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王女、誤解される


 ☆★


 大陸北西の地、アシタバ半島。かつて、そこは氷の大地で、終焉の炎から逃げ惑う人々は、アシタバ半島へと向かうしかなかった。

 

 そこへ、双子の神が降臨。


 女神シュナは従者の大鷲達と共に、終焉の炎から民を守る盾となった。

 慈愛と自己犠牲の果てに失われた命に人々が感謝すると、シュナは不死鳥の如く蘇り、闇夜しかなかった大蛇の国を照らす満天の星々になった。


 男神エリニースは聖騎士として敵を退け、大蛇の姿となり、従者の蛇達と共に、氷の大地を耕した。聖騎士エリニースは人々と共に敵と戦い続け、迷う人々を導き、神の世が明けるその日まで、善良な者達を守り続けた。


 シュナとエリニース。鷲神と蛇神。彼等は大蛇の国の守護者にして監視者である。


 双子の神は告げた。


 牙には牙、真心には真心を返せ。


 この世は因縁因果、生き様こそがすべてである。


 蛇鷲神話。それが、北西の地に古くから残る伝承と信仰。


 ★☆


 北西にある、大蛇の国は32ヵ国からなる連合国。全も強大な権力を誇るのは、本国と呼ばれるドメキア王国。

 歴史、所有する飛行船の量、兵器、国土、人口と何もかもが飛び抜けている。逆らえる国はない。ドメキア王族は、蛇神エリニースの血を引く、とも言われていて天運を味方にして栄えてきた。

 よって、大蛇連合国を、ドメキア王国とその属領地、大蛇の国と呼ぶこともある。

 しかし、各国は連合国法とは別に独自の政治や文化も築いている。


 数年前、先代ドメキア王崩御の際に、王太子が王位戴冠前に暴君として君臨。連合国法や連合国会議を無視し、各国からの反発を食らう。

 第二王子と第三王子暗殺事件、流行病、正当性のない命令や戦争指示に、ドメキア王国内は分裂。

 本国と32ヵ国は、王太子派対反乱派に分裂。開戦となりかけた際に、()は現れた。

 鷲神シュナは第三王子シャルルを死の淵から蘇らせ、蛇神エリニースは王太子に天罰を下した後、シャルル・ドメキアこそ王であると告げた。

 かねてより王太子へ望まれていたシャルル・ドメキア。神の手で蘇った男は、当然の如く大勢の者に受け入れられ、時代は新王朝へと移行した。


 ☆★


 流星国は、大蛇連合国、32ヵ国のうちで最も新しい王国。20数年前に、ドメキア王国王族が直轄していた領地が、人口増加に伴い王国として独立。

 国王は大陸中央で領土を広げる、かつて大蛇連合国と争っていた煌国の皇子フィズ。王妃はドメキア王国先代国王の娘、元第二王女コーディアル。

 二人は流星国建国前に、大蛇連合国と煌国の停戦と交易の象徴として結婚し、以後両国の調整役であった。

 流星国は建国後、大蛇連合国と煌国との窓口を一手に引き受けており、フィズ国王はシャルル国王の相談役にも就任している。また、コーディアル王妃は現ドメキア王国国王シャルル・ドメキアの叔母にあたる。

 そういう経緯や血縁関係がある為、流星国は小国で新興国家であるが、その権威は本国に並ぶ。


 ★☆


 流星国国王フィズと妻コーディアルの間に誕生したのは三つ子。


 蛇、蜜蜂、狼に好かれ、共に育ったという奇妙な三人。


 第一王子はエリニス。大蛇連合国に名前を轟かせていた。容姿端麗かつ、あらゆる才能に秀でている若手社交界の中心人物。

 国中が戦争になりそうな時に、自分は蛇神の遣いであり、この地を監視し、王に相応しい者を守り続けてきたと告げ大蛇に変身。

 エリニス王子は「蛇神エリニース」として、大蛇連合国の頂点であるドメキア王を選んで失踪。


 第一王女はティア。大蛇連合国一美しいと呼ばれる美女。現在、婿を迎えていて、娘プリエールを生んでいる。婿はルタ王子という名前で煌国に属する岩窟龍国出身。

 人懐こくて、優しく、とても可愛らしい方で、連合国内の王女達の中心には、いつも彼女がいる。


 第二王子はレクス。誠実な勤勉家。政治、福祉活動、そして医者の勉強までし、兄が「神の遣い」であると行方不明になると、当然のように次期流星国王や本国ドメキア王国国王宰相へと望まれる。

 しかし、彼は一国の守護者ではなく、大陸中の者に手を伸ばしたい。医者になりたいと国を飛び出し、国から出ていった。



 ☆★



【流星国領土内】


 丘に築かれた、砦に囲まれた街。それが、流星国王都。馬車の進行方向からは、まだ街並みは見えず、城しか見えない。

 アルタイル王国とは違い、城というよりも、まるで砦と塔。高く積み上げられた壁に囲まれた塔。一番高い塔の上で、国旗が翻っている。

 青地に銀刺繍で流星を描いた旗。それから、純白に黄金刺繍で、双頭蛇が互いに別方向を向いている旗。双頭蛇には槍が突き刺さっている。

 

