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空と恋と愛の旅 1

 今日は晴天。人生で初めて、飛行船なる乗り物に乗る。空を飛ぶ船があるなんて、世界は広い。行き先は、西の地、大蛇連合国に属する流星国。

 目的はカール令嬢とユース王子の正式な婚約の取り付け、交易契約要求、それから私のご挨拶。そう説明されている。

 乗れる人数に限りがある、ということで、私の専属従者は5名らしい。

 世話役としてヴィクトリア。近衛兵兼侍女としてミネーヴァ、ミリエル、それから何故かアリスとオリビア。ユース王子はまた気を回してくれたらしい。

 二人は初めての外国に、大はしゃぎしている。学校は? と聞いたらヴィクトリアが家庭教師で、野外授業の許可がされたそうだ。

 他の乗船者はアクイラ宰相、ユース王子と側近何名かと近衛兵で20人程。カール令嬢は帰らせてもらえないらしい。

 理由は父親命令なんだとか。故郷に帰れなくて寂しくないのかと聞くと「寂しいけれど羽を伸ばせると思う事にする」と、前向き発言をしていた。


 飛行船は、城の地下道を抜け、崖の中に作られた倉庫にあった。岩場から見上げた飛行船は、鉛銀色の長楕円体の下に小さめの長方形が組み合わさった形。外周に、足場や手摺りも見える。こんな重たそうなものが、空を飛ぶ?


「お姉さ……レティア様、飛行船はどうやって飛ぶのですか?」

「シャーロッ……じゃかった。レティア様、飛ぶってどうやってです?」


 右手にアリス、左手でオリビアと手を繋ぎ、私は首を横に振った。


「読んだ本に。飛行船について載っているものは無かったから、知らないわ。ごめんね」

「この飛行船はロストテクノロジーです、レティア姫様。日々、私達、技術開発員が……」


 見知らぬ若い男性に声を掛けられた。誰?


「そこの! 馴れ馴れしく話しかけるな!」


 罵声はミリエル。涼しげな目元とぽってりとした厚い唇が印象的な、女騎士。ショーットカットがよく似合っている。多分、私と年が近い。


「あらあらミリエル。初めての重要任務に肩肘張ってどうするの? こういう時は、こうするのよ」


 ミネーヴァはにこやかに笑い、技術開発員と名乗った青年と腕を組んだ。


「皆さん、よろしくお願いします。私達に気さくに声を掛けてくださると、レティア様の知識が深まるでしょう。未知にとても胸を踊らせています」


 青年の鼻の下が伸びた気がする。


「さあ、まずは私にあれこれ説明して下さい」


 ミネーヴァは青年を引きずるように連れていった。二人は遠ざかり、その後ミネーヴァだけが戻ってきた。


「ミリエル、相手の反感を買わないこと。主人の評価を上げるのも仕事だ。次からはもう少し頭を使え」

「はい! ミネーヴァ副隊長! ご指導、ありがとうございます!」


 へえ、ミネーヴァって副隊長だったのか。私と目が合ったミリエルは、バツが悪そうな表情になった。


「あの、ご挨拶がまだでしたね。レティアです。今回は長旅の勤務、よろしくお願いします。頼りにしています」


 貴女に不安なんて感じていません、と伝わらないかな? と笑顔で握手を求める。

 ミリエルは目をまんまるにしてから、片膝をついて、両手で私の手を握った。


「聖女様から直々に頼りにしていますとは……」

「大袈裟。緊張をほぐそうとしてもらったのだから、肩の力を抜きなさい」


 ミネーヴァがミリエルの肩をベシリと叩いた。


「あ、あの……。聖女だなんて……。いえ、祭事や聖式典について関与することになる予定なので、皆さんの為に頑張りますね! ご挨拶はしかと努めて、交易に有利になりそうな話も誰かとします」


