王子と鷲蛇姫 6
マヴィ姫達とケーキを食べながら談笑。ブリジット姫に紹介してもらい彼女も増え、アリスとオリビアも増えて、楽しくお喋りしていた。
そこにデュラン卿が登場。少しは誰かと踊ったらどうかと耳打ちされた。
まるで、示し合わせたようにアリスとオリビアも「お姉様は踊らないの?」「楽しいわよ!」「踊るお姉様は絶対綺麗よ」と言い出す。
「それなら、少し三人で歩かない? ミラ姫、誘われないなんて言っていないで、ね? 男性に慣れておかないと、変な男に騙されるそうよ」
ブリジット姫に行きましょうと誘われ、ミラ姫は照れつつも「ええ」と頷いた。けれども「でも、やはり」と動かない。
「可愛い三人で歩いたら、あっという間に人気者よ。いってらっしゃい」
「ブリジット姫の言う通り、慣れておかないと、上辺だけの方に騙されたりするわよ。いってらっしゃい」
「デビューって緊張よね。大丈夫よ」
マヴィ姫と彼女の友人達にも促されれ、ミラ姫は「はい」とブリジット姫に並んだ。
この流れで、足が痛むから踊りませんとは言えない。
足が痛いフリを忘れていたし、心配された時の演技も私には無理。
ブリジット姫、ミラ姫と三人で歩き出すと直後に誘われた。嘘、と思うくらい早かった。
そうして踊り始め、もう踊るのは3人目。
誘われて断れないのは、相手が毎回格上だから。
どこどこ国の王子ではなく、どこどこ国の貴族なら良いのに。しかし、メルダエルダ公爵一族とハフルパフ公爵一族は、王家より格上だ。貴族でもダメかも。
自己紹介。静かな音楽に合わせ、相手に任せて踊りながら褒められる。お礼を伝える。というのを繰り返す。
容姿、ドレス、装飾を褒められるばかりで、アルタイルについて聞かれたりはしない。
全員、私に興味ないのかあるのか分からない。熱っぽい視線だったり、探るような目だったりしても、アルタイルについて聞かないのは変じゃない?
そうして私は6人目で、疲れ切ってしまった。体は元気だけど、心が折れている。
緊張もあるが、踊ってる際に女性に何回か足を踏まれた。それも別々の方に。
裾が揺れて足が見えた時を狙うって、ある意味凄い。
もう相手が格上だとか、礼儀がどうという気持ちはすっかり無い。
ヴィクトリア助けて、迎えに来てと視線を送っている。
断り辛い時は、世話役に頼むものだという事を、今更ながら思い出したのだ。
何せ6人目のお相手は「誰とも踊りません」と伝えたヴラド卿。笑顔だけど無言で怖い。
早く終われ。素敵なワルツだけど、早く終われ。
ヴィクトリアは小さくハンドサインをしてくれて、近寄ってきて、私を見守ってくれている。曲が終わったら迎えが来る。
ヴラド卿は、わざとなのか、ずっと私の顔から目を離さない。その目は怒っている。
「ル、ル、ルイ様とは踊りません。すみません。嘘をついて……」
「え?」
恐る恐るヴラド卿を見上げると、彼は目を丸めていた。まだ少し怒っていそうだけど、少し軟化した気がする。
ゆったりとしたワルツに合わせて揺れながら、もう一度「すみません」と口にする。
「お怒りになるのはごもっともですが、その……こちらにも事情や立場が……。っは! いえ、私めなどがルイ様からのお誘いだけをお断りするなんて失礼ですか?」
黙っていても、何も分からないし伝わらない。ユース王子から教わったことだ。
そのユース王子はずっと暖炉側の団欒スペースでソファに座り、知らない人達と笑い合っている。
男性が多いけれど、徐々に女性も増えている。ユース王子の隣に座るのも女性。おっとりとした、品の良い、色っぽい美人。
「怒っているとは誤解です。それに、配慮が足らずにすみません。ルイ様には私から伝えますし、本人も察しますからお気にならさず。誘われたら一曲、お相手をお願いします」
でも、やっぱりまだ目が怒っている。
「断っても困るとは、私も困ります……。本当に、何が失礼で、どのようにお伝えすると誤解が無いのか、未熟者なのでとても迷うのです……。すみません」
返事がない。表情が生意気だったのかも、と思ったがヴラド卿は困惑という様子になっていた。
ホッと胸を撫で下ろす。私がどう思っているのか、正しく伝わったようだ。確かに、今まで私はヴラド卿とろくに話をしていない。
「誰とも踊るつもりはありませんでしたけれど、皆様の後押しや、友人の誘いを断れませんでした。結果的に嘘をついてしまい、すみません」
曲が終わったので、ヴラド卿に会釈をする。
「足が痛いフリを忘れていたのもあります。すみませんでした」と更に謝罪。
逃げようと、足早に壁際を目指す。ヴィクトリアに向かって一直線。
途中で知らない男性が「宜しければ」と誘ってくれた。
正直、もう踊りたくないけれど、断り辛い。何せ、断ったら失礼な相手なのか、まだ分からない。
早く名乗って。いやその前にヴィクトリ——……。
「失礼、ダルメシム卿。彼女は私がもう少しエスコートする」
「これはこれはヴラド卿。お久しぶりです」
軽く挨拶をすると、ダルメシム卿と呼ばれた男性は離れていった。他の女性に声を掛けて、踊り出す。
ヴラド卿が私の手を取り、壁際の方へとエスコートをし始める。ヴィクトリアは澄まし顔。距離を保って様子見している。
うん、そうだよね。ヴラド卿には気に入られた方が良いよね……。32カ国の頂点ドメキア王国、その宰相補佐官に睨まれてはいけない。
小さく頷かれ、ヴラド卿と話しをしなさいという意味だと改めて察する。うん、分かってた。
「誤解があったようで、こちらこそすみません」
「いえ、誤解は解けたのですよね?」
「貴女様がずっとルイ様を切なそうに見つめているので、どう切り出そうか迷っていたのです」
「ルイ様を? どちらにいらっしゃるのか分からない方を見つめるなんて出来ません」
「え? しかし、あちらをずっと……」
あちら、とヴラド卿が手で示したのはユース王子がいる方向だった。
探してみたけれど、ルイ宰相を見つける前に、ユース王子が隣の美女にデレデレと鼻を伸ばしているのが目に入る。非常に不愉快。
ムカつく。あんな顔、私には絶対に向けない。
どうせ私は色気の無い、青臭い小娘ですよ!
