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王子と鷲蛇姫 2

【流星国城 衣装部屋】


 私がミラ王女に用意したのは、薄い青のドレス。

 この色は、アルタイル王国では、ホワイトインディゴブルーと呼ぶ。

 生活に欠かせない澄んだ水の色。王室の象徴の色の一つ。そういう講釈を受けた。

 かつて、ルシル王妃がまだ王女の時、成人の儀式の際に使用したドレスだ。


 腰より少し高い位置から切り返し、裾はふわりと広がる。ドレスには銀刺繍とパールで、同じ花柄が等間隔に配置され、動くたびにキラキラと輝く。

 その花柄も、胸元から肩と腕を隠すレースの袖の柄も、国花のアストライアジャスミン柄。


「まあ、素敵!」


 着替え終わったミラ姫を見て、ルル姫が感嘆の声を上げる。


「とても綺麗だけれど、何だか悪いわ」


 そう言いながら、ミラ姫はどことなく嬉しそう。このドレスは彼女に良く似合っている。

 アルタイル城にある、装飾品や青薔薇の冠を使うと、絢爛になるけれど、ドレス単品だとそこまで派手ではない。

 しかし良く見れば、このドレスの価値が決して低くはないと分かるだろう。

 柄を作るのが、繊細で丁寧な銀刺繍と無数の小さなパールだ。生地自体も高級品。

 

「悪い? 私にこんなに綺麗なドレスを用意してくださったのに?」

「打ち合わせて、同じくらいの質のものにはしていましたが、このドレス、絶対にレティア姫に似合うわ」

「それは、そうです。私に合わせて持ってきたのですもの。それなら、このドレスもそうではないですか?」


 私は、自分が着ているドレスを掌で示した。同じ系統の色にする、と決めて、私に用意されたのは深い青のドレス。

 フリルが沢山あり、折り返しで裏地の刺繍が見えて、華やかな印象になっているところが好きだ。複雑そうな作りなので、かなり手間暇かかった品だろう。

 裾は純白の総レース。胸元や肩があらわなのが恥ずかしいけれど、全体としては、可愛らしいデザイン。

 バッスルスタイルと言って、お尻を強調する道具が入れられていて、背後の裾が長い。そこに、腰につけられたリボンの垂れが、伸びている。

 動くたびにふわふわ揺れて、とても可愛い。


「うーん、そうね。戻します? 装飾品を交換しましょうか!」


 良い案だわ、とミラ姫は彼女の世話役に何か耳打ちした。

 私の座るソファの前のテーブルに、布が広げられ、装飾品がズラリと並べられる。

 ネックレス、イヤリング、腕輪、指輪、それにティアラ。ダイヤにエメラルド、サファイアにルビー。黒いのは、エトワール妃の装飾品の宝石と似ている。

 

——姫を飾るのはセルペンス


 頭上でカチューシャのようになり、ジッとしているセルペンスから告げられた。


「ミラ、単に両方着てみたいのでしょう。ここからまた二回も着替えをなする時間なんて無いわ。二人ともとても似合っているし、ドレスだけの約束よ。ナターシャを怒らせたいの?」


 ナターシャ、とはミラ姫付きの世話役夫人だ。ヴィクトリアとひそひそ打ち合わせをしている。

 ヴィクトリアがオリビアとアリスに何やら指示を出し、私が用意してきた装飾品をテーブルに並べた。


「違うわ、お姉様。レティア姫がこのドレスを着るところを見てみたかったの。絶対に綺麗だわ。あーあ、楽しくあれこれ悩みたかったけれど、確かに時間が足りないわね。ナターシャ、ヴィクトリア夫人と見立ててくれる?」

