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空と恋と愛の旅 4

 泣いたらスッキリするものらしい。部屋に戻ると、アリスとオリビアが、どうでした? 素敵なアドバイスは貰えました? と興味津々な顔をして、くっついてきた。

 ヴィクトリアはもう居なくて、ミリエルとミネーヴァは見張りだからと部屋の外。だから、私達、三人だけ。


「アドバイス……。そういえば、何も」


 メソメソ泣いて、帰ってきただけ。ユース王子は、子供の世話をして疲れたに違いない。


「ユース様、何でも聞いて受けて止めてくれるから、つい甘えてしまったけど……。疲れている様子だったわ」


 私はユース王子のところに、何をしに行ったのだろう。


「何も? 随分長い時間、何をしていたんです?」

「何を? 恥ずかしい事に、泣いて……。ユース様は黙って聞いてくれて……。いえ、慰めてくれたわ」


 あんな風に、人に縋るように泣くなんて、どうかしていた。


——倒れられては困るし、悲しい。


——悩みで食べられないなら、いつでも話を聞くし、極力幸せに暮らせるようにする。


——私はアルタイル王国宰相だ。君が国の柱である限り、君の何もかもを守る


 ……。ユース王子は、身近な人一人一人に、こんなに親身になるから、疲れるのだろう。国の為なら、私の尻を叩いて、働かせれば良い。彼にはその権力がある。なのに、相手に優しい方法しか使わない。


「お姉様?」

「ユース様の事は、誰が……」

「ユース様がどうしました?」

「アリスやオリビアの話も聞いてくれたのでしょう? ユース様は、仕事が山積みなのに、あちこちに気を配って、いつ休めるのかしら……」


 私はアリスとオリビアと三人で、寝台に並んで座った。

 

—— 私はリチャード兄上とフィラント、どちらとも離れない。絶対に。だから流星国には行きたくない。


 ……。あれ? ユース王子は、何故今回の外交について来たのだろう? カール令嬢との婚約、結婚も嫌がっている。

 ユース王子はいつも何を考えているのか、ちっとも分からない。ただ、疲れているのだけは分かる。出会った頃から、つい最近までは、あんな雰囲気ではなかった。


「お姉様?」

「シャーロットさん?」

「お姉様?」

「シャーロットさん?」


 体を揺すられ、我に返る。


「え?」

「ボーッとして、もしかして、ユース様と素敵なことがありました?」


 ほくそ笑んだオリビアに、ギョッとする。


「わ、わたしが⁈ ユース様と⁈」


 声が裏返る。わたくし、と言うのも忘れた。


「うだつの上がらない、ウジウジ、ジメジメ男のお兄様よりも、絶対にユース様ですよ。本当は私が隣に立ちたいけれど、あの怖そうなカール令嬢って人に取られるくらいなら、シャーロットさんの方が百万倍マシ」

「ふふっ、自分のお兄さんに、酷い言い草ね。カールさんは、怖くないわよ。変わっているけど、気さくで優しいわ」


 ガーデンパーティーで、私を庇ってくれた話をすると、オリビアとアリスは感心したような目になった。


「ウジウジ、ジメジメって、旦那様、俺なんかって言っているの?」


 よくよく考えてみれば、オリビアに聞けば良かった。なのに、何故私はユース王子のところに行ったのだろう。オリビアに気を遣わせたくなかったのもあるが、それなら今質問出来ているのはおかしい。


「お兄様でなくったって、そう思いますよ」

「どうして? 私が道端の草だった時から、見つけてくれた人よ。仕事熱心で、優しくて、思いやりがあって……」


 口にしたら、泣けてきた。そのロクサス卿に、遠巻きにされている事実が辛い。さっきまで泣いていて、スッキリしたと思ったのに、涙は枯れないらしい。

 子供の前でみっともないと、目に力を入れて、泣くのを耐える。


「でも……あの人は……レティア王女を……恐れてる……」


 自然と漏れた言葉に、ストンと納得した。それか、私がロクサス卿に歩み寄れない理由。飛び込めない理由。私自身が、彼を信じていない。


「ほら、だからユース様ですよ! 蛇神様が現れた時も、涼しい顔でにっこり笑っていて、あの奇跡の雨にも、顔色一つ変えなかったんですもの」

「お姉様、オリビアはユース様のファンなの。ユース様って、浮いた話が星の数程あるんですって。だから、流星国で素敵な王子様に見初めてもらいましょう? 晩餐会と舞踏会に招待されているんですよね?」

