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青薔薇の冠姫

 今朝、早朝大礼拝の際に、アルタイル大聖堂にアルタイル王族の宝、アルタイルの宝剣と青薔薇の冠が公開されました。

 大聖堂祭壇前に、大司教により運び込まれた二つの国宝。灰色の剣に、枯れた色のいばらの冠です。

 大司教の後ろに続いて祭壇前に現れたのは、第三王子ディオク・アルタイル。現国王、リチャード・アルタイルの王位継承儀式の際と同じ礼服姿。

 礼拝者達は戸惑いながらも、若くしてリチャード国王の宰相を見事に勤めているディオク王子に感謝の祈りを捧げました。


「アルタイルの宝剣、青薔薇の冠はアルタイル王族にのみ輝かせることが出来る、大鷲と風の神より賜った神器である」


 凛とした声が、大聖堂内に響き渡ります。


「宝剣は王の息子、青薔薇の冠は王の娘を民に示す。宝剣と青薔薇の冠の主は、未だ先代国王陛下である。何故なら、突然の崩御に際して、遺言書が無く、身辺調査が必要だったからだ」


 そう告げると、ディオク王子は祭壇に乗せられた宝剣を手にしました。

 途端に宝剣は灰色から黄金装飾の剣に変化。ディオク王子が剣を鞘から抜くと、虹色を浴びた銀の剣が、アルタイル大聖堂中を明るく照らしました。


「アルタイルの宝剣は王位継承の儀式にて示した通りだ。青薔薇の冠は、アルタイルの姫が触れると奇跡の青薔薇を咲かせるという。此度、情けなくも先代国王は城を抜け出し、王都の市民に手を出していたことが判明した。15年から20年前の期間である」


