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王女、恥ずかしい目に合う

 窓の向こうは快晴。気持ちの良さそうな天候の朝。けれども、鏡に映る私の目は、腫れぼったい。泣きながら寝たからだ。ヴィクトリアは私の目の上に、温かいタオルを乗せてくれた。


「少ししたら、冷たいタオルです。交互にして、その後軽くマッサージしますよ。多少はマシになる筈です」

「ありがとうございます」

「ありがとう、で結構です。と言いたいですが、まあ、どちらでもお好きなように。それより、驚きました。ルイ・メルダエルダ宰相に見初められたなんて」

「見初められたは大袈裟です。少し話をしたいと言われたというか、手紙をいただいただけです。本物か偽物かも分かりません。本物だと無視は悪手だから、会わないと。ユース様達がサポートしてくれるから、怒らせないように頑張ります」


 またユース王子にもたれかかってしまった。けれども、とても嬉しかった。彼の優しさがいなかったら、眠れなかっただろう。


「お姉様には、黄色よ! でも乗り気ではないから、やっぱりこっちの少し地味な紺色のドレス!」

「本物だったら、超王子様よ! エトワール様から聞いたことがあるの。とっても素敵だって! 朝食後に流星国へ向かうし、エンパイアドレスよ!」


 アリスとオリビアが、私のドレス選びで揉めている。


「観光ではなく、従者見習いで来たのだから、静かになさい。私の仕事から学ぶ気がないなら、この街に置いていきますよ」

「はい、ヴィクトリア先生。すみません」

「ヴィクトリア先生、すみません」


 温かいタオルがどかされて、冷たいタオルを置かれる。その間に、シュンとしおれるアリスとオリビアの姿が見えた。あの二人、顔はちっとも似てないのに、日に日に本物の姉妹のように、動作が似てきている気がする。


(わたくし)の為に悩んでくれてありがとう。でも、ドレスはヴィクトリアが決めてくれるから、自分達の支度をしてね」

「はい、お姉様」

「はい、シャーロットさん」


 二人の声が重なる。


「オリビア、レティア様です。日頃の呼称はつい出ます。レティア様が不服でも、シャーロットさんは禁止です。お姉様、ならまだ良いです。妹が欲しかったから、お姉様と呼んでと言われて、甘えていると言えますからね」


 ヴィクトリアは厳しいけれど、こういうところが優しい。


「はい、ヴィクトリア先生! お姉様と呼びます!」

「元気が良いのは宜しいですが、淑女にしては声が大き過ぎます」

「はい先生!」


 オリビアの声の大きさは変わっていない。アリスのクスクス笑いが聞こえてくる。タオルが冷たいものから、温かいものに変わった。


「アリス、オリビア、素敵なお店らしいから、同じお店で朝食を摂れるように頼んだけれど、何があっても声を掛けてこないように。ユース様達が居て助けてくれるから、心配ないの。それを、忘れないで」

「同じお店で?」

「ええ、とっても美味しいらしいの」


 恥ずかしい褒め言葉が並んでいるので、斜め読みした手紙に、そう書いてあった。この街で一番美味しいお店で、ふわふわのオムレツがおすすめ。そう言われると、アリスやオリビアにも食べさせたい。それで、ユース王子に頼んでみたら、あっさりと了承してくれた。


「はい、お姉様。オリビアと支度してきます。行きましょう、オリビア」

「ええ、アリス。ありがとうございます、お姉様」


 足音がして、遠ざかっていく。冷たいタオルが目元からどかされた。ヴィクトリアの指が、私の目の周りをそっと撫でていく。こういうお世話をされるのは、まだまだ慣れない。


「それにしても、超、王子様という表現は何ですかね? 若い娘の頭の中とは異次元です。孫も時期にああなると思うと、話についていけなさそうです」

「確かに、超王子様って何でしょう? 王子様の中の王子様? ヴィクトリアには、女の子のお孫さんがいるのですね」

「この国は連合国で、数多の王子がいます。その中でも飛び抜けていると言いたいのでしょう。孫は今のところ二人で、どちらも女です。娘夫婦と孫に、お土産を買わないといけません」

「なるべく長く自由時間を作れるようにします」

「まさか。あの子達と一緒に選んで下さい。レティア様は娘に近い年齢ですから、年寄りの感性だけで選ぶよりも、良い品を得られるでしょう」


 意外な返答に目を丸める。鏡越しに目が合ったヴィクトリアは、柔らかく微笑んだ。


「いきなり世界が変わった上に、異国の地で不安でしょう。もっとあれこれ頼んで下さい。コランダム様やエトワール様のお好きな物も把握していますから、ご安心下さい」


 ヴィクトリアにこんな風に言ってもらえるなんて、予想外。心底嬉しい。


「あの、ありがとうございます。このように言ってもらえるなんて、とても嬉しいです」

「そう思わなかったら、面倒で一度引退した王女教育係になんて戻りません。それで……そちらの蛇は……離れないのです? デートに蛇は……。その、神聖な生物らしいですが、ジッと動かないと物々しい腕輪にしか見えませんので、ドレスに全く似合いません」