「私達も参加出来るの! エトワール様がお城にあるドレスを貸してくれたの!」

「お揃いにしたのよ!」

「私は桃色で、オリビアは水色よ!」

「そう、良かったわね。後で着せて見せてくれる?」


 うん! と元気いっぱいの返事に、癒される。二人のお喋りを聞いていると、気が楽。

 話題は完全に逸れて、流星国の話になった。交易の中心地なので、とても賑やからしい。二人がその話で盛り上がる。

 私も、フィラント王子やエトワール妃、それにユース王子から予備知識を得てある。なので、二人の話に花を添える。

 二人に話すのは、エトワール妃から聞いた、流星国の王女様の話。のんびりおっとりしているのに、何もかも捨てて初恋を叶えに、国を飛び出した事があるらしい。見事叶えて、素敵な皇子様を連れて帰って来たという話は、割と面白いし可愛い話なので、話すのは楽しかった。エトワール妃も、私に語る時、愉快そうだった。


「やっぱり、お姫様には王子様よ!」

「オリビア姫、私が貴女の何もかもを守ります」


 女学校の演劇発表会が楽しかったのか、二人は小芝居を始めた。


 ん? その台詞……。


—— 私はアルタイル王国宰相だ。君が国の柱である限り、君の何もかもを守る


—— 君の何もかもを守る


 ユース王子にさっき言われた。真剣な眼差しが蘇る。あの言葉は、とても嬉しかった。思い出しても、胸がじんわりと温かくなる。


「オリビア姫だなんて……まあ当然ね。どうしましょう。流星国で、素敵な方々に、次から次へと告白されたら」

「オリビア、その自信家なところ、直した方が良いと思うわ。この間も、ダフィが呆れていたわよ」

「煩いわね、アリス! ダ、ダフィが呆れていたって、私には関係無いわよ!」

「あらあら、喧嘩はやめなさい」


 真っ赤になって、唇を尖らせるオリビアと、揶揄うような目のアリス。へえ、オリビアはダフィが好きなのか。知らなかった。


「他には? シャーロットさん、流星国ってどういう国です?」


 オリビアはアリスの詮索の目を無視して、私の顔を覗き込んだ。


「そもそも、大蛇連合国って、連合国ってどういう事です?」


 アリスもオリビアを過剰に揶揄うつもりはないらしく、オリビアの話題に乗っかった。


 流星国は西にある、大蛇連合国に属する、新興国家。新しい国と言っても、元々大蛇連合国の本国の領地で、本国の血を引く王女様に与えられただけらしい。

 連合国と言っても、西の地はドメキア王国という巨大国家であり、諸国は領主に与えられた領地、という感じらしい。

 本国ドメキア王の権力は絶大で、ドメキア王国の軍事力も、大陸一と名高いとか。戦国乱世を今の形にした、初代ドメキア王の血は、五百年も前から続き、ドメキア王族は歴史の転換期に、必ず異彩を放っていたという。

 現ドメキア王も、開戦しそうな諸国家を、見事まとめ上げ、32ヵ国もの連合国の王達に認められたという。

 