目が合ったので、無視した。仕事をしなさい仕事を! デレデレしてないで! 男性と仕事の話!
「レティア様?」
「いえ、あのルイ様、やはり見当たりません」
そう言いながら、私はルイ宰相ではなくまたユース王子を見た。
ユース王子……。レティア、楽しんでいるかい? とか話しかけに来てくれたり、しないのかな?
ミラ姫に挨拶に来ると思っていたが、全然来ない。ブリジット姫に紹介したい。お世話になったマヴィ姫や彼女の友人のお姫様達にも。
礼儀として挨拶に来そうなのに、美女に夢中とは許し難い。狡い。私もあの席に座りたい。あの女性の色気も欲しい。
「ユース様……」
こんなに遠くから呼んでも、返事なんてないのについ呟いていた。
「ユース王子がどうかしました? ああ、ユース王子を見ていたのですね。そうか、そうですよね。そもそも、彼に頼まれてエスコートしにきました。ルイ様への牽制でもありましたけれど。まさか怒っているなどと指摘されるとは」
「そのように指摘することが、まず失礼だったのですね。ご親切にご教示いたただき、ありがとうございます」
お礼を口にするのだから、辛気臭い顔や困り笑いにならないようにと心掛けて笑う。
ユース王子はなぜヴラド卿に私のことを頼んだのだろう?
「もう踊りたく無いのに、断れなくて途方に暮れているから、相手を考慮しつつ、隙を見て助けていただけませんか? と」
「それはご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございます」
「いえ、利害の一致です。というより、見抜かれた上で頼まれて、了承しただけです」
「それでも、ありがとうございます。助かりました」
ヴラド卿は微笑んでくれた。もう怖くない。私の低姿勢と、ルイ宰相に擦り寄る予定はありませんという言葉は、功を奏したようだ。
「レティア姫、お飲み物をお持ち致します」
「それでしたら、私が。何がよろしいですか?」
「まさか。女性に頼むなど、そのような失礼な行為はしません」
「そうでした。作法に慣れてなくてすみません」
ヴラド卿はまた微笑ましそうに笑ってくれた。ユース王子の眼差しと似ている、子供を見るような目。
社交場では、男性にエスコートされるのも仕事だ。ヴィクトリアやペネロピー夫人との仮想練習で、怒られていたことの一つ。
にっこり笑って、好みを伝えて、お願いしますだ。
「ありがとうございます。冷たいものでしたら何でも。よろしくお願いします」
「はい。少々お待ち下さい」
その時だった。椅子にエスコートされる直前、足を引っ掛けられた。今の方、絶対にわざと足を出したた! だって嗤ってたもん!
よろめいたところを、ヴラド卿に支えられる。思ったよりもバランスを崩し、カランと青薔薇の冠が落ちた。
もう本当に嫌だ。ヴラド卿は私に仕事で近寄っただけなのに! 嫉妬するな! 会話を盗み聞きしてから判断してよ! そもそも意地悪反対!
6人と踊っている間に、足を踏まれたのは3回。踊りと踊りの間に、ハンドバッグが背中を襲撃したのは2回。
ハンドバッグも故意だ。何せ「異国って奇妙なドレスね」とか「変な匂いの香水」と囁かれた。
ムカついたから「黄昏国のドレスです」と「ティア王女とお揃いの香水です」と、踊る相手に喋るようにしつつ、嫌味を言っきた相手に聞こえるように言い返した。
男性は褒めてくれるから、黄昏国ミラ姫とティア王女のセンスを褒める。賛同の台詞を、私は少しばかり大きな声で口にした。
謝ってきたのは足を踏んできた一人だけ。残り5人は青い顔。私を見るたびに、気まずそうに目を逸らしていた。意地悪なんて、しなきゃ良いのに。
はあ、とため息を吐いていばらの冠に手を伸ばす。
そうしてから、周囲がざわめいているのと、ヴラド卿が驚愕していることに気がついた。