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【幕間】巻き込まれた男爵令嬢、振り回される王女になる

 まだまだ慣れない、シャーロット・ユミリオン令嬢改め、レティア・アルタイル王女(仮)の部屋。今日、初めてお客様を部屋に招いた。

 向かい側のソファに座り、膝の上に片肘をついて頬づえをついているのは流星国宰相令嬢のカール。険しい表情でチェス盤を見つめている。私は……眠い。もう、かなり夜は深い。


「あのー……」

「待て。待て、待て、待って下さい。いや、戦いに待て、はありませんね……。しかし、チェスは遊び……いや……こういくと……いや……」


 彼女は私がかけたチェックを、どう回避するのか延々と悩んでいる。私はというと、彼女の手に持つワイングラスが空になると注ぐ、を繰り返している。


「貴女はつい最近チェスを始めたのですよね?」


 眉間の皺を深くしたカール令嬢が、面をあげた。猫のような大きな目が細くなる。


「はい、そうです」

「そうは思えません」


 この10日間、私は姫に相応しい立ち振る舞いを覚えろ、とレッスンの日々。

 まだ正式な「レティア姫」ではないのに、外交を任された。ユース王子の婚約者候補のカール令嬢と親睦を深めなさいという命令。国王勅命だと、ヴィクトリアから指示された。

 彼女は剣術、乗馬、チェスを好むということで、私はヴィクトリアの夫であり、フィラント王子の世話役であるフォンにチェスを覚えさせられた。

 午前中は王女としてのレッスン、午後は勉学とチェス。一日、一日が目まぐるしく過ぎていき、こうしてカール令嬢とチェスをすることになった。誘い文句は、チェスに興味を覚えたけれど、対戦相手がいない。それから、流星国について知りたい。そんなところ。彼女はあっさりと私の誘いに乗ってくれて、向こうから私の部屋を訪ねてくれた。


「講師に飲み込みが良いと褒められました」

「いや、その、私は自分で言うのもなんですけれど、中々の腕前なんです」


 そうなのか、と盤上を眺める。カール令嬢には、もう手が無いようにしか見えない。私は今夜までフォンとしか対決した事が無かったので、自分の実力はよく分からない。

 カール令嬢はふくれっ面になり、白ワインを呷った。


「記憶力が良い方だからだと思います」


 本を読むと、するする頭に入る。私の特技は立ち振る舞いや言葉遣いを直す王女レッスンでは役に立たないけれど、チェスの腕前向上には役に立った。


「フィラント王子、ロクサス卿に続いて貴女。少々、自信を無くしました」


 ロクサス卿、と名前を聞いて、胸が弾む。ちっとも会わせてもらえていないし、誰からも名前を聞かなかった。


「その顔、聞きましたよ。一般庶民に紛れていたお姫様。何を望んだかと思えば、恋の成就。それも、お相手がお相手。父上が面白がっていました」


 彼女は愉快そうな表情になった。大きな口をあけた、爽やかな笑顔。正直、淑女の笑い方には思えないけれど、気持ちが良いくらい我が道を歩いていて、自由な方だな、と感心してしまう。

 お相手がお相手、とはロクサス卿に失礼な表現。しかし、カール令嬢はこの国がもてなすべき存在。顔に出してはいけない。表情筋を操るのは苦手だけど、顔に笑顔を貼り付ける。


「苦笑いしなくて良いですよ。才色兼備で、おまけに王女だったのに、歳の離れた平凡な男性を選ぶというのは、愛故ですか?」


 先程から随分と失礼な物言いである。カール令嬢はニヤリと唇を薄く伸ばした。


「嘘臭いのは好みません。怒って良いですよ」

「いえ、あの、すみません。あのー、わざとです?」

「その通りです!」


 カール令嬢はパチン、と指を鳴らした。この感じ、なんだかユース王子みたい。


「ロクサス・ミラマーレ伯爵。挨拶しかしていませんが、目がとても真っ直ぐで、陽だまりみたいな雰囲気でした。そういう方を選ぶ女性は尊敬出来ます」


 柔らかく微笑むと、カール令嬢は自分の白いキングの駒を手に取って眺めた。眩しそうに見つめている。


「お褒め頂き、ありがとうございます」

「エトワール妃が貴女をとても褒めていました。我が国のティア王女と気が合うだろうとも。私もチェスの相手が欲しいです。なので、夫婦揃って流星国に移住しませんか?」


 突然、予想外の提案をされて、面食らう。


「え?」

「我が国は政治面を支えてくれる優秀な人材を欲しています」


 そう言うと、カール令嬢はチェス盤の駒を腕で一掃してしまった。それで、チェス盤の中央に手に持っていたキングを置く。


「流星国としてはユース王子が欲しい」


 ほぼ無言でチェスの対戦をしていたのに、いきなり政治の話をされるとは思ってもいなかった。


「あの、申し訳無いのですが、そういうお話は(わたくし)ではなく……」

「既にしてありますよ。レティア様、私は結婚なんて御免です。しかし、ユース王子に断られると、ティア王女とエトワール妃、それに父上の顔が立ちません。国王陛下が欲しがっているユース王子も手に入らなくなります」