「なんか、歴史の授業みたい……」

「あら、ごめんなさいね。つまらなかった?」

「いえ、大切な事だと思うので……聞きます……」


 二人とも退屈そうなので、私は流星国の説明はやめた。


「街並みは鮮やかで、楽しい雰囲気だそうよ。市場がいくつかあって、珍しい物が集まっているなら、見て回りましょうね」


 二人に渡そうと思って準備していたお小遣いを、ポケットから取り出す。お揃いの布で作った、コインケース。


「お買い物⁈ お姉様と一緒にお買い物出来るの?」

「ええ。多分。ううん、頼むから出来るわ。もし私に自由時間が無かったら、付き添いを誰かに頼むから、市場を楽しんで来て、どんな所だったか教えてね」


 コインケースを渡すと、遠慮された。アリス、オリビアの順に手を取り、コインケースを渡す。


「税金ではなくて、前に働いていた時のお金よ。旦那様からのお給金は、オットーに返したけど、これは私のお金で良いかなと思って」

「可愛い……。お姉様……ありがとうございます」

「シャーロットさん、ありがとうございます……」


 アリスとオリビアが同時に呟く。気に入ってくれたようで何より。エトワール妃が衣装部屋から引っ張り出した余り布で、小物を作っているので、教えて貰った。サシャに頼んでこっそり売って、貯金しているらしい。エトワール妃は、想像していたお妃様像とは随分違う。見た目は儚げな深窓のご令嬢なのに、活動的で面白い人だ。

 私が作ったコインケースは、レモンイエローの布に、マーガレット柄を刺繍して、セルペンスが持ってきてくれた貝殻を留め具にしてある。


「私もお揃いです」

「そうなの?」

「ええ」


 自分のコインケースは、ハンドバッグにしまってある。見せて、とせがまれて、テーブルの上に置いたハンドバッグから、コインケースを取り出す。

 ハンドバッグの中身は、手鏡とハンカチとコインケース。それからコランダム王太妃がくれた口紅。社交場で血色が悪い姿は見せてはいけないから、常に使いなさい、らしい。

 その中に混じる、ロクサス卿が贈ってくれた指輪をしまってある小箱が目に入る。

 正式に婚約となったら身に付けられると思っていたけれど、そんな日はこなさそう。部屋の鍵付きの引き出しに、大切にしまってあるネックレスもそう。

 今回の外交用に、衣装部屋に保管されていた、故ルシル王妃の私物の指輪、それからコランダム王太妃のネックレスが用意された。

 嫌だとごねて、ロクサス卿からの贈り物を使ったら、歩み寄れたかも。私のバカ、意気地なし。


「お姉様?」

「うん、少し待って」


 今でも間に合うかも。箱から指輪を出して、指に嵌めて、ロクサス卿に会いに行く。


—— ご機嫌麗しゅうございます。レティア様


 あの拒絶の空気と、セルペンスに怯える様子を思い出して、私は指輪の箱に手を伸ばすのをやめた。

 その時、部屋にノック音が響いた。


「レティア様、失礼致します」


 この声はユース王子の側近、ヘイムダル卿だ。私が返事をすると、扉が開いた。ミネーヴァが扉を開き、ヘイルダム卿が会釈をする。


「ユース様が見当たらないので、アクイラ様のお相手を。賓客放置は困ります」

「はい! でも、あの、ユース様が見当たらないとはどういうことです?」

「仕事を忘れる方ではないのですが、部屋にいらっしゃらなくて、アクイラ様のところにもいませんでした」


 飛行船という閉ざされた空間で、人一人を探せない訳がない。それに、ヘイムダル卿は嘘くさい目をしている。


「ユース様を休ませたいという事ですか?」


 ヘイルダム卿は目を丸め、柔らかく微笑んだ。


「察していただき、ありがとうございます。部屋を覗いたら、机に突っ伏していたので。私が代理になろうかと悩んだのですが、貴女様の方がアクイラ様もお喜びになるでしょう。ユース様に何か言われたら、今の筋書きでお願いします」

「はい。勿論です。私、役に立てるかしら……」

「ええ。お酒のお酌は、女性の方が嬉しいものです。チェスのお相手も、船内ですと、レティア様が一番です」


 ヘイルダム卿の後ろにサー・ダグラスが現れ、ニッコリと笑った。手にチェス盤と、ワインボトルを持っている。

 恋に悩んで、メソメソしたり、妹達と楽しんでいる場合ではなかった。私は国を代表する外交官代理。この旅も、流星国の観光旅行ではない。税金で豊かに暮らすのだから、働かないと。


