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男爵令嬢、ガーデンパーティーに参加する2

 私を取り囲むご夫人達。そこに現れたのはロクサス卿とカーナヴォン伯爵。それからユース王子、謎の男装麗人と大男。更にはフィラント王子、エトワール妃、クラウス王子。

 

「シャーロット!」


 沈黙を破ったのは、クラウス王子。元気一杯という様子。フィラント王子の腕の中で、クラウス王子は私に向かって、ブンブンと腕を振る。


「あら、クラウス。以前会ったから、慣れたのね。偉いわ」

「また抱っこする」


 エトワール妃がクラウス王子の頭を撫でると、クラウス王子は身じろぎしながら、私に向かって両腕を伸ばしてきた。

 天使みたいな可愛らしい子供から、抱っこの要求。しかも、クラウス王子は王太子である。


「はい、かしこまりました」


 私はフィラント王子に近寄り、クラウス王子を受け取った。

 早く、というようにクラウス王子の腕が私の首に伸びてくる。

 私はクラウス王子を両腕で抱っこした。ギュッと抱きしめられる。可愛い。


「ありがとうございます、シャーロットさん。良かったわね、クラウス」


 エトワール妃に会釈をされ、頭だけ動かす会釈を返す。彼女はその後、クラウス王子の頭を撫でた。

 よし、このままクラウス王子をダシにして、この場から逃げよう。


「エトワール様、こちらの方は? 我が国のドレスを着て下さっていて、とても嬉しいです」


 男装麗人が屈んでクラウス王子の頭を撫でて、ニッコリと歯を見せて笑い、私を見上げた。

 随分と気持ちの良い笑顔をする女性だ。

 クラウス王子に散歩しましょうと言うタイミングを逃してしまった。


「彼女はシャーロット・ユミリオン。週明けから、私と貴女の世話係となってくれます」


 エトワール妃の発言に、空気がピリリと締まる。私の背筋も伸びた。背中に汗が伝う。本当に、私は妃付き侍女になるのか。


「それで、本日付けで夫の第一秘書官に任命されたロクサス・ミラマーレ伯爵の婚約者です」


 エトワール妃の発言に、いやあ、とロクサス卿が照れ笑いをした。


「ああ、式典でご挨拶させていただいたロクサス卿の。来月、我が国にお招きしておりますので、おもてなし致しますね」


 男装麗人とロクサス卿は既に顔見知りらしい。彼女は私とロクサス卿を交互に見て、実に親しげな笑顔を浮かべた。

 私達を取り囲むご夫人、ご令嬢の笑顔が引きつる。

 エブリーヌは血の気の引いた顔で、固まっている。

 ロクサス卿がフィラント王子の第一秘書官に任命されたという話。それでカーナヴォン伯爵の顔色が悪い?

 彼は娘のエブリーヌを自分の後方に押しやっている。

 男装麗人は、ザッと全員を見渡し、エブリーヌを見たときに、鼻で笑うように口角を上げた。


「流星国から参りました、カールと申します。しばらく滞在予定ですので、よろしくお願い致します」


 大袈裟なくらいの礼をされる。彼女は流星国のどのような立場の者なのだろう?

 一つ分かるのは、フィラント王子とエトワール妃が直々に相手をする、高貴な身分ということ。

 そして、仮面舞踏会の時に推測した通りなら、彼女はユース王子の見合い相手である。


「只今、エトワール妃殿下よりご紹介に預かりました、シャーロットでございます。よろしくお願い致します」


 流星国は、確か西にある国。大蛇連合国に属する、アルタイル王国と国交を始めた国だ。

 ここで思い出す。そうだ、流星国の特産品は織物と染物。今、私が身に纏う、エンパイアというドレスはそれか。


「こちらのドレス、大変肌触りが良い上に、可愛いらしいです。ありがとうございます」

「お褒め頂きありがとうございます。このドレスは我が国のティア王女が中心になって作りました」

「ティア姫のデザインはどれも素敵ですね。アルタイルにはないわって話をしたら、わざわざ作ってくれたの」


 エトワール妃が親愛のこもった笑顔でカールを見上げる。カールはとても自慢げだ。


「エトワール様がうんと褒めて下さるので、調子に乗って妃付き侍女の分まで仕立てたのです。紹介された妃付き侍女以外に、ドレスを贈った相手がもう一人いる、後で紹介すると聞いていたのですが、ドレスで分かり、声を掛けました」