「かしこまりました」


 ナターシャ夫人が私の前に膝をつく。

 今日は、ルル姫、ミラ姫と3人でお揃いの髪型だ。化粧も似せてある。

 大蛇連合国内で流行りだという髪や化粧を、ヴィクトリアが私に似合うように工夫してくれた。

 なので、後は装飾品を選んだら終わり。


「すみません、ミラ姫。こちらは決めた物しか持ってきていません」


 ヴィクトリアが申し訳なさそうに会釈をすると、ミラ姫は首を横に振った。

 ミラ姫とルル姫が、私の向かい側のソファに腰掛ける。


「いえ、ドレスの貸し借りというお約束でしたもの」

「その通りです。レティア様の髪色やこのドレスに似合うのは……」


 ナターシャ夫人が腕輪を私につけようとしたとき、セルペンスが手首に移動してきた。


——姫はセルペンスが飾る


 いつもは輪っかになるけれど、今日は巻きついてきた。ナターシャが固まる。


「ね、ナターシャ。話をした通りでしょう? レティア姫はティア姫と同じで生き物に好かれているそうよ」

「触るな、ということでしょうか?」


 ナターシャ夫人の質問に、私ではなくミラ姫が答えた。


「そんなの、レティア姫に分かる訳ないではありませんか」

「ええ。はい」


 ナターシャ夫人は小さく頷いて、手にしている腕輪をテーブルの上に戻した。


「それにしても、エリニス王子の海蛇とそっくりだわ」

「ココトリス、でしたっけ? あの、私の国ではセルペンスと言います。祀る神や信仰内容も似ていますので、我が国の文化は西から流れてきたのかもしれません」


 ナターシャが恭しいというように、私に会釈をしてきた。

 昨日もそうだったが、ティア姫と同じ、で済むのは有り難い。

 ダバリ村のシャーロット・ユミリオン男爵令嬢だったら、どうなっていたのだろう?


「あの、腕輪は無くて構いません。最近、頭の上にいたのに、どうしたのかしら」


——姫を飾るのはセルペンス!


 手首に頭部を擦り寄せると、セルペンスは目を瞑った。この主張はよく分からない。

 ナターシャがネックレスとイヤリングを選ぶ際のセルペンスは大人しかった。

 

「あらナターシャ、ティアラか髪飾りは?」

「見るだけで幸運を招くという伝承の国宝を持ってきたそうですので。一番最初に、フィズ国王陛下にお見せするそうです」

「そうなの」


 ルル姫とミラ姫の目が、どんな冠? と問いかけている。


「晩餐会と舞踏会でも使います」

「ふふっ。楽しみ」


 二人から笑いかけられた時、セルペンスが手首から頭の上へと移動した。


「あの、ねえ、レティア姫。本当にエリニス王子とは無関係なのですか?」


 ルル姫の疑惑の目に戸惑う。けれども、ユース王子から解答集を渡されて、頭に入れてきたので、そこまで動揺しなかった。


「我が国の大聖堂で、それらしき方に祝福を受けました。おばあさまもそうだったようです」

「アルタイル王族はドメキア王族の分家かも、という噂ですものね。エリニス王子と会ったの? いつ?」


 アルタイル王族はドメキア王族の分家という噂なのか。覚えておこう。


「礼拝時に時折、どこからともなく声がするのです。エリニス王子なのかは分かりません。この間は、他の大勢の者が大聖堂で不思議な声を聞きました」


 深呼吸をして、覚えてきた内容を思い浮かべる。


「汝、祈れ。汝、歌え。汝、助け、与えよ。男性のような声が、大聖堂に木霊したそうです」


 ルル姫はミラ姫と顔を見合わせた。


「エリニス王子なのかしら? この国にはない教えです。ああ……エリニス王子……お元気なのかしら。神の遣いだなんて……。それでも良いから帰ってきて欲しいわ……」


 ルル姫は涙ぐみ、両手を握りしめた。


「エリニス王子……。二度とお会い出来ないのなら……。アルタイル王国の大聖堂に現れたのなら、会えるのかしら?」


 涙を指で拭うルル姫が、目を細めて私を見据えた。


「あの、それがエリニス王子なのかは分かりません」

「ナターシャ、私はアルタイル王国に留学……」

「ルル様、いくら縁談話が嫌だからと、いつまでも神に恋い焦がれるなど困ります」


 膨れっ面になると、ルル姫はツンとそっぽを向いた。ナターシャは目を細めている。


「冗談です。再来月の挙式を、今更断るなんてしません。それに、嫌ではありません。両国繁栄の為ですし、誠実そうな方ですもの」

「ルル姫様、ご結婚されるのですか?」

「そうなのよ! レティア姫、私はエリニス様の1番のお妃になるつもりだったのに……」


 ぐずっと鼻をすすると、ルル姫はエリニス王子の話を始めた。彼女の話しぶりだと、エリニス王子は完全無欠の王子様だ。全く想像がつかない。

 