 カール令嬢は、挑発的な笑みを浮かべて、白いクイーンの駒にも手を伸ばした。鷲掴みしたクイーンの駒をぐっと握り締める。


「あの方と結婚しないで、どうにか連れ帰りたい。もしくは彼の代わりにフィラント王子一家。私としては可能なら後者です。ティア王女はエトワール妃ととても気が合いますので。ユース王子と結婚しなくて済みますし」


 チェス盤上のキングの駒の隣に白いクイーンの駒が置かれた。その周りに次々と他の駒が並べられる。


「次期国王と王妃に相応しい駒を配置する。それが私の野望です。あのいけ好かない、嘘臭い笑みを浮かべている男ではなく、断然フィラント王子です」


 カール令嬢は黒いナイトの駒を手にして、キングの隣に置いた。


「次期国王とは……ティア王女の婿である……」

「ええ、ルタ王子です。フィラント王子ととても親密にさせていただいています。フィラント王子のこの国での数々の功績。我が国の剣術大会で披露してくださった腕前。それに、来訪の度に犯罪者逮捕に協力していただいています。彼の生き様は素晴らしい。絶対に欲しい」


 それは、アルタイル王国としては多分困ることだ。


「それは困る、お嬢様」


 突如聞こえてきたユース王子の声に、私の喉がヒュッと鳴った。


「お嬢様?」


 カール令嬢が勢い良く立ち上がる。部屋を見渡すと、部屋の隅にユース王子がいた。


「隠し通路か」

「ご名答! 可愛い妹をスパイにしようと画策するとは、油断も隙もあったもんじゃない。さあ、カール令嬢。昨夜の続きをしましょうか」


 にこやかな笑顔のユース王子を睨みつけるカール令嬢。暖炉の火でかなり温かいのに、一気に部屋の温度が下がった気がする。

 昨夜の続きとは何だろう?


