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空と恋と愛の旅 3

 今頃、レティアはロクサス卿ときゃっきゃっ、うふふと楽しい時間を過ごしている。一方の私は、書類作成や子供に優しいお説教。子供の世話なんて、甥っ子のクラウス以外にはしたくなかった。レティア関係だったから、つい、首を突っ込んでしまった。疲れた。


 レティアとロクサス卿の事なんて想像したくないのに、考えて、陰鬱な気分になった。

 机に突っ伏して、羽根ペンを放り投げて、目の前の壁を見つめる。

 流星国に行ったら、あの国から出させてもらえないかもしれない。やり手の国王に軟禁されて、懐柔されそう。それなのに、外交に名乗りあげたのは、交易契約の為ではなく、カール令嬢に言わられたからでもなく、単にレティアが心配だから。

 レティアにあれこれやらせて、アクイラ宰相に取り入りつつカール令嬢や流星国から逃げようとしていたのに、全部パー。私の頭はおかしいまま、ちっとも醒めない。

 コンコン、とノック音がして、体を起こした。


「ユース様、レティアです」


 はて、と首を傾げる。彼女を苦虫を潰すような気持ちで展望室へ送り届けて、まだ半刻も経過していない。

 立ち上がり、扉へ近寄り、そっと扉を引いた。神妙な面持ちのレティアが、両手を握り、指を弄って立っている。目線は下で、実に悲しげ。私は面食らった。


「何、妹の次はロクサスと喧嘩した?」


 勢い良く顔を上げると、レティアは少しつり目の、大きなおめめを、これでもないかというくらい見開いた。パチパチ、と長い睫毛が音を鳴らす。


「なぜ分かる?って、君は分かりやすい。分かりやすすぎだ」


 レティアは自分の頬を両手で軽く叩き、苦笑いした。


「そんなに、ですか?」

「ああ。で、喧嘩相手の所ではなく、何故私の所へ来た」


 部屋に入れるか、一瞬迷う。手を出すつもりなんて毛頭ないが、今の私は狂ってるので、いささか不安。

 しかし、いつ人が通るか分からない場所で、立ち話もいかがなものか。

 迷っていたら、レティアはトコトコと入室し、扉を閉めた。まあ、秘密の相談事をしにきたのだから、こうなるか。男としてまるで意識されていないと、改めて実感した。

 先程まで自分が座っていた椅子に彼女をエスコートし、自分は小さな寝台の端に腰掛けた。一応、なるべく離れていよう。


「あの、ユース様、アリスとオリビアとの事、ありがとうございました」


 会釈と可愛い笑顔を向けられて、悪い気はしない。疲れた甲斐があった、なんて思ってしまった。今の私は本当に阿呆だな。


「別に、大した話でも無いし、素直な良い子達だった」


 話を聞いて、君達を想ってくれてるのだから、素直に「はい」と頷くべきだった。しかし、納得する必要なんてない。敵の傷口に塩を塗るのは、絶対的にその必要がある時だけ。そうでないなら、自分の評判上げに利用するのが上策。レティアの顔も立つし、自分達の利益にもなる。突っぱねるのは、損しかない。なんて話をしたら、感心したような様子で帰っていった。

 お守りのヴィクトリアに「珍しい」という顔をされたのは、悔しいというか、恥ずかしい。


「あの、ユース様……。せっかくロクサス卿と二人きりにしてくれたのに、その……」


 黙って聞くか、と相槌を打つ。滅多に怒らない男と、基本的に言い返さない女が、なんの話題で、どういう流れで喧嘩したんだ?