 私は私なりに、精一杯頑張る。昼夜問わず、働き詰めのユース王子から荷物をもらう。「聖女」に相応しい働きぶりをすれば、アリスの盾になれる。


「レティア様、気合いが入っていますね」


 ミネーヴァがからからと笑い、背中を撫でてくれた。そこにヴィクトリアが到着。次々と人が現れる。

 あ、ユース王子もいる。髪を全部後ろに上げていて、フィラント王子そっくり。黒い服を着ているから、余計にそう感じる。


「フィラント様?」


 ミネーヴァが訝しげな声を出した。


「え? ユース様ですよね」


 ミネーヴァと目が合う。


「ほら、目の色に、目鼻立ちも。あと体格も少し」

「そう、ですか……。レティア様はこの距離で、ぱっと見分けがつくのですね。あのお二人、かなり似ていますけど」

「ええ」


 感心されて、少し嬉しい。ユース王子と目が合ったので、小さく手を振った。

 先月、随分と疲れきった様子で、熱まであったのに、今日は元気そうで安心。

 ユース王子は柔らかに微笑み、手を振り返してくれた。彼とは前よりも、親しくなれた気がする。今の笑顔は、本物っぽかった。

 エトワール妃が、毎日ユース王子と一緒に食事をして、食べられているかチェックしている。それで、私も東塔での食事メンバーに加えてくれた。家族で、と言って。

 そのエトワール妃が現れた。クラウス王子を腕に抱くフィラント王子と共に。三人は私の方へ向かってくる。

 

「お見送りに来ました。レティア、ティア王女に例の物を、よろしくね」


 手を取られ、優しく撫でられる。


「はい、エトワール様。贈り物は、しかと渡してまいります」


 預かった箱と小包は、昨夜、ヴィクトリアと最終確認をして、積荷置き場に準備してある。それから、手紙はコートの内ポケットの中にある。今朝、何度も確認した。


「あと、話そびれていたので、こちらをどうぞ」


 差し出されたのは、折り畳まれた羊皮紙。エトワール妃が私の耳に顔を寄せた。


「おすすめの、お散歩スポットよ。時間がある時に、行ってみて。素敵な景色が見られるわ」


 エトワール妃は振り返り、視線を彷徨わせた。誰を探しているのかは、想像に容易い。ロクサス卿だ。彼も今回の外交メンバーに選ばれている。

 日に一回、彼と面談出来るようになった。それも、ユース王子の根回しだろう。けれども、見張り付きの応接室で、何を話せば良いのか分からない。天気とかの雑談くらいしか出来ていない。それに、ロクサス卿はどこか余所余所しい。

 隙間時間にロクサス卿と散歩……あまり気が進まない。あの、畏れ多いというような、遠慮と戸惑いの眼差しは、中々胸が痛む。これで、セルペンスの話なんてしたら……ますます距離を取られてしまうだろう。

 私は、この悩みを誰に相談して良いのか分からなくて、途方に暮れている。


「レティア?」

「いえ、ありがとうございます。エトワール様」


 渡された羊皮紙を、コートの内ポケットにしまう。


「可愛い妹や、お友達と行っても良いですし、放っておくと悪さをしそうなユース様を荷物持ちにしても良いですからね」


 何か察したのか、エトワール妃はそう言ってくれた。ぽんぽん、と背中を撫でられる。

 帰ってきたら、エトワール妃に相談しよう。きっとそれが良い。彼女なら、親身に話を聞いてくれる。


「パパー、クラウスもいく!」

「ん? ユースと行くか? ダグラスとミネーヴァが付くなら考えなくもないが、クラウス、父と母は行かないぞ」


 行く! 行く! と駄々をこね始めていたクラウス王子は「え?」と固まった。


「パパ、行かないの?」

「たまには、クラウスと遊ぼうと思って、今回の外交はユースに任せた」


 これは、何とも優しい嘘。フィラント王子は無表情で息子を見つめている。クラウス王子はみるみる笑顔になり、父親に抱きついた。それを、エトワール妃が感激、というように眺めている。

 微笑ましい光景に、ついクスリと笑ってしまった。何とも羨ましい。私もこういう結婚……結婚か……。ほんの少し前まで、ロクサス卿との明るい未来を想像して浮かれていたのに……もう何も見えない。

 

「では、乗船しましょう。こちらへどうぞ」


 ヴィクトリアに促され、歩き始める。ぶんぶんと大きく手を振るクラウス王子に手を振る。フィラント王子とエトワール妃には、会釈を返した。

 案内された部屋には、天蓋付き寝台に、ドレッサーまでついていた。小さな一人掛けソファもある。壁にはドライフラワーと絵が飾られている。床に敷かれた絨毯は桃色で、ふさふさしている。壁は鉛色だけど、全体的に可愛らしい部屋。


「まあ、内装が……」


 ヴィクトリアが呟く。


「王女様の部屋なのに、狭いのね」

「逆よオリビア。王女様の部屋でこの広さだと、他はうんと狭いってことよ」

「狭い? 家の部屋よりも広いわ。ね、アリス」


 問いかけたあとに、しまったと口を閉ざした。


「あー、何でもないわ。聞かなかったことにして。ヴィクトリア、内装がどうしました?」

「いえ、前回乗船した際とは、色々変わっていたので」

「誰かが準備してくれたのね」


 この可愛らしい装飾は、エトワール妃だろうか?

