王子とドングリ 2
落ち込むルイ宰相を慰めつつ、レティアは恥ずかしがり屋なので文通から始めると良いと洗脳。手紙は私が受け取り、レティアへ橋渡しすると伝えた。
レティアに手紙を渡さず、私が返事を書いてやろう、と密かに企てている。
その後、ルタ王子に許可を得て、流星国城内を探索。
案内役という名目で、見張りの騎士が一名付いたけれど、こちらとしては情報収集相手を貰えて有り難い。
城内をプラプラ歩き、見かける者達に礼儀正しく挨拶をし、話を聞き出す。若い女性が一番役に立つ。私の顔に見惚れ、甘い社交辞令を口にすれば、唇が緩む。
欲しいのは要人達の弱点や望むもの。ルイ宰相の見合い相手。それからカール令嬢の想い人の情報。婚約回避は出来たが、アルタイル王国でのさばらせておきたくない。
夕刻になって、得られた情報は、フィズ国王の弱点が、王妃のコーディアルだという事くらい。それは、随分昔に、噂で仕入れている情報。使い方は、今日ルタ王子から学んだ。
大した収穫は無かったが、仕方がない。そろそろ宿泊予定の宿へ行くか、とレティア探しに変更。声を掛けた侍女が案内してくれて、すぐに見つかった。
レティアは応接室の一室で、似たような年頃の女性達と共に過ごしていた。アリスとオリビアを入れて、全部で七人。テーブルの上に、無数の小さな四角い紙が無秩序に置いてある。
「初めまして、可憐なお嬢様方。いえ王女様方でしょうか。ご機嫌麗しゅうございます。アルタイル王国宰相、ユースと申します。我が国のレティアと侍女見習いが、大変お世話になっているようで、ありがとうございます」
出入口で会釈をして、一人一人に微笑みかける。一人は澄まし顔、もう一人は愛想笑い。残り二人には、はにかみ笑いを返された。順番に挨拶をされる。国、名前、顔をセットで頭に叩き込む。
スコーンとおでこに何かが直撃。これは既視感。トン、トトトンと床に転がったのはドングリ。またドングリ。何故ドングリ。どこからドングリだ?
「まあ、ユース様。何かぶつかりました?」
レティアのこの台詞にも覚えがある。今日聞いた。
「ドングリのようだ。この城では、ドングリの雨が降るらしい。流星国城では、リスでも飼っているのかもしれない」
床に落ちるドングリを掌で示す。ネズミか?
「まあ、本当。ドングリ」
立ち上がり、近寄ってきたレティアがドングリを拾う。しげしげとドングリを眺めた後、レティアはグルリと天井を見渡し、リス? と呟いた。私も探してみたが、何も見当たらない。
「そろそろ宿へ行く。こちらの可愛いお姫様達に、ご挨拶しなさい」
レティアに耳打ちをすると、彼女はあからさまに悲しんだ。眉尻を下げ、何かを懇願するような眼差し。
「あの、今……。まだ百歌取りの途中で……」
「百歌取り? ああ、煌国の。フィズ国王陛下の出身国だからな。つまり、まだ帰りたく無いと言う訳か」
応接室内には、男は不在なので良いか。
「他の方々も、もうすぐ夕餉前の支度などがあるだろう。解散になるまで、外で待っているので、ゆっくりすると良い」
「お待たせするなら、あの……」
「この国で、お姫様達と楽しむのは、立派な外交だ。頼むぞ」
頭を撫でる。表情を明るくしたレティアを確認すると、サッと部屋を出た。部屋の真ん前で待つのもアレなので、少し移動。中庭が見える窓辺に立ち、ぼんやりと庭を眺める。
レティアが笑うだけで、こんなに嬉しいとは、妙な気分。エトワール命、エトワール至上主義のフィラントの気持ちを、少し理解したかも。
