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王子と鷲蛇姫 5

 ある程度私の顔を拭くと、デリア姫は満足したのか、私から離れた。顔がひりひりする。

 

「お気をつけ下さい」


 ニコリ、と笑いかけられて、背筋が凍る。デリア姫は女性二人へ「あちらへ行きましょうか」と告げ、歩き出した。


「ありがとうございましたデリア姫。レティア姫、大丈夫? あの方、前を見て歩いていないのかしら。名乗りもしないなんて、どなたでしょう」


 ミラ姫が私の背中を撫でてくれた。デリア姫の隣で、ふくよかな女性の顔が少し青くなる。

 デリア姫が微かに口角を上げたので、うわあ……と引いてしまった。彼女とはとても仲良くなれなさそう。


 踏まれたドレスの裾を確認して、悔しくなる。ヒール跡がついて、よれていた。

 自分のドレスなら黙っていても良いけれど、これはミラ姫のドレスだ。


 晩餐会の席次表に「デリア王女」の名前があったかを思い出す。

 三つある長テーブルの中央、その中の末席。ミラ姫よりも少しばかり下座。席次表に書いてあった国名は、ウィンザー王国。

 メインテーブルのウィンザー王国は、黄昏国よりも一つ上座の位置だった。ウィンザー王国のメインゲストは王子で、黄昏国のメインゲストは大臣。

 黄昏国とウィンザー王国は、微妙な上下関係かも。デリア姫に苦言を呈さない方が賢明そう。

 友人らしき二人はデリア姫よりも明らかに格下。ミラ姫の発言からも、彼女より格下だろうと推測出来る。

 ドレスを踏んで、引っ張った女性になら、チクリと嫌味を言っても良いかもしれない。

 言葉を選びつつ、ミラ姫には謝ってもらおう。

 思案していたら、ふくよかな女性がハッとした表情で振り返った。


「緊張で自己紹介を忘れました。申し訳ございません。もしや黄昏国の才媛と名高いメイベル姫では……」


 ミラ姫が、近寄ってくるふくよか女性から、プイッと顔を背けた。頬を膨らませ、明らかな不機嫌顔。

 ふくよか女性は、黄昏国メイベル王女とミラ姫がイコールだと思っていなかったらしい。私も今知った。ミラは愛称だったのか。

 晩餐会の席次表の名称を思い出そうとしたが、正式名称を「ミラ」だと思い込んでいたせいで、出てこない。


「相手によって態度を変える方は苦手です。デリア姫、ご友人は選んだ方が良いですよ。せっかくお揃いの色にしたのに。レティア姫、今度は昨日のピンク色のドレスを貸すわ。あのドレスも、絶対に似合うと思うの」


 行きましょう、とミラ姫は私と腕を組んだ。

 ふくよか女性が引きつった愛想笑いを浮かべる。デリア姫は愉快そうな目になった。その隣で、背の高い女性の顔色も悪くなる。

 自分の評価を上げるふりをして、私を虐めて、友人を貶めるなんて卑怯者。


「ナターシャ、先に部屋へ行って用意してきて。お化粧を直せるようにもよ」

「かしこまりました。ヴィクトリア夫人、夜明け星の間までお二人をお願いします」


 ナターシャが立ち去るとほぼ同時に、周囲がザワザワし始めた。

 ミラ姫はツンと澄ました顔で歩いている。


「夜明け星の間って、あの?」

「ほらあそこ。今夜、コーブルク国のエルンスト王子の隣には黄昏国のルイーゼル王女が……」

「エルンスト王子がルイーゼル王女と?」

「婚約予定だとご存知ないのですか? 私、ルル姫の来月の婚約披露パーティーに着ていくドレスを悩んでいます」


 ホールの出入口へ向かう間、噂話があちらこちらから耳に飛び込んでくる。

 女性は似たような会話をしていて、男性は「ああ……ルイーゼル王女」とか「噂は本当だったのか」という嘆きが多い。

 ミラ姫はメイベル王女、姉のルル姫はルイーゼル王女なのか。


 コーブルク国エルンスト王子の晩餐会での席は、メインテーブルの上座寄り。フィズ国王から数えて五番目。

 黄昏国の第一王女が、かなり格上の国へ嫁ぐとなると、必然的に黄昏国の格も上がる?