 全員が部屋に居る状態で、飛行船は出発した。ガタガタ揺れたのと、浮き上がる奇妙な感覚と耳の詰まりに戸惑う。しかし、しばらくしたら安定して、ごく普通の部屋にいるのと同じ感覚になった。

 アルタイル王国から流星国までは、飛行船だと半日かからない程度、と聞いている。


「レティア様、飛行船内の探検は許されます?」

「どうかしら? ユース様に聞いてみるわ。その前に、あの、アリス。最近どう? 新しいお家にお世話になっているのでしょう?」


 アリスの奉公先が誰なのか知ったら、私はえこひいきするかもしれない。という理由で詮索禁止とディオク王子に言われている。多分、アリスも似たような事を言われている筈。でも、心配だ。

 一応、アリスの顔色、表情の変化、服装、怪我やあざはないか確認。元気そう。今の問いかけにも、嘘臭くない笑顔だった。


「あのね、レティア様。あの生ゴミ女の足が動かなくなっちゃったの」


 生ゴミ女って、イザベル・カーナヴォン令嬢? アリスは良い気味、と言いたげな勝ち誇った表情。


「姉はおでこに大火傷ですって」


 オリビアもニマニマ笑っている。


「二人とも、他人の不幸を喜ぶんじゃありません!」


 駄目だ、駄目! 二人が性悪女に育つなんて、絶対に駄目。私が大きな声を出したせいか、二人は目を丸めて固まった。


「良いですか。見ている人は見ています。お姉さんの方はともかく、イザベル令嬢は同級生なのだから、きちんとお見舞いに行き、慰めてあげなさい」


 ええー、とアリスとオリビアが呻いた。


「人の不幸を笑ったせいで、貴女達が怪我をしたりするかもしれませんよ。イザベル令嬢、いじめなんてしたから怪我をしたと、もしかしたら反省しているかもしれません」


 アリスとオリビアは不満げ。納得しかねる、といわんばかりの膨れっ面。

 ということは、私はエブリーヌの見舞いに行くべきか。嫌だけど、おでこに火傷とはいたたまれない。それも、セルペンスが「やっつけた」と言っていたので、私の為だろう。

 

「不本意ではありますが、この(わたくし)も同じようにします。流星国で、何かお見舞いの品を買いましょう?」


 酒場で働いていた時のお金を、お小遣いとして持ってきてある。


「お姉様って、昔からそう。きっと反省する。きっとわざとじゃない。きっと心を入れ替える! お父様やお母様、一度だって良い人になったことある⁈」


 憤慨! というように叫んで立ち上がると、アリスは部屋を飛び出してしまった。


「アリス!」


 私よりも先に、オリビアがアリスの後を追った。私も続く。私だけ、見張りのミネーヴァに捕まった。


「ミリエル。侍女見習いを連れ戻してこい。クビにするぞ、と言いなさい。レティア様は……私と散策しましょう?」


 ミネーヴァはにっこり、と笑った。とても楽しそう。


「サー・ミネーヴァ。私が話をしてきます。貴女は変わりませんね」


 ヴィクトリアとミネーヴァは知り合いらしい。ヴィクトリアは、私の肩を優しく撫でてから、部屋を出ていった。仲裁してくれるなんて、有り難い。


「前からこの飛行船に乗ってみたかったのです! 毎度毎度、アテナが勝つから……今日、ようやく……」


 感動、というように目を細めて微笑むと、ミネーヴァはぐるりと目を回して私を見据えた。


「レティア様、散歩に行きたいのですか! 喜んで護衛致します! さあさあ、まいりましょう」


 ふふふん、と鼻歌混じりで私と腕を組むと、ミネーヴァは私を引きずり始めた。

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