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男爵令嬢、振り回される

 動揺していてもお腹は減る。隠し部屋で食事をした後、する事もないのでボンヤリしていた。ユース王子の目的は判明したが、嘘か本当なのか見抜けない。不信や疑心は見抜かれるようなので、流されるしかない。私の背には、アリス、それからダバリ村が乗っていた。反抗は禁止って、人質をとっているじゃないか。


 やる事は無いけれど、勝手に読書をして良いとは思えない。私はひたすら、ボーッとした。


「シャーロットちゃん!」

「きゃあ!」


 突然の声。更には後ろから抱きつかれて、私は悲鳴を上げた。ユース王子に顔を覗き込まれて、目が合う。悪戯っ子みたいな無邪気な笑顔。無抵抗なら、悲鳴もダメだ。慌てて口を手で覆う。その手をそっと離させられた。


「良い悲鳴をありがとう。さて、今夜のお仕事は私から逃げる事。恥ずかしいってね。突き飛ばして良いよ」


 はい? えっ? と思ったら、ユース王子は私から離れた。その後、私の両手を取り、立たせた。


「はい、後ろに下がって」

「あ、は、はい……」


 指示通り、後退する。今のユース王子の笑顔は怖くない。だからか、代わりに途轍もなく恥ずかしい。男の人——それも格好良い——から、こんな熱視線で見つめられたことなんてない。コツン、と靴が壁に当たった。もう下がれない。壁に背中がぶつかる。なのに、ユース王子は近寄ってくる。このままでは、密着してしまう。


「身分があまりにも違います。お戯れはご勘弁下さい。はい、少し大きめの声で復唱して。頑張れ」

「え? あ、はい。身分があまりにも……違い……ます……」


 近い。近い、近い、近い! ユース王子の顔はもう、私のすぐ目の前。鼻と鼻がぶつかる。目が泳ぐ。熱い。熱くてならない。繋がれている手に汗がびっしょり。まさか、キスされる?


「したかったらする? キス。演技はその後でも良い」


 ぶんぶんぶん! 私の顔は勝手に左右に動いた。ファーストキスが王子様なんて素敵だけど無理。恥ずかしくて限界。声も出ない。


「なんだ残念。まあ、私も誘われる方が好きだ。続きをしよう。もう少し大きな声を出して」


 耳元で囁かれ、息を吹きかけられた。


「ひっ!」

「頑張れ、シャーロットちゃん」


 また耳に息を吹きかけられる。早く、と告げられた。


「お、おた、お戯れは……ご勘弁下さい!」


 叫んだ瞬間、背中の壁が消えた。いや、扉が後方に開いたらしい。背後が扉だなんて、気がついてもいなかった。体勢を崩す。視界が少し反転。後ろへ転びそうになるのを、ユース王子の手が支えてくれた。


「身分違い? 戯れとは……シャーロット令嬢……」


 呆然という表情のユース王子。引き寄せられ、抱き締められる。かなり強い力。


「畏れ多いですと言って逃げろ。前に真っ直ぐ進むと、左手にホールがある。今夜はこれで終わり」


 ポソリ、と囁かれた。ユース王子の腕から力が抜ける。少し体が離れ、目が合う。心臓かバクバクする。


「畏れ多いです……」


 命令通り口にして、前へと進む。廊下には人が何人かいた。注目されている。そのせいで、転びそうになった。これで、ホールに行った私はどうしたら良いの? 息を切らして、ホールに足を踏み入れる。脱力して、入口脇の壁にもたれかかった。椅子があったので、フラフラしながら移動して、腰を下ろした。


「今の騒動……シャーロット令嬢、大丈夫ですか?」


 声を掛けられ、顔を上げる。ロクサス卿が怪訝そうな表情で立っていた。


「ロクサス卿……」

「良かった。探していました」


 苦笑いを向けられ、戸惑う。探すも何も、この人は私がユース王子と隠し部屋に消えるのを手伝った。小芝居の続き?


「待ってくれシャーロット令嬢。私は君ともう少し話をしたい」


 ホールにユース王子が駆け込んできた。きょろきょろと人を探すように、ホールを見渡している。私はロクサス卿の背中に隠された。


「居ないのか? この私を嫌がるとはおかしい。どういう事だ?」


 髪を搔き上げると、ユース王子はホールから去っていった。一瞬目が合う。なのに、無視された。やはり、芝居らしい。


「シャーロット令嬢、大丈夫ですか? ユース王子は社交場で女性に対して気まぐれですので、気にしなくて良いです」


 ロクサス卿にハンカチを差し出された。素直に受け取る。次の指示は何?


「あの……はい……」

「頼まれて、すみません。何が恋人と二人きりになりたいだ。嘘ではないか……」


 ロクサス卿はムスッと機嫌の悪そうな表情を浮かべ、ボヤいた。多分、後半は独り言。


 次は何? 次は? 私はここからどうすれば良いの? 自然と眉間に皺が寄る。


「酷く疲れたようですね。それなら、そろそろ帰りましょう」


 帰る? エスコート、というように腰に手を回される。少し離れた、割と適切だと感じられる距離感。私が連れて行かれた場所は、アリスの所だった。アリスを連れて行ったスヴェンと女の子がいる。


「オリビア、もう帰る。フィラント様は見当たらないので、エトワール様とフローラ様に挨拶をしてから帰ろう」

「はい、お兄様。初めまして、シャーロットさん。私、ロクサス・ミラマーレの妹オリビアと申します」

「あのね、お姉様。オリビアと私って気が合うのよ。来週から同じ女学院に通うの!」


 アリスがオリビアと顔を見合わせて、ねーっとクスクス笑いをした。実に楽しそう。短時間でかなり仲良くなったらしい。来週から女学院に通う? 来週から?


