王子と鷲蛇姫 4
公務とは何かと思ったら、応接室で他国の要人と歓談だった。
挨拶から始まり、お互いの国について語り、最後に私に幾つか質問。それが、四カ国続いた。
私の左右に座るユース王子とヘイルダム卿がメインで、私は添え物。
笑っていなさい、素直に話せと言われたので、精一杯の笑顔を浮かべていた。
それが終わると、化粧直しなどをした後に晩餐会。
流星国では、天候で遅延した、春招きの祝祭が間も無く行われる。
今夜は私達の為に催される予定だった小規模晩餐ではなく、春招きの祝祭の前夜祭扱いの晩餐会となっている。
連合国中から国が集まる行事ではないそうだが、招待客はパッと見の100名以上。
会場のメインテーブルには流星国各国の主賓が並ぶ。そこにアルタイル王国も加えてもらい、末席に招かれたのはユース王子と私。
私の左手に腰掛けるのはティア王女。右隣の方は、席次表によると、ロヴァニオン王国ヴィドゥマヴィ王女。
凛とした雰囲気。目は大きく、睫毛も長い美女。彼女と上手く話せるのか、とても緊張している。
事前にティア王女や、ミラ姫達からある程度の情報を入手済み。音楽を好み、ハープを嗜んでいる。婚約者は連合国内で有名になりつつあるオーケストラの指揮者。
私達の本来の目的は、レティア王女のお披露目と、ユース王子とカール令嬢の婚約報告。
そこに重なった春招きの祝祭の遅延。流星国内の貴族を集めた晩餐会と舞踏会が、連合国各国の晩餐会と舞踏会に変わるのは、私達としては予想外の出来事。
婚約話は白紙。レティア王女が来国早々共目立つ。そして、いきなり大きな社交場。あーあ、面倒とはユース王子談。
楽しそうに笑っていたけれど、本心はどうなのだろう?
春招きの祝祭は、各国の王子王女や貴族が息抜き観光がてら、他国と交流をしにくる行事の一つということで、そこまで堅苦しくないそうだ。年配者も少ない。
それは本当のようで、ミラ姫が私を見つけて、ニコニコ笑顔で手を振ってくれた。
ティア王女も「挨拶を返して良いですよ」と、戸惑う私に声を掛けてくれた。
アルタイル王国に用意されたのは、三つある長テーブルのうち、入り口に一番近いテーブル。最もメインテーブルから遠い位置。つまり下座の末席だ。
向かい合う席に座るヘイルダム卿とヴィクトリアは上座の方ともう談笑している。
晩餐会は、思っていたよりも楽しかった。コース料理はどれも絶品。そしてヴィドゥマヴィ王女とティア王女も談笑してくれた。
マヴィで良いわ、と言ってくれたヴィドゥマヴィ王女は、後でハープ演奏を披露してくれるという。楽しみ。
晩餐会が終わると、晩餐会のゲストは見送られた。私達アルタイル王国の順番は最後。
ユース王子達と合流した時、特に何も怒られなくて安堵した。特にヴィクトリア。彼女にマナーについて叱られる点が無くて良かった。
舞踏会に参加するので、見送りの後に、舞踏会会場へ案内される。
舞踏会は晩餐会の少し後から始まった軽食パーティーで、晩餐会ゲストの子供達や従者達などが招かれている。
ホールの端に並べられているテーブルに、デザートが見える。
あちらこちらにソファやイス、小さめのテーブルが並べられ、生演奏の音楽が流れ、ホールの中央では割と若い男女が踊っている。
暖炉近くは舞踏会会場ではなく、談話室みたいな状態。円状に並ぶソファで、やや年配の男性達が団欒という様子。
ユース王子はヘイルダム卿とそちらの方へ去った。
ユース王子と踊りたいな、という気持ちも抱いたが、彼は足を怪我しているので口にはしない。
楽しんでおいで、という台詞に「行ってらっしゃいませ」という返事をした。
さて、まずはヴィクトリアと共にアリスとオリビアを探し。それからミラ姫探しだ。
ミラ姫達とデザートを食べながら、のんびりしようと約束している。
扉の近くで待っていてくれる予定なので、すぐ見つかるだろう。
案の定、ミラ姫はすぐに見つけられた。ナターシャと一緒にいる。
掌でホールの中央を示される。視線を移動させると、アリスやオリビアが同年代の男の子と踊っていた。
ミラ姫と目を合わせて、笑い合う。そこへ、影が落ちて来た。
肩の上で切り揃えた金髪が、さららと揺れる。
刺のある笑顔で「ご機嫌麗しゅうございます」と声を掛けてきたのは、ルイ宰相の側近だというヴラド卿だった。
「一曲宜しいでしょうか?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。ルイ宰相から逃げる方法は考えていたけれど、ヴラド卿に誘われるなんて予想外。
どう見ても敵視されている相手からの誘い。理由は何? 受け答えの正解は何?