 珍しい、少し怯んでいるようなヴィクトリアの態度に面食らう。ヴィクトリアはセルペンスを気にしていないと思っていた。無視していただけらしい。

 ヴィクトリアがセルペンスをチラリと見る。ロクサス卿と同じ種類の視線。敬意と畏れ。


「優しくて、いつも励ましてくれるような仕草だから、私が傍にいて欲しいの。何か聞かれたり、不審な目をされたら、王家のお守りですと答えます」

「そうですか。それなら、出過ぎた事を申しました」


 どうして、同じ台詞を旦那様には言えなかったのだろう。けれども、ヴィクトリアはしばらく神妙な表情で沈黙したので、その気持ちは消えた。

 折角縮まった距離が、少し離れた気がする。目の腫れが少し引くと、ヴィクトリアが化粧をしてくれた。この綺麗で華のある化粧は、自分では出来ない。私って可愛いかも、と思える出来栄えだ。

 髪型もそう。肩ぐらいまでになってしまった短い髪を、編み込んでまとめ上げる技術に惚れ惚れする。王女じゃなくて、ヴィクトリア側になりたかったかも。お世話をされるよりも、世話係の方がしっくりくる。

 化粧と髪のセットが終わると、ドレスへの着替え。ヴィクトリアが選んだのは、淡いゴールドに白いレースをあしらったドレス。

 袖が広いのは、セルペンスが隠れるからだろう。先程の会話の流れだと、そう疑ってしまう。


「この街から流星国は遠くないですが、朝食後に一度宿へ戻り、エンパイアドレスへ着替えます。なので、こちらにしましょう」

「いえ、手間を掛けたくないので、エンパイアドレスでお願いします。それに、ルイ様ご本人なら、この地の染め物を見た瞬間に、何か察するでしょう。帽子はいりません。素敵な冠がありますから」


——呼んだ?


 セルペンスの問いかけに、小さく頷く。セルペンスは以心伝心というように、私の頭の上に登り、ティアラのように乗っかった。

 ヴィクトリアから、更に強い畏怖の念を感じる。仕方ない事なのだろう。でも、私はこの視線と共に、セルペンスと一緒に生きていく。それで相手に拒絶されたら、それはそれまでだ。


「支度をお願いします」

「はい、かしこまりました」


 しばらく会話は無かった。話しかけるか迷う。そんなに強い拒否は感じないから、何か言えそう。


「あの……。王家の加護で、急に噛んだりも絶対にしませんし、怖くないです……」

「そうなのですか。合わせのショールを肩に羽織っていただくか、結んでしまうか、結ぶならどのようにするかと、少々悩んでおりました」


 ニコリ、と笑いかけられて、気を遣ってもらったのだと伝わってきた。


「ありがとうございます、ヴィクトリア」

「いえ。こちらこそ」


 こちらこそ、の真意は測りかねる。嫌味ではなく、感謝のように感じたので、良しとした。

 支度が終わり、アリスとオリビア達の様子を隣室へ見に行く。部屋と部屋が内部で繋がっているなんて、贅沢な作り。

 二人の支度は終わっていて、オリビア姫、アリス姫、などと小芝居をしていた。無邪気でとっても和む。

 支度が終わり、迎えが来て、招かれた店へ移動となる。宿の一階、フロント前のロビーで待ち合わせの予定。

 ヴィクトリアとヘイルダム卿に連れられて、ソファーに座って待機。動悸がどんどん激しくなる。現実感が無くて、部屋にいる時は平気だったけれど、緊張してきた。

 ロビーの隅の椅子で、ヘイルダム卿達の従者と同じ地味な格好をしたユース王子が、新聞を広げている。見ていると何だか落ち着くので、時折彼を見ると、必ず目が合ってウインクが飛んできた。私は君を気にしている、という合図なのだろう。

 最近、ユース王子は心の底から笑ってくれているように感じる。嘘くさかった笑顔に、目の奥の刺や、冷えた光が宿っていたのは、随分と昔に思える。そんなに前の事でないのに。


「あの飛行船、もしやと思いましたが、フィラント王子! いらっしゃっていたのですね」


 ロビーに朗らかな声が響く。ドアマンが開いた扉から、微風と共に入ってきたのは、少し癖っ毛の金髪に、夏の空のような色の目をした、若い青年。一文字の凛々しい眉以外は、目元も口元も人懐こそうな顔立ち。

 彼は一目散にユース王子のところへ向かって行った。ユース王子が新聞をテーブルに置き、品のある仕草で立ち上がる。


「きゃあ、王子様と王子様よオリビア」

「しっ! 聞かれたら怒られるわ」


 私の右側後方のソファーに座る、アリスとオリビアの会話は、私の耳にまで届いてくる。見上げると、ヴィクトリアが振り返っていた。その横顔は、明らかに怒っている。


「おはようございます」

「聞いて欲しい、フィラント。僕はこのように、胸を高鳴らせた事が無いというくらい、高揚している。この宿へ泊まっていたなら、見掛けていないかい? 夜を閉じ込めたような髪に、コーディアル様にも負けない美声の、可憐な乙女を」


 むせそうになり、私は口元を押さえた。今の台詞は手紙の内容と近い。あの人がルイ・メルダエルダか。


「ああ、どうしよう。その方と間も無く会える。美しいのに儚げで、支えて守らねばと思った。憂いを帯びた歌に、胸が痛む。けれども、何というか……そう、甘いだな。胸焼けとは違うけれど、似ている」


 また咳き込みそうになった。あのルイ宰相らしき人には、羞恥心とか無いの? こんなに人がいるのに……。

 皆が聞いているのに、止めて欲しい……。

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