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男爵令嬢、慰労会に参加する


 煌びやかで、目がチカチカする。


「お姉様、アルタイル城のホールなんて夢みたいですね」

「え、ええ……」


 アリスの問いかけに、私は小さく頷いた。シャンデリアの大きさ、数、ステンドグラスの美麗さ、柱や彫刻の細やかさ。深紅のカーテンや大理石の床。今夜は地方官とその家族を集めた慰労会。両親の元に国王陛下から招待状が届き、家族全員で上京してきた。招待状に、シャーロット令嬢、アリス令嬢と会わせたい者がいるので、必ず伴うようにと記載されていたらしい。それで、私は留守番ではなくなった。両親は金がかかる、仕事が滞ると怒っていた。しかし、国王陛下直々の命令に背く訳にはいかない。


「アリス、行儀良く、そして愛想良くするのよ」


 借金して仕立てた真っ赤なドレスを身に纏う母が、ニンマリとほくそ笑む。隣の父は鼻息が荒い。2人はこの社交場で色々な縁を結び、良い方向へ人生の舵を切る気満々。アリスが「はいお父様、お母様」と愛くるしい笑顔を浮かべた。その後、両親に見えないような位置で、舌を出した。更には私に向かって肩を竦める。両親が私を一切無視しているのを、嫌がってくれている。こんな親で、おまけにチヤホヤされて育ったのに、姉想いに育ってくれて嬉しい。


「お姉様、それとなく離れて、2人で楽しみましょう?」

「そうね、アリス」


 今いる小ホールは立食出来る団欒部屋。隣では音楽鑑賞会。その隣では小さな舞踏会。それが今回の慰労会らしい。父と母が早速なんとか伯爵に話しかけたので、私とアリスは目配せして2人から離れた。とりあえず、お腹が減っている。私は朝から、アリスも昼から何も食べられていない。サンドイッチが乗るお皿があるテーブルへと近寄る。


「豪華ね」

「立食なんて素敵。何を食べても良いなんて幸せ」


 アリスと二人で、テーブルの上に並ぶ食事を眺める。今夜は至福。


「見て、お姉様。あの方、うんと素敵ね。垢抜けているから王都の貴族かしら? 格好良い」

「ん? どちらの方?」


 アリスが私の袖を引っ張った。アリスが示したのは隣の舞踏会会場。窓際にぼんやりと立つ黒髪青年。服も漆黒。確かに、目立つ程格好良い。横顔がユース王子に似ている。ユース王子は確か双子。ということは、双子王子のフィラント王子? 噂通り、眉目秀麗。しかし、眉間に皺という険しい表情。近寄り難い。まあ、王子になんて近寄れないけれど。ユース王子よりも体格が少し大きいというか、がっしりしている。アリスの目が光り輝く。


「お姉様、近くで見ない?」

「多分、フィラント王子よ」

「あの騎士王子フィラント殿下? それなら、絶対に近くで見るべきよ」

「怖くない?」

「話しかける訳ではないもの」


 興味津々のアリスに対して、私は気後れ気味。ぐううううう、と私とアリスの腹の虫が鳴った。


「食べたらにしましょう?」

「そうね。特にお姉様。いつも私に譲ってくれるから……」

「譲る? 私は小食なのよ」


 お皿を取り、サンドイッチを選ぶ。アリスは育ち盛り。うんと食べるべき。ユース王子曰く、私とアリスはもうすぐ「ミラマーレ伯爵」という貴族の侍女にされるらしい。王都に到着した際に、騎士の一人がさり気なく私に手紙を渡してきて、そこに書いてあった。その話が本当なら、今みたいに飢えない予定。でも、食べなきゃ損だ。侍女の話が嘘の可能性だってある。ミラマーレ伯爵が、どんな人物なのかも分からない。意地悪な奥様がいるかもしれない。過度の期待はするべきではない。両親から離れられる幸運に感謝して、真面目に働けば、何か良いことがあるだろう。


「お姉様……」


 野菜は大切と思って、トマトが美味しそうなサンドイッチを取ろうとしたら、ツンツンと引っ張られた。


「ん? ハムが良い?」


 まあ、私もハムが良い。お肉なんて最後に食べたのはいつだろう? 両親は私に肉を与えたりしない。料理だけはする母親から、台所仕事を奪えないせい。


「お姉様……」


 バシバシ、と叩かれる。


「分かったわよアリス。ハムが良いのね?」

「ああ、ハムはとても好きだ。可愛らしいお嬢様、私にも一つお願いできるかい?」


 この声……振り返り、見上げる。純白礼装姿のユース王子。爽やかな笑顔を浮かべている。隣には見知らぬ金髪青年。スラリとしていて、背はユース王子と同じくらい高い。白い肌で顔にはそばかすが目立つ。金色の短髪に、若草色の瞳。小動物みたいな、白目が少ない目が印象的。何だか吸い込まれそう……。優しい笑みに、今は冬間近なのに、春風が吹いたような錯覚がした。


