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空と恋と愛の旅 2

 廊下を歩いていると、仕事中らしき者達が、みんな声を掛けてくれる。レティア様、レティア姫、レティア様。得体の知れない貧乏小娘、ではなくきちんと王女様扱いしてもらえるのは、とっても謎。

 有り難いので、声を掛けてくれた人には、笑顔と手振りを返す。それから、お礼の言葉も添える。


「レティア様。愛想良く振る舞えるのは良いですが……」


 ミネーヴァを押し除けた青年が私の真横に立った。


「レティア王女殿下。我が名はガーランド。青薔薇の騎士団に所属する予定でございます。ささっ、うおえっ」


 ガーランドの右頬を、ミネーヴァが両手で押した。


「黙れ、そしてレティア様に近寄るなガーランド! 青薔薇の騎士団に所属? 却下だ。昔からお前が気に入らないからな! どぶネズミ騎士には多少の決定権がある。 あははははは! どぶネズミ騎士! 誰が言ったんだっけかな?」


 ミネーヴァとガーランドが睨み合う。この二人は、仲が悪いらしい。どぶネズミ騎士、なんて言われたら、そうなるか。

 やれ、いけ、などという台詞が飛び交う。服装からして、今いる廊下には、騎士が多いようだ。ほぼ年配者である、官僚の姿は見当たらなくて、若そうな人ばかりだ。


「まあ、どぶネズミ騎士だなんて……」

「レティア様。私も何度もこう呼ばれています。ママちゃん騎士などと。そんな事はありません! 私は実力で……うぶえっ」


 またミネーヴァがガーランドの頬を両手で押した。痴話喧嘩というか、罵り合いが始まる。止めたいけれど、剣幕が凄くて、口を挟めない。


「あの、レティア様……」


 聞き覚えのある声で、振り返る。


「サー・マルク!」


 命の恩人、サー・マルク。私は思わず彼の両手を取って、握り締めた。頭の怪我は……大丈夫そう。もう包帯はしていない。


「レ、レティア様⁈」

「バタバタ忙しくてお礼に行けていなくてすみません。怪我の様子は良さそうですけれど、お加減はいかがです?」

「へっ? いや、あの、元気です!」

「良かったです。あの、青薔薇の騎士団ってご存知です? 名前からして、私の護衛団ですか?」


 私の問いかけに、サー・マルクは無言で頷いた。


「有り難い組織が出来るのですね。サー・マルクも青薔薇の騎士団に? 今回の少人数の外交メンバーに入っているということは、そういうことでしょうか?」


 それなら、嬉しい。スヴェンやダフィの尊敬する騎士。私の事も、大怪我をしながら助け、守り抜いてくれた。その後、私がぼけっとしていて誘拐されたのに、とても気に病むという責任感の強さも好ましい。