「今夜より、私がお二人を任されました。では、参りましょう」


 ロクサス卿は苦笑している。


「お姉様、お父様達と話すの大変でした?」


 アリスに顔を覗き込まれた。


「アリス令嬢、見ての通りだ。しかし、心配いらない」

「遠い親戚っていうけれど、あまり似ていないわね、私達。ね、スヴェンお兄様」


 ね、スヴェンお兄様と言ったのにオリビアはアリスを見た。とっても可愛い笑いかた。アリスも笑顔を返している。


「そうだな。まあ、何でもいいよ。兄上が放っておけないっていうんだから。それに……」


 スヴェンが私を見て、ニッコリと笑った。顔立ちは全く違うけれど、少しユース王子に似た笑顔。探るような目付き。


「それに、なんだスヴェン」

「いえ、兄上。家事をする人が増えて、学業に専念できるなと」


 家事をする人が増えて……やはり普通の侍女? 私とアリスは貴族侍女としてお世話になる話は嘘? 今の会話の流れ、ロクサス卿と遠い親戚という設定なのか。ホール内を歩きながら、深呼吸を繰り返した。まだ、鼓動はうるさいし、ユース王子の甘ったるい声の囁きが耳の奥に残っている。


 ロクサス卿は私達をエトワール妃の元へ連れて行った。お妃様のご友人——フローラ・カンタベリ伯爵夫人——に紹介された。カンタベリ伯爵は何人かいるが、彼女はダバリ村が属するアストライアの領主レグルス・カンタベリ様の奥様だった。艶やかなダークブラウンの髪が羨ましい、色っぽい美女。エトワール妃と並ぶフローラ夫人の横には絶対に立ちたくない。こんな美女2人の横とは、拷問みたいなものだ。


 私とアリスをフローラ夫人に紹介し終わると、ロクサス卿は帰るという発言をした。それで、私達はアルタイル城を後にした。いきなり訪れた両親との別れ。顔も合わさないで終わり。流され続けている。馬車に乗ると、ロクサス卿は安堵というような表情を浮かべた。


「明日、また詳細を話します。あの方から、話があった通りです。今夜はゆっくりと休んで下さい」

「はい、ありがとうございます」


 明日、また詳細を……詳細もなにも、まだ何も聞いていない。あの方とは、ユース王子のことだろう。ロクサス卿は何をどこまで知っている? しかし、また失言しそう。質問はしないでおこう。反抗してはいけない。アリスが学校に通う話が無くなったりするのだろう。


「ねえ、アリス。チェスは得意?」

「いいえ、オリビア。私、好きだけど弱いわ」

「私も苦手。一緒に特訓しましょう? クラスでチェスが流行っているの。刺繍は好き?」

「好きでも嫌いでもないけれど、得意な方よ」

「やった。私、好きではないし苦手なの。宿題、手伝ってもらおう」


 アリスとオリビアの楽しげな会話は、子守唄みたい。気がついたら、私は眠りに落ちていた。起こされて、招かれたのは青い屋根の小さなお屋敷。実家よりも狭い事に驚いた。ロクサス卿は貧乏伯爵? しかし、オリビアやスヴェンの衣服や装飾品は豪華。屋敷の中は物が少ない。しかし、清掃されていて、必要最低限の調度品は高級そうで、とても品が良く見える。コーディネートも何もない我が家とは真逆かも。うちは如何にも成金、見栄っ張りという屋敷だ。


 屋根裏部屋が、私とアリスに用意された部屋だった。素材を生かした色の家具には、どれもお揃いの繊細な花柄の彫刻がされている。水色のカーテンもそう。銀刺繍で小花柄があしらわれている。足元の絨毯はふわふわの白い毛。テーブルには白い花瓶に、目一杯の花が飾られていた。寝台は天蓋付き。とても屋根裏部屋とは思えない。埃一つなく、可愛らしい——おまけに高そうな——家具や調度品。どう見ても、小間使い侍女に与えられる部屋ではない。


「お姫様の部屋みたい」


 きゃあきゃあとアリスが部屋中を観察する。その隣で、オリビアが自慢げに説明。オリビアが開いたタンスの中には、色とりどりのドレスが仕舞われていた。アリスは益々興奮。


「趣味など分かりませんけれど、大事なお嬢様達を預かるので、あちこちに相談して精一杯支度しました」


 私の隣で、そう照れ笑いしたロクサス卿の頬は、夜で薄明かりでも赤らんで見えた。春の陽だまりみたいな雰囲気に、優しげな微笑み。私の胸は何故だかドキドキ、ドキドキと煩くなっていた。きっと、予想外の好待遇に感激したからだろう。

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