 途端に周りの女性達が、口々にドレスを褒める。


「代わりに、エトワール妃が監修したという香水を賜りました。我が国の名を付け、おまけに清らかな祈りという意味の花を使って下さり、大変感激しております」


 カールは気持ちが良いくらい、口を開けて笑った。その後、彼女はご夫人達やご令嬢達を見渡した。

 満面の笑顔から、口角の片方を上げた不敵な笑みに様変わりしている。


「試作段階の香りを、我が国の王女は大変気に入っていましたけれど、完成品には感激するでしょう。西の国々に広がると思います。何せ、王女は顔が広いので」


 またしてもニヤリと笑うと、カールは私へ視線を移動させた。ウインクが飛んでくる。


「私も今日、使っております。シャーロットさんの香水も、エトワール様からの贈り物ですか?」

「はい。大変光栄な事です。素敵な香りで気に入っております」

「その笑顔、本心のようで嬉しいです。そういえば、盛りのついた、物欲しそうな猫とは何処です?」


 わざとらしい、物探しの仕草をすると、カールは中庭を見渡した。ひゅっと私の喉が鳴る。

 この人、私達の会話を聞いていた。それで、何故か私の味方をしてくれる。何故かではなく、エトワール妃の侍女だと思っているからだ。しかし、こんなの困る。私は波風立てたくない。敵が増えると、この先絶対に苦労する。

 ここは、恩を売ろう。いじめられかけたけど、未遂だった。


「カール様、あの、是非あちらでご歓談でもどうでしょうか? 私、流星国をまだ殆ど知らないので、色々と教えていただきたいです。ねえ、皆さま?」


 私の問いかけに、夫人と令嬢達も続く。誰も彼もが、次々と「ええ、是非」と口にした。

 皆、嘘か本当か分からないけれど、笑顔だ。カールの役職や立場が何であれ、異国からの超要人だというのは、大馬鹿でなければ会話の流れで理解可能。当然の態度である。


「シャーロット、遊ぼう」


 今まで大人しくしていたクラウス王子が、私の頬に手を当てた。小さくて、ぷにぷにした手で、愛くるしい。


「クラウス、シャーロットさんはロクサス卿と挨拶回りがあるので、後で遊んでもらいましょう?」


 エトワール妃がクラウス王子を私からそっと奪い、抱き締める。しかし、クラウス王子はイヤイヤ、というように身を捩った。


「シャーロットと遊ぶ!」


 クラウス王子は私の腕の中に戻ってきた。


「母親にべったりのクラウスが、珍しいな。ロクサス、シャーロットさん、嫌でなければ挨拶回りに我々もご一緒しても?」


 フィラント王子の提案に、ロクサス卿は即座に「光栄です」と返事をした。彼に「君が嫌なら断る」と耳打ちされる。

 ロクサス卿は嫌ではないらしい。私は小さく頷き、フィラント王子とエトワール妃に向き合った。


「祝いの品の香水や、このような素敵なドレスだけでも感激ですのに、大変光栄でございます」


 会釈をした私の脇を、人が通り過ぎる。顔を上げると、その人物はユース王子だった。アクイラとカールの前に立っている。

 フィラント王子とユース王子は一瞬目配せしたので、要人対応はユース王子と交代なのだろう。


「アクイラ様、カール令嬢、私と彼女達に是非、祖国の話を聞かせていただけますか? エトワールやシャーロット令嬢とは、また後で個別に歓談の場を設けます。彼女はカール令嬢の世話役も行いますから、是非親交を深めて欲しいです」