「いえ、まさか。俺なんか……。フィラント王子と共に、流星国に何度か行っているので、地図代わりというか……」

「地図? まさか。フィラント王子、貴方にとても期待している様子でしたから、きっと今回の参加も期待の表れです」

「え? いや、あの……」


 サー・マルクは赤くなった。褒められて、恥ずかしいのだろう。


「あの……レティア様……」

「サー・マルク、流星国では自由時間はあります? エトワール様達にお土産や、知人に贈り物を買いたいのです。付き合ってくださいます?」


 どよどよ、どよどよ、と周りが騒めき始める。何だろう? しかも、人が増えた? 狭い廊下が、割とぎゅうぎゅう。


「ッチ。レティア様との親密さを見せつける筈が……。この泥棒ね……犬! 犬顔ね、あなた」

「はっ! マルクと申します、サー・ミネーヴァ! お噂はかねがね。此度は、背中を見れる誉をいただき、感激しております」

「なんだ、気の良さそうな奴だな。レティア様とも知り合いだし、青薔薇の騎士にしてやろう」


 マルクは目を点にし、ガーランドは唖然とした様子。


「お、おい、おいミネーヴァ。まさか……」

「ガーランド、おっもろしい顔! なーんて、人事権は持っていないし、選考基準も知らないけど。レティア様、早く船内を探索しましょう」


 ふふふん、と鼻歌混じりで歩き出したミネーヴァに、手を引かれる。


「あ、あの、ミネーヴァ。(わたくし)、まだサー・マルクと話の途中で……」

「護衛でしたら、当番が決まっております」

「そうではなく、買う品を彼に相談したいのです」


 スヴェン、ダフィ、オットーへの品なら、サー・マルクはきっと良いアドバイスをくれる。ロクサス卿とは気まずい関係であるし、彼は外交官としての仕事で忙しいだろう。

 ミネーヴァは立ち止まり、私をジッと見据えた。不機嫌そう。


「護衛ではなく、買い物の付き添い人に指定するという事でしょうか?」

「指定だなんて……。無理強いしたくありません。ミネーヴァも、エトワール様の好みとか聞きたいので、護衛当番で無かったら、付き合って欲しいのですけれど……」


 ミネーヴァはパッと表情を明るくして、歯を見せて笑った。


「勿論、お供いたします。サー・マルク! だそうだ。どうする?」

「えっ? あ、はいっ! 大変光栄ですので、お供いたします!」


 大袈裟な会釈をされて、驚く。


「光栄?」


 ずるいとか、自分もとか、そういう言葉が飛び交う。ずるい? ずるいって何が?


「騒がしいな。何だこの人だかりは。騎士は集まると、すぐ喧嘩……」


 向かい側から現れたのは、ユース王子。廊下がサアッと静かになる。ユース王子と目が合ったので、駆け寄る。


「ユース様!」

「あー、レティア、君か。部屋から出て、何をしている」


 咎めるような視線に、落ち込む。許可なく、部屋から出ては行けなかったのか。ミネーヴァが私を連れ出した、と言ったら彼女が怒られるかも。黙っておこう。


「あの、珍しいので、船内散策をしてみようかと……。すみません」

「何故謝る。謝罪するのは、船内掃除をサボっている者達だ」


 目を細めたユース王子が、廊下にいる者達を見渡す。


「サボ っていません。(わたくし)が来たので、邪魔……」

「ユース様! レティア様を一目見よう、一言喋ろう、あわよくば好かれて青薔薇の騎士団に推薦してもらおう、側近にしてもらおうなどと、不埒な事を考えて、掃除をする手を止めたようです!」

「ミ、ミネーヴァ! そんな嘘……」

「まあ、そのように見えるな。まったく……。まあ、仕方がないか……」


 ユース王子はチラリと私を見て、ため息を吐いた。


「城ではずっと部屋にこもっていたので、珍しいですものね。ご迷惑をおかけしないように、お一人、お一人と、順番にご挨拶をするべきでした」

「そうじゃない。あー、まあいい。この船に散策するようなところはない。展望室で、のんびり景色でも眺めると良い。サー・ミネーヴァ。展望室前で見張りをしろ」

「見張り? このような密室で、何があると……」


 飛行船内で、私に何かあったって、犯人はすぐ分かる。何せ、人は限られている。そんな中で、一体誰が、何をするというのだ。しかも、どんな得がある? ない。


「レティア、ほら、行くぞ」


 ユース王子は不機嫌そう。廊下にいる人達に会釈をしながら、ついていく。サー・マルクには、小さく手を振ってみた。

 ぎこちない笑顔が返ってきたので、迷惑だったのかもと、落ち込む。


「あーあ、レティア様。あのサー・マルク、いびられますよ。ゴマスリ野郎って。まっ、跳ね除けられないと、王宮騎士になろうなんて無理ですけどね」

「そうなの? 私、もっと考えて話すべきでしたね」

「何の話だ?」


 ユース王子の問いかけに、ミネーヴァが先程のやり取りを説明した。


「そうか」


 ユース王子はそれしか言わなかった。空気が重い。やはり、ユース王子は機嫌が悪そう。出発早々に、騒ぎを起こしたから仕方がないか。アリスやオリビアを怒らせたことを相談、なんて雰囲気ではない。


