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男爵令嬢、驚愕する

 ガーデンパーティの途中で挨拶回りは終わり、私はエトワール妃にアルタイル城の東塔へ招待された。

 太陽は沈み始め、空はほんのり茜色に変わりつつある。

 ロクサス卿はまだパーティに残り、フィラント王子やユース王子と共に、流星国宰相アクイラとそのご息女カールの接待を続けるという。カールは頃合いを見て、フィラント王子が東塔に招く手筈だと説明された。

 私はお役御免なのと、新しい職場の見学と、来月からの同僚とご挨拶。

 夜、クラウス王子の誕生日を身内だけで祝うので、良かったらどうぞとまで誘われる。代わりに、手伝いと子守役も頼まれたけれど、大変光栄なので二つ返事で了承。

 エトワール妃は優しいし、婚約披露パーティに際して、ドレスや香水の手配をして助けてくれた。クラウス王子はとっても可愛い。 


 フィラント王子の家族が暮らす塔。限られた専属の従者、騎士、それから招かれた客しか入れないという。

 中庭の奥に建てられた、白い石造りの塔は、城の敷地の端に位置する。城を囲む砦よりも突出していて、砦の向こう側は断崖絶壁らしい。

 舗装された道が塔へ続いている。周りは花壇やガゼボ、それに畑。何かの小屋も見える。窓の数、塔の高さからして、東塔は三階建て。一階と二階は四角くて、水車だろうものがついている。三階とそれ以上の階は円柱状で、屋根は青くてとんがりっている。

 塔の扉前に、騎士が二人立っている。警護役なのだろう。

 この東塔は、まるで小さなお城だ。


 エトワール妃とミネーヴァ、それから他の男性騎士と東塔へ向かう途中から、クラウス王子に手を繋がれている。


「シャーロット! こっちこっち!」

「はい、かしこまりました」

「ふふっ、クラウス。すっかりシャーロットさんが好きね。お客様も好きですしね」


 クラウス王子に引っ張られ、小走りになる。背中にぶつかる、エトワール妃の楽しげで嬉しそうな言葉。


「あちらがお住まいなのですね」

「うん。あのね、シャーロット。こっち!」


 門番はいるけれど、警護無しで王子と二人きりで良いのだろうか? ミネーヴァはエトワール妃の真横。その後ろに騎士が二人。

 クラウス王子は塔ではなく、小屋の方へと向かっていった。

 小屋は鶏小屋だった。茶色い鶏が何匹もいる。小屋内はよく掃除されていて、嫌な臭いも殆どしない。


「あのね。こけっこ、たまご」


 秘密の話し、というようにクラウス王子は私の腕を引っ張って、背伸びをした。


「卵ですか?」

「うん。あさ、ひろう」

「朝、卵を拾うのですね」

「うん。パパかママいっちょ」


 王子と妃は、朝から息子と卵を拾うのか。思い描いている王室生活とは、随分と違う。しかしながら、想像すると実に微笑ましい。


「あのね、こっち!」


 クラウス王子がまた走り出す。人見知りされて大泣きされたのが初回で、次はこんなに懐かれるとは不思議な感覚。

 城の砦沿いに進み、塔の裏手側へ移動。そこに、白い大きな毛の塊があった。高さは私の腰の高さくらいで、幅は数人分。


「スコールくん!」


 クラウス王子が叫ぶと、毛は動いた。それは、犬だった。立ち上がった、艶やかな白い毛並みの、大型犬より大きな犬。

 尻尾が三本あり、頭には毛に埋もれた小さな角。牙は鋭く、琥珀色の瞳は、ジッと私を見据えている。何、この獣。


「フッ」


 私に鼻息を吹きかけると、巨大な犬はまたしゃがんで丸まった。


「スコールくん。お姫さま」


 駆け寄ると、クラウス王子はスコールという犬に抱きついた。スコールの尻尾が一本伸びて、クラウス王子の頭を撫でる。


「シャーロット、こっち!」


 頭を犬の毛にグリグリしていたクラウス王子は、私の元へ戻ってきた。


「ひみちゅのとこ行く」


 私の手を引くクラウス王子は、再びスコールという超大型犬に近寄っていく。

 ゆっくり立ち上がると、スコールは呆れ顔をした。犬なのにそう感じてしまう表情である。

 スコールは私達に背を向けた。数歩進み、城の砦を三本の尻尾でつつく。壁が一部凹んだ。スコールが少し移動すると、凹んだ所の下に階段があった。

 

「たのしいの」


 クラウス王子に手を引かれ、戸惑う。秘密の地下室?