中庭に、桃色のサザンカが咲いていて、目に留まった。
「庭には出ても良いですか?」
「ええ、是非どうぞ。国王陛下も手入れをする、自慢の庭でございます」
「ありがとうございます」
監査役の騎士、ノーマンは心良く中庭の出入口へ案内してくれた。
アルタイル城の庭園とは違い、植物に統一性がない。その代わりに、時期によって異なった景色を堪能出来そう。
庭を眺めながら、サザンカの木へと近寄る。
他国の城の中庭の木から花を取るのもどうかと思い、落下しているものから、一番綺麗なものを選ぶ。
それで、少し悩む。ピンクのサザンカの花言葉は「永遠の愛」である。使わないように気をつける花、として覚えたのに、使うか悩むとは人生とは何があるか分からない。
永遠か……。永遠……。永遠なんて誓えるか。まあ、単なる花だ。似合うだろう、くらいの気持ちで渡せば良い。しかし、この花言葉……いや、絶対に似合う……自問自答しながら、掌に乗せたサザンカを見つめ続ける。
ガサッと物音がして、顔を上げた。ノーマンかと思ったら、女性だった。小柄で、ちんまりとしていながらも、出るところは出ていて、くびれているところはきちんとくびれている。大きな瞳とストロベリーブロンドが目を惹く美女。リシュリを羽交い締めにして、連れ去った人物。
ストロベリーブロンドで美人といえば、ティア王女側近のアンリエッタ・ハフルパフ公爵令嬢が思い浮かぶ。エトワールから聞いていた通り、清楚可憐で気立てが良さそうな見た目。まあ、本人かどうかも、実際の中身も知らないが。
「二度目まして、アンリエッタ・ハフルパフ公爵令嬢。アルタイル王国のユースと申します」
手を取って、手の甲に唇を寄せるという普通の挨拶を行う。彼女は何かに戸惑っている。
「ああ、ええ……。昼間はみっともないところをお見せ致しました。自己紹介も遅くなり、申し訳ございません。城勤めのアンリエッタです。エトワール様には、いつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。義妹に親愛を、ありがとうございます」
アンリエッタ令嬢はさり気なく手を引っ込め、私から少し距離を取った。頭にも泣きそうな表情に、困惑する。
再度、ガサリという物音がして、アンリエッタ令嬢は私の腕を掴み、木陰に隠れた。
「アンリエッタ様? あれ、確かに見かけたのに」
そっと覗くと、ヴラドだった。こいつは見つけられなくて、まだ擦り寄れてなかった。これは、良いタイミング。ルイ宰相からレティアの熱愛に反対派のヴラドは、味方にしておくべき。
「少し協力して」
ん? と思ったら、アンリエッタ令嬢に抱きしめられた。それも、わざと物音を立てて。
「自信がなくて、お断りしたというのに、わざわざ会いに来てくださったなんて、嬉しいです」
なんか、小芝居が始まった。私達に気がついたヴラドと目が合う。動揺の表情を作っておいた。
「妹が是非にと薦めるので、この目でどれだけ素晴らしい方なのか、確かめたかったのです。ただ、申し訳……」
うげっ、窓越しにレティアと目が合った。この状況は誤解される。
触れ合う感触が随分と良いアンリエッタ令嬢を、本能的に抱き締めようとしたが、理性を動員して、腕を上へ挙げた。
「申し訳ございませんが、胸を焦がす者がいますので」
窓越しだが、レティアに届くか? 君だ、というように笑いかけてみだが、しかめっ面である。あれは、純情乙女の嫌悪感と、やきもちと、どっちなんだ?
