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女好き王子は逃げたい 2

 昨夜の嵐は何処へやら、清々しい程の晴天。代わりに、庭には飛ばされてきた木の枝や木の葉、石などが散乱している。まだ早朝なので、掃除は始まっていないようだ。

 彼女はそこにいるだろう、と私はゲオルグを伴って、東塔を目指した。


「足のお加減は、悪くなさそうですね」

「ああ、見ての通り」


 杖を使えば、楽々歩ける。問題は、私の運動神経が悪いので、かなりゆっくり慎重にでないと進めない事。


「また、花でトラブルを起こしたそうですね」

「ん、まあ。しくじった」


 自分で事後処理してないから、ゾフィの件は、噂になっているらしい。


「陛下から、収賄と不法人身売買の情報入手。相手に罠を仕掛ける為、にしては体を張り過ぎ、だそうです」


 耳元で小さく囁かれ、慄く。噂になっているではなくて、リチャード国王からお目付役を指定された、らしい。これは、見張りが増えそうで最悪。


「まさか。いつもの通り、少し火遊びしただけ……」

「ここ最近は、遊びはどちらかというとついで、ですよね。軟禁されたくなければ、もう少々、控えて下さい。あと、もう少しお休みください」


 朝から説教されるとは思ってもいなかった。有り難いけれど、面倒臭い。


「食欲、睡眠欲、性欲は自然なもので、誰にも止められ……」

「いっそ色狂いの方がマシです。昨夜の毒花にまで……。貴方様は相手に気配りし過ぎます。フィラント様やエトワール様にご用でしたら、城の方へお呼びすればよろしいかと」


 義母時代からの近衛騎士は、静かになんてしてくれない。お目付役にして監視役は小煩い。


「はいはい。用があるのは、別人さ。いた」


 東塔前の庭で、フィラント共に素振りをしている。今日も今日とて、カール令嬢は自由人。私と見合いに来て、している事といえば、鍛錬、騎士団の視察、色々な相手とチェス、それからエトワールとお茶会。


「はい、は一度で結構な言葉です。ったく、聞く耳を持つ気はないようですね。ああ、カール様ですか」


 無機質な声からは、ゲオルグの感情を読み取れない。成人してから、割と苦言を呈されていなかったのに、三十歳も間近にして非難されるとは、最近の私はやはり疲弊しているっぽい。どうしたものか、と自分に問い掛けてみたが、答えは出ない。

 可愛い弟が、一家団欒を見せつけてくる。その程度の事で、何故こんな風に指摘される程寂しくなっているのか? 自分の事なのに、サッパリ理解出来ない。

 フィラントとカール令嬢が私達に気がついた。フィラントは無表情で模擬刀を下ろし、カール令嬢は満面の笑顔。


「ゲオルグ殿! おはようございます! ようやく私に付き合って下さるのですか!」


 大きく手を振りながら、カール令嬢は飼い主を見つけた犬のように、駆け寄って来た。


「ああ、おはようございます。ユース王子」


 一方の私は、冷めた目で、おざなりな挨拶をされる。ゲオルグは一歩下がり、私の背後に回った。


「カール様、私はユース様の付き添いです。アクイラ様からの許可が得られるのを、もう少々お待ち下さい」

「そうですか。早とちりしてすみません」

 

 カール令嬢は素直に頭を下げた。かなりしょんぼりして見える。自由人のようで、そうでもないのか。よく分からない女性だ。


「パパー!」


 元気いっぱいの子供の声は、クラウス。東塔の門を飛び出して、フィラントの元へ一直線。その左手には、レティアの右手。エトワールの水色のマーガレット柄のドレスを着ている。

 不安げなレティアに、一番寄り添いそうなのはエトワールだと、彼女に預けたけれど、正解らしい。レティアの顔色は、昨夜よりもうんと良い。

 クラウスに引っ張られて、というよりもほぼ引きずられているが、微笑ましそうな笑みを浮かべている。大変、可愛い。女性は皆、ああして笑っているのが一番輝——……。

 寝不足のせいか目がチカチカした。少し、クラクラする。レティアの髪に、朝焼けの太陽の光が反射したからか?

 昨夜、レティアと話していた時は、怪我で辛かったなんて知られたら気にされる。私はゲオルグに杖を押し付けた。


「ユース様?」

「ユース王子?」

「ユース、どうした?」


 目頭を抑えて、おまけに少しばかりよろめいたので、次々に心配された。


「ユースおじちゃま?」


 クラウスが私の顔を覗き込んできた。頭を撫でて、首を横に振る。


「私は朝に弱い。クラウス、今日も元気で感心だ」


 フィラントとは違う、柔らかな猫っ毛を撫でながら、流石に休憩時間を増やそうと思案する。無理して働き続けるのは、無能がする事だ。


「ユース様、やはりお疲れなのですね。昨夜、セヌ川へ行かれていたそうで。それなのに……昨夜は話を聞いてくださり、ありがとうございました」


 両手を握り締めて、私を見据えるレティアは、やはりチカチカと眩い。背中に太陽を背負っているからだろう。

 それか、髪だ。そよ風にレティアの短い髪が揺れている。肩より少し下で揃えられた光沢のある髪は、ふわふわと楽しげに風と戯れ、その隙間から朝日がキラキラと覗く。

 キラキラ、キラキラ、シャンデリアのガラスみたいに輝きを放つとは、良く手入れされた髪なのだろう。エトワールが張り切って、香料を塗ったのかもしれない。


「ユース、どうした?」


 フィラントに問いかけられて、首を傾げる。


「どうした? 何がだ?」

「いや、珍しくぼんやりしているから」

「ぼんやり? 目の前に美麗な朝日と、それで輝く可愛らしい女性がいるから、目の保養だと……」


 普段の軽口なのに、妙に心臓がバクバクする。かなり煩い。レティアは俯いて、頬を少し桃色に染めた。

 それが、みるみる顔中に変わっていく。そういえば、彼女はお世辞に慣れてなくて、褒めるといつも真っ赤になる。うぶで楽しい反応だと改めて思った。


「ユース?」

「隣に美女、目の前に美少女、これでエトワールが来たら極楽浄土だな」


 あはは、と笑ってみせたが、ますます動悸が激しい。笑い声は続かず、照れてきた。適切な表情がいまいち作れないので、右手で口元を覆う。寝不足のせいか?