「あ、あの! エトワール様!」


 思わず叫んでいた。クラウス王子は私の叫びに全く動揺せず、突き進む。

 勝手に秘密の地下室なんて、絶対に行ってはいけない気がする。私はクラウス王子の腕を引っ張り返し、足を軽く踏ん張った。

 反発して初めて気がつく、クラウス王子は大人の男性のように力が強い。


「あのね。ぴかぴかねー、きらきらひかるの」

「まあ、クラウス。神殿へ行くの?」


 この声はエトワール妃。振り返ると、エトワール妃が駆けてきていた。ミネーヴァがピタリと付き添う。他の騎士は居ない。


「ママ! シャーロットもひかるの!」


 パッと私から手を離すと、クラウス王子はエトワール妃の元へ走っていった。ぴょんぴょん飛び跳ねる。


「あらあら、すみませんシャーロットさん。クラウス、好きな人には、お気に入りの場所を見せたいみたいで」

「あの、隠し階段なんて、驚いてしまって」

「そうですよね。私もこの間知って、ビックリしました。祭壇がある綺麗な神殿です。少し不思議ですけれど」


 クラウス王子がエトワール妃の手を引いて、私の元へ来る。クラウス王子は反対側の手で私の手を掴んだ。


「クラウス、シャーロットさんはお客様よ。疲れているでしょうから、お部屋でゆっくりしてもらいましょう?」

「いや! シャーロットもひかる!」


 ぐずぐずしながら、クラウス王子は体を左右に揺すった。


「あの、不思議とは? 私なんかが入っても良いのでしたら、見てみても良いのでしょうか?」


 アルタイル城の地下にある神殿。かなり気になる。しかも、エトワール妃の「少し不思議」という発言。興味が湧いている。


「疲れてないのでしたら、是非どうぞ。美麗なんですよ。それにこの階段、スコール君が気まぐれに壁を押さないと、降りれません」


 おいで、というようにエトワール妃がクラウス王子を抱き上げる。ぐずっていたクラウス王子の機嫌はコロッと治っている。


「ミネーヴァも来る?」

「是非! サシャから聞いて、羨ましかったので、有り難く!」

「良かったわね、クラウス。シャーロットさん、疲れているのに貴方のお願いに付き合ってくれるそうよ。ありがとうってお礼を言いましょうね」


 エトワール妃が柔らかく微笑むと、クラウス王子は「あいがとう」と、軽い礼をした。


「こちらこそ素敵な場所へ招いて下さり、ありがとうございます」


 お礼を返すと、エトワール妃がのんびりと歩き出した。階段を降り始める。即座にミネーヴァが後ろに続く。私は一番後方。

 地下へ伸びる階段は、あまり暗くない。天井に生える苔が、青白く光っている。光る苔なんて、聞いたことがない。


「それにしても、スコール君は珍しくお客様に吠えなかったわね」

「ええ、エトワール様」

「あの、あのような巨大な犬は初めて見たので、とても驚きました」


 二人並んで歩けそうな幅がある。階段はそんなに続かず、通路に変わった。東塔の方へ折れ曲り、少し進むとまた下り階段が現れる。


「私も四年前に会って驚きました。突然現れたのです。クラウスよりも小さかったのに、もうあんなに大きいのよ」

「フィラント様が調べた限りでは、大狼というそうです。東塔の裏を寝床にしています。非常に獰猛で、市中を血みどろにしたかと思えば、火事で子供を助けたり、謎の生物です」


 そんな噂、聞いた事がない。


「ここ何ヶ月も姿を見なかったのよね。クラウス、良かったわね、友達が戻ってきて」


 エトワール妃はのんびりとした声を出した。ミネーヴァが振り返り、私に呆れ顔を投げる。


「誰の命令も聞きませんし、人を馬鹿にしているようです。ただ、エトワール様とクラウス王子には牙を剥きません。エトワール様はあのスコールを、クラウス王子の友達だと」

「いつも一緒に遊んでいたもの。だから、信じられないのよね。市民を襲った、とかそういう話。本当かもしれないから、噂を聞くたびに、叱ってましたけど、すぐ澄ました顔を背けますし……最近は居ない事が多いですし……」


 後半は聞き取れなかった。顔の向きを前に戻したミネーヴァが、わざとらしく両肩を揺らす。

 エトワール妃はかなり変わり者かもしれない。

 階段を降りきると、少し広い空間になった。三人で横並びになっても、まだ余裕がある。目の前には、青白い苔に照らされる白銀の扉。蝶番はなくて、取っ手も無い。

 扉を飾るエンブレムは、円に十字、そして鷲を組み合わせた国紋のようだが、少し異なる。

 円の部分は蛇で、十字は二本の剣の組み合わせ。蛇には尻尾が無くて、代わりに頭が二つ。二つの蛇の頭は、お互いに後頭部を向けている。


「この扉、フィラント様やクラウスでないと開けられなのです」


 エトワール妃は扉にっと触れた。押したようだが動かない。どうぞ、触ってみて、というようにエトワール妃は私とミネーヴァに、扉を掌で示した。


「不思議な空間ですね。我が国の城にこのような場所があるなんて……」


 ミネーヴァが恐る恐る、というように扉に触れた。片手から両手になり、思いっきり体重をかけるように押すも、扉はピクリとも動かない。


「どういう仕組みなのでしょう?」


 諦めたミネーヴァは、悔しそうな表情。

 こんな珍しい事なんて、一生に一度の経験だろう。私も扉に手を伸ばした。小説とか絵本の中の出来事みたいで、少しわくわくする。

 扉に指先が触れた時、エンブレム部分が青白く輝いた。


「「「えっ?」」」


 エトワール、私、ミネーヴァの三人の声が重なる。


 私は大きく目を丸めた。


 目の前の扉が、ゆっくりと、そして勝手に開いたからである。

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