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青薔薇の冠姫 3

多忙につき更新がかなりの微速です

 本日、雲一つない晴天の日に、私シャーロット・ユミリオン男爵令嬢は正式にレティア・アルタイルの名を冠する。

 式典の場所はアルタイル大聖堂。着飾られ、化粧をされ、大粒のダイアのネックレスを身につけて、深い青色のドレスに身を包み、馬車に揺られている。

 同じ馬車内に居るのは、教育係のペネロピー夫人、ヴィクトリア夫人。女性の護衛騎士アテナ、コーラリウムの二人。全員、ずっと無言。誰も何も話さない。気が重い。


 女騎士は十二名存在するらしい。現行、アルタイル城敷地内に暮らす正当な王族女性はコランダム王太妃、エトワール妃。そこに私が加わったので、来月、女騎士を増員する予定なんだとか。

 その件のように、知らないところで世界は回っていく。結局、今日までアリスやロクサス卿には会えていない。式典に参列する、とは聞いたけれど、姿を見られるだろうか?

 ユース王子は「ロクサス卿とアルタイル王国か流星国のどちらでも暮らしたいか話し合え」と言っていたのに!

 昨夜なんて、いきなり現れて「君、正式に外交官代理の肩書きがついたから」と言い放った。それから「来週出発だ」とも口にしていた。ユース王子はめちゃくちゃな人だ。

 一方で、カール令嬢も自分勝手な方である。毎晩私の部屋を訪れて、流星国がいかに良い国なのか語っていく。それから、彼女が慕うティア王女のことも。


 馬車が停り、外から扉が開かれる。ペネロピー夫人に手を引かれて馬車を降りた。馬車操者の王室騎士に会釈をしてから、周囲を見渡す。アルタイル大聖堂の階段下のようだ。ズラリと騎士が並び、間にトランペットを構える奏者も居る。熱気に包まれているような群衆に気後する。


 大勢の者が私に手を振り、レティア姫の名を呼ぶ。大司教様や貴族の前で青薔薇の冠を冠るだけだ、なんて大嘘じゃない! なんで、ポッとでの怪しい姫にこの歓声⁈

 恐らく、あれこれ噂を流されているのだろう。数日前に見せられた新聞記事のような話。


 私が乗っていた馬車の前に、似たような形の場所が停まっていて、人が降りてきた。肖像画で知るリチャード国王。その次は王太妃コランダムだ。その後ろに続いたのは宰相の二人。ユース王子とマクシミリアン市爵。


 一先ず、四人に向かってレッスン通りの会釈をした。先にアルタイル大聖堂に到着しているはずの人達と鉢合わせなんて、何の手違いだろう?

 頭を下げ続けていたら、足音が近づいてきた。自然と眉間に皺が出来る。眉根を伸ばそうと力を入れた。


「ようやくお会い出来ましたね、レティア王女。お顔をよく見せて」


 少し嗄れた、優しげな声。コランダム王太妃だろう、と私は素直に顔を上げた。やはり、目の前に居るのはコランダム王太妃だった。息子のリチャード国王の腕に手を添えている。

 純白の長袖ドレスには青い薔薇の刺繍。頭上に輝く白銀の(ティアラ)にも、青い宝石で作られた薔薇が咲いている。


「本当にお義母様にそっくりですね。懐かしいわ」


 皺の多い手が私の頬を撫でた。細めた目に嫌な光は感じない。夫の浮気相手の子である私に、このような目線を送られるなんて思ってもいなかった。


「手を貸してくださる? この階段、足腰に辛いのよ」

「はい」


 左手を差し出されて、右手で掴む。支えるなら離れていてはダメだ、と恐る恐る近寄る。全身から品の良さが発っせられていて、かなり近寄り難い。気後れする。

 彼女は親しげな様子で、私に体を預けた。辛い、というように階段を踏みしめる際に、私と握る手に力が入る。私達が階段を登り始めると、高らかなファンファーレが響き渡った。