 どよめく礼拝者達に向かって、ディオク王子は剣の切っ先を向けました。


「アルタイル王族は兄弟姉妹を信頼し、足りぬものを補い、この国の民を幸福へ導く」


 この宣言は、リチャード国王が戴冠式に告げた台詞と同じです。


「よって、国民に告げる。民の中に、我等の兄弟か姉妹が存在している可能性があるため、この剣と青薔薇の冠を大司教に預ける。我こそはという者は自由に触れよ」


 ディオク王子はそう告げると、宝剣を祭壇の上に戻しました。


「私は魔除けの為に姫として育てられていたが、もしかすると本物の姫が存在するのかもしれない。可愛い妹がいると嬉しい」


 ニコリ、と微笑む美男子に、礼拝者の中にいる乙女達は頬を染めました。それから、ほんの僅かに期待します。もしかしたら、自分かもしれない。夢見るくらい、自由だ。


「聖なる神器には、加護もあるかもしれん。年代問わず、信仰深い者達も是非この機会に風と鷲から授かった神器に触れて欲しい。一年、展示する予定である」


 ディオク王子は大司教に礼をし、祭壇に向かって祈りを捧げると、アルタイル大聖堂を去りました。

 官僚が祭壇前に、神器の説明を掲示した立て札と、リチャード国王からのおふれを掲示した立て札を運びます。


 この話は、またたく間にアルタイル王国の王都市内に広がっていきました。


 ☆


【数日後の夕刻】


 アルタイル大聖堂を見上げ、私はロクサス卿の腕に添える手に力を込めた。

 大聖堂を染め上げる夕陽は、間も無く消え去り、夜になりそう。


「お姉様、早く!」

「おい、張り切ったって、急いだって、オリビアが姫な訳、無いだろう?」

「スヴェン、そんな事は分かっているわよ! でも、万が一、もしかしたら! お母様って男狂いだったのでしょう? ねえ、お兄様!」

「いや、オリビア……。そこまでではない。浮気相手と蒸発しただけだ」


 ロクサス卿の台詞を、オリビアは聞いていない。きゃあきゃあはしゃぎながら、アリスとニコニコ笑っている。呆れ顔のスヴェンと、微笑ましそうな笑顔のダフィが後ろに続く。

 アルタイル大聖堂の正門前は大行列。オリビアとアリスは手を繋ぎ、駆け足で最後列へと進んでいく。

 早く早く、とオリビアとアリスに手招きされ、ロクサス卿は少しばかり歩く速度を上げた。


「泊まり込みの講習会から帰って来た日に、すまないな。混んでいたら、別の日にするという約束、オリビアは忘れていそうだ」

「いえ、楽しそうですから」


 これから起こる事を考えると、上手く笑えない。引きつりそうな頬に力を入れる。


「随分と疲れたようだけど、大変だったかい?」

「いえ、はい」


 優しげな瞳に見つめられ、言い直した。私はやはり演技上手にはなれないらしい。


「皆さん、親切で過ごしやすかったですけれど、慣れない場所で寝起きするのも、高貴な方々と接するのも疲れました」

「慣れるのには時間が掛かるさ」


 柔らかな笑みに、胸が温まる。しかし、その分落ち込んだ。

 彼との婚約は白紙。ロクサス卿の素行調査をして、問題無くて、そしてロクサス卿本人が不自由で大変な立場になるのを容認すれば結婚出来る、らしい。

 嫌だと言われたらどうしよう。一緒に暮らすことはもう出来無い。せっかくロクサス卿は根回しをして、カーナヴォン伯爵とエブリーヌを追い払ってくれたのに……。


「ん? 急にそんな沈んだ顔をしてどうした。……城で何かあったのか?」


 ロクサス卿に黙っていなさい、とは指示されていない。話そう、と思ったけれど、もうオリビア達に合流してしまった。こんなに人がいると、話せない。


「オリビア様は姫だったら嬉しいという様子ですけれど、自分だったらあまり嬉しく無いなあ……と……。その……旦那様との結婚話が消えてしまうかもしれない……なんて……」


 自然と俯く。予想外な事に、返ってきたのは笑い声だった。


「想像だけでそんなに落ち込まれるとは、嬉しいな」

「えっ?」


 顔を上げたら、ロクサス卿の頬は赤らんでいた。そして、はにかみ笑い。


「兄上、その顔、外ではみっともないので家の中だけにしてくれません?」

「はあ? なんだ、スヴェン」

「自覚が無いのなら尚更。デレデレして、痒くてならない。オリビアを説得して、早くレストランに行きましょう? お腹減ったよな、ダフィ」

「まあ、お腹は減っていますけれど、宝剣は見てみたいです!」


 ダフィはチラリとオリビアの様子を確認していた。スヴェンをジト目で見ていたオリビアはダフィが味方をしたので満足げ。


「スヴェンは帰宅してパンを齧っていれば? ダフィや私達は礼拝後にレストランへ行くから。あとシャーロットお姉様。オ、リ、ビ、ア、よ! 妹に様なんていりません!」

「そうよ!」


 腰に手を当てたオリビアに、ずいっと顔を近づけられた。アリスも続く。


「自分がお姫様で、国中の人から求愛されるよりも旦那様が良いって……お姉様って変人ね。あのユース様よりお兄様って時点で変わっているけど」

「シャーロットさん、本当に兄で良いのですか? 年上でコブ付き。仕事人間で放置されるでしょうし、ケチだから豪邸にも住めませんよ。若くて綺麗、仕事まで手伝ってくれる妻を手に入れるからと、今はデレデレ溺愛してますけど、少し落ち着けばすぐ本性が出る」

「おい、何て言い草だ。特にスヴェン」

「それより、お姉様は早くお兄様から財布を奪うべきね。シャーロットが帰ってくるから、レストランを予約した。シャーロットが帰ってくるから花を買った。シャーロ……んぐぐ」

「余計な事を言うなオリビア」


 ロクサス卿はオリビアの口をハンカチで抑えた。真っ赤になっている。


「まあ、そのくらいは良いんじゃないか? ほら、兄上は手厚くしないと、シャーロットさんに逃げられると怯えてるからな。それより、引っ越し先の候補の方が問題だ。背伸びをして、あの……うえっ」

「お前も余計な話をするな」


 少しムッとすると、ロクサス卿はスヴェンの帽子のツバを下に引っ張った。


「逃げるだなんて、そんな……有り得ないです」


 逃げないで欲しいのは私の方だ。このまま回れ右をして、大聖堂を出たい。あの、いばらの冠に触れたくない。


「そうですよ、旦那様はお姉様には勿体ないくらい素敵ですよ。でも確かに、ユース王子様の方が格好良くて……」


 アリスがポーッと赤い顔でぼんやりし始める。オリビアは私の隣に立って、肘で私の脇を小突いてきた。スヴェンはロクサス卿にニヤニヤ笑いを向けて、背中にパンチを繰り出している。


