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王子とドングリ 3

 流星国訪問初日の夜。レティアは大蛇連合国のお姫様達と親しくなったらしく、夕食中、その話ばかりしていた。

 男性に好かれるよりも、女性に好かれて浮かれるのは、生い立ち故だろう。初めての友人らしき、黄昏国のミラ姫について、延々と語る姿は可愛かった。

 夕食後、今夜は特にする事はない。何せ、交易契約を結ぶ事は放棄した。


 明日の晩餐会と舞踏会に参加し、翌日軽く土産品の購入をしたら、即帰国。これは決定事項。ヘイルダム卿、デュラン卿を、この国や要人は怖いと丸め込んだ。

 よし、と姿見の中の自分の格好を確認し、部屋を出る。楽しい夕食時間を過ごしたが、酒が足りない。

 この国では、私の護衛なんて不要。何せ、顔が割れていないし、拐うのも、殺すのも、この国の者からしたら、何の得にならない。偶然、来訪が祭事と被ったので、狙われる相手は他にウジャウジャいる。


「それでも一応、ついてくるのか?」

「一応、です。フェンリス、妻と娘への土産品、夜市で掘り出し物を発見出来るかもしれません」

「ダグ、俺を財布にするつもりか?」

「ええ。勿論」


 十年来の忠臣は、図々しい。お忍びの際に、友人対応してもらっているから、向こうはどうだか知らないが、こちらとしては本物の友みたいな感覚を持っている。

 まあ、二人でも良いかと宿を後にして、夜市を見て回り、目についた酒場に入った。案内された席に着く。

 ザッと見渡して、どのような女性がいるのか確認。伊達眼鏡の向こう側で、私と目が合うと、投げキッスやウインクをしてくる者が3名。うち1人は店員。厚くて大きめの唇が実に良い。

 不意に、レティアの無邪気な笑顔が脳裏によぎり、店員に手を振るのを止めていた。代わりに、年寄りの男性店員を手招きする。


「良い品を買えて良かった。フェンリス、またです? 俺は妖精に告げ口しますからね」


 誘ってないのに、告げ口なんてさせるか。目で愛でるくらい許される。というより、今夜は食指が動かない。予想はしていたが、目の当たりにすると、自身のことながら、驚きである。


「甥っ子の護衛担当になれば見逃すのだろう? 夫でもない、気ままな独身男を縛ろうなんて、妖精ではなく悪女……っ痛」

「どうしました?」

「いや……」


 スビシッ、とおでこに硬いものが当たった。コンコン、コンとテーブルの上にドングリが転がる。またドングリ。どこから飛んできた。


「ドングリ? フェンリス、大丈夫ですか? ネズミか?」

「痛い」


 痛い、と口にしたのに、ダグラスは私の発言を無視し、ドングリを指で弄って、ピンッと床に弾いた。

 今度は左足に、何かに刺されるような、チクリという痛み。確認すると、発赤が二つ、増えていた。昼間のものと、同じような間隔の点々。


「この幅……」


 見える範囲の床、ズボン周り、椅子にかけたコートと探してみたが、セルペンスは居なかった。考え過ぎか?


「聞きました? 恵の聖女の話。エリニス王子が加護を与えたらしい」

「エリニス王子はもういない。エリニース様だ。はあ、本当にもう二度とお会い出来ないのか。探しに消えたヴァルは、飢え死にしていたりしないよな?」

「あの生意気で俺様で遣り手のヴァルが、飢え死になんてする訳ないじゃないですか。どこか街で諦めて、結婚とかもして、騎士をしてるんじゃないですか?」


 ビールがアルタイル王国よりずっと安かったので頼み、待っている最中、隣のテーブルから気になる話。耳をそばだてる。


「それより、レティア姫だ。俺は明日、舞踏会会場の護衛担当なんだ。間近で見られる。いや、そこの方。なんて逞しくて、格好良いのでしょう。お名前は? なーんて!」

「ぶわっはっはっは! 何言ってるんだよお前。絶世の美女は単なる噂だったが、割と可愛らしかった。美人の聖女が、お前みたいなガサツでブサイクな騎士に一目惚れするか!」

「逆だろう! 聖女ならこの俺の素晴らしい心根を見抜いてくれる! 砦の上から双眼鏡で見たが、可愛かったんだ! ドストライクだ!」

「お前、美人だと毎回それを言うよな」


 酒場なので煩いが、その騒がしさを増やしているこいつらは、流星国の騎士か。まっ、夢を見るのは自由。


「何故、アルタイル王国から遣者が来て、アクイラ様も帰国したのに、カール様は帰って来ない! 騎士団の視察と、ちょっと観光だったよな⁈」

「あれじゃね? あの見合いの話って本当だったとか」

「あー、デュオ王子だっけ? 肖像画を見て一目惚れしたんじゃないかって噂の」


 前方のテーブルから聞こえてきた会話に、むせそうになった。


「聞いたか? ダグ」

「ん? ああ、あのルイ宰相の噂です? 相当広がっているのですね」


 ダグラスは違うテーブルの会話を拾ったようだ。耳をすますと、後方のテーブルで堅物大鷲が、激務の反動で発情して、聖女を尻を追いかけ回している。賢者もむっつりスケベの、人の子だったのか、という話をしていた。酷い言われように吹き出しそうになる。


