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青薔薇の冠姫 2

 アルタイル王国に、衝撃的ニュースが駆け巡りました。約五年前、国王崩御後に発表された、第一王女は第三王子だった話の続きです。

 魔除けの為に、王女として育てられていたと発覚した第三王子ディオク・アルタイル。彼の姫としての名前は「レティア」でした。今回発覚したのは、その「レティア姫」が実在したという話です。


 先代国王陛下のお痛が原因で産まれたのは、最近話題の「シャーロット・ユミリオン男爵令嬢」です。

 アルタイル大聖堂に展示された、いばらの冠を、鮮やかな青薔薇の冠に変えた女性。多くの目撃者が、その時の神聖な光景について語り、その噂はアルタイル王都中に広がっていきました。


 数日後、リチャード国王陛下は「調査の結果、シャーロット・ユミリオン男爵令嬢を妹と認め、レティア ・アルタイルとして城に迎える」と宣言。

 新聞記者達は、こぞって「青薔薇の冠姫」について調べ回り、競うように記事を書いています。

 何故シャーロット・ユミリオン男爵令嬢はレティア姫として城に招かれたのか、徐々に判明しているようです。


 ☆


 大聖堂で「姫疑惑」だと演出された私は、その後アルタイル城で暮らしている。今度は城内の一角で、やたらと装飾派手な部屋。

 調度品は白、カーテンや絨毯、布団カバーなどは赤色系で統一されている。寝室からは三部屋続いていて、勉学、食事、湯浴みまで全て廊下に出ないで済む。というか、出させてもらえない。慣れない部屋での軟禁生活。

 教育係だというペネロピー夫人、ヴィクトリア、世話役兼護衛だというアテナ、ミネーヴァ。その四人が代わる代わる現れる。それから、会えているのはユース王子だ。

 毎日、ペネロピー夫人かヴィクトリアに王女レッスンというものをされている。ハッキリ言って、厳しい。怖い。特にペネロピー夫人。首が長くて、目が丸くて、線の細い、初老の彼女はニコリとも笑わない。ヴィクトリアも顔見知りなのに、雑談してくれない。

 アリスやロクサス卿に会いたい。話をしたい。大聖堂での演出以外、私は何も説明されていない。


 六日が経過した日の夜、ようやく私のところへユース王子が現れた。ユース王子と、扉の前に控えるアテナと三人。ユース王子の覇気のない微笑と、目の下の隈が気になる。

 ソファに腰掛け、テーブルに積まれた書類と新聞を眺める。窓の外では、もう太陽が夜に飲み込まれそうだ。


「いやあ、面倒だね、君」


 こんばんは、レティアの次の台詞はそれだった。書類を差し出されたので、受け取る。


「それは、申し訳ございません」


 渡された書類のタイトルは「レティア姫の生活と権限」だった。枚数があり、かなり分厚い。


「眠い。目を通してくれ。新聞も読めたら読んで。小一時間したら起こして欲しい」


 そう告げると、ユース王子はソファに横になり目を瞑ってしまった。戸惑いつつも、手元の書類に視線を落とす。

 居住区画、年間予算、参加公務、レティア姫やその子孫の王位継承権関連などなど、色々な事が記されている。選択肢があったり、イエス、ノー、という回答を求められる項目が多い。


 年間予算の金額に手が震えたし、知らない単語が並ぶので、回答は考えずに読み進める。すると、アリス・ユミリオン男爵令嬢についてという項目が出て来た。生い立ち、性格、そして学業成績などなど詳細に記されている。その後ろに、意思確認という欄が出て来た。