「アリス、オリビア、あの双頭蛇の名は覚えた? 女神シュナと男神エリニースよ。シュナは大鷲だけれど、エリニースの妹だから、蛇でもある。槍は抑止と無抵抗の象徴。何の抑止で何に無抵抗なのか、是非聞いてみたいわ」

「レティア。復習を兼ねて語るのは良いけれど、お嬢様達は夢の中のようだ」


 ユース王子に指摘されて、向かい側に座るヴィクトリアの左右で船を漕ぐアリスとオリビアに気がつく。


(わたくし)、説明下手でした?」

「まあ、何の気概もない子供には、歴史の授業のようで実に退屈。ヴィクトリア、あとで説教しろ。しかし、レティア。君はよくそこまで頭に詰め込んできた」


 偉いな、というような褒めの眼差しが、くすぐったい。


「君の紹介と交易契約締結の為に来訪したのだが、その蛇の登場で話がどう転ぶかサッパリ分からないな」


 蛇神の化身とは、私の胴体に巻きつき、右肩に頭を乗せる、アングイス。セルペンスに続き、謎の蛇に好かれたというか、守られた。

 ルイ宰相や彼の従者らしきヴラドは、アングイスではなく、バシレウスとと呼んでいた。


——姫よ我は多少人語を理解している。こやつにこう言え。蛇ではなく、蛇神の遣い。下等生物だと侮辱するな。あまりに無礼だと滅するぞ


「め、滅する⁈ お止め下さい!」


 思わず口にしてから、しまったと両手で口元を覆う。ヴィクトリアが目を見開き、固まっている。

 ユース王子は、私がセルペンスと話せる事を知っているからか、にこやかに笑っている。しかし、顔色は悪い。滅するなんて告げたからだ。


「我等の聖女様は、時に神と語らい、予言を与える。ヴィクトリア、ルシル王妃もそうだったらしい」

「大鷲女王ルシル様の逸話は、母から幾つか聞いた事があります。それは……神託だったのですね……」


 ヴィクトリアは完全に、私を遠巻きにしたかも。悲しいけれど、仕方ない。

 それにしても、そこらの田舎娘のままなら、きっと「頭のおかしい娘」や「魔女」だっただろう。

 魔女裁判は古い悪習だが、火炙りにされる心配は今もある。でも、今の私の立場なら火炙りの心配は無さそう。良かった。


「あ、あの……。ユース様……。蛇神の遣いなので、下等生物の蛇だとは無礼だそうです……」

「分かりました。気をつけます」


 軽く会釈をしたユース王子は、半信半疑という様子。私を疑っているのか、蛇神の遣いという事について疑っているのか、どちらもなのか、測り兼ねる。

 ユース王子なら、絶対に私を信じてくれるから大丈夫、と自分に言い聞かせ、気にしないことにした。


——ふんっ。疑心しか感じぬ。だから下等な人など嫌いだ。普通なら無視するが、我等の姫の(つがい)なので教育せねばならん。無駄なら噛み殺して、良い番に変えよう


「つ、つが……」


 慌てて唇を結ぶ。(つがい)ってどういう誤解⁈ あとで、誰もいない時に、訂正しよう。それで、噛み殺さないようにも頼まないと。

 

「つが?」

「つつがなくご挨拶出来る様に励みます! 今のように、予習もしてあります!」

「私が常にフォローする。気負わなくて良い」


 安心しなさい、というユース王子の柔らかな微笑みは、とても落ち着く。


「あの、ルイ様、フィズ国王に報告せねばと言って、先に流星国へ行ってしまわれましたが……どのような報告だと思います?」


 何をどう報告するのか? ルイ宰相は、私達がそれを探る前に、行ってしまった。


「ドメキア王国に神が現れたなんて噂は、神話になぞらえられた権力強化だと思っていたが、違うのかもしれない。アシタバ半島は、蛇に……蛇神の遣いに支配されている地。フィズ国王ももしかしたら蛇神の遣いから、予言や助言を受ける者なのかもしれないな」


 そう口にすると、ユース王子は目を瞑り、顎に手を当てて俯いた。

 無言になった馬車は、やがて流星国王都へと到着。砦の前で、馬車は停車。操車が馬車の扉を開けると、流星国の騎士達が左右に整列し、真紅の絨毯が敷かれた。

 砦の外なのに、人だかりになっている。騒めきは、私達の来訪のせい? 小国アルタイル王国からの来客をこのように出迎えるなんて予想外。


「随分と仰々しい出迎え……」


 ユース王子が馬車から降りようとすると、彼の体は押し返された。

 馬車に乗り込んできたのは、褐色の肌をした壮年。シンプルな丸襟の白いシャツに紺色のズボン姿。

 美形のユース王子に負けず劣らない美男子は、いきなり私の両手を握り、アングイスを見上げた。

 