「なんか変だぞ、ユース」

「疲労と寝不足さ。だから、可愛い婚約者を迎えに来た」


 口から手を離し、にこり、と笑ってみせる。ふむ、少々変だが、演技は可能のようだ。

 添い寝してもらおうと思って、と軽口を言うはずが、私の唇は勝手に閉じた。レティアが顔をしかめて、急に胸が痛い。疲労と寝不足なんて、言うんじゃなかった。


「婚約者候補、です。訂正して下さい」


 カール令嬢に睨まれ、言葉に詰まり、眉間に皺も寄る。どうしてだか、演技する集中力が無い。


「ああ、そうでした。婚約者候補というか、人材狩りのライバル……」


 うっかり本心を口にしそうになり、慌てて口を閉じた。


「ユース、本当にどうした? 寝不足なら、休んでいくと良い」


 フィラントに手首を掴まれ、目を丸める。フィラントが握る私の手は、何故かレティアの右手を取っていた。


「はあ?」

「ユース様?」


 私はマジマジとレティアの手を見つめた。どうして掴んだ?


「ユース?」


 声を掛けてきたフィラントを見て、次にレティアを眺める。二人は殆ど似たような位置にいるのに、レティアだけ浮き上がっているように煌めいている。


「おい、ユース。どうしたユース?」


 私はレティアから手を離し、自分の掌を見つめた。熱い。


「いや……」


 はあ? まさか。


 もう一度、フィラントを見てからレティアを見る。カール令嬢とも比べてみた。やっぱり、レティアだけキラキラ光っている。


 はあ? まさか……。あり得ない……この私が……。


「フィラントお兄様、ユース様をどこか休める所へ連れて行きましょう」


 レティアの腕が、私の背中に回る。瞬間、体が浮いた。


「うおっ」

「大丈夫そうですけれど、ユース王子は私が看病しましょう。一応、婚約者候補ですし」


 カール令嬢が私を肩に担いで歩き出した。女性なのにこの腕力。それに広い背中。レティアが追いかけて来る。


「お待ち下さい、カール様。あの、そのような運び方は……」

「レティア様、お邪魔虫、というものですよ」


 振り返らずに発した、カール令嬢の言葉で、レティアは足を止めた。両手でドレスを握り、悲しそうに立ち尽くしている。

 あまりにも胸が痛くて、呼吸が苦しい。つい、自分の胸を掴み、小さく呻いていた。

 あり得ない。この私が、男女の恋愛なんてとっくの昔に捨てた私が、好みのタイプでも無い女性にいきなり転落したなんて、嘘だろう? 何で?


「ユース様はとても大丈夫そうには見えません! 婚約者として看病してくださるなら、ユース様を大事に扱っていただきたいです!」


 レティアは駆け寄ってきながら、叫んだ。彼女がカール令嬢に食ってかかるとは予想外。私の体を横抱きにすると、カール令嬢は振り返り、レティアと相対した。


「婚約者候補、です。それも不本意な。味方をすぐ庇うとは、とても良いですね。私はますます貴女を気に入りました。しかし、今は失礼!」


 ピシャリ、と言い放つと、カール令嬢はレティアにくるりと背を向けて、走り出した。かなり早い。彼女の表情は、人を食ったような、ニンマリ笑い。


「おい、笑うな」

「昨夜、レティア様と何かあったのだろう?」

「無い。キスの一つもしていないさ。君がいるのに、当たり前じゃないか」

「ふーん、へえ、ほお。ふーん。女を道具にするにしては、随分純情なご様子でしたよ」


 バレている。ゾフィか他のご夫人の事も知られているっぽい。

 いきなり現れ、自分でもついさっき自覚した私の気持ちを、このカール令嬢は即座に見抜いた。つまり、相当分かりやすい態度だったのだろう。色々と最悪だ……。

 カール令嬢は、ニヤニヤ笑いの後、ゲラゲラ笑い出した。


「で、どうするんです?」

「私は友や部下の女性には手を出さない主義だ。あと、君をとても愛している」

「つまらん男だな。とっとと私を嫌がれ。結婚話を進めるな。愛してる、ねえ。私の背負う権力を愛している、だろう?」

「そっ。結婚が嫌なら、我が国に有利な交易契約の後押しをしてくれ。それにしても、恋愛事に興味があるとは意外だな」

「そりゃあ私だって、恋の一つくらい……」


 へえ。まあ、誰かの気を引きたそうな様子は本当そうだったので、意外でもない。失言が面白くてニヤニヤ笑いを返したら、睨まれた。


「今のを踏まえて、話をするか」

「いや、忘れてください。私もそうする。私も君に聞きたいことがあります」

「一昨日負けたので、チェスをしながら話しますか」


 ゲオルグが追いかけてきて、私達の横に並ぶ。三人でカール令嬢に与えている応接室へ向かった。

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