「わた、わたしがお取りいたします!」


 アリスが皿を手にした。震えている。それに真っ赤。まあ、気持ちは分かる。こんなに格好良い男性達に話しかけられたら舞い上がる。私の場合、詐欺師かもしれない恐怖でアリスのようになれなかったけれど、この場が初めてなら、ユース王子にポーッと見惚れてただろう。


「今晩はシャーロット令嬢。あれからずっと会いたかった。こちらは例の妹さんかな?」


 ユース王子の優しい微笑みに対し、アリスはバッと私を見た。大きな目が更にまん丸。


「お姉様のお知り合いなのですか?」

「ええ……」

「ユースだ。アリスさん。地方視察の際に熱を出して、シャーロットさんが私を甲斐甲斐しく看病してくれた」

「ユー……ユース……ユース王子殿下⁈」


 アリスはお皿をテーブルに置き、直ぐに深々と会釈をした。私も倣う。注目されているような気がして、全身が熱い。慰労会で会うから、適当に話を合わせなさい。手紙でそう指示れている。話を合わせろと命じられてもいるけれど、そんな事出来る自信なんてない。


「2人とも楽にしてくれ。こちらはロクサス・ミラマーレ伯爵。弟の右腕だ」


 ユース王子に手を取られ、手袋越しだが手の甲にキスされる。私、アリスの順。アリスはもっと赤くなった。多分、私も赤いだろう。全身が熱い。男性にこんな素敵な扱い、された事ない。


「初めまして、ロクサス・ミラマーレです。よろしくお願いします」

「アリス・ユミリオンでございます」

「姉のシャーロットでございます」


 ロクサス卿も、私とアリスに、ユース王子と同じような挨拶をしてくれた。これは……幸せで眼福。格好良い王子様と、格好良い伯爵にこんな風に扱われるなんて、夢みたい。お姫様になった気分。私とアリスがお世話になるという、ミラマーレ伯爵とはこの人? ユース王子が連れてきて、私に会わせたのだからそうだろう。ぼんやりしていたら、ユース王子が私に近寄ってきた。隣に並び、腰に手を回される。


「へっ?」

「シャーロット、本当に会いたかった」

 

 突然、耳元で甘ったるい囁き声。


「はうふえあ⁈」


 衝撃的過ぎて、私は飛び退いていた。慌ててユース王子の様子を確認すると、不機嫌そうに顔をしかめていた。


「この私を嫌がるとは、変わっているな」


 はあ、と小さなため息を吐くと、ユース王子は私達に背を向けて歩き出した。


「お姉様! 何て勿体ない事を……」


 アリスに体を揺らされる。えっと……演技をしろって事なら、指示をしてくれないと分からない。突然、格好良い王子様が腰に手を回してきて澄まし顔なんて無理。これは、どうするべき?


「ユース様、彼女と話し合いをするのでは?」


 ロクサス卿が後を追う。ユース王子はくるりと体の向きを変え、戻ってきた。


「その通りだロクサス。で、シャーロット令嬢、何故追ってこない。この私に恥をかかせるつもりなのか?」


 しかめっ面で戻って来て、私の右手を取ると、ユース王子はエスコートというように歩き出した。あっという間に舞踏会会場。軽やかな音楽で踊る人々が、私達に注目して、足を止める。特に女性。ユース王子と私は、踊る体制になった。両親は私に殆ど貴族令嬢らしい教養を与えてくれていない。知識や礼儀作法は独学で頑張ってきたが、踊りは別。見本は無かったし、相手も居なかった。


「あ、あの……私……踊れません……」

「そうなの? なら揺れているだけで良い。そのまま困惑顔でいてくれ」

「あの、他には何をするべきですか?」

「分からない、混乱している。慰労会中はその態度と素直な感想を述べてくれれば良い。私を看病したという設定は忘れるなよ」


 耳元で小さく告げられた。右手を握られ、左手はユース王子の腰へと誘導される。私の腰に再びユース王子の手が回る。近い。近過ぎる。恥ずかしくてならない。仄かに香ってくるのは木蓮(マグノリア)の匂い。右、左、右、左、と私達は本当に揺れるだけ。


「彼がロクサス。君を貴族侍女として預かる伯爵。私の弟の側近」

「貴族侍女でございますか?」

「一応。多分、ミラマーレ邸だと中間かな。ロクサスとオリビアに任せてある」


 侍女と貴族侍女だと雲泥の差。貴族侍女は奥様の世話係をしつつ、教養などあらゆるものを身に付ける。小間使いはしない。花嫁修行の一環だから。良い家の貴族侍女の未来は明るい。逆もあるので、奥様には絶対服従だけど、基本的に親同士に縁がある場合が殆ど。娘を権威ある屋敷へ預けようと、貴族令嬢の母親は必死になる。私の母も、アリスの預け先探しと根回しに全霊を注いでいる。


「奥様はオリビア様ですね」

「いや、オリビアはロクサスの妹。ロクサスは独身」


 ん? 少し引っかかる。独身貴族の家に、貴族侍女は預けられない。教養教えたり、縁談を援助する奥様がいない家には、貴族侍女はいない。


「アリス令嬢は君のこぶ。学校へ入れるように言ってある」


 え? 王都の女学院に入学? 費用は私持ち?