「バシレウス様、遠路遥々、我が義理の娘を届けていただき、ありがとうございます!」

 

 義理の娘⁈  


「あの……」


 壮年は私を見上げ、屈託のない笑顔になった。


「レティア王女、初めましてエリニスの父フィズです。エリニスは神の器らしく、息子なのかよく分かりませんが、少なくとも18年は息子でした。よって、妻の貴女は私の娘。さあさあ、事情をお聞かせ下さい。勿論、城で。お出迎えの準備は万端です」


 この人が、流星国の国王フィズ。想像と随分違う。フィラント王子やエトワール妃からは、近寄り難い、威風凜々とした方だと聞いていた。

 状況が読めずにいたら、フィズ国王を押し除けて、黄金巻き髪の美少女が登場。美しい顔立ちだが、左頬に灰色の斑点がある。怪我後の瘡蓋手前が変色したという感じで、痛々しい。


「エリニスお兄様! お姉様になったと聞きました! もう何年も離れ離れで悲しくて、一刻も早くお会いしたかったです! ティアの名前をもじってくれるなんて、光栄です!」


 美少女に抱きつかれ、思考を回す。エリニスお兄様、ということは……彼女は妹のティア王女。それなら目の前の美女の顔の斑点は、原因不明で治療困難な皮膚斑病だ。

 エトワール妃から、うつらないし痛くもないらしいが痛々しくて心が痛む、と聞いている。


「ティア、どこでそのような思い違いをした。レティア王女はエリニスの妻。バシレウス様に守られる女性とは、そうに決まっている」

「お父様、また勘違いです? バシレウスと共にあるのは、エリニスお兄様です。神だったらしいので、性別くらい変えられます。エリニス王子から、今度はレティア王女になり、アルタイル王国の世話をしているのですよ」


 いえ、どちらも違うのですが……とは言い辛い。フィズ国王とティア王女は見つめ合い、首を傾げた。


 第一王子エリニスは蛇と共に成長した。その蛇が「バシレウス」なのか。バシレウスことアングイスもエリニスの名を口にしていた。私、エリニス王子の関係者だと誤解されている。


「お初にお目にかかりま……」


 ユース王子が二人に話しかけようとした時、二人はティア王女、フィズ国王の順に、馬車の外へ引っ張られていった。今度現れたのは、アクイラ宰相。


「いやあ、すみませんレティア様。ルイ宰相から話を聞いたフィズ様とティア様が大きな誤解をしました。それとも、どちらかは正解ですか? アルタイル王国にいる際に、バシレウス様はいらっしゃらなかったかと」


 さあさあ、とアクイラ宰相に手を引かれ、私は咄嗟にユース王子の手を掴んだ。アクイラ宰相の横顔は愉快そう。この人、知っていてフィズ国王やティア王女の誤解を放置したりしていないよね⁈

 馬車の外へ出ると、拍手と歓声が巻き起こった。あちこちから、私とエリニス王子の名前が叫ばれる。


「エリニス様が帰られた!」とか「おかえりなさいエリニス様!」という歓声。もしくは「エリニス様のお妃様万歳!」や「レティア様!」という歓声。その二種類が入り混じっている。


 困る。こんなの困る! 会ったこともない、行方不明の王子の妻だとか、本人だとか、そんな誤解は困る!


「す、すみません! エリニス王子様にお会いした事はございません! エリニス王子でもありません!」


 何度か同じ台詞を叫ぶと、歓声は消えて、場は静まり返った。


「あ、あのっ! 初めまして皆様! 東の地、小国アルタイル王国からご挨拶に参りました、レティア・アルタイルです!」


 会釈をした時、ドサドサ、ドサドサと空から物が落下してきた。魚、貝、海藻、きのこ、草花などなど。更には七色の煌めきが降り注ぐ。


「何これ……」


 これが、即位式の日に起こった恵の雨?


——おかえり


 頭の中に、セルペンスとアングイスの声がいくつもいくつも重なる。おかえりって、私は流星国に来るのは初めてだ。アルタイル王国から出たことなんてない。


—— ずっと待ってた


—— 祈りと願いだけを受け継いで待ってた


 いくつもの声の重なりが、頭の中で響き渡り、頭痛がする。何十ではなくて、何百、いや、それ以上の種類の声。


——古の祈りと願いを受け継ぐのは俺だ


——この姫に接触するのは控えろ。弱いので過剰に構うな


 この声は、即位式の日に現れた男性と同じ……。


 遠のく意識の中、自分は本当に奇妙な存在なのだと理解した。倒れる私の体を、誰かが支えてくれる。


 なんて優しい手つき……それならきっと……ユース王子だ……。

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