 痴話喧嘩なら、惚気を聞かされるのか。それは……気が重い。


「ロクサス卿に……セルペンスの事とか……話せないのです……怖くて……。雰囲気が……受け入れてくれなさそうで……」


 膝の上で両手を握り締めると、レティアは涙声になった。


「彼の中で……私はシャーロットじゃなくて……レティア王女殿下で……。あの、何て言って良いのか分からないのですが……。私が……私が信じて……歩み寄れば……。もしかしたら……」


 震え声で、ゆっくりと喋ると、レティアはポタリ、ポタリと涙を落とした。顔が恐怖に染まっている。

 普通なら、口説き落とすチャンスだが、そんな気になれない。問題を解決してやり、彼女の望む幸せを与えてあげたい。


「君は、ロクサス卿に受け入れてもらえないと思っているんだな」

「彼は……嘘が下手です……。それこそ、顔に描いてあります……。私と仲良くしてくれているセルペンスを、あまり良い目で見てくれません……」


 確かに、ロクサス卿は「奇跡の聖女」に気後れしている節がある。それを、見抜いて、彼を失う事を怯えている、というところか。


「私に話したように、話せば良い。そんなに難しい事か? 伝えてみないと、何も始まらないぞ」


 というより、何故あの嵐の夜に、私の所へ来た。あの日、ロクサス卿をレティアの傍に配置していた。なのに、彼には語らず、私のところへきて、私に秘密と怯えを打ち明けてきた。

 そのことについて問いかけようとして、言葉を飲み込む。論点がズレる。


「ユース様だから話せたのです」


 キッパリと言い切ると、レティアは首を傾げた。


「どうしてでしょう?」

「君の事を、私に聞くな」

「ああ、ユース様は家族想いだから、一応家族の一員になった私を、絶対に大事にしてくれると思ったのでしょう。あと、あの大狼? も受け入れているようだから?」


 レティアは再度首を傾けた。彼女は直感人間なのか? 気持ちが先。理由は後で考察という様子。


「一応家族? 君とは血の繋がりなんてない赤の他人。使える駒で、兄上やフィラント達が気に入っている間は勿論保護する、というだけだ。邪魔なら容赦なく排除するぞ。私は卑怯者で薄情な男だからな」


 恋心を抱く前の自分なら、何て言うか想像して、言葉を選んだ。

 レティアは不思議そうにしている。


「異母兄妹ですよね? それに、ユース様が薄情だった事なんてありません。いつも優しい逃げ道を、いくつも用意してくれていました。卑怯はそんな気もしますが、薄情だなんて。そんなユース様、見たことありません」


 眩しいくらい強い信頼の眼差しに、座っているのによろめきかけた。これか。私の心臓を貫いた刃は。


「あー……。いや……。私は養子みたいなもので、王族ではない。あと、私は取捨選択する男だ。天秤にかけて、価値の無い方は投げ捨てる……。あと…異母兄妹って……君はもしかして私が元々はフィラントの影武者だった事を知らない……知らなかったようだな」


 レティアの瞳が、信用で輝いていて、それが嬉しいのと気恥ずかしくて、上手く喋れない。本当に、レティアは本心が態度に出過ぎだ。


「まさか。投げ捨てるって、クッションの上にですよね。養子? 王家に養子なんてあるのですね」


 私はレティアに相当信用されているらしい。思い当たる理由がないので、不思議でならない。

 レティアはもう泣いていない。目は赤いけれど、クスクス笑って、愉快そう。これは、もう完全に話がズレてしまった。

 笑っているのを眺めていたいから、このままでも良いか。


 ロクサス卿と自然とダメになり、時間が経った頃なら、口説いても許される気がする。……裏切り行為は嫌だからと、逃げ道探しか。

 口説く? いや、もう口説いた事がある。偽の婚約者にするついでに、ちょっとつまみ食いするのも楽しいかもなんて考えていたのに、酷く怯えられたので諦めた。

 という事は、口説いても無駄なのか。その事に気がついて、胸を鷲掴みにされたような、吐きそうな痛みを感じた。なんでこう、フローラやマリーといい、本当に欲しいと思う者は、手に入らないのだろう。