 親との縁切り「可」、指定された家へ養子縁組、またはマルベリー・カンタベリー公爵家に小間使い侍女として奉公「可」、特定奨学生登録「可」などと続く。

 最後に、丁寧ながらも早書きしたような、少し丸い文字で「優良」「レティア姫付き侍女の新規採用枠に際して優遇」「定期調査、報告必須」などと記されている。


「アリス……大丈夫なのかしら……。良くしてくれるみたいだけど、頼まないと……」


 アリスについて質問したくても、ユース王子は本当に眠っている。すー、すー、と規則的な寝息と胸の上下。まるで、無垢な子供みたいな寝顔。


 目の前で眠る、端正な顔立ちの王子様と自分の血が繋がっているというのは、未だに信じられない。


 続きに目を通す。今度は婚姻という項目が現れた。


「伴侶候補……ロクサス・ミラマーレ伯爵……」


 名前を見て安堵したからか、思わず、読み上げてしまった。しかし、続きが「経歴」となっていたので、私は書類を伏せた。勝手に知るのは良くない気がする。いや、読めと言われたから、読むべきなのだろう。

 

「君ってさあ、変わってるよね」


 突然、話しかけられて、慌てて書類から目を離した。ユース王子は目を開いて、肘枕をしている。いつの間に。


「あの、どういう事ですか?」

「お姫様だったのに、嬉しい! とか、酷い仕打ちをしてきた者を見返してやる! とか、全然そういう考えが無いよな、ってこと」


 ユース王子は興味深そうな表情。返答に困る。


「あの、この数ヶ月が夢のような日々でしたので……」

「誘拐されて、恐ろしい思いをしたのに?」

「何も無かったですから……」

「ふーん。君の素性が分かっていて、誘拐されたのではないか? そういう捜査も始まっているぞ」


 ユース王子は肘枕を止めて、体を起こした。


「ロクサス卿の事もそうだ。結婚相手を選びたい放題になるのに、彼で良いのか? 年の差は10以上。大した権力は無いし、子育て中だ」

「フィラント王子殿下の部下です。子育ては、弟妹想いなだけでごさいます」

「自分の事でないと、言い返すのだな。先程もそう。真っ先に妹の心配をした」


 狸寝入りしていたのか。ユース王子は本当に食わせ者過ぎる。


「君の義父から、男爵位を剥奪する。王都へ入ることを禁止し、君と娘のアリス令嬢とも接触禁止だ。浪費家で怠惰だからだ。まあ、コミュニケーション能力が高いという取り柄はあるけど、君を利用したり、私の邪魔をしそうだからだ」


 いつもの爽やか笑顔ではなく、割と無表情に近い真剣な顔つき。父や母は……育ててもらったけれど複雑。積極的に助けたい、とは思えない。

 それに、この事で逆らうと、嫌がらせされそう。多分、アリスの事で。


「その顔、君はやはり察し上手だ」

「いえ、薄情な臆病者です」

「そうか? 私なら、親が君の親みたいだったら蹴り飛ばすけどな。いいか、レティア ・アルタイル。私の頂点はリチャード兄上とフィラントだ。その下にリチャード兄上とフィラントの付属品。あと、献身的で忠実な、気の良い従者達」

「付属品、ですか?」

「ああ、今のところはこの国の安寧、王太后、エトワール、クラウスが付属品だな。私の聖域を害する者は蹴落とすし、逆なら囲う」


 ユース王子の唇が細い三日月形に変わった。


「この世は生き様こそが全て。そして、足るを知れ。亡き母の教えだ。私は君の働き者なところとか、反撃よりも穏やかな道を探そうとする性格を気に入っている」


 今度はにっこりと笑いかけられた。今日は、あまり嘘くさく無い気がする。


「エトワールがずっと、可愛い妹が出来たわってニコニコしているから、今は君の評判を上げる工作中」

「工作? 私をエトワール妃殿下が、ですか?」

「そっ。なんでか知らないけど、君が好きっぽい。そうなると、君もフィラントの付属品になる。血の繋がった妹で、フィラントが猫可愛がりしている妻のお気に入り。だから是非、厳しい王女レッスンに耐えてくれ。まあ、毎日頑張っているって聞いている」


 いえ、強要されています。とは言えない。ユース王子はクスクス笑いだした。


「無理強いされているだけ、って言えば良い。もう、私と君は対等だ。しかし、来週、アルタイル大聖堂でお披露目会なので、引き続き励め。その間、何かあれば声を上げろよ。エトワールなんて、言いたい放題、やりたい放題だぞ」


 エトワール、エトワールと、ユース王子は相当彼女が好きらしい。付属品なんて言い方は、照れ隠し?

