表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/116

女好き王子は逃げたい 1

 柔らかな感触に、ずっと身を沈めていたい。


「いやあ、そんな触り方」

「ん? 顔にはもっとと描いてある」


 手を動かした時、ふふっと色気たっぷりの笑顔が返ってきて満足。その後、彼女は切なそうな表情になった。脳内に警鐘が鳴る。そういえば、雨音がする。利用するなら、それだな。


「ねえ、今日は朝まで……」

「大雨で水害にならないと良いが」


 甘え声で抱きつかれそうになり、押し返して、組み敷く。カーテンで閉ざされた窓の方に目を向ける。


「緊急で呼び出されたりするかもしれない。この国は私を働かせ過ぎだ」


 ため息混じりで、彼女の足を更に開く。あとは口を塞いで、距離感を出してサッサと済ませて、避難。優しくし過ぎると勘違いさせる。吸い付くような肌は抱きしめたいけれど、我慢する。


「いきなりせっかちな男」

「好きだろう? そういう緩急」


 後は好き勝手しようとしたら、体制が変わった。体を起こした彼女に押し倒される。


「ええ。とっても。ねえ、だから……」


 長い髪が顔や胸をくすぐる。この柔らかな感触は好きだ。妖しい色香を漂わせて、上に乗られて、快感に溺れる女性を眺めるのも好ましい。キスされ、口の中を弄ばれて、さて、そろそろ彼女とは終わりかなと冷静になる。強い想いを寄せられる前に逃げないと。

 勝手に動かれて、よがられるのは好きではない。主導権は握っておくもの。

 視界の端で、キラリ、と何かが光った。ランプの薄明かりを反射したのは金属。そして、殺意に満ちた瞳。これは……予想外。


「ユース様!」


 ナイフを振り上げた全裸の彼女が、ロゼッタに殴られた。


「ロゼッタ、ありがとう。しかし、顔は女性の命だ」


 床に押さえつけられた彼女を、寝台から見下ろす。可愛い顔が台無しの、憎悪に満ちた怒り顔。剥き出しの八重歯が、鬼みたい。私は下だけ服を着て、寝台から降りた。

 ロゼッタの他にも、何人かの騎士が入室してきた。全員、気まずそうな表情をしている。若手ばかりだからだ。熟年者なら無表情である。


「ゾフィ。君との日々は実に楽しかった。しかし、割り切った遊びという約束だった筈。こういうロクデナシに溺れるよりも、勤勉な夫を大事にするべきだ。つまり、君も悪女。君に泣く権利なんてない」


 彼女は無言でポロポロ涙を流すだけ。こういう時は、流石に胸が痛い。いくつも線を引いて、割とぞんざいに扱っていたのに、何故こんな男に心を寄せる。


「ユース様、それはあんまりです」


 優しくしたら、どうなるか分かるだろうに、と言いかけてやめた。ロゼッタ、こいつはそんな事も分からずに主を刺す男なのか、と心に刻む。出世コースからは外そう。


「勤務時間外にご苦労、ロゼッタ。見張りの理由はエトワールか?」

「いえ、西で水害の可能性があるので、陛下がユース様をお呼びです」

「天運というやつだな。君がいないと死んでいた。ありがとう、ロゼッタ。君は昇進するだろう」


 そろそろ見張りが消えたと思っていたが、当たりのようだ。エトワールが放った近衛騎士の見張りは消え去ったらしい。ロゼッタ、という時点でそう思ったが、正解だ。

 ここ数日、久々に城の客間を使っているけれど、注意や小言、妙な気配は感じていない。


「ユース様……」

「私は自由な独身男。彼女は貞節を誓っている妻。酷いのはどっちだろうな」


 ロゼッタに吐き捨てるように告げて、シャツと上着を羽織る。ゾフィの事は一切見ない。すまない、なんて顔を見せたら、彼女は私を憎み続けられない。憎み、泣き、喚き、その後人は諦める。傷口を手当てする相手を贈れば余計に。

 サッサと部屋を出た。騎士が二人、後ろに続く。


「彼女はこの客間に幽閉しておけ。後で処理する。牢に入れたり、拘束するな。単なる痴話喧嘩だ」


 静かな廊下に、私の冷めた声が響く。自分でも酷い男だな、と思うけれど、本当の極悪人なら、暗殺者だと絞首刑か斬首刑にするところだ。と、自分に言い訳。


「西で水害か……。フィラントから聞いた、レティアの予言は当たり、という事になる」


 騎士に聞こえるような独り言を呟く。このままレティアを聖女と祭り上げる。必要があれば、リチャード国王かディオクに飾る。もしくは、他国から有能な男を引っ張ってきたり、外交強化の駒にする。

 レティアは真面目と誠実が取り柄のロクサス卿には、勿体なさ過ぎる。問題は、どう失恋させて、どう他の男へ飾るかだ。ロクサス卿を浮気させて罷免するのは簡単だが、それだとフィラントの有能な部下が減る。ロクサス卿の弟と妹はエトワールと懇意。なので、ロクサス卿は蹴落とさない。

 揺さぶるならレティアの方だが、聖女は悪女のように男を捨てたりしてはいけない。あれは口下手でボンヤリしていそうで、頑固そう。今までここまで従順にしていたたのに、こんな仕打ちは手酷いと噛みつかれたら最悪。私の方が失脚する。実に面倒臭い義妹が出来たものだ。