ベチンッ、と額に何かがぶつかる。痛い。足元を見渡すと、またドングリ。何故ドングリ。誰だ。
その次は左足にチクリという痛みを感じた。足を確認したいが、今の体制だと無理。視界には、特に刺す虫はいない。
「チッ。合わせろよ」
舌打ちと、低い声。アンリエッタ令嬢の姿とは、実に似合わない。これが中身か。
「ああ、またしても意中の方には……。はあ、このような気持ちでお見合いなど……無理です。お相手の方も、運命の女性を見つけたようですし」
私を見上げて、はらはらと涙を流すと、アンリエッタ令嬢はゆっくりとヴラドを見た。
儚げで、支えてやりたくなる悲壮感を醸し出すアンリエッタ令嬢に、ヴラドは心痛というように胸元を握りしめた。
ちょろいな、あの男。
ルイ宰相の見合い相手は、このアンリエッタ令嬢か。
「ヴラド様、熱心に通っていただいているのに……このような気持ち……すみません……。けれども、私も一人の女です……。父や母、ティア様のようになりたいと、憧れが……」
アンリエッタ、もう耐えられない! というように、彼女はヴラドの胸に飛び込んだ。
ヴラドは誘われるように、腕を動かし、アンリエッタ令嬢を抱き締めようとした。
「私のルビー……そんな……」
見知らぬ男が、出入り口の所で愕然としている。ルビー……髪か。確かに艶めくストロベリーブロンドは、宝石に例えたくなる。
うわあ、罪作りな女性。ヴラドは動揺しまくっている。主の見合い相手に、心惹かれてはならない! と顔に描いてある。
まあ、私には関係無い。今のうちに逃亡だ。出入り口へと向かう。
味方は増えた方が良いので、アンリエッタ令嬢とヴラドを愕然と眺める、若い貴族っぽい男の肩を叩いておいた。
「貴方の感想は誤解です。見合いを断りたいらしいですよ」
詳しく説明するのは、面倒臭いので、そそくさと退散。ぶすっとしている、レティアの元へと急ぐ。
彼女の後ろに、アリスとオリビアがひっついていた。
「ユース……様……」
「この私が、駆け引き役に使われるとは、とんだ災難だ。レティア、もう解散か?」
やましい事は何もないので、何食わぬで顔で接する。
「駆け引き役……ですか?」
「ああ。見ろ、あの通りだ」
中庭を顎で示す。泣いている——おそらく演技——のアンリエッタ令嬢を、二人の男が慰めている、という光景。
「あの、あれ……。でも……。抱き合って……。どういう駆け引きです?」
「抱き締めていない。私は手を挙げていたと思うが、見ていなかったか? あの者達に見せるためなのか、急に飛びついてきただけだ」
嘘は一つもない。本心からの表情で、真実を伝える。それで誤解されるなら、仕方がない。
「ええ、そういえば」
レティアは中庭の光景に目を向けたまま、小さく首を傾げた。眉間には皺。信じた様子には見えない。
「私はこれが君に似合うと思って、取りに行っただけだ」
妙に緊張する。手に汗が滲む。意中の相手だと、それで演技ではないと、ここまで恥ずかしいのか。
手に持つピンクのサザンカを、レティアへ見せてから、彼女の髪へ飾る。複雑に編み込まれた髪に乗せるのは、とても簡単。
奇跡の青薔薇の冠には見劣りするけれど、今の何も飾っていない髪型に、とても映える。彼女の頬や唇の色に、ピタリと合わせたような色彩。
「ユース様、このオリビアにはありませんの?」
膨れっ面のオリビアが、私に手を差し出す。無いのは分かっているので、ご挨拶のキスをして、というように手の甲をこちらに見せている。
私はオリビアの髪を、少し乱暴に撫で回した。
「すまない、リトルプリンセスにはまだ早い」
不服そうなお子ちゃまオリビアを無視し、レティアの反応を確認。彼女は、ぽけっとしているだけだった。
猫目をパチパチ、パチパチと開閉しながら、ぼんやりと私を見上げている。照れた様子はない。
「行こう。レティア、夕食は何を食べたい?」
喜んでもらえず、落胆したが、笑顔の仮面をつけて、レティアの腰に手を回す。
フィズ国王に挨拶をして、城を出る。馬車で城下街へ行き、宿に帰る前にレストランへ入るつもり。
「夕食ですか? アリス、オリビア、何が食べたい?」
彼女ならそう言う気がしていた。
「だそうだ。オリビア、アリス、何が良い?」
「ユース様! 貝です! お姉様は貝がお好きです!」
「お魚もです! この国は、魚介類の蒸し物が大変美味しいと聞きました!」
「まあ、二人とも。お肉が好きでしょう?」
レティアの妹分達の回答は、私からすると満点。
「魚も肉もある店を探そう」
楽しい夕食になるだろう、と思った矢先に、目の前にルタ王子とルイ宰相が現れた。
おろおろしたレティアが、サッと私の後ろに隠れる。しかし、全くもって隠れ切れていない。
ルイ宰相はレティアを熱烈な目で見つめて、はにかみ笑いで小さく手を振っている。反対側の手には、白い薔薇が一本。
赤い薔薇では無いのはマシだが、白いバラの花言葉は「純潔」「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」などである。あなたに相応しいとは、ムカつく。
一本だと更に「あなたしかいない」である。キザな男。
「レティア様。ご夕食のお誘いにまいりました」
レティアの前まで来ると、ルイ宰相は片膝をつき、白い薔薇を彼女へと差し出した。文通から始めろ、と散々言いまくったのに、これか。
私を見て、ルイ宰相を見て、ルタ王子を見ると、レティアは私の背中に隠れるのをやめて、出てきた。
出てこなくて良い、と言う意味を込めて、彼女の手を自分の腕へと誘導する。
「ルイ宰相、お誘いいただきありがとうございます。いつもフィラント兄上やエトワール姉上が、お世話になってます」
私よりも先に、レティアが口を開いた。誰が見ても分かる、苦笑い。恐る恐るという様子。白い薔薇に、彼女の手は伸びない。
本人は単に動揺して緊張しているだけだろうが、レティアの少々子生意気に見える顔立ちでは、呆れ混じりの冷笑に見えない事もない。よし、誤解しろ!