「それは有り難いです。私は彼女ともっと話をしてみたい。気が合いそうなので」


 私とカールに共通点なんてある? ないと思うけれど……また、気が合うかは別にして、助けてくれた人だ。

 お礼を言いたいし、もっと話をしてみたい。


「今は見当たらないけれど、私の侍女達もカールさんやシャーロットさんと話したがっていたので、後で東塔で話をしましょう」

「このパーティは、ロクサスの出世と婚約祝いの為に主催した。挨拶が目的だ。歓談は後でにしよう」


 エトワール妃とフィラント王子の会話内容から衝撃的事実が判明。これ、クラウス王子関連のパーティでは無かったのか。道理で小規模で妙だな、と思っていた。

 私とロクサス卿はフィラント王子とエトワール妃に促されて、歩き出した。


「君のことを、公然の事実にするのに、良い案だろう?」


 満足気なロクサス卿に、少し頭が痛くなった。良い案ではなく、過剰ではないか?

 今後、彼とカーナヴォン伯爵との関係は大丈夫なのだろうか?


「カーナヴォン伯爵、娘さんの具合が悪そうだ。休ませてやりなさい」

「はい、ユース王子殿下」


 耳に入ってきた会話が気になって、足が止まる。曇った表情のカーナヴォン伯爵は、小さな声を出した。笑ってはいるけれど、引きつり笑い。


「そうだ、例の見合い、考えておいてくれ」

「見合い?」

「ミモリア街の市長の息子だ。まだ先方からの手紙、届いていないのか?」

「ミモリア街の市長のご子息……ヒューストン・カンタベリ様の事ですか?」


 俯き、死んだような目をして、微かに笑いながらも、結んだ唇をピクピク震わせていたエブリーヌが、背筋を伸ばした。急に血色が良い。

 カーナヴォン伯爵は目を丸めつつも、やはり肌の色を良くしている。


「まあ、この話はまた後で。アクイラ様、カール令嬢、庭を案内します。ワインと食事をお持ち致します」


 さあ、とユース王子の腕がエブリーヌの腰を押す。とてもさり気ない仕草。


「私がご用意致します」と、エブリーヌが歩き出す。後ろに何人か続いた。

「良く気のつく、働き者で羨ましいですね。私も娘が欲しいと思います」


 穏やかな、今照らされる庭の芝生のように明るい笑みを浮かべると、ユース王子はカーナヴォン伯爵に羨望の眼差しを投げた。

 その後、一瞬だけ私と目が合う。ウインクが飛んできた。


「シャーロット?」

「いえ、旦那さ……ロクサス卿」

「あのように、ある程度根回し済みだ」


 耳打ちされて、安堵する。エブリーヌに良い縁談を持っていくことで、反感を逸らしたらしい。

 私はユース王子達に背を向け、ロクサス卿のエスコートを受けた。私がクラウス王子を抱っこしているので、軽く腰に手を回して、支えるように歩いてくれる。


「シャーロット!」


 腕の中のクラウス王子が、甘えるように抱きついてきて、私の頬にチュッと唇をくっつけた。

 突然だったので驚いたけれど、三歳児なんて何をするのか予測不可能。悪戯でも、挨拶でも可愛らしい。


「あら、光栄で……」

「ねえ、シャーロット。お姫様だって本当?」


 耳元で、小さな囁き声。


 ……。


 ……⁈


 私の目を見据える、クラウス王子の緑にも青にも見える、磨かれた銀細工のような瞳に、愉快そうな光が宿る。

 私に質問だけを残し、クラウス王子は私の腕から降りる、と言い出した。芝に下ろすと、クラウス王子はフィラント王子とエトワール妃の間へ移動。両親と手を繋ぎ、ご満悦、という様子。

 混乱して心臓が煩くて仕方ない。私は必死に愛想良くを心掛けて、笑顔を作り、挨拶回りを終えた。

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