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王子と鷲蛇姫 7

 私から離れた青薔薇の冠は、床の上でいばらの冠に変化。驚かれて当然だ。

 ヴラド卿は目を丸めて、いばらの冠を凝視している。彼は私の代わりに冠を拾おうと腕を伸ばした。

 いばらの冠が持ち上がらず、ヴラド卿が更に目を丸める。


「王家の家宝で、不思議な冠です。アルタイル王女のみに反応するらしいです」


 私がいばらの冠を拾い上げると、ますます驚かれた。

 ヒョイっと持ち上げたことと、目の前で青薔薇の冠に変化したことの両方に驚いたのだろう。

 誰だってこんな不思議に遭遇したら驚愕する。

 

「私にだけ軽いのです」


 目立ちたく無かったのに、足を引っ掛けた人のせいだ。四方八方から注がれる奇異の目に辟易とする。

 しかしこれが私の日常。アルタイル王国のレティア・アルタイルは青薔薇の姫で鷲蛇姫。奇跡の聖女。その肩書きで、自分や家族の身を守るしかない。

 最初にこの設定を演出してくれたユース王子に、改めて感謝。


「恵の雨に、青薔薇を咲かせる魔法。他には何か?」

「魔法だなんて違います。頼んでも恵の雨は降りませんし、壁に青薔薇も咲かせられません。この冠は魔法の冠かもしれませんけれど。あまりにも不思議です」


 壁にそっと触れて、ほら? 何も出来ないと見せる。証明になるのか分からないけど。

 冠を頭に乗せようとして、どうぞとヴラド卿へ差し出す。


「青薔薇は、触れると祝福があるそうです。貴方様に幸福が訪れますように」


 この台詞でニコリと笑ったら、少しは聖女っぽく見える。これは練習済みの対応。

 ユース王子、ペネロピー夫人、ヴィクトリアに何度も練習させられたのでバッチリ。


 急にセルペンスが動いたので、ヴラド卿は固まってしまった。

 セルペンスが頭部を持ち上げて、ペコリと会釈のように頭を揺らせば、まあこうなる。

 

「王家の加護だそうです。この小さくて可愛い蛇は、いつも側にいて優しくしてくれます」


 私の手の甲をすりすりするセルペンスの頭部を指で撫でる。

 質問責めでも、怯えて去るのでもどうぞ。前者なら語れる事は少なく、後者だと気楽。


「その蛇……まるで……。ああ、すみません、立たせたままで。どうぞ。飲み物もお持ちします」


 どうぞ、と促されて近くの椅子に着席。ヴラド卿は冠を触らなかった。なので、冠を頭に乗せる。鏡が無くて、位置がいまいち分からない。

 君、とヴラド卿が一番近いウエイターに声を掛けて私から離れていった。


 ようやく座れて、足が楽。まだ踊るミラ姫と目が合ったので、手を振る。嬉しそうな笑顔が返ってきた。

 ミラ姫を見ていたら、人影が落ちてきた。顔を上げる。

 3人組の男性に「こんばんは」と声を掛けれ、慌てて立ち上がった。失礼のないように会釈をする。


「レティア姫、お待たせしました。失礼。彼女と話がありますので」


 ヴラド卿が戻ってきて、グラスを差し出す。受け取ってお礼を告げている間に、男性達は去っていった。

 自己紹介もまだだったのに、大丈夫だろうか。


「噂のアルタイル王女はヴラド卿か。アルフレッド王子さえ即断る自信家。顔の好みで選ぶのか? と思ったら単に大物待ち。あの程度の見た目に反して野心家だな」

「そうか? おっとりしてて、連合国には少ないタイプに見える。ヴラド卿が強引にって感じだったぞ。見たかさっきの。貴方様に祝福をって、力も欲しいが普通に可愛い。あの程度って、悔しいからって情け無いな」

「普通に可愛い? あの程度なんて論外。絶世の美女の噂は本当じゃないか。もう、本当に好みだ。それにあの心地良い声。あーあ。あのヴラド卿に唾をつけられるなんて……チャンス無いかな……」


 遠ざかっていく3人組の会話が少し耳に届く。自信家。あの程度。野心家。普通に可愛い。絶世の美女。心地良い声。おっとり。意外な評価とバラバラさ加減にびっくり。


「私と歓談で良かったのですか?」


 ヴラド卿に笑いかけられて戸惑う。どういう意味だろう。考えて、踊った後には歓談するのかと気がつく。

 曲が終わった後の相手の反応や、アルタイルについて聞かれないのを、変だと思っていた。そうか、歓談か。

 あのアルフレッド王子を断った、で血の気が引く。断ってない! 