「そ、それにしてもカシムさんは遅いですね」

「お姉様、はぐらかさないで、少しくらい惚気ておいた方が良いわよ。お兄様の機嫌が良いと、夕食が豪華に……」

「おい、だから止めろオリビア。大人を揶揄うな」


 オリビアを止めると、代わりにスヴェンがペラペラ喋る。辟易していたら、私達の何十人か後ろで、今日並べる者は終わりだと役人だろう者が告げた。

 

 雑談——主に揶揄われる——をしていると、時間はあっという間に過ぎる。私達はアルタイル大聖堂内へと入り、口を結んだ。厳かな雰囲気の中では、誰も喋っていない。

 騎士の数が多いのもあるだろう。国宝を展示するのだから、厳重で当たり前だ。

 祭壇前で、多くの者は祈りを捧げているだけ。しかし、若い女性や男性には、係だろう壮年の男性が声をかけて冠に触れるように促し、相手は戸惑いがちに家宝へ手を伸ばしていた。


 そうして、ついに私達の番。まずスヴェンが宝剣に触れ、ダフィが続く。灰色の剣に何の変化もない。

 その時だった。大聖堂内がざわめく。その中心は、中央の青と銀の絨毯上を歩いてくるフィラント王子、エトワール妃だった。二人の間に、クラウス王子もいる。護衛だろう騎士も数名。一人は騎士甲冑を纏うミネーヴァだった。


「フィラント様だ」

「エトワール様よ」

「クラウス王子様は、もう歩かれるのですな」


 あちこちで、フィラント王子達の名前が囁かれる。人々の注目は祭壇からフィラント王子一家に向かった。

 エトワール妃は信仰熱心で、ほぼ毎日姿を現わす。一目見ようと、大勢の参拝者が訪れるので、毎日時間をずらしているらしい。知っていたが、同じ時間に遭遇するのは初。

 祭壇へ向かっていたフィラント王子は、こちらを見て、手を挙げ、近寄ってきた。


「ロクサス、奇遇だな」


 無表情で淡々とした声色。しかし、少し驚きの混じった声。実に演技上手。奇遇なんて、大嘘なのに。


「シャーロット! さん!」


 静寂を切り裂く、クラウス王子の大声。彼は私に抱っこ、というように両腕を伸ばしている。


「クラウス、皆さんが見ていますから、母にしましょうね」


 おいで、としゃがんだエトワール妃がクラウス王子へ両腕を広げる。クラウス王子はぶすくれた顔になったが、黙って母親に抱き上げられた。


「エトワール様、オリビアはこれよりエトワール様の妹になれます」

「突然どうしたの? ああ、あの冠ね。オリビアも試しに来たのね」


 エトワール妃の「あの冠」以降の台詞は、酷い棒読み。おまけに、とてもワクワクした顔で私をジッと見つめている。

 フィラント王子が彼女に何か耳打ちをすると、エトワール妃はわざとらしい仕草で私から顔を背けた。なのに、チラチラと私に目線を送る。それを見て、フィラント王子はほんの僅かに飽きれ顔をした。

 

「エトワール、邪魔になる。礼拝は、この列の最後の者が終わってからにしよう。向こうで待とうか」

「はい」

「君、構わず続けてくれ。国宝展示、この時間ならもう終わっているとと勘違いしていた」


 フィラント王子は係にそう告げた。この人、またしれっと嘘をついた。エトワール妃が目を丸めているのがその証拠。彼女は分かりやすい人らしい。

 フィラント王子はクラウス王子を抱くエトワール妃を列とは反対側へ移動。それで、礼拝用の長椅子に二人をエスコート。


「では……次のきゃ、方、どうぞ」


 突然ロイヤルファミリーが登場したせいなのか、係の人はしどろもどろ。

 オリビアがアリスの手を引いて、意気揚々と祭壇へと近寄る。彼女は自信満々、という態度でいばらの冠に触れた。何も起きない。


「えー、やっぱり? アリスは?」

「私は絶対違うわよ」


 そう言いながら、アリスもいばらの冠をそっと触った。何も起こらない。逆に私には、この無反応が不思議でならない。


「次の方、どうぞ」

「いえ、私は……」

「規則です。後ろがつかえるのでどうぞ」


 係の男性に少し睨まれた。早くしろ、お前が姫な訳無いだろう? という冷ややかな目線付き。朝から晩まで、疲れたのだろう。

 

「ご迷惑をお掛けして、すみません」


 確かにグダグダしていると、後ろの人達に迷惑だ。私は意を決して前に進み、冠の前に立った。

 初めて触れた時のように、棘のように飛び出しているところを摘む。

 またしても、いばらの冠に青い薔薇が咲き乱れた。濃淡、大小様々な薔薇は触ると金属のような感触。どういう原理なのだろう?