「噂話ばっかりだな」

「あれこれ、面白いですね」


 来国早々、恵みの雨を降らした聖女レティア、の話はそこまで多くない。それにしても、カール令嬢はディオクの気を引きたかったのか。兄と見合いをして、弟の気を引く。うーん、あの態度からはしっくり来ない。ディオクと会っていた様子もない。


「カールはアンリエッタの為に、ニールを探しに行ったんだろう?」

「ニール? アンリエッタは俺の嫁だ。ニールはともかく、元気かなあレクス王子。紛争地帯で見かけたって、旅芸人に聞いたんだ」

「バーカ、アンリエッタは俺の妻だ。それは別にして、レクス王子に会いたいなあ」

「ルビーに手を出すな。俺のものになる予定だ。ああ、レクス王子……」

「それなら俺はサファイア……いや、噛み殺されるのか? カールは美しいけど、怖えよな……。はあ、レクス王子……」

「レクス王子……」


 前方のテーブルが葬式のように静かになった。と、思ったら、歌い出した。レクス王子を称える! と厳つい大男が椅子に立って、ガラガラ声で歌い始める。

 近くのテーブルの者達は知人だったようで、次々と歌に混ざっていき、一気に周囲が喧しい。


「よお、見かけない顔だな色男。しかし、ルーシィーは俺のものなので、諦めてくれ」


 突然、ドサリと隣の席に鷲鼻の青年が腰を下ろした。ダグラスがピリッとした空気を発する。


「ん? あんたは護衛かい? 俺はこの国の誉高い騎士なので、危害を与えるのとは逆だ」


 よろしく、と鷲鼻男がダグラスに手を伸ばす。ダグラスはにこやかに握手に応えた。


「彼女、ルーシィーと言うのか。良かった、名前を知れて」

「おい、だからルーシィーは俺の……」

「何、色男に絡んでるんだよバッサス! ルーシィーは俺のだ。この万年片想いめ」


 バシン、とバッサスの頭を歌っていた寄り目気味の青年が叩いた。帰るか。この酒場は煩くて面倒。


「ダグ、帰るか」

「いや、面白いのでまだいましょう。フェンリス、食事もまだだ。すみませーん!」


 ダグラスに引き留められ、腰を浮かせたが、しぶしぶ座る。私はもう腹一杯だ。


「私も帰りたくないでーす。ご馳走様です!」


 目の前に、いきなり現れたのはミネーヴァだった。ザワザワ、と周囲が色めき立つ。まあ、彼女は割と美人だ。そして、この酒場にはむさ苦しい、女に不自由そうな男ばかり。

 たまには少し騒がしいくらいの所と思ったけれど、店選びを間違えた。

 彼女は手に紙袋をいくつも持っている。


「護衛は間に合っているけど?」

「いやあ、珍しい物が沢山あって、つい。夕食代が足りないので、お願いしまーす!」


 ディオクの信頼厚いこの女騎士副隊長は、年々厚かましくなっている気がする。


「つけていたんだろう。シャーロットには後輩か」

「ええ。今夜の当番は彼女です。まあ、シャーロットさんには、最強の護衛がついてますけど」

「まあ、ああ、そうだな。守護者が張り付いている。当番表では、今夜は君だった筈だが?」


 ミネーヴァは、レティア・アルタイルに護衛騎士は不要と言いたげ。なにせ、レティアの危機には、大蛇が現れる。


「んなっ。そこまで覚え……。夕食とデザー……いえ、これも仕事です! 一名では足りないと、馳せ参じました!」

「あのなあ、あまりにもそういう態度だと……」

「すみませーん! ビールと白身魚のタルタルフライ、それから鳥肉のソテーをお願いします!」


 女性騎士は私の管轄外。脅しても無駄。完全に無視された。


「同じテーブルに牛ステーキも! ミネーヴァ、年頃の娘は野菜も摂るべきだ。おすすめのサラダもお願いします!」

「はーい。私、野菜って嫌いなんですけど、先輩に言われたら食べない訳にはいかないわ。ミネーヴァ、耐えるのよ!」


 ビール一杯で酔い始めた様子の奔放女騎士と、注意しないでビールを呷るダグラス。面倒だが、愉快なので、まあいっか。


「ねえ、フェンリス様。今夜は寒くて、眠れそうにないです」


 テーブルに両膝をついて、掌に顎を乗せたミネーヴァが、私を上目遣いで見つめた。


「君が良いなら、お好きにどうぞ。布団を温めて待っているよ」

「ダメに決まっています! 私はこのような筋肉質で、大きくて、包容力のある男性が好きです! しかし、フェンリスは乙女の夢。手を伸ばせば届きそうなのに、二人には身分というクレバスが横たわる。見張りだなんて……。ああ、ミネーヴァ。可哀想な子……誰か慰めて……」