 展望室は二つ下の階にあった。ミネーヴァは入室したそうだったけれど、ユース王子に無言で静止された。自由奔放なミネーヴァも、ユース王子には逆らわないようだ。

 人が数人か入れる程度の広さ。暗い。ランプの薄明かりに照らされるのは、何にもない空間。正面に、円形の何かが見える。展望室という名前なのは不思議。


「雲の中のようだな。まあ、そのうち抜けるだろう。飽きたらミネーヴァと部屋に戻りなさい。ゆっくりすると良い」


 そう言い残して、ユース王子は部屋を出て行ってしまった。

 薄暗かった部屋が、次第に明るくなっていく。灰色の雲が見え、それが徐々に白くなり、青々とした空が広がっていく。

 円形の窓のすぐ脇に人影。部屋が明るくなったので、誰なのか分かった。胸がギュッと締め付けられる。


「ご機嫌麗しゅうございます。レティア様」


 とてもよそよそしい、線引きされた態度に、悲しくなる。何も言われていないけれど、分かる。ロクサス卿の瞳は、以前と全然違う。

 ユース王子のお節介……。


「あ、あの……。誰もいませんし……。その……。そんなに他人行儀……」


 言いかけたが、涙が込み上げてきて、喉が詰まる。ロクサス卿の目線が、ほんの一瞬だけ、私の腕に巻きつくセルペンスに向けられた時の、微かな恐れ。

 セルペンスはお喋りで、優しいです、なんて話したら、彼はどう思うのだろう? 益々私を敬うような態度を示すだろう。


——この匂い、姫が嫌がる奴だ。姫、逃げよう


 シュルリと腕を登ってきて、私の頬を突っついたセルペンスに、頬を寄せる。セルペンスは、人の会話は全然分からないらしい。それなのに、心の中は見透かす。

 嫌ではないのよ、大丈夫、と胸の中で囁いてみる。


——成体の話に割って入るなだって。叱られたから、黙ってる。冠を忘れた姫の為に、素晴らしい冠になっておく


 そう言うと、セルペンスは私の頭の上に登っていった。ティアラのようになってくれるのだろう。私にくっつくセルペンスは、多分子供だ。


「いえ、レティア様。私は粗忽者なので、意識して注意していないと、貴女様に恥をかかせます」

「恥なんて……かきません……」


 城の応接室でも、似たようなやり取りをした。見張りが少し席を外した時に、二人だからシャーロットで良いと言った時と同じ。だって、シャーロットは私だ。レティア王女という肩書がついた、シャーロット。それが私。別人になった訳ではない。この他人行儀さが、とても辛くて悲しい。埋めたい筈の溝が、日に日に大きくなっているような感覚がしてしまう。


 ロクサス卿はセルペンスを恐る恐るというように、チラチラ見ている。それなのに、何も聞いては来ない。

 ロクサス卿のせいにして逃げているのは私だ。私の事も、セルペンスの事も、拒否されるのが怖い。怖くて仕方がないから話せない。隠している。

 国王陛下やユース王子から、他の誰かはダメだけど、ロクサス卿には話して良いと言われている。ずっと一緒にいるなら、こういう大事な話は、絶対にしておくべき。なのに、拒絶が怖いから、話せない。


「あの……先客とは……失礼しました……」


 このままだと泣く。私はロクサス卿に背を向けて、飛び出すように部屋から逃げた。

 

「レティア様?」


 展望室を出ると、ミネーヴァに顔を覗き込まれた。どういう顔をして良いのか分からない。


「何かありました?」


 私は首を小さく横に振った。何も無い。会いたかったシャーロット。レティアでも良い。ユース王子に頼み込んで、会わせてもらった。良い景色だな、なんて気さくで親しげな会話があれば良かったのに。

 私のいくじなし。私が思い切って、ロクサス卿の一歩引いた大人の対応を無視して、飛び込めば良かったのに、逃げた。

 ロクサス卿のせいでは無い。相手から歩み寄って欲しいという、私の甘ったれた心の問題だ。

 