 大司教様や係の人に見えるように、両手で冠を持つ。羽のように軽い。


「まあ! 何て事でしょう!」


 酷い棒読みの叫び。エトワール妃だ。私に駆け寄ってくる。クラウス王子は、フィラント王子が抱っこしていた。


「先程まで、いばらの冠でしたのに、このような美しい冠になりました」


 エトワール妃はまた棒読み。フィラント王子がエトワール妃の隣に立ち、彼女に何か耳打ちした。クラウス王子にも何か告げている。クラウス王子は自分の口を両手で塞いだ。喋らないように、と告げたのかもしれない。


「はい」


 小さな返事をすると、エトワール妃は唇を真一文字に結んだ。それから、エトワール妃は私の手から冠を受け取る。

 途端に薔薇が萎れるように縮んでいき、元のいばらの冠へ戻った。本当に奇妙な冠だ。


「お、重いです……」


 エトワール妃はよろめき、係の者へ助けを求め冠を差し出した。男性が困惑しながら、冠を受け取る。

 宝物庫から出した冠は、私以外でも持てる。けれども、かなり重いらしい。私はそれが不思議でならない。とても軽いのに、皆は重いと言うのだ。


「本当に……青薔薇の冠なのか。君、もう一度彼女へ冠を渡して欲しい」


 フィラント王子に頼まれた男性が、震える手で私に冠を差し出す。やはり、かなり重そう。よろめきながら、怯えたような目をして私に近寄ってくる。

 私の手も震えている。注目の視線が痛い。差し出されている冠に手を伸ばす。指先が触れただけで、いばらに蕾が出来始め、男性が完全に手を離して、私が冠を掴むと、いばらの冠はまた青薔薇の冠に変化した。


「まさか、側近の婚約者が妹とは……。ロクサス、君と兄弟になるのか? まあ、まずは調査だ」

「侍女になると思ったら、妹になるのかしら? 不思議な冠は、本当に青薔薇を咲かせるのですね」


 フィラント王子は実に流暢で、それでいて戸惑っているような声を出した。やはり、演技が上手い。

 エトワール妃はまた棒読みである。彼女と目が合うと苦笑いされた。近寄ってきて、抱き締められる。


「私、演技下手です。早く帰りたいです。後でユース様に怒られそう……」


 私の耳元でボヤくと、エトワール妃は私から離れて、背中に手を回してきた。この場にユース王子がいる? 大聖堂内を見渡したけれど、見つけられなかった。


「何人いるのか、本物か分からないけれど、妹候補ですから城へ行きましょうね。礼拝に来たら遭遇だなんて、運命的だわ。シャーロットさんが妹の可能性なんて嬉しい」


 エトワール妃の、今度の台詞は、とても滑らかだった。演技や演出ではないのだろう。

 私はアリスとロクサス卿を見た。自分がどんな顔をしているのか分からない。

 ロクサス卿、アリス、オリビア、スヴェン、ダフィ、全員が目が落ちそうな程、目を見開いて固まっている。


「家族と……妹と、婚約者と夕食の約束をしております。その……その後でも……よろしいでしょうか……」


 まだ離れたくない。何処にも行きたくない。その想いは、言葉になって口から溢れ落ちた。


「いや、申し訳ないけれどそれは無理な願いだ。可及的速やかに、国王陛下の元へお連れする。真実によっては、婚約の話は白紙になるだろう」


 フィラント王子の冷ややかな声に、内心落胆した。何故か拗ね顔のエトワール妃が、私をフィラント王子の元へと連れて行く。


「悪いようにはならないから心配しないで。違ったら、(わたくし)が猛抗議します」


 それは、何とも心強い……のか? エトワール妃の権力って……あるの? しかし、真心だけで嬉しい。不安が少し消える。


 こうして、私の名は国中に広がった。

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