 アルフレッド・グリクスブルク王子は、晩餐会での席はルタ王子の隣。絶対に凄く偉い身分だと、それはもう気を遣ったのに……即断ったと誤解されたなんて……。


「ふふっ。本当に社交場慣れしていないのですね」

「私、踊った方に大変失礼な事をしたようです……」

「いえ。むしろあちこちに愛想を振り撒き過ぎかと。つい、妬きそうになります。誤解されますよ」

「妬きそう? ああ、揶揄いですか。ご指摘だけではなく、揶揄って笑わせ、励まそうとはありがとうございます」

「ええ……。はい。どういたしまして」


 微笑みかけられて、ユース王子なら頭を撫でてくるなと思った。その後、曖昧な笑みだと気がつく。私の返事はトンチンカンだったらしい。

 妬きそう……そうか! ヴラド卿は私を口説く振りをしたいのだ。なにせ、出会った頃のユース王子と雰囲気や目付きが似ている。

 私にまるで興味ないけれど、必要だからという目線。

 理由を考える。部下が気にしている相手なら、身を引こう。とルイ宰相が思うから? 

 思いつくのはそれだ。なんだか嫌な感じ。昔のユース王子も苦手だった。お前は道具だ、役に立てというあの目は怖かった。

 今のユース王子の私への態度は、あの頃と真逆だ。


 手に持つグラスに口を付ける。アイスティーだ。淵にレモンが刺さっているから、レモンティーか。アストライアのレモンティーとは味も香りが結構違う。


「レティア姫?」

「アストライアのレモンティーと香りが違うので、楽しんでいました」


 曲が終わる。ミラ姫は次の相手をサッと断った。笑顔で手を振り、軽い会釈。あれで良いのか。あれが見本!


「ありがとうございますヴラド卿。私、ミラ姫と話がありますので失礼します」


 立ち去ろうとすると、手を取られた。軽く引っ張られて、振り返る。

 私の手を掴むヴラド卿の親指が、私の指をなぞった。ジッと目を見据えられる。


「もう少し。それか、舞踏会後にもう一度。今夜、離したくない」


 爽やか笑顔だけど、背筋に冷や汗が伝わる。目の奥に宿る蔑みに怯む。

 ルイ宰相を私から遠ざけたいのなら、もっと誠実な手を使って欲しい。

 そう思った後、ユース王子を思い出す。彼と同じで、ルイ宰相や国がそれ程大切なのだろう。

 そう思ったら、ヴラド卿を嫌な人だとはもう思わなかった。彼はユース王子と同じで、色々背負っているのだろう。


「心配なさらなくても、兄達はあまりに格差のある方との、歓迎されない縁組を押し進めたりしません。兄と相談して、ご自愛下さい」

「ご自愛?」

「このように根回し、疲れるでしょう」


 ヴラド卿は目を丸めた。何故だろう? 納得してくれたのか、彼の手から力が抜ける。

 手を下ろして会釈をし、背中を向ける。

 

「レティア姫、私、こんなに誘われるなんて思っていなかったから嬉しいわ!」


 頬を紅潮させたミラ姫が駆け寄ってくる。


「ほら、言ったでしょう? 誘われないなんてあり得ないって」


 優雅な足取りで現れたのはブリジット姫。戻りましょう、とブリジット姫に促される。


「ねえレティア姫。ヴラド卿と良い雰囲気でしたね。ドメキア王国宰相補佐官よ。もっと話していたら良かったのに。それとも知らなかった?」

「いえ……ブリジット姫、私は……」

「ブリジット姫。レティア姫には想い人がいるなよ。困ってそうだから迎えに来たの」

「ありがとうミラ姫。あの、でも、その話は……」

「ヴラド卿にルイ宰相にヴラド卿って、両手に花よ! ああ、でもルイ宰相には誘われていないわね。誘われたくないと言っていたから、貴女にとっては良いのかしら? あのアルフレッド王子に声を掛けられていたし、モテモテね!」