「二人で仲良くしていてね。流星国での、挨拶の練習をしておくのよ。(わたくし)、お国や民のために、働いてきます。ユース様、疲れ切っていたもの」


 私はアリスとオリビアの頭を撫でて、部屋を出た。アクイラ宰相は、気さくで面白い人だし、色々と語ってくれるので、気は楽。


「全く、部下は全員自国の飛行船に乗せて、自分だけこちらの船に乗るとは、気を遣ってなりません。こちらの対応を観察したいのでしょう」


 ヘイルダム卿がボヤいた。そのアクイラ宰相が、向かい側から歩いてくる。何故か、サー・マルクの肩を組んで。ヘイルダム卿は即座に笑顔の仮面を被った。


「いやあ、我が国の船とは全然違って楽しいですな! 見張りがいなくて気楽だし、スカウトもし放題。あっはっは!」


 豪快な笑い声を上げた後、アクイラ宰相は、私に向かって、少し大袈裟な会釈をした。


「レティア王女、退屈はしておりませんが、ご一緒に船内見学はいかがです? 展望室という、景色の良い部屋を見つけました」

「はい、是非。光栄です」


 手を差し出されたので、左手をそっと動かす。


——協王の匂いが少しする。仲間には挨拶する


 シュルリと手の甲へ移動したセルペンスが、体を伸ばして、お辞儀をした。協王? 仲間? 

 

「我が国の城で暮らしていた神の使者が消えて残念であったが、聖なる者を選び、我が国へ帰ってくるとは、フィズ様とコーディアル様は、神に愛され続けている。じゃじゃ馬我儘娘がようやく結婚してくれるし、主はますます栄えるだろうし、俺は三国一の幸せ者だな」


 上機嫌で告げると、アクイラ宰相は私の隣に並び、エスコートというように腕を差し出した。 


「あの、困ります。(わたくし)、国の柱になりたいです」


 ポン、と飛び出した台詞に、自分で驚く。そして、しまったと唇を結んだ。今のは悪手だ。


「なんと! それは偉大な決心ですな。いきなり王女だと言われて、そのような覚悟とは素晴らしい事です。喜び、贅に酔いしれて浮かれそうなのに、それとは真逆ですし、流石は神に愛され恵を与えられる聖女様」


 アクイラ宰相に肩を抱かれた。彼が歩き出したので、私も足を進めるしかない。聖女というのは誤解だけど、この誤解については、色々な人の役に立つ限り、黙っているしかない。私は笑顔を作った。曖昧な笑みになっていませんように。


「アルタイル王国よりも、我が国を気に入っていただけないとなりませんな」


 気持ち良いくらい豪快に笑うアクイラ宰相は、何故かフィズ国王との思い出話を始めた。愛するお姫様の為に、険しい山に、結婚指輪に相応しい宝石を探しに行った。アクイラ宰相はそれに付き合わされた。熊に追いかけられ、禿鷹にも追われ、寒いし、疲れた上に、見返りも無かった、らしい。

 展望室に到着し、サー・ダグラスや他の騎士達が部屋にソファやテーブルが運び、チェスを始めても、その話は延々と続いた。

 流星国を気に入ってもらう、はどこに消えたのだろう? 


「恋は求めるもの。愛は与えるもの。それに気がついたフィズ様は、ようやく……」


 ワインで酔ったのか、アクイラ宰相はクウッと泣き始めて、ゴシゴシ目元を袖で拭う。


 恋は求めるもの……。


 愛は与えるもの……。


 どうぞどうぞ、とワインを勧められ、断り難いので、人生で初めてのお酒を飲んだ。少し苦くて喉が熱いけれど、これは……ちょっと……美味しいかも。

 アクイラ宰相の話は愉快だし、流星国に到着する前に、情報集めは大切な筈。私は勧められるままにワインを飲みながら、アクイラ宰相に相槌をうち、時折質問をした。

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