相手の立場で考えようとした時、ヴィクトリアが先に口を開いた。
「大変有り難いお申し出なのですが、足を軽く捻りまして、今夜は全てのお誘いをお断りさせていただきます。申し訳ございません」
ヴィクトリアに目配せされる。私は頷き、ヴラド卿へ謝罪の言葉を告げた。
「それは残念です。今のお言葉、宰相ルイに伝えても宜しいでしょうか?」
「はい。足の事は伏せていただいて構いません」
「そうですか。ありがとうございます」
ヴィクトリアとのやり取りで、ヴラド卿からの敵意が少し薄れた気がする。彼は会釈をして去っていった。
「踊りながら、身を引けだの何だのと言うつもりだったのでしょう。こちらはルイ宰相から求愛されているだけ。アルタイルから頼み込んでいる訳でもないのに、何ですかあの男は」
憤慨、というようなヴィクトリアに少し驚く。
「ありがとうございましす。ヴィクトリアさん」
「レティア様。社交場ですから、呼び辛くても、ヴィクトリアですよ」
さあ、とヴィクトリアに背中を押されて、ミラ姫、ナターシャと合流した。
「レティア姫、ヴラド卿と何かあった? 雰囲気が怖かったけど、大丈夫?」
「ルイ宰相と踊らないようにって、遠回しに告げられました。こちらにその予定はありませんのに」
ヴィクトリアはまだ怒っているようだ。表情が怖い。ナターシャと何やら話し始めた。
「そういう事で、私は足を軽く捻って痛いから、誰とも踊らないという話にすることにしたの。ヴィクトリア、私は今夜は誰とも踊りません」
「かしこまりました」
「私も話を合わせるわ。行きましょう。晩餐会で貴女と話しをしていたマヴィ姫とは懇意なの。お姉様と仲が良くて、私とも親しくしてくれているわ。向こうで女性同士で集まっていたから、混ざりましょう。その前に、仲の良いブリジット姫に紹介するわ」
ゆっくり歩きながら、ホール内を移動する。踊るアリスと目が合ったので、手を振った。楽しんで、と唇を動かしたけれど、伝わっただろうか。
ミラ姫がガラドエン王国のブリジット姫を見つけたが、彼女は踊っていた。
金髪が多い中、ダークブラウンの髪は少し目立つ。更に目鼻立ちのハッキリとした麗人だ。
「お相手の方、知らない方だわ。ブリジット姫とは後で話しましょう」
「ええ」
歩き出そうとした時、目の前に三人の女性が並んだ。全員、私と同じくらいか、少し年上に見える。
右から、背が高い、美女、ふくよか、といい第一印象。二つめの印象は、怖いだ。
ヴラド卿と同じで、笑っているのに、目の光に刺が混じっている。
美女は腕を組んでいて、右手に持つ扇で顔をあおいでいる。残りの二人は、左手に扇、右手にワイングラスを手にしている。
「こんばんは、ミラ様。ついに晩餐会へデビューされたそうで、おめでとうございます。ルル様に、大変お世話になっております。何かお困りでしたら、すぐにご相談下さいませ」
「デリア姫、お久しぶりです。こちらこそ、姉がいつもお世話になっています。お気遣い、ありがとうございます」
ミラ姫は少し顔を強張らせた。私の背中に少し硬い感触。ヴィクトリアから、挨拶をしなさいの合図だ。
「初めまして、東の小国アルタイルから参りました、レティアと申します」
会釈をして、デリア姫と両隣の二人に笑いかける。返ってきたのはジト目。微笑んではいるけれど、歓迎していないという目付き。
狼狽したら、また背中を突かれた。笑顔、笑顔と自分に言い聞かせる。
「初めまして、レティア姫。お噂はかねがね」
「こんばんは」
「こんばんは」
三人から自己紹介をされなくて、ますます困惑。この人達、怒っている。
「マヴィ姫と約束をしていますので、失礼します」
ミラ姫は会釈をして、私に目配せした。ミラ姫とナターシャが歩き出す。
その時だった。ドレスの裾が引っ張られ、つんのめる。えっ、踏まれた?
誰もいなかった筈の前方に、ふくよか女性が移動していて、肩がぶつかった。
「きゃあ」
「すみません」
そんなに強くぶつかっていないのに、大きめの声を出されて、思わず謝る。
ぶつかってから時間が経っているのに、バシャリ、と私の顔に赤ワインがかかった。えっ、今のわざと?
「まあ、ごめんなさい」
茫然としていると、デリア姫が腕にかけたハンドバッグからハンカチを取り出した。
異国の地の舞踏会で、ドレスを踏まれて、赤ワインを顔にかけられるとは、夢にも思っていなかった。
「お召し物が汚れるので、自分で……」
デリア姫は優しいのか、と思ったのも束の間、彼女は嘲笑を浮かべた。
「大丈夫ですか? 今拭きますね」
顔に当てられたハンカチで、ゴシゴシこすられる。これ、虐めだ。背中に回された手が、爪を立てているのもそう。かなり痛い。
私以外には伝わらないやり方とは陰湿。いきなり何で?
こ、怖い。社交場って怖い!