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男爵令嬢、唖然とする

 勝手に開いた扉の向こうにあったのは、円形でだだっ広い石造りの部屋。

 壁のあちこちが青白く光り、天井は七色に煌めいている。

 正面には円に突き刺ささるような十字架。その奥には鷲の絵のステンドグラス。

 十字架の前には台座があって、いばらの冠が乗っている。

 天井からいくつも伸びる柱は、全て蛇の形。柱は二種類あって、滑らかな体の蛇と、毛羽立った体の蛇。

 奇妙で神秘的な部屋と、勝手に開いた扉。


「まあ、シャーロットさんも開けられました……」


 エトワール妃が茫然とした声を出した。ゆっくりと私の方へ体の方向を変えた。

 タレ目がちの大きな目を見開いて、パチパチと瞬きをしながら、私を見つめる。


「ママ! シャーロットもひかった!」

「え、ええ……扉……光りましたね……」

「お姫さま!」


 クラウス王子の楽しそうな叫びが、部屋の中を木霊する。お姫さま……お姫さま……お姫さま…………。お姫さま⁈


「ち、違います! 田舎の貧乏令嬢です!」


 手を横に振って否定。エトワール妃はクラウス王子の顔を覗き込んでいる。


「お姫さま? クラウス、誰かに聞いたの?」

「あっち!」


 そう言って、クラウス王子は祭壇の十字架を指差した。誰も居ない空中である。


「まあ、風と鷲の神様?」


 なんの迷いもなく、エトワール妃が神様と口にしたことに驚く。クラウス王子は、顔を横に振った。


「ママー、わからない」

「そうなの? それならやっぱり神様ね。だって、誰も居ないもの」


 子供の妄想、勘違い、とは考えないらしい。エトワール妃は首を傾げた。


「シャーロットさんがお姫さま? どういうことかしら?」

「エトワール様、上へ戻りましょう。フィラント様に話すべきです」

「そうですね。この国やアルタイル城は、色々と不可思議な事があるそうですし……」


 ミネーヴァが先に部屋を出て、階段を登り始めた。クラウス王子を抱っこするエトワール妃が続く。ついていこうとしたら、突然、エトワール妃は振り返り、私に向かって期待の眼差しと笑顔を向けた。


「あの冠、もしかしたら持ち上げられるかもしれないわ!」

「あのー……、エトワール様? どういう意味です?」

「あのビクともしない扉を開けられるフィラント様やクラウスでさえ動かせない冠があるのよ! シャーロットさんなら動かせるのかも。だから、それできっとお姫様なんだわ!」


 動かない冠。私は台座の上に乗る、トゲトゲした、頭に乗せたら痛そうな、いばらの冠を確認した。

 万が一、億が一動かせたとして、全然嬉しくない。それにお姫様って何の姫? まさか、蛇? そうだとしたら、やっぱり嬉しくない。

 エトワール妃はワクワクした様子で台座に近寄り、私を手招きした。母親に感化されたのか、クラウス王子も楽しげ。


「あのね、シャーロット姫だって」

「そうなのか冠で分かるということね、クラウス」

「あのー、そのような棘だらけの冠……怖いですし……何の姫なのかも分かりませんし……」


 妃に反発とは畏れ多いけれど、エトワール妃はとても優しいので大丈夫だろうと、意を決して口にした。

 途端にエトワール妃は萎れ顔。あまりにも残念そうなこで、少し胸が痛くなる。


「そうですか……」


 かなり落ち込んだ様子のエトワール妃に、罪悪感が込み上げてくる。


「ま、まあ、持ち上げるだけでしたら……」


 思わず、つい、そう口にしていた。途端にエトワール妃はパァっと顔を明るくして、心底嬉しそうに笑った。くすぐったい程、期待されている。

 ゴクリ、と唾を飲む。足を進め、台座に近寄る。刺さったら痛そうな棘を、そっと指で摘む。

 

「エトワール様、シャーロットさん、何をしているのですか?」


 ミネーヴァが戻ってきた。


「ミネーヴァ、あのね、あのいばらの冠はフィラント様やクラウスでも動かせないのよ。勿論、(わたくし)もよ」


 ほら、とエトワール妃はミネーヴァに対して私を示した。まだ冠を持ち上げらていないのに、何故か自慢げ。

 

「いばらの冠? その青い薔薇の冠のことですか?」


 えっ? と手元を見ると、私は青い薔薇の花びらを摘んでいた。感触は金属。さっきまでいばらの冠だったのに、濃淡と大きさの違う青い薔薇が連なる冠に変化している。

 驚きで腕を動かすと、冠は軽々と持ち上がった。


「えっーと……夢?」


 思わず、冠を持っていない手で頬を抓る。痛い。夢ではないらしい。


「奇跡だわ! こんな素敵な冠になるだなんて! シャーロットさん、貴女は神の遣い……」

「エトワール様黙って!」


 ミネーヴァの発言で、エトワール妃は唇を結んだ。

 

「シャーロットさん、この国には王族直系が触れると光る宝剣が存在します。国王陛下の戴冠式にて、宝剣による儀式が国民の前で披露されました。ご存知ですよね?」

「光る? 王権神授の儀については、新聞で読みましたけれど……」


 光ったとか、そんな話、あったっけ?