 ユース王子とマクシミリアン市爵が私達の左右、少し離れたところを同じ速度で進む。


「ルシル様には、若い頃、大変お世話になったのよ」

「そうでございますか」

(わたくし)と他の者を、常に線引きして、良くして下さいました。貴女のお顔を見たら、色々な事が吹き飛びましたよ」


 コランダム王太妃が微笑んだ時、リチャード国王は気まずそうな苦笑を浮かべた。


「父は少々奔放でしたので。その、女性関係で」

「少々、ねえ。法を改正して一夫多妻にしたり、そこらの女性を無理矢理妃にしたり、を少々とはねえ。あの監視下で、よくもまあ、街娘に手を出せたものです」

「母上。故人の事ですから」


 コランダム王太妃が遠い目をした。リチャード国王は相変わらず苦笑している。先代国王、私の本当の父親はどんな人物だったんだろう?

 とりあえず、女好きなのは分かった。で、それはユース王子に遺伝したようだ。


「なのでユース、(わたくし)は貴方の日頃の振る舞いもどうかと思っていますよ。エトワールの進言通り、さっさと結婚なさい」

「今、ここでその話ですか?」


 声を掛けられたユース王子は澄まし顔である。


「ええ。小言を嫌がって、近寄って来ないからです」

「いえ、単に忙しいだけです」

「あら、そう。まあ、今回の縁談は、とても断れるものでは無いらしいですし、この国やリチャードの為にも頼みましたよ」

「兄上の為ならば、余程のことでなければ、何でもします」

「ええ、そうでしょうね。そう聞いています」


 微笑み合うコランダム王太妃とユース王子の間に不穏な空気が流れる。リチャード国王はずっと苦笑いしている。


 アルタイル大聖堂正面へ到着すると、扉が開かれた。聖堂内の参列者は高名貴族達である。感情の読めない愛想笑いに、冷ややかな視線ばかりで胸が痛い。祭壇奥の壁に、先代国王と王太妃、そして先代国王の母親、今は亡きルシル妃の肖像画が飾られていた。確かに、ルシル妃と私は良く似ている。


 彼女の夫、先先代国王は、グラフトン公爵家の出身で、彼女こそがアルタイル王族の血を引く女性だったという。だからこそ、青薔薇の冠が存在しなくても、ルシル妃と瓜二つの私は、いつか発見されただろうというのはユース王子やディオク王子談。


 ダバリ村から王都へ、ユース王子に連れ出された瞬間が、私の人生の分岐路だったのだろう。


 先に入場するのはリチャード国王とコランダム王太妃である。予習済みだし、ユース王子がさり気なく目で合図してくれ、付き人のペネロピー夫人やヴィクトリア夫人も動いてくれるので、きちんと対応出来た。


 程なくして入場したのはフィラント王子一家。クラウス王子はフィラント王子の腕の中で大人しくしている。私を見た時は、両手で口元を覆っていた。参列席の最前列へと進んで行く。エトワール妃は、私とすれ違う際に、声を出さずに「頑張って」と言ってくれた。

 その少し後に、ディオク王子が続いた。彼は私に向かって、愛くるしい笑顔でウインク。男なのに、大変可愛らしい。エトワール妃やディオク王子のおかげで、ほんの僅かに、緊張が消えた。


 リチャード国王と大司教が祭壇前に並ぶと、パイプオルガンが演奏を始めた。国歌が流れる中、聖檀通路の中央を、練習通り歩く。人の視線が自分の動きに合わせて移動するというのは実に奇妙な感覚。


 歩き始めてから少しして、参列者の中にロクサス卿と家族、アリスの姿を見つけた。オットーやダフィの姿は見当たらない。

 アリスの隣には、見知らぬ貴族が立っている。義父くらいの年代の男性だ。彼がアリスを引き取る人物?


