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王子と鷲蛇姫 3


 王座の間で、流星国の王族と官僚達に挨拶。

 ユース王子が主導で、私は軽い挨拶をして、青薔薇の冠を見せ、献上品を渡すだけ。

 本当は、ユース王子の役は私だった。

 こんなに緊張する場所で、堂々と挨拶するなんて無理だったと痛感中。

 ユース王子の隣で腰を落として頭を下げている間、私は彼をチラチラ盗み見した。余裕そうな、爽やか笑顔を浮かべている。


 この人を……好き……? 何で? いつ? ロクサス卿の事は? ここのところ、優しくされ続けていたから?


 自分の事なのに、サッパリ分からない。


 どうしよう……。どうもしないか……。私は彼に子供扱いされている。彼の心の中には亡くなった恋人がいる。

 色気の無い、青臭い小娘なんて見向きもされない……。


——姫歌って


 今は歌えないの、と手首に巻き付くセルペンスに向かって、小さく首を横に振った。


——悲しい時は歌う


 悲しいか。確かに悲しくて辛い。自覚した瞬間に失恋って……。

 私は無理矢理笑った。今は公務中。笑うのが仕事だ。


 ☆★


 挨拶が終わり、ミラ姫と出掛けた。ルル姫も一緒の予定だったけれど、用事が出来たらしい。

 城下街から少し離れた森にある、小さな泉。足首程までしかなさそうな深さで、淡い水色の泉は底まで見える。

 泉に沈む石は、彩り豊か。ゆらゆら揺れる細長い藻。泉に浮かぶ丸い葉。のんびりと泳ぐ青い小魚。絵を閉じ込めたような泉だ。


「綺麗……。ミラ姫、この泉に名前はある?」

「ベネボランスの泉よ」

「ありがとう」


 散策、と聞いていたが、馬車から降りる気配はない。私達は馬車の中で、ドア窓から景色を楽しんでいる。

 馬車の扉を開けて、より視界を増やし、風や日差しも堪能している。

 今のドレス姿では、外に出られないのは当然か。


「今日は天気が良くて、風が気持ち良いですね」

「ええ」


 対岸で、子供達が泉に入っている。良いなあ、あれ。まだ寒いけれど、気持ち良さそう。


「ねえ、あれ。羨ましいわね」


 ミラ姫が窓の向こうを指差した。


「あー、違う? 私、変わっているって言われるのよ」

「ううん、違わないわ。同じ事を考えていたの。気が合うわね、私達」


 ミラ姫と顔を見合わせて、同時に笑う。


 何これ、何これ、楽しい!

 大した話はしていないのに、楽しい!


「私、明日もう一度来てみようと思うわ。平服も持ってきているの」


 誘って良いのか、ドキドキする。


「明日? 平服で?」

「ええ。明日は一日好きに過ごして良いと言われているの。ミラ姫は忙しいかしら?」

「明日はお姉様のお見合いも兼ねた昼餐会なの。残念」


 断られたのは悲しいけれど、心底残念、という表情は嬉しい。


「明後日なら時間があるわ」

「明後日は昼に出発予定で……」


 言いかけた時、ミラ姫の表情が陰った。しゅん、と項垂れている。


「ユース様に日程をずらせないか頼んでみるわ」

「本当?」

「ええ」


 ユース様、と口にした瞬間から、動悸がしてきた。心臓が大暴れし始める。

 瞬きをすると、パッとユース王子の微笑みが浮かんだ。次は疲れた様子に、昨夜の寂しそうな横顔も出てくる。

 次から次へと、ユース王子の様々な表情が浮かんできた。

 この感じ、ロクサス卿を好きだと自覚した時と似ている。

 いつからか、何でなのか分からないけれど、ユース王子を好きだというのは、確実なようだ。


「レティア姫、どうしたの?」

「あー……。いえ、何でもないわ」


 羞恥で体が熱くなっていく。ミラ姫は目を丸めたあと、肩を揺らして笑った。


「もしかして、ルイ宰相のことを考えたの? 二人でここに来たい、とか」


 興味津々、というミラ姫に対して、反射的に私は首を横に振った。それも、力強く。


「苦手って言っていたものね。あんなに素敵な方に求愛されて、嫌だなんて変わっているわ。まあ、でもレティア姫はルイ宰相の人柄も逸話も知らないものね」

「え、ええ……」


 手持ち無沙汰で指をいじりそうになった。ペネロピー夫人の叱責を思い出し、手を重ねて、握り締める。


「ねえ、どなたとここへ来たいと思ったの?」


 ミラ姫に顔を覗き込まれた。悪戯っぽい表情。目が輝いている。


「ど、どなた……?」

「レティア姫、どんどん赤くなってる。可愛い」


 クスクス笑われて、私は両手で顔を隠した。


「顔に出さない練習をするわ」


 気合を入れて、顔の筋肉に力を入れる。顔から手を離してミラ姫を見ると、ひきつり笑いを返された。


「こ、怖いお顔よ」

「まあ」

「先程の表情が良いわ」

「いえ、顔に出るなんて困ります」

「秘めないといけない相手なのね!」


 両手を合わせたミラ姫は、楽しそうに笑った。


「秘めないと?」

「違うのですか?」


 ロクサス卿とダメになって、すぐに他の人に想いを寄せるなんて、情け無いし悪い気もするけれど、その批判は甘んじるべきだ。

 多分、メソメソ泣いて、グズグズしていた時にずっと優しくされて、心を寄せたのだから、失恋と新しい恋は切り離せない。


「秘めなくても……。こんなですから隠せなそうですし……。でも、相手にされないから……」


 口にして、相手にされたい、と気がつく。真夜中にあれこれ服を出したり、色気の無さを確認したりしたのはそれでだ!