 第一王女なのに嫁ぐの? でも、エルンスト王子も「コーブルク国エルンスト第一王子」と表記されていた。王太子の筈だ。


 連合国の上下関係や人間関係の把握はかなり大変そう。複雑で、付け焼き刃では無理。

 でも席次表の暗記は、役に立ちそう。自分の記憶力の良さを、こんなに有り難いと思うのは初めて。

 アルタイル王国は最も格下と心得て、誰に対しても下手に出るつもりだけど、知識があると安心感が違う。


「呼び止められたくないから、早歩きでお願いね。早く着替えに行きましょう。お姉様の縁談話は有り難いけれど、太鼓持ちが寄ってきて怖いの」

「ええ」


 耳元で囁かれ、早く早く、とミラ姫に背中を押されるので、素直に早足で歩く。

 ホールを出て、夜明け星の間へ移動。

 ナターシャとミラ姫の侍女に化粧を直してもらう。その後、ドレスも着替えさせてもらった。

 鏡の前で、ヴィクトリアと共にミラ姫達にお礼を口にする。

 ソファに座っていたミラ姫が立ち上がった。


「こちらのドレスもやはり似合うわ。今なら、お姉様が私を着せ替え人形にする理由が分かる」


 楽しそうに笑うと、ミラ姫は「可愛い」と褒めてくれた。私としては、無邪気なミラ姫の方が可愛いと思う。


「何から何まで、ありがとう」

「気にしないで。怖かったでしょう? 本当に失礼な方。誰なのかしら。後で調べないと」


 しかめっ面のミラ姫に、ナターシャが近寄る。


「ミラ様、あの……」


 ナターシャがミラ姫に何か耳打ちする。まあ、と眉間にしわを作ると、ミラ姫は私を悲しそうに見つめた。


「背中、大丈夫? 血が出るほどの爪跡だなんて……。デリア姫よね? 今朝は無かったもの」


 ミラ姫もナターシャも確信しているようなので、嘘をついても無駄だろう。私は小さく頷いた。


「大した事ありません。私がマナー違反をしたのでしょう」

「レティア様、彼女を庇う必要なんてないわ。お姉様が親しくしなくて良いって言っていたけど優しいのね、なんて思った私がバカだったわ」


 ぷんぷん怒ると、ミラ姫は私の手を引いて、ソファへ腰掛けた。軽く引っ張られたので、私も座る。


「お姉様達から聞いていた通り。連合国中から人が集まる社交場って怖いのね。デリア姫にはまだ言い返せないわ。お姉様の婚約後にやり返してやる」

「やり返すだなんて、ほら、ミラ姫のドレスは彼女のせいではないですから」

「レティア姫、ドレスよりも酷いわよ。人に傷をつけるだなんて。それに陰湿! 親切アピールをして、真逆なんて最低よ」


 それは私も同感。

 腕を組むと、ミラ姫は大きなため息を吐いた。

 何だか嬉しい。自分の為に、こんな風に怒ってもらえるなんて。


「貴女は怒らないのね。むしろ何で笑っているの?」


 非難の目を向けられて、慌てて首を振る。すみません、と謝った。

 ユース王子が、謝罪よりも感謝が良いと口にした事を思い出す。


「庇ってもらって、嬉しかったの。ミラ姫のドレスを汚されたのは悔しくてならなかったけれど、それはミラ姫が自分で非難したでしょう? だから悔しい気持ちはもう無いの。本当にありがとう」

「嫌味を言ったのは、ドレスではなくて貴女の為よ。服は汚れるものよ。洗って直せば良いだけ。挨拶を返さないし、わざと転ばそうとするなんて信じられない。見抜けないと思ったのではなく、デリア姫に遠回しに頼まれたって事だわ。絶対にそう。おかしいもの」

「そうかもしれないし、違うかもしれないわ。知り合ったばかりの私の為に、こんなに怒ってくれてありがとう」

「笑い事ではないわよ。本人がそうだと、何だか怒りが消えていくわね。ううん、やはり腹が立つわ」


 ミラ姫はしばらく文句を言い続け、ナターシャに宥められた。


「そうねナターシャ。レティア姫と楽しまないと。ブリジット姫に会いに行きましょう。彼女はうんと親切よ。でも彼女美人だから、まだ誰かと踊っているかも」


 立ち上がったミラ姫に手を引かれる。私も立った。


「紹介よろしくお願いします。早く戻らないと美味しいスイーツが無くなるわね」

「ふふっ、それは大変。急がないと」


 腕を組まれ、部屋を出た。ホールへ向かう。ホール間近、ミラ姫が好きな果物は何かを聞いていた時、デリア姫が私達へと駆け寄ってきた。しおらしい顔で「あの」と声を掛けられる。

 ミラ姫は仏頂面。デリア姫に会釈をせずに、通り過ぎた。

 ミラ姫について行こうとして、足を止める。格下女性——になる予定——を無視するなんて、ミラ姫の評判が下がるかもしれない。そんなの嫌だ。

 表向き、私はデリア姫に親切にされた。そのデリア姫を無視するミラ姫という構図は、ミラ姫にとって良くない気がする。


「ミラ姫、暗くて分かりにくかったですけれど、先ほどのデリア姫です。私、もう一度先程の親切に対するお礼を言いたいわ」

「えっ?」

 

 深呼吸をして、デリア姫と向かい合う。笑顔だけど、まるで睨むような嫌な視線を向けられる。


「先程は、ご親切にありがとうございました。ウィンザー王国デリア第三王女殿下、東の小国アルタイルからまいりましたレティアと申します」

「いえ。新しいドレス、大変お似合いです。ミラ姫はとてもセンスがありますから」

「ええ、とても。黄昏国のミラ姫は、ご自分のデビュー日なのに、他国から来て不安な私を社交場に馴染ませようと気を回して下さる、優しくて親切な方です。それに気さくで情に厚い。とても素敵な女性だと思います」


 大きめの声を出す。ホール内へも届け。


「お待たせしましたミラ姫。暗くて顔が見えにくいですね。ああ、ミラ姫は先程もう挨拶を済ましていたので、今は会釈だけにしたのですね」

「ありがとうレティア姫。そのように大きな声でいきなり褒められると、恥ずかしいわ」


 照れ臭そうに笑うミラ姫と、ホールへ入る。


「急にどうしたの? あの方にお礼を言ったり、私を褒めるなんて」

「万が一、ミラ姫が連れの私に親切にしたお姫様を無視した、なんて誤解されたら嫌だからです。実際は私の為に怒ってくれたのに」

「そこまで考えていなかったわ。ありがとう。でも、褒めはわざとらしかったわよ。嘘つき」

「ええっ、まさか。本心よ」

「そうよね。私、貴女のこの嘘をつけなそうなところや、人を傷つけるのが苦手そうな所を気に入ったの。どこかの誰かと違って!」


 ミラ姫も少し大きな声を出した。チラリと振り返ると、デリア姫の笑顔が曇っている。


「ブリジット姫もそうなの。昨日紹介出来なかったから、早く会わせたいわ」

「よろしくお願いします」


 ブリジット姫はまだ踊っていたので、私達はマヴィ姫達のところを目指した。

王子出てこずですが舞踏会中の話は、ずっとこのサブタイトルです

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