「報道記事により、情報はまちまちでしたし、中央から遠ざかる程、王家や革命の話は上手く伝わっていませんから……あー、知らないようですね」

「あの、それで……」

「その冠も、宝剣と似たような代物かもしれません。よって、今の出来事はまずは全てフィラント様に話します。エトワール様は他言無用です。良いですか、エトワール様。つい、うっかり、そういうのは絶対に禁止ですよ!」


 しかめっ面のエトワール妃が、大きく頷いた。


「分かりました。沈黙します」

「うっかりしないで下さいね」


 二度目のうっかり禁止令。ミネーヴァはここまで言える立場の騎士らしい。

 エトワール妃はつい、うっかりする人なのだろう。


「宝剣と似た? それならシャーロットさんはフィラント様の妹……」

「エトワール様。フィラント様の許可が出るまで、考察の発言も禁止。それに、クラウス王子がお休みです。戻りますよ。考察は勿論、詮索は以ての外ですからね。フィラント様と、何でも相談して、何でも話す約束をしていますよね?」


 エトワール妃はぶんぶんと頭を縦に揺らした。随分と子供っぽく感じる。そういえば、彼女と私はそんなに歳が離れていない。普段は気を張っているのかも。

 動揺して気がついていなかったけれど、クラウス王子はエトワール妃の腕の中で、頭を仰け反らせて、両目をつむり、口を半開きにしていた。

 すー、すー、という寝息も聞こえてくる。クラウス王子、この状況で寝ている……。


「まあ、クラウス。遊び疲れて寝てしまったのね。こんな素晴らしい、奇跡みたいな光景を前にして寝るなんて……ある意味大物になれるわ」


 困った子ね、というようにエトワール妃が微笑む。

 私は大混乱して、上手く声が出ないというのに、エトワール妃は正反対だ。のんびりしていて、動揺のどの字も見当たらない態度。親が親だから子も子なのだろう。

 ミネーヴァに促されて、地上に戻る。それで、東塔内へ招待された。

 動転していて私は冠を持ち出していた。気がついたのは、塔内の談話室へ踏み入れた時。

 エトワール妃はクラウス王子、ミネーヴァはエトワール妃に注意が向いていたせいで、二人も私の手の中の冠に気がついていなかった。


「あらあら、持ってきても……何もないから大丈夫ね。シャーロットさんがお姫様だと、フィラント様の妹? 私の妹にもなるのね」


 エトワール妃の反応は、実に楽観的。そして楽しそう。

 儚げで幻想的な見た目から受ける印象と、随分性格が違うな、と感じ始めている。


「エトワール様、ですから考察は禁止です」

「ここに、私達しかいないのに?」

「ええ。でないと、エトワール様は直ぐにうっかりしますからね」


 ミネーヴァに睨まれたエトワール妃は、しょんぼりと俯いて「はい」と小さな声を出した。


「シャーロットさんはソファに座って、その冠から手を離さない。エトワール様はクラウス王子と自室。私はフィラント様を呼んで参ります」


 宣言すると、ミネーヴァはエトワール妃を連れて談話室から去った。ポツンと取り残される。

 命令されたので、とりあえずソファに腰掛ける。灰色のソファはふかふかで座り心地が大変良い。

 膝の上に冠を乗せて、ぼんやりとする。冠は手を離すといばらの冠になり、触れると青い薔薇の冠に変化する。


「お姫さま……」


 そんな訳が無い。私はシャーロット・ユミリオン。田舎の貧乏男爵令嬢。いや、元か。

 今は王都で暮らす、素敵な婚約者のいる、多分世界で一番幸運な男爵令嬢。


「蛇の姫とかで……巨大蛇が迎えに来るとかだったらどうしよう……」


 大きな狼がいたのだから、大きな蛇も存在しているかもしれない。

 この世に魔法とか、奇跡なんて無いと思っていたのに、世界には不思議なものがあるらしい。

 ぼんやりしていると、エトワール妃が「退屈でしょうからどうぞ」と、ランプと数冊の本、刺繍セット、編み物セットを持って来てくれた。

 しばらくして、今度はティーセット、ワインボトルとワイングラス、それからお菓子やつまみまで届けてくれた。

 何か話したげな、非常にワクワクした表情だけど、質問や会話は求められなかった。


 気遣いは有り難いけれど、何もする気が起きない。……と、思っていたけれど、退屈になってきたので、読書を始めた。

 小説、詩集、哲学書、チェスの解説本などの中から、私は小説を選んだ。

 紅葉草子という、異国の情景溢れる小説。夢中になっていたら、フィラント王子、ユース王子、ディオク王子が現れた。どのくらいの時間が経過したのだろうか。窓の外はすっかり暗くなっている。

 

「こんばんは。例の冠を見せて下さい」


 ディオク王子に言われ、私は立ち上がり、サイドテーブルの上に置いた冠を掌で示した。

 出入り口から近寄ってきたディオク王子は、いばらの冠を掴んだ。


「重っ……」


 ディオク王子が冠を片手で持ち上げようとしたけれど、持ち上がらない。


「俺が両手で待とうとしても……ん、少し軽くなっている?」


 フィラント王子が冠を両手で持ち上げた。動作からして、かなり重たそう。


「重い? とても軽かったですけど……」


 目を丸めたフィラント王子は、私にいばらの冠を差し出した。触れた瞬間、いばらの冠はまた青い薔薇の冠に様変わり。

 いきなり咲き乱れたような、青い薔薇の飾りに、王子達は全員驚愕した。私だって、信じられない。こんなの、誰だって驚く。


 こうして、私は「アルタイル王国の姫疑惑」をかけられ、調査期間中、東塔で暮らすように命じられた。


 軟禁である。

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