 さりげなくミネーヴァの隣に座り、ビールを飲むバッサスを指差すと、ミネーヴァは泣き真似をして、テーブルに突っ伏した。この女性は、バッサスに貢がせる気だ。


「見張りって、君も妖精から頼まれた監視?」

「いえ、我が唯一の主です!」


 つまり、ディオクか。突っ伏すのを止めると、ミネーヴァはさりげなくバッサスにボディタッチし、空のビールジャッキを渡した。耳元で何か喋り、可愛く笑いかけている。

 当然、というようにバッサスがビールを頼んな。この男は毒蛇の牙に噛まれたな。


「ああ。そっち。何か、俺を結婚させたいらしいよね。あの方。この話で、私の何を釣りたいんだ?」

「そりゃあ、良い相手が見つかったのでそうです。表向きだけで良いのに、妙だって気にしていましたよ。損なんてあります?」

「それを探りにきたのか。というか、直球だな。んー、まあ、私は万々歳だが本人の為になあ」


 ポロリと本音が溢れる。絶対に不倫という裏切りをするから、結婚したくない。私のど真ん中にはマリーがいる。結婚相手や子供は攻撃の的や弱点になるから作らない。

 その筈だったのに、レティアはその全部を蹴散らして、私の心の中央に君臨。悪くない、ゆっくりと口説き落としたい、と考えている自分が不思議。


「ミネーヴァ、フェンリスはなんだかんだそういう方だ。あと、浮気は良いけど不倫は裏切りだから嫌悪という、意味の分からない持論を持っている。困ったことに、それを改める気はない」


 ダグラスに睨まれたので、笑顔を返す。おい、ミネーヴァなんかにバラすな。


「家族とか子供に憧れてるのに……。思い起こせば、フェンリスはずっと不遇な方で……」


 そういえばダグラスって、泣き上戸。先程から、ダグラスがビールを何杯も呷っているのを失念していた。


「おい、ダグラス。情け無い話はやめろ」

「口説き落とせば良いのに、それはしないんです? エトワール様やフローラ様の気も済みますし、兄上方もお喜びになるし、円満解決ですよ。不倫は、まあ見張りが増えるでしょう。先日の件、あちこちで怒りの声が上がっています」


 自分自身を指差したミネーヴァの言いたいことはこうだ。旅先で女遊びしないように、見張り。うんうん、と頷くダグラスも同じか。


「息抜きに飲みにきたのに、こういう話ばかりするなら帰りたいんだが。金も置いていかないぞ」

「すみませんでした! すみません、赤ワイン下さい!」


 料理が登場した途端、ミネーヴァは目を輝かせ、酒を追加。


「可愛いし、気立ても良いし、丁度破断したし、良いではないですか。貴方の好みとは正反対そうですけど。でも、海老で鯛を釣るから無理です? いやあ、昨夜と今朝の件は話は驚きました」

「鯛は釣らない。絶対にやらない。帰ったら小聖堂に入れる」


 ルイ宰相の事を思い出したら、苛立って仕方がなかった。


「えっ? 小聖堂?」

「群がると断るのが大変だから、いっそって思って。兄上や君の主と帰ったら相談するさ。それにしても、本当にグイグイ、グイグイ来るな。温め合う時なら良いけどさ」

「……。バッサス、いやあ、君達は騎士だろう? 私もそうだ。是非、この国の話を教えて欲しい。で、おすすめのお酒は?」


 ミネーヴァは社交界の貴公子のウインクを無視。プライドが擽られたので、左足を伸ばして、ミネーヴァの足をつつく。その後は、すこし脛あたりをなぞる。


「夢だから、無視した? さっき言葉に詰まっただろう」


 こういう勝ち気で、男を掌で転がす女性を組み敷いて、好き勝手するのが私の趣味。

 含み笑いを送ると、ミネーヴァはほんのり頬を赤くして、僅かに視線を泳がせた。


「まさか」

「そう?」


 流石にミネーヴァを相手にするのは、仕事に支障をきたす。抱く手前まで揶揄ってみよう。そうすればこの生意気さも抑えられるかも、と考えた時に、また左足に痛みが走った。ぐらり、と目眩が起こる。

 素早く足元を確認くると、しゅるり、と小指程の太さの小さな蛇の影が見えた。セルペンスか? 


「フェンリス?」

「いや、少し酔った。ダグラス、水をくれ」

「酔ったって、涼しい顔ですよ。しかも水をくれって、ビールジャッキを掴んで」


 肩を揺らしながら、ビールを口に含む。しかし、激しい動悸に襲われ、口元が緩みそう。

 嫉妬なら前途洋洋。女性を口説こうかと考えると、見張りらしいセルペンスが噛みつくのは怖い事なのに、嬉しいとは私は阿呆だな。

 いや、やきもちではなく、エトワール二号なだけか? ロクサスとああなって、すぐこちらに傾く訳がないので、そっちか。

 まあ、惚れた相手に縛られるのは、どんな理由でも悪くないかも。見張り達やその背後にいる者達には腹が立つのに、レティアだと満足とは……。酔いで妙な思考に陥っている。

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