「聞きましたよ、麗しいお嬢様。単にお見合いに来たそうで。結婚したく無い男なら、どうにか手玉にとれる? まさか」


 軽やかな足取りで近寄るユース王子と、ジリジリ後退するカール令嬢。彼女の顔は少し赤い。それで、頬が痙攣している。


「近寄るな! この女誑し!」

「来週には挙式ですから、近寄りますよ。愛を深めないと」


 あはは、と楽しげに声を上げて笑いながら、ユース王子は更にカール令嬢へ向かって歩いていく。


「来週挙式⁈ 貴様! これ以上近寄ると、首を刎ねるぞ! 深める愛など、存在していない!」

「首なんて刎ねたら、外交問題ですよ。お父上の望みは叶えないと。親孝行なお嬢様」


 ユース王子はカール令嬢を手招きした。


「ち、父上め……。この軽薄男に乗せられたのか……」


 チッと舌打ち。やはり、カール令嬢はちっとも令嬢ではない。


「さあ? 何か考えがありそうだけど、きっと君の為さ」

「……したく……結婚したくないのだろう?」

「エトワールに聞いたのだろうけれど、まあ御免さ。それよりも大事なのは、この国に居座る事だ。フィラント共々。流星国にはこのレティアと夫を差し出します」


 カール令嬢が出入り口の扉に背中をつけた。ユース王子は笑顔を崩さない。ただ、怖い笑みだ。


「わ、(わたくし)ですか⁈」

「そうだレティア 。逆らうとロクサス卿と君の妹を僻地送りにするぞ。で、君を軟禁し続けて、煌国華族に熨斗をつけて送りつける」


 ウインクが飛んできて、思わず仰け反る。私はどれだけこの人に振り回されるんだ。


「アクイラ様に売り込んであるので大丈夫だレティア 。愛を守る為に、ちょっとお兄様の犠牲になってくれ。どうせ君、この国に執着なんて無いだろう?」


 ぐらぐら目眩がする。田舎から引っ張り出され、姫だと発覚したら城に軟禁され、今度は国から追い出される。


「もしかして……レッスンは……」

「他国に贈るには、原石を宝石に磨いておかないと」


 あっと気がついたら、ユース王子は私の隣に並んでいた。腰を抱かれ、引き寄せられる。


「最悪、ディオクだと思っていたけれど、すんなり受け入れてもらえた。カール令嬢、お父上は私が貴女に歩み寄ろうとしていることを、大変お喜びです。仲良くしましょう?」

「その嘘臭い薄ら笑いを止めろ! 阿保な父上に何を吹き込んだ!」


 一国の宰相を阿呆呼ばわりって……。いくら娘といえど、常識人では無い? パーティで助けてくれようとしたし、気さくで良い人っぽいけれど、かなりの自由人。


「別に何も? 本当の事を告げただけです。勇ましくも可憐なお嬢様に好かれたい。その空を吸い込んだような艶やかな黄金稲穂の髪に、贈り物を買いに行きたい。なーんて」


 ひいいいいっ、とカール令嬢は頬を引きつらせて自分の腕をさすった。


「薄ら寒い事を言うな!」

「いやあ、連れ帰られるのは御免なんで、この国と私に惚れ抜いてもらおうかと。策士、策に溺れる。やりたい放題して、無理難題をふっかけたら断られると思っていたんだろうけれど、大間違いだ!」


 ユース王子は愉快そうな笑みを浮かべている。


「貴方のような胡散臭い男に惚れるか! 帰る! 今すぐ国に帰る! 挙式するなら自国でだ! 我が国に来て、帰れると思うなよ!」


 まるで捨て台詞のように叫ぶと、カール令嬢は慌てた様子で部屋から出て行こうとした。


「なら、誰に惚れているんです?」


 ドアノブに手を掛けたカール令嬢が振り返った。顔は真っ赤。恐ろしい怒り顔である。


「そんな男は居ない!」


 大声でそう言い残し、カール令嬢は部屋から出て行った。バーン、と大きな音を立てて扉を締める。


「とんだ宰相令嬢だ。乱暴者め。気を引きたいだけで、大掛かりな話を持ってきやがって。おまけにフィラントか私を釣ろうなど……思い通りにさせてたまるか」


 ふんっ、と鼻を鳴らすと、ユース王子は私の顔を覗き込んできた。


「と、いう訳で、君とロクサス卿は流星国に行ってきて。カール令嬢が気を引こうとしている相手を探ってこい。それから王子と王女に気に入られろ。フィラントとエトワールがアルタイル王国にとっても大事だって話もして来い」


 笑顔を引っ込め、険しい表情のユース王子に、両肩を掴まれる。


「あのカール令嬢が私を気に入って、国に帰りたく無いようだって話も広めて来い。青薔薇の冠で、何か演出もしろ。兎に角、私の駒として働け。折角の才能、賢さを腐らせてないで発揮しろ」

「あの、ユース王子殿下……」


 逃亡は自由、最初はそんな話だった。なのに、自由のじの字も無い。


「好きに自由に生きろレティア。身包み剥がされて、宝物も捨てられるならな!」


 見下すような眼差し。君にそんなことは無理だと、そう顔に描いてある。また軽い目眩がした。


「逃亡は自由なんて、大嘘では無いですか! それに状況が読めません!」

「良いね、言い返すようになった。読めません? その賢い脳みそは、理解しているはずだ。流星国が強奪しようとしている、フィラントか私、そのどちらも奪わせるな。そういう事だ」

「あの、それは会話の流れで分かりましたけれど……」

「私はリチャード兄上とフィラント、どちらとも離れない。絶対に。だから流星国には行きたくない。流星国とアルタイル王国のどちらに住みたいかロクサス卿とイチャイチャ話し合って来い。私は私であのカール令嬢を口説き落とす」


 ふふふーん、と鼻歌交じりで、私から離れるとユース王子は隣の部屋へ消えていった。隠し通路だなんて、なんて城だ。今までも覗かれていたのかと思ったら、寒気がする。


「言っておくが、覗き見は今日が初だぞ。あと、可能なら君はこの国のかわゆくて機転の利く王女様になって欲しい。ロクサス卿もフィラントに飾りたい。だから励め。任せた」


 追いかけて隣室へ行ったけれど、ユース王子の姿はもう無かった。


 こうして、私は「外交官代理」の肩書きを付けられ、ユース王子とカール令嬢の婚約御礼の為に、先に流星国へ挨拶へ行く事になった。私の人生は奇妙過ぎる。

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