「王都のお嬢様学校なんて、口利きがないと入学出来ない。逆らうと、妹ごとぺちゃんこに潰されるよ」


 妖しい笑みを浮かべた後、ユース王子は私の耳元に唇を寄せた。耳たぶに生温かい感触と、チュッという音がして、驚愕で体が固まった。少しして、思わず上半身が仰け反る。今、耳にキスされた? 心臓がバクバク煩い。手が震える。恥ずかしい!


「はあ……本当に私に気がないのだな」


 少し大きめの声でそう言うと、ユース王子は踊るのを止めた。私をまたエスコートして、窓際へと進む。向かう先に、アリスが格好良いと言っていた、ユース王子似の男性がいる。ユース王子は双子。ユース王子は王子、フィラント王子は騎士に分かれて見聞を広げたとか、2人で2役をしていたとか、色んな噂を耳にするけれど、何が真実かは分からない。近づいてみて、よりユース王子と似ていると分かった。やはり、彼は推測通り、騎士王子フィラントに違いない。


「フィラント、シャーロット令嬢だ。この間話をした、可愛いくて優しい子」


 やはり、フィラント王子。可愛い、そう口にした時、ユース王子は私の頬に唇を寄せてきた。


「ひっ!」


 王子にこんなことをされるなんて、爆発する! 勝手に変な声が出て、ビクついていた。


「まあ、ユース様。嫌がる相手とお戯れはお止め下さい」


 鈴を転がすような声。プラチナブロンドの美女が、私をユース王子から引き剥がした。


「大丈夫ですか?」


 女の私が見惚れるほど綺麗な女性。


「はい……」


 私の顔を覗き込み、心配してくれるこの女性は、フィラント王子と共にいるなら、お妃様? 星の煌めきを纏う麗しさ、という噂のエトワール妃? キラキラして眩しい美麗さだ。


「ユース、何が恋人がいるから縁談は勘弁してくれ、だ」

「私に落とせない娘は居ない。明日には恋人になるから嘘じゃない」

「それは、恋人になってから言え」

「シャーロット令嬢、毎晩胸を焦がして、再会を夢見ていた」


 ユース王子の手が私の頬へと伸びてくる。フィラント王子が私とエトワール妃——多分——と、ユース王子の間に入った。


「ユース、少し変だ」

「さあ? 疲れているのかもね」

「それなら休むといい」

「そういう意味ではない。領主会議はまだまだ続いてレグルスが王都にいるのに、夫婦喧嘩に巻き込まれているし、君も遊んでくれない。シャーロット令嬢も、この私が気にかけているのに、素っ気ないしさ」


 ぷいっと顔を背けると、ユース王子は出入り口の方へと歩き出した。


「おい、待てユース。エトワール、彼女を頼む」

「はい、フィラント様」


 フィラント王子がユース王子の後を追う。エトワール……やはりお妃様だ。


「初めましてエトワールです、シャーロットさん。先日はユース様がお世話になったそうで、ありがとうございます」


 改めて見ても、光って見える。艶々のプラチナブロンドの髪。肌が透き通っているように白い。頬や唇は桃色。長い睫毛に大きな目。灰色のような、青や緑にも見える不思議な色彩の瞳をしている。多分、私とそんなに変わらない年齢。同じ女性なのに、別の生き物みたい。


「い、い、いえ……。たまたま……看病をさせていただいただけで……」


 ぐうううううう。最悪な事に、私の腹の虫が鳴いた。エトワール妃は目を丸め、クスリと笑う。嫌味っぽくない、悪戯した子供を見るような優しげな目。恥ずかしいけれど、お陰で惨めさはない。


「大変失礼致しました。粗忽者ですみません」

「まあ、お腹の虫なんて誰にも止められませんよ。隣の部屋が立食会場です。行きましょう? (わたくし)も何か食べたいと思っていたところです」


 温かな眼差し。愛くるしい可憐な笑顔。これが、我が国のお妃様。福祉活動に熱心だというのは、政治的な噂ではなく真実かもしれない。私の母とは雰囲気が真逆。私はエトワール妃と立食会場へ移動し、アリスとミラマーレ伯爵と合流し、お腹いっぱい食べて、楽しい時間を過ごした。エトワール妃は私とそんなに年が離れていなくて、気さくで、優しい。最近の悩みは、息子クラウスの人見知りなんだとか。アリス以外と話していて、心休まる時間というのは、記憶がある限りでは初めてだ。

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