「そういえば、レティア姫はイーリオン国のルイ王子とお見合いに来たそうね。昨日、教えてくれたら良かったのに」

「え?」


 イーリオン国のルイ王子? アクイラ宰相から聞かされた人物の一人だ。

 確か……優秀だが女泣かせなので、レティア様には合わないとか何とか言っていた。


「畏れ多くもルル王女殿下、そのような話はございません。別の方と混同された話でしょう」

「あら、そうなの? ヴィクトリア夫人、そんなにかしこまらなくて良いわ。気軽にルル姫と呼んで下さいませ」


 私の頬が自然と引きつる。ルイ宰相とお見合いしに来たという噂が、ねじ曲がっている? 同じ名前みたいだからあり得る。


「レティア姫、大変よ。ルイ王子、乗り気だって噂よ」


 ねえ、お姉様、とミラ姫がルル姫と顔を見合わせる。


「エレクトラ姫が怒っているって話を聞いていい気味と思っ……コホン。可哀想に同情していましたが、見合いをするではなくて見合いをしたいという話だったのですね」

「レティア姫。顔色が悪いわ。あの、ルイ王子は良い方よ。少々派手というか、こう、思わせぶりな方ですけれど」

「女癖が悪いとか、そういう噂はないし、間も無く国内の領地を任されるそうよ」

「噂の出所は相手側でしょうかね? 他の方々への牽制? レティア姫を盗み見とか調査したのかしら?」


 捻くれる前の噂は、伝わっていないらしい。ヴィクトリアが私の隣に座り、つま先で私の靴を軽く蹴った。

 目配せされて、ルイ宰相の事を話しておけ、という意味だと解釈する。発言を間違えたら、彼女は止めたり、訂正してくれるだろう。


「あ、あのルル姫、ミラ姫。私、その、あの……」


 私はしどろもどろ、ルイ宰相の事を話した。なるべく抑え気味に。それから、彼は少々苦手だという話も添える。

 ヴィクトリアは口を挟んでこなかったので、問題なさそう。


「そう、正しい情報を伝えるようにするわ。でも、いいえ、そうよ。ルイ宰相の事は伏せておきましょう。暴動が起きるわ」

「そうねミラ。イーリオンのルイ王子とレティア姫のお見合い話なんて無いって話だけしましょう。レティア姫って変わっているのね。あのルイ宰相を苦手だなんて。彼の事を知らないからじゃない?」


 ミラ姫は気遣わしげで、ルル姫はワクワク顔。

 ()()ルイ宰相か。あのって、どんな? 

 悪い人では無さそうだけど、人目を憚らないところとか、いきなり私を拐ったところが苦手だ。


「お姉様、ルイ宰相ではなくて、きっと女性達を恐れているのですよ。彼女、こんなに真っ青よ」

「まあ、レクス王子が去ってから、ルイ様の人気は凄まじいですからね」


 ルル姫とミラ姫が遠い目をする。凄まじい人気、か。舞踏会が怖くなってきた。エブリーヌみたいなお姫様がいたら嫌だな。

 後でミラ姫にステンノー派閥について聞いておかないと。北側のハフルパフ一派だけではなく、エレクトラ姫も要注意と心に刻む。

 隅っこで大人しくしておこうという決意を、ますます固める。


「はあ……。レクス王子……」

「レクス王子……」


 しんみりした空気。黄昏国の若い侍女達が、ぐすぐすと泣き出した。ミラ姫も涙目だ。


「結婚は無理でも、せめて一度くらい踊りたかったわ。あと数年早く生まれていたら……。お姉様は狡い……」

「狡い? 私の葛藤の苦しみが貴女に分かる? 想いを秘めて、リリー姫の応援をし続け……」


 今度はレクス王子の話が始まる。エリニス王子と同じで、完全無欠の王子様。いや、鈍感がたまに傷だったらしい。

 

「装飾品はどうされますか? そろそろこの衣装部屋の使用時間が終わります」


 ほらほら、急げ、とナターシャがミラ姫を促す。


「アルタイル王国のユース王子と踊っていただいたらどうです? どことなく、レクス王子に似ていませんか?」


 ナターシャの発言に、驚いてしまった。そうなの? 

 ミラ姫が頬を染めて、はにかみ笑いを浮かべた。それにも、衝撃を受ける。


「髪色だけではないですか。けれども、とても素敵な方ですよね」


 期待、というようなミラ姫の視線の意味は、ユース王子と踊りたいという意味だろう。

 ミラ姫とユース王子が踊る。……。ユース王子なら全員と踊るんじゃないか?

 そうか、そうなのか、そうだよな……。


 何だか嫌だな、と感じた時に、あれ? と気がつく。


 私……。あれ? 嫌って、えっ?


 公務の一環として踊るだけなのに嫌。うん、嫌だ。とても気が重い。


 ぼんやりと浮かんだのは、ステンドグラスの光を背負った、キラキラ光るユース王子。アルタイル大聖堂での即位式の日に見つめた、穏やかな立ち姿。


 そんな訳無い。私はずっと、旦那様が好きで……。好きで……。


 え? 旦那様からユース王子に心変わりしたから旦那様を袖にしたたの? 

 まさか。今だって、旦那様の事を考えると胸が痛くて苦しい。


 なのに、嫉妬……。嫉妬だよな、この不快感は……。


 自分の事なのに分からない。


 私はしばらく茫然としてしまった。


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