 アリスは涙ぐんでいるし、ロクサス卿は少し痩せたような気がするので戸惑う。足取りが重くなった。

 このまま進むと、私は本当に元の生活に戻れない。いや、両親の所での生活には戻りたくないけれど、ミラマーレ邸での幸せだった生活が、次々と脳裏に浮かぶ。


——黙って耐えていても人生は好転しない。


——家畜や奴隷ではないのだから、主張しろ。


——君はいつも流される


 ユース王子の言葉が蘇る。


 震える足を動かし、祭壇前へ進み始めた。


 怯えるなら、もっと早く行動するべきだったんだ。この状況で、王女になんてなりません、はもう通用しない。


 ユース王子が現れ、私の世界を180度変えてしまった。


 田舎の貧乏令嬢が王女って、この先どうなるのだろう?


 やるしかない。与えられた役目を果たし、守りたい人を守るのだ。私が働き、役に立つ限り、ユース王子は私の宝物を保護してくれる。目に隈を作り、疲れたと笑いながら……。


 私はつい、ユース王子を見た。彼はコランダム王太妃の隣で、愛想笑いを浮かべている。あの嘘臭い笑みはどうにも苦手だ。しかし、なんだかんだ、彼はとても優しい。コランダム王太妃に根回ししてくれたのも、彼だろう。彼女の隣で、ずっと何か囁き合っている。


 祭壇はもう目の前。


 ユース王子を見続けていたら、どうしてだか震えは止まった。


 ステンドグラスから降り注ぐ、七色の輝きが、ユース王子を煌めかせている。彼だけが浮かび上がっているみたい。ユース王子を眺めていたら、心臓の鼓動音が徐々に静かになっていった。


 私、ここまでユース王子を信頼していたのか、と自分に対して驚く。


「シャーロット・ユミリオン改めレティア・アルタイル。私は信頼すれば無防備に背中を預ける。されど、裏切りには反目する。我らアルタイル一族は風と鷲の神にこの地と民を任された。第一王女として、それをゆめゆめ忘れぬように」


 祭壇前に到着すると、リチャード国王が宝剣を手にして叫んだ。彼の前で、敬意を込めた会釈をする。

 鈍色の剣が、リチャード国王の手の中で輝きを放つ。以前、ディオク王子が触れた時と同じだ。


「神託の冠を」


 リチャード国王が告げると、大司教が祭壇上のいばらの冠を両手で掴んだ。かなり重たそう。

 大司教は、一歩、一歩、床を踏みしめるように近寄ってきた。あの冠が、そんなに重いというのは、私にとってはとても奇妙である。

 私は大司教が目の前に来ると、レッスン通りの動作でドレスを広げ、祈るように膝をついた。首を垂れる。


 騒めきが起きたのと、頭がほんの少し重くなったので、乗せられた冠が変化したのだろう。打ち合わせ通り、立ち上がり、聖堂に背を向ける。リチャード国王が私の隣に並んだ。


「かつて、ルシル・アルタイル王女は雨の降らないこの国に、青薔薇の冠で恵をもたらしたといいます。新たな青薔薇の冠姫は、きっとこの国に幸せを呼ぶでしょう。枯れ果てたいばらに、美麗な薔薇を咲かせるように、奇跡を起こすに違いありません」


 台本にない台詞を口にしたのは、ユース王子だった。パチパチ、パチパチと一人で拍手を始めている。

 それが合図というように、聖堂内に割れんばかりの拍手が巻き起こった。リチャード国王が私の腰に腕を回す。


「外に出ると、青い光が国に降っている」


 リチャード国王に耳打ちされた。


「城の隠された神殿から採取した、光苔だ。いざという時に、君を奇跡の王女として売れるように、既成事実作り。ユースは食えない男だよ、本当に」


 その発言に驚愕して、私はチラリと振り返った。ユース王子は素敵な爽やか笑顔で拍手を続けている。先程よりも、嘘くさくない笑顔に見える。


「駒にするだけではなくて……。輝く苔に祈られてるいるのは、(わたくし)への幸福でございますよね……」

「その答えならば、共に生きよう、我が妹よ」


 さあ行こう、とリチャード国王が私の手を取る。二人で並んで祭壇通路を歩き、私達はアルタイル大聖堂を出た。


 現れた世界は大歓声と青く光り輝くアルタイル王都の街並み。


 こんなのまるでおとぎ話みたい。私の視界はぼやけて滲んだ。

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