「ルイ宰相? 噂ってルイ王子ではなく、ルイ宰相⁈ そう。それは……やたら睨まれる訳ね……。エキゾチックだから魅力的なのかしらね」


 ブリジット姫は「ステンノー怖ーい」と、自分の腕をさする。その後、私の背中を撫でてくれる。ハンドバッグをぶつけられたこと、見ていたのかも。

 ステンノーは家系ではなく、敵のことだとミラ姫に教わっている。

 エキゾチックって何? 新しい評価が増えた。


「大丈夫です。ありがとうございます。エキゾチックとは何ですか?」

「んー、何と聞かれると。こう、この国にはない魅力? ほら、フィズ国王陛下やルタ王子のように。褐色肌にあの黒髪、ちょっとした仕草。まあ長年この国に暮らす煌国人よりも、貴女の方にこそ異国情緒を感じるわ」

「普通に可愛いからでは?」

「それは大前提よ。だってルイ宰相って一切女性を示さなくて、男色家疑惑も出て、それも否定される。とっても謎な方よ。でも、単にこの国の女性の見た目が好みじゃなかったって結論付けると納得しない?」

「そうね。レティア姫から聞いたけど、かなり熱烈よルイ宰相」


 二人に羨望の眼差しを向けられ、首を横に振る。


「ヴラド卿に反対されているの。彼だけではなく、ルタ王子や、色々な方よ。私、国民に祈る役目があるから他国へ嫁ぐなんて出来ないから。そもそも、私は少々彼が苦手です……。ヴラド卿は私に興味ではなく、その件で話をしにきただけよ」


 ミラ姫が私の腕に手を回す。ブリジット姫も同じように私と腕を組んだ。


「それだけには見えなかったわ」

「そうです。熱視線よ、あれは」

「何もかも話すのよ」

「そうよ。貴女、鈍そうだもの」

「そんなに鈍くないわ」


 私はヴラド卿と話した内容や、かれの様子、それについての考察を口にした。


「ね?」

「そう? レティア姫ってそこまで深読みするのね」

「レティア姫、頭でっかちは苦労するわよ。私みたいに」

「ブリジット姫は計算高いものね」


 ミラ姫がクスクス笑い、ブリジット姫は呑気な笑い声を上げた。


「何よミラ姫。当たり前よ。王女なんて、相手を選び間違えたら人生終わりよ」

「そう? 出戻りすれば良いのよ。だから駆け落ちや格差結婚はダメ。それなのにお姉様、大丈夫かしら。お父様の野心のおかげで、私まで巻き込まれたわ。お姉様が嫁ぐから王位継承位繰り上げ。お父様に婿を決められる。王妃になるなんて怖い……。自分で結婚相手を選びたい……」

「お姉様を見習って格上をゲットすれば良いのよ。それこそ、レティア姫を通してヴラド卿……は婿入りは無理ね。待って、ピックアップするわ。マヴィ姫達にも相談しましょう?」

「私も何か協力するわ! あー、暗記が得意です。役に立つかしら」


 少し喉が熱くなるレモンティーを飲みながら、私は意気揚々と答えた。

 暗記って、と笑われたけど嘲りではなく楽しそうに笑われたので、心底嬉しかった。


 ブリジット姫は今夜は気が乗らないから歓談しない。ミラ姫はお父様に怒られるのが怖いから歓談しない。らしい。

 アルフレッド王子に謝りにいくべきか質問したら、教えてくれた。

 一曲相手しただけで十分。むしろ社交場で、ちょっとした誘いを断るのは当たり前だと教えてくれた。


——セルペンスは姫といると良い匂いが分かる


 突然話しかけられて、セルペンスを見つめる。ずっと黙っていたのに、どうしたのだろう。

 それ以降、セルペンスはまた沈黙。私達はマヴィ姫達の所へ帰還。

 私はヴィクトリアに「礼儀正しくそつなく対応していた」と褒められ、アリスやオリビアに揶揄われた。


 時折怖い目に合うけど、楽しくて幸せ。

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