説く気になれない。

 はいどうぞ、食べて、と出てくる女性にこんなに食指が伸びないとは予想外。


 更に時間が過ぎて、隣も何度か入れ替わる。

 明らかに欲求不満。私の顔が好みという女性——恐らく既婚——が登場。

 豊満でそこそこ美人。蜂蜜のような色の髪がとても綺麗。

 いつもなら「利害一致。君に決めた! どんどん誘ってこい」と思うのに、今夜は愛想良く振る舞うのも億劫だと感じた。

 しかしながら、不埒で良い谷間。これはレティアには無い。


「っ痛……」

「どうされました?」

「いえ、何も」


 スコーンと額にぶつかった物が何かは見なくてももう分かる。一応確認したが、案の定、足元にコロロ、とドングリが転がった。


 またドングリ。何故ドングリ。


 レティアか? と彼女を見たら私を睨んでいた。プイッと顔を背けられる。

 もう一回、隣に座る女性の谷間を見たが、ドングリは飛んで来なかった。

 腰に手を回して、軽く首に顔を寄せたらどうだ? と思ったらまたドングリが飛んできて、おでこにぶつかった。おまけに、チクリと足首に痛みが走る。

 確認すると、レティアはこちらを見ていなかった。規則性はないらしい。謎現象だ。


「ルイ君、こんなところで何をしている。少し調査してきたけれど、レティア姫は大人気だぞ」


 ホール内をぐるっと回っていた、フィズ国王がルイ宰相の肩を叩く。そこそこ人気、の間違えだ。文句を言えない相手なので、黙っているしかない。

 フィズ国王の後ろにつく、相談役のバースとアクイラ宰相が、ルタ王子に近寄り、何か耳打ちした。


「フィズ国王、シャルル国王陛下の許可が下りるまで、社交場では自制です。人目があります。まあ、その。幾人かの方と踊ってから、彼女を誘おうとは思っています。迷惑をかけないようにしないとならない」


 壁際のソファからだと、ルイ宰相の表情は見えない。


「ふーん。そうか。有象無象に混ぜるなど、相手の心には響かないぞ。人生の先輩としてアドバイスする。理性に従うと、本当に欲しい物は手に入らない」


 スッと空いた暖炉前のソファに着席したフィズ国王の台詞を、私は心の中で否定した。

 本能任せに相手に迷惑をかけるのは、単なる自己愛。権力者の強欲は時に罪深い。それを後押ししようなど、噂の賢王も人の子か。


「ぶわっはっはフィズ様。それは確かに。コーディアル様との結婚、あと少し遅かったら無かったですからね」


 無言で立ち上がったルタ王子が、笑顔でアクイラ宰相を見上げた。


「いやあ、良いではないかルタ王子。フィズ様が国王を引退して、シャルル国王陛下の宰相という道もある。逆にフィズ様が国王でいる間、ルタ王子が本国で励むというのもアリだ」

「そうだルタ君。私の代わりは幾人かいる。しかし、私はそれでもシャルル国王陛下に尽くしたい。でもレティア様を諦めたくない。悩みどころです。婿入りしか不可かあ……」


 はあ、とため息を吐くと、ルイ宰相は振り返り、私の方を見た。目が合ったので頷いた。

 婿入りしか不可だ、と伝えたかったのに、期待の眼差しで私を見てくる。慌てて立ち上がり、ルタ王子の近くに移動した。

 ルイ宰相に向かってニコリと笑い、ちらりとルタ王子を見て、拒絶だと示す。ルイ宰相はガッカリし、ルタ王子は私に満足そうな笑みを投げた。


「ルイ宰相、一先ず一曲くらい誘ってみると良いのでは? その反応で、今後の見通しが分かるかと」


 ルタ王子はルイ宰相に告げながら、チラリと私を確認した。

 私がヴラドへ声をかけるのをきちんと観察していたので、根回し済みだと察している筈。


「我が国としては、本人の意思はなるべく尊重しようと思っています。特にルイ様との話は、今のところ、聞いておりませんので、誘っていただかないと私も動けません」

「そうだな……。しかしヴラドがなあ、私は部下の相手に手を出す……それか、あいつの狙いは。大体、女にだらしないヴラドなどダメだ」


 ルタ王子に促されたルイ宰相は、ぶつぶつヴラドへの文句を言い始めた。


「喧しいなルイ君。行くなら早く行きなさい。照れたり、考えるよりも行動だ。誘わないと何も始まらない」

「ぶわっはっは! 貴方様がそれを言います?」

「煩いアクイラ。いいかアクイラ。先程の提案なんて却下だ。私は引退したら、コーディアルと諸外国をのんびり旅行する。それを支えに国王として励んできたのだぞ」

「義父上、私はティアが愛するこの国や城から離れるつもりなんてありません。それから、引退後に長期旅行なんて、そんなずるい真似はさせません」

「ずるいとはなんだ。岩窟龍国へ送り返すぞ。勿論、娘と孫は連れて行かせない」

「そうですか。出来るのならどうぞ」

「小生意気な!」


 義理の親子関係は良好らしい。フィズ国王は愉快そうにルタ王子の頬をつまんで引っ張った。

 ルイ宰相は「どうお誘いしよう」とぶつぶつ、挨拶練習を繰り返し始めた。


「だから早く行きなさい。ああ、ルイ君は彼女をそんなに想っていないのか」

「……。今なんと?」

「フィズ様。流石に挑発はおやめ下さい。立場があります」

「アクイラ、私は引退してコーディアルと旅行をする。後継者はこうしてしっかり育てた。だから多少留守にしても問題ない。少々気がかりなのは、ルタ君に寄り添う若者が足りない事だ。そうそう、それでユース王子。君、この国に来る気は無いかい?」


 口に含んだばかりの赤ワインを吹き出しそうになった。

 曖昧に笑い、ん? と小首を傾げる演技をする。

 そろそろ立ち去り、レティアを連れて逃亡しようとしていたのに、捕まった。


 挨拶しようとした矢先に、この急な話題振り。まさか、逃亡しようとした事を見抜かれた?

 フィズ国王に手招きされ、隣に腰掛ける。目が嗤っている。くそっ。相手の力量を測り間違えた。

 油断大敵とはこの事だ。

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