 そういえば、婚約者役として指示された内容にも、エトワール妃と仲良くするようにとあった。


「そうなのですか?」

「まあ、フィラントとエトワールが正しいけどな。家族で一つ屋根の下、好きな従者と一緒に暮らしたいって言うから、あの東塔暮らしだ」

「そうだったのですか。不思議には思っていました」

「それなら、あれこれ聞くべきだ。言っただろう? 家畜や奴隷ではないのだからってな」


 ユース王子にお説教されるのは、もう何回めだろうか。彼は世話好きなのだろう。

 質問しなさい、ということならば、と私は口を開いた。


「あの、ユース王子殿下はエトワール妃殿下をとても好まれているのですね。見本にしなさい、と言うことですか?」

「ユースお兄様、エトワールお姉様って呼ぶと良い。いや、やっぱり呼ばなくて良い。エトワール二号は御免だ。彼女は厄介事ばかり持ってくる」


 唇を尖らせると、ユース王子は心底嫌そうな顔になった。


「結婚したくないのに、結婚しろって真心込めて脅迫してきやがった。おまけに、断れない縁談まで用意して。私がぷらぷら遊んでいるのは、侘しいからだと見抜いているんだ」


 はあ、とため息を吐くと、ユース王子はソファの背もたれにもたれた。これ、何の話? 私の話はしないのだろうか?


「それでも嫌だ。絶対に結婚なんてしたくない。なあ、レティア。恋しいロクサス卿と結婚させるし、君の大切なアリスちゃんも囲うから、エトワールをどうにかしてくれ」


 あっ、話が繋がった。ユース王子は爽やかな笑顔で、ウインクをしてきた。


「ご自分で、ご本人に訴えれば良いではないですか」


 緊張でドキドキしながら、自分の意見を口にしてみる。


「言えないから困っている。あの真心こもった心配の眼差しに、真剣に向き合ったら逃げられない。あの子は他人の本心を見抜くのが上手い」

「それは、つまり、本心では結婚しても良いと思っているということですか?」

「ああ、フィラントとエトワールの関係性や、子供という存在には憧れている」


 ユース王子は、苦笑いした。これは、本音っぽい。嘘臭さがまるでない。


「真心込めて、見合い話を用意するかと思っていたのに、エトワールは断れない縁談を持ってきやがった。彼女は政治関係においては割と頭が悪いから、利用されたんだ。丸め込まれたんだろう」


 呆れ半分、怒り半分というような表現を浮かべると、ユース王子はせもたれから背中を離した。


「まあ、人は一人で生きていけないしな……。でも……兄弟……家族で十分だ……増えたしな……」


 そう言うと、ユース王子はテーブルに額をつけた。ゴンッという、結構痛そうな音と共に。

 沈黙が続くなと思っていたら、すーすーという寝息が聞こえてきた。今度も演技?

 待てども、待てどもユース王子は起きなかった。続きを読め、ということ? と書類や新聞にザッと目を通して、時間が経っても起きない。

 新聞各紙を読んでいくと、私についての評価を上げるようなエピソードばかりだった。誇張され、美化されたような内容ではあるけれど、嘘は記されていない。

 そんなに時間が経たないうちに、ユース王子は起きた。勢い良く体を起こし、爽やかに笑い「こんな良い男を襲わないのか?」などと口にして、立ち上がった。笑顔だけど、体は怠そう。

 ユース王子は書類や新聞を全部回収すると、私に優しげな眼差しを向けて、額にそっとキスを落とした。

 

「姪や娘が欲しかったから、君の事をそう思うことにするよ」


 ユース王子はひらひらと手を振って、鼻歌混じりで去っていく。その後ろ姿は、とても寂しげに見えた。

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