「そうですか。何もないなんて、辛いですね」


 意外な台詞に、私は俯くのをやめて、ミネーヴァの顔を見つめた。彼女は白い歯を見せて、悪戯っぽく笑っている。

 私はコクン、と頷いた。ミネーヴァは私の背中に手を回して、撫でてくれた。彼女は私とロクサス卿の微妙な空気の漂う面談を、何回か見ている。護衛として、部屋の隅で置物みたいに振る舞っていても、気にしてくれていたようだ。


「ありがとうございます」

「ありがとう、で良いですよ。このミネーヴァは、レティア王女に気に入られて、城中をふんぞり返るつもりですので」


 茶目っ気たっぷりなウインクが飛んできて、私はクスリと笑った。彼女はディオク王子とエトワール妃の忠臣らしいので、私に擦り寄る必要なんてない。

 家臣に敬語を使わないで下さい、と線引きされるのとは真逆の言い方。嬉しい。


「追いかけてもきませんね。女は追われてなんぼってもんです」


 ミネーヴァは私の背中に手を回して、歩き出した。


「そうなのですか?」


 チラリ、と振り返る。展望室の扉は開かない。ロクサス卿は、ユース王子に言われたから来ただけなのだろうか。

 会いたかったのに、せっかく会えたらよそよそしくて、大した会話もなく、何も楽しくなくて気が重い。だから、ロクサス卿に会うたびに、会いたい気持ちは萎んでしまっている。今日もまた、そうなってしまった。


「さあ? ひたすら追いかけて成功した方もいますし、人それぞれですよ」

「ひたすら追いかけて?」


 もう一度、振り返る。展望室の扉を開けて、腕を広げてロクサス卿に抱きついたら、何か変わるだろうか? 元に戻れる?


「どうします? 戻られるなら、また人避けをしますよ」


 見張りって、そういう事。ミネーヴァに笑いかけられて、自分がどうしたいのか、思案する。

 自分の事なのに、分からない。勇気が出ない。自信がない。

 ミネーヴァと部屋に戻ると、ヴィクトリアがアリスとオリビアを連れ戻してくれていた。二人とも気まずそうに手を繋いで立っている。


「船の中だから迷子にはならないけれど、心配するわ。話なら聞くから、ね? 怒鳴ったりなんてして、お姉ちゃんが悪かった。ごめんなさい」


 しゃがんで、二人と目を合わせる。オリビアはペコリと頭を下げたけれど、アリスは膨れっ面で顔を背けた。


「……く、悪くない。お姉様……レティア様は悪く……」

「お姉様で良いわよ。貴女が怒られたら、私が怒るわ。あの、怖ーいユース様やディオク様にでもね。寂しいから、お姉様と呼んでくれる? アリスが嫌じゃなければ」


 アリスは涙目になり、勢い良く抱きついてきた。ギュッと抱きしめる。


「お姉様、ユース様は怖くなんてありません。話を聞いて……。あの、お姉様の一番大切なものは……私……って……」


 ヴィクトリアを見上げると、彼女は小さく微笑み、首を縦に振った。


「そうよ。ユース様は優しいわ。但し、悪い事をしなければ。何かあったとき、貴女を庇えるように、暮らしていて欲しいの。悔しくても、辛いことがあっても。ね? こっそり、シャーロットと呼んでね」


 手招きして、オリビアも呼ぶ。


「オリビアのお姉様になれるかは微妙なところだけど、なれなかったら、(わたくし)の一番最初のお友達になってくれる?」


 オリビアの両手を握り、笑ってみせた。多分苦笑いだろう。


「お兄様はバカなんです! 俺なんか……っていじけて、元々自信家とは真逆で、こう……」

「私と旦那様、同じみたい。どちらかが歩み寄らないといけないわよね……。でも……怖くて……」

「お姉様、恋の相談なら、ユース様です! 社交界の貴公子、百戦錬磨のユース様なら、的確なアドバイスをくれると思います!」


 オリビアは、うっとりというように頬を赤らめた。言われてみれば、そうだ。しかし、何だかモヤモヤする。


「社交界の……貴公子……」


 まあ、あの見た目や性格で王子だから、モテるか。人を掌に乗せる人だから、男女関係なく、心の機微についても理解しているだろう。私は情けなさと、恥ずかしさを押し殺して、ユース王子に相談しようと決意した。

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