「ありがとうございますだなんて、嬉しいです!」
恋は盲目、とはよく言ったものだ。ルイ宰相のウキウキの笑顔に、頭痛がしてくる。
「ユース兄上や侍女見習いもご一緒で構いませんか? 大蛇連合国のお話を聞いてみたいです。あの、お肉の美味しいお店があれば、教えていただきたいです」
断らないのは、国を背負ってきた自覚があるから。肉の美味しい店は、妹達の為。
断りたくても我慢し、役に立とうと張り切る。まあ、レティアの性格的にはこうなるか。
チラリ、と私に投げられた、助けを求める縋るような眼差しに、ゾクゾクする。握り締められた二の腕が熱くてならない。この貴方に助けて欲しいです、というのが私の虚無を擽る。
「大変有り難いのですが、あちらの方々が、ルイ宰相をお探しでした。私達に割く時間は無さそうで、残念です」
白い薔薇をレティアの代わりに受け取り、ルタ王子に目配せ。中庭にいる、ヴラドとアンリエッタ令嬢の姿で、何か思案したり画策するに違いない。
「あちらの方々? ん? ヴラド?」
「エルリック王子とアンリエッタ?」
よしっ! 逃げるが勝ち。私はヘコヘコしながら、レティア達を連れて、ルタ王子とルイ宰相の脇を通り過ぎた。
白い薔薇には、折った紙が結んであった。手紙をほどき、白い薔薇をオリビアへ渡す。
「リトルプリンセス、君にはこれだ。私から貰うよりも、嬉しいだろう?」
「お姉様! お手紙になんて書いてあるか見せて欲しいです」
さっきは花を欲していたのに、オリビアは手紙に興味津々。白い薔薇をサッと手に取り、プラプラ揺らして、レティアの顔を覗き込んでいる。
レティアは真っ赤になって、俯いた。私からの花には無関心で、ルイ宰相だと照れるとは、辛い……。
「よ、読み……読みたく……ありません……」
「なら代わりに読んで、代わりに返事をしておいてやろう」
「え?」
「ルイ宰相は、重要人物と見合い予定らしい。ルタ王子やヴラド卿に、断るように頼まれている」
「本当ですか! あの、それなら、誠意を込めて、自分で……」
「君が苦労する必要はない。根回しもあるので、私を窓口にしなさい」
ほら、大丈夫だ、と伝えたくて頭を撫でる。レティアは心の底から安心した、という様子。彼女の安堵の笑みは、実に微笑ましい。私は手紙を開き、サッと内容を確認した。
【思へども なほぞあやしき 逢ふことの
なかりし昔 いかでへつらむ】
大陸中央部の文化、龍歌か。煌国出身のフィズ国王か、岩窟龍国出身のルタ王子の入れ知恵だな。
しかし、アルタイル王国は、大陸中央部よりも西寄りにあり、この龍歌の文化もない。調査不足ではなく、ルタ王子の入れ知恵だろう。協力したように見せて、読めない手紙を送らせて、二人の邪魔をする。良い手だ。
有名な龍歌は一通り覚えてある。この龍歌は、私も知っている。貴女様を恋しく思っていると、逢う前はどんな気持ちで過ごしていたのか不思議です。確か、訳すとそんなところ。
「レティア、読めるか?」
「あの……よく分からないです」
「なら、すみません。読めませんでした、で十分だな。そう書いて、私に渡してくれ」
はい、と小さな返事をするレティアは、何か考え込むようだった。