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男爵令嬢、時の人になる

 誘拐事件から三日。私は家から出られない。アパートの下に人だかりが出来ているからである。護衛の騎士達と記者、それから野次馬。


「お姉様、今日は良い記事が出ました!」

「お姉様! 香水やドレスの流行を色々と聞いてきました!」


 帰宅したアリスとオリビアが、きゃあきゃあ騒ぐ。後ろからサー・ミネーヴァが現れた。


「一躍有名人ですね、シャーロットさん」


 ニヤリと笑うと、サー・ミネーヴァはソファへ腰を下ろした。背もたれに両手を広げ、我が物顔。見た目は奥ゆかしいのに、中身はそうではない。アリスが台所へ向かい、オリビアはアリスから受け取った新聞記事を持って、私の前に立った。


「オリビア様、私はまだ姉では……」

「読んでお姉様! 今度は味方の記事よ!」


 オリビアは飛び跳ねそうな勢い。新聞記事を広げほくそ笑む。


「アルタイルの星の妖精を飾る新たな宝石……えええええ……」


 ざっと目を通したら、私が妃付き侍女になるという内容。アルタイルの星の妖精とは、エトワール妃の通り名。


「ほ、宝石……。私……侍女になるなんて知らない……」


 いや、ユース王子がチラリとそのような事を言っていた。でも、正式な話ではない。


「お兄様が根回ししているんですよ! 昨日、酷い記事が出回ったから!」


 頭が痛い。ロクサス卿はカーナヴォン伯爵に対し、相当怒っているらしい。そこに誘拐事件。彼は大変、過保護になった。私に四六時中、女性騎士の護衛がついた。アパートの前にも常に三人の騎士が見張っている。

 一方、誘拐事件がきっかけで「ロクサス・ミラマーレ伯爵の婚約者」として、名を馳せてしまった私に対し、カーナヴォン伯爵達も激怒しているという。ロクサス卿は表向き、本当にエブリーヌ令嬢と婚約した事になっているんだとか。激務で社交場に顔を出せないうちに、話がどんどん進んでいて、否定して周るも追いつかなかった、らしい。


「き、きゃあ! な、なんで手紙の内容が……」


 新聞記事を読み進めると、ロクサス卿からの手紙の抜粋が載っていた。


「隣街で仕事をする事になった。なので、今日は会いに行けないし、しばらく会えない。とても残念だ。追伸、土産を指輪に似合う首飾りにするので、それは買わないように××× ロクサス・ミラマーレ」

「最後にキスマークなんて、お兄様ったら情熱的ね!」


 オリビアとアリスの「きゃあきゃあ」はこれだったのか。紅茶を淹れ、テーブルに運んでくれたアリスが、オリビアと再度はしゃぎだす。


「ど、