「ユース様?」

「え? あ、いや、クッションが欲しい? そのくらい、買ってあげる」

「え? あの、欲しいなんて話はしていなかったかと……。ご気分が優れないのですか?」


 レティアが立ち上がり、近寄ってくる。床に膝をついて、私の両手を取り、ギュッと握り締めてきた。


「一人前になる、なんて言ったのに、すぐに頼って甘えて、すみません。つい……」


 貴方に甘えたいけど我慢します。でも、分かりますよね? 助けて? というような、あざとい台詞と言い方。そして、誘うような上目遣い。これが計算ではなくて、天然か。

 放っておくと、悪い虫がわんさかつきそう。で、私もその虫の一匹か……。

 レティアの腕が伸びてくる。彼女は私の額に掌を当てた。小さくて、細い。


「熱は無さそうですね」

「細いな……。食べたいものはあるか?」


 自制、と思ったのに、レティアの腕を掴んでいた。失恋なんてしたら、益々細くなったりするんじゃないか?

 痩せた女性を好まないのは、確実にマリーの影響だ。骨と皮だけのあの姿は、中々トラウマである。それに、私自身も、飢えなんて大嫌いだ。母親に森に捨てられ、餓死寸前になった時のあの苦しみと恨みは、一生忘れられない。


「えっ? 細いですか? 最近、太ったのですよ。エトワール様が、美味しいお菓子をあれこれくださるので」

「ああ、折れそうで心配になる。もっと食べろ。うんとだ……」

「ユース様?」


 レティアは私の額から手を離し、再度手を握ってきた。今、私はどんな顔をしているんだ? 笑顔の仮面が被れない。

 私を心配する、慈しみに満ちたレティアの顔を、延々と眺めていたい。このまま、ずっと。

 手に入らないなら、目標はそれだな。自分の近くに配置して、いつも笑って過ごせるように手配をする。


「倒れられては困るし、悲しい。悩みで食べられないなら、いつでも話を聞くし、極力幸せに暮らせるようにする。私はアルタイル王国宰相だ。君が国の柱である限り、君の何もかもを守る」


 レティアの手を握り返す。やはり、細くて小さい。この状態で、失恋なんてさせたらいけない。不本意だが、ロクサス卿を呼び出して、説教するか。


「君が過剰に遠慮がちなのは、育った環境のせいだ。エトワールは君の世話をしたくて仕方が無くて、ロクサス卿も、きっと君から話を聞きたくて待っている。彼は、不安を受け止めてくれる男だ」


 レティアは急にしかめっ面になり、みるみる赤くなった。大粒の涙が目から溢れて、落下し、私の手の甲を濡らす。


「追いかけて欲しいとか……向こうから聞いて欲しいというのは……甘ったれですよね? 遠慮ではなく……臆病者のいくじなしで……。話しても、きっと益々……」


 メソメソ泣きながら、私の手を強く握るレティアに途方に暮れる。

 ダメだ。レティアは完全にロクサス卿に不信感を募らせている。しかも、直感とか本能で。

 幸せになって笑っていて欲しい。他の男に渡したくない。横取りという裏切り行為は嫌だ。口説いても無駄なのは、実証済み。

 色々な気持ちがごっちゃになって、どうしたら良いのか分からない。私はレティアから片手を離して、彼女の頭を撫でた。

 私の手の甲に顔をうずめて、すすり泣く彼女は、最早完全に失恋した女性である。

 彼女の頭に、ティアラのように乗っていたセルペンスが、彼女の首に移動して、頭部を耳にすり寄せた。

 レティアが顔を横にして、セルペンスに柔らかく微笑む。彼女が「ありがとう」と小さく囁くと、セルペンスはレティアの頬を鳥の嘴のような頭部でつっついた。


—— セルペンスを、あまり良い目で見てくれません……


 レティアのロクサス卿への不信感の強さは、これかもしれない。しばらく泣くと気が済んだのか、レティアは私から離れ、立ち上がった。

 恥ずかしそうに笑い、すみませんと頭を下げ、去っていった。

 後ろから抱きしめたら、どうなるのだろう? 手を伸ばしかけて、止めた。兄のように慕われて、甘えられた。それは、大切にするべき関係性だろう。

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