 自分の事なのに、今更気がつくなんて、馬鹿みたい。


「レティア姫? また真っ赤よ」

「へっ?」

「相手にされないって、そうなの?」


 問いかけに、私はコクリと頷いた。


「あの、見ていたら分かるだろうから、ミラ姫には話しておくけれど……その……」


 ヒヒィンという馬の声と、そこに微かに混じるユース王子の声がして、私は口を閉じた。窓に顔を近づける。

 馬車の出入口と反対側に、馬に乗るユース王子とゲオルグ、それからミラ姫の護衛騎士がいて、何やら話している。


「ユース様……」


 つい名前を口にした時、彼と目が合った。

 ドキリと胸が弾み、恥ずかしくてつい俯く。


「何かしら。用事が出来て、帰らないといけないとかかもしれません」

「それは残念です。ナターシャ、お客様のようですが、どうしました?」


 ミラ姫が馬車の外へ声を掛けた。現れたのはナターシャではなく、ユース王子。手に小さな紙袋を持っている。


「ご機嫌麗しゅうございますミラ姫。レティアと親しくしていただき、ありがとうございます。随分打ち解けたようで嬉しいです」


 失礼します、とユース王子は馬車に乗り込んできて、私達の隣に座った。

 ニコリ、とミラ姫に笑いかけたユース王子の笑顔に違和感。

 知り合った頃に見ていた笑い方と少し似ていると気がつく。でも、あの頃の私に対する目の奥のトゲや冷たさは少ない。

 それ程線引きされていたのに、今の自分は彼の身内だという事に改めて驚く。

 数ヶ月でこんなに関係性が変わるなんて不思議。


「大したものではないのですが、どうぞ」


 そう言うとユース王子はミラ姫に水色の紙袋を渡した。


「街で人気だという、クッキーです」

「まあ、ありがとうございます」

「いえ。それで申し訳ないのですが、レティアに公務が入りまして。予定よりも早くお暇させていただきます」

「そうなのですか、残念です」


 残念、と口にする時のミラ姫は萎れ顔だった。本当に残念と思ってくれていると感じて、かなり嬉しい。


「ありがとうございます。まだ時間がありますので、ごゆっくり。それから、舞踏会でもレティアを宜しくお願い致します」


 サッとミラ姫の手を取ると、ユース王子はミラ姫の手袋に軽く唇を寄せた。ミラ姫がポポポッと頬を染める。


「はい。こちらこそ」


 ユース王子がミラ姫から手を離した。その手が私の頭の上へと移動する。


「レティア、城で待ち合わせだ。執事と世話人の方に頼んであるので、もう少し楽しんできなさい」


 ぽんぽん、と軽く頭を撫でられて、ドドドドドドと急に動悸が始まる。顔も熱い。このままじゃ、ユース王子に見抜かれる。

 目を瞑り、顔を伏せた。はい、と小さな返事をする。


「これでも時間を減らしたんだ。拗ねるな。ミラ姫が好きなのは分かっている」


 あはは、と笑い声がして顔を上げる。ユース王子はミラ姫にウインクしていた。


「レティアは殆ど閉じ込められて育ち、友人に憧れていました。ミラ姫、本当にありがとうございます」


 会釈をすると、ユース王子は馬車から出て行った。なんか、勘違いされて助かった。


「私と長くいたいと思ってくれているのね。嬉しい」

「ええ。勿論」


 微笑まれて、胸がじんわりと熱くなった。


「それにしてもレティア姫、誰だか分かったわ」


 ニンマリ、と笑うミラ姫にほっぺたをつつかれた。


「やきもちを妬いたり、照れたり、可愛い」


 何もかも顔に出ていたらしい。それも、自覚していない感情まで。

 ユース王子とミラ姫は、挨拶をしただけなのに、嫉妬したのか私。


「兄相手だと、相手にされないというか、伝わらないわよね。兄妹愛と間違えられるもの。アルタイルでは近親愛は許されるの?」

「近親愛? ああ、いえ、その。血は繋が……異母兄妹は、まあ、大反対はされないかと……」


 血は繋がっていません。と危うく言うところだった。少しは口が重くなったかも。これからも気をつけよう。


「それなら応援するから、頑張ってね。まずは舞踏会ね!」


 私は大きく首を横に振った。ロクサス卿とダメになってすぐにユース王子にアピールするなんて、気が引ける。


「怯えや恐れは恋をダメにするって、お姉様たちが言っていたわ。何もしないと後悔するって」


 この一言で、私はロクサス卿との事と、衣装部屋での、ルル姫達のレクス王子への気持ちに対する後悔を思い浮かべた。

 

「そうね。そうよね。踊るくらい……。ユース様、足を怪我しているの。平気そうな振りをしているけれど、まだ痛む筈だわ」

「そうなの? 全然そんな風に見えなかったわ」

「ユース様って、隠すのが上手いの。何が冗談や揶揄いで、何が本心なのかサッパリ分からないわ」

「お姉様が男性の事は言葉ではなく行動を見なさいって言っていたわ。女性もだと思うけれど」

「行動?」

「目は口程にものを言う。先程のレティア姫のようにね」

「もう、その顔やめて!」

「ふふっ。作戦会議しましょう」


 微笑ましいと言わんばかりの、ニヤニヤ笑い。恥ずかしくてならない。

 お別れするまで、私はミラ姫に揶揄われ続けた。

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