 思案しながら廊下を歩き、階段を登り、執務室を目指した。その途中で、意外な人物と遭遇し、目を丸める。


「ユース王子、探しました」

「これは、カール令嬢」


 まもなく正式な婚約者、の彼女に探されていたのに、部屋に居なかったというのは悪手。とりあえず、笑っておいた。


「夜に会いに来てくれるなんて嬉しいで……」

「黙れ。この狐男。愛想笑いも鳥肌立つ。止めろ。それより、水害対策は得意な方なので、指揮官を紹介してもらいたい」

「はい?」


 予想外の台詞に、つい間抜けな声を出してしまった。


「それから馬も借りたい。セヌ川が氾濫すると聞きました」

「その件、アクイラ様は了承していますか?」


 ええ、と彼女が微笑んだ瞬間、私は走り出した。絶対に許可されていない。善は急げ。しかし、カール令嬢に後ろから羽交い締めにされた。


「了承していますので、問題ありません」

「念の為、です。御身に何かあって、外交問題になるのは困ります」


 いけ、と名前を知らない近衛騎士に目配した。しかし、阿呆なのか動かない。こんな察しの悪い近衛騎士は明日にでもクビだ! 地方に飛ばしてやる!


「あれだ。婚約者が心配なので、ついていったと言おう。父上は、私のその健気さに胸打たれる。よし、貴方が指揮官になれ」

「別に命令には従うけど、目的は? まさか、慈善事業なんて言わないよな?」


 こんな勝手で、自由な女性に演技をしたくない。あっ、勝手で自由なのは私もか。同族嫌悪だな。

 カール令嬢に睨まれた近衛騎士達が遠ざかる。おい、貴様等はどこの国の誰の近衛騎士だ! 顔を覚えたから、全員アルタイル城から追い出してやる。こんな奴等、リチャード国王やエトワールのピンチの時に、役に立たない。


「目の前で殴られそうな者を眺めているのは恥だ。それに、多分、会いたい人も現れる。一石二鳥だ」

「ああ、君が気を引きたい相手? なあ、こう私と反目しないで、手を組まないか? その相手と君をどうにかしてやる」

「気を引きたくない。阿呆な力不足男を連れ戻すだけだ」


 女性に後ろから抱きつかれて、睨まれるとは、初めての経験。ちっとも楽しくない。おまけに筋肉質なせいか、痛い。ぷにぷに柔らかい女性が好きだ。


「何でも良い。優秀な人材の引き抜きも許す。しかし、この国の柱は引き抜か無いでくれ。王族と、宰相だ。他なら許す。いや、喜んで贈ります」


 それだ、ロクサス卿の扱い方。流星国に贈ろう。で、寂しさの隙間に誰かが入る。いや、入れる。しかし、気分が重い。


「却下。欲しいのはティア様の側近兼友人だ。優秀な旦那も付いてくるしな。しかし、悪いのでエトワール妃かレティア王女のどちらかで良いです」

「数ヶ月交代で贈るってのはダメ?」


 するり、と言葉が出てきた。


「はあ?」

「いっそ、ティア王女もこの国へどうぞ。シェアしましょう。王子も同様。見聞を広げ、国交も強化させられる」


 我ながら、阿呆な案。


「それは……良いかもしれない」


 カール令嬢は、予想に反して、乗ってきた。


「聖女レティア王女には、連合国中の男が群がります。メルダエルダ家のルイ様や、白銀月国の王子なんかは、おススメです。それか、ハフルパフ公爵家にも何人か。流星国なんかよりも大国と縁を結びたいですよね?」

「まあね。めでたく君との婚約話も消滅するし」

「却下。父上の顔が立たない。貴方は黙って私と結婚させられておけ。婚約で止まりたかったが、父上の方が上手だった」


 カール令嬢の声は、先程よりも小さかった。振り返って彼女の顔を見ると、しかめっ面。


「いいか、仮面夫婦だ。しかし、私に恥をかかせるのは許さん。私に触るな。他の女にも触るな。逆らうとこの国を焼け野原にする。支えの存在しない家は崩壊するだけだ。私にはそれだけの権力がある」


 思いっきり睨まれ、茫然としてしまった。この女性、本当に私と似ている。使えるものは何でも使って、自分の都合の良いように生きるところ。この私が、ぺちゃんこにされるなんて、最悪。


「絶対に、アンリエッタをお前なんかと結婚させるか!」


 羽交い締めが終わり、片腕で首を拘束された。カール令嬢が私を引きずるようにして、歩き出す。


「ぐえっ。アンリエッタって、確かティア王女の……」

「可能性は全員潰す! あの阿呆男が戻ってくるまで、虫除けせねば! 結婚など不服だが仕方ない」


 怒声が耳に痛い。これか、彼女の目的。アンリエッタとはティア王女の側近。大蛇連合国中に、巨大な根を張る公爵家の一員のお嬢様、とはフィラント談。エトワールからは、美しくて気立ての良い、気配り上手で清楚可憐な乙女、という話を聞いている。


「き、協力するし……そのアンリエッタ・ハフルパフご令嬢にも手を出さない……」

「当たり前だ! 貴様のような女誑しは最低最悪。むしろ女に刺されて死ね! しかしエトワール様の大切な兄上。許すしかない。協力するなら、このカールが欲しい物を与えてやろう!」


 カール令嬢が高笑いを始めた。実に楽しそう。


 欲しい物はもう殆ど持っている。それを簒奪しにきやがって!

 最低最悪? それは、こちらの方。このままではこの女性の下僕にされる。既にされかけている。刺されて死ねって、ついさっき死にかけた。


 私は好きに、自由に生きるのだ。絶対にこの女性から逃げ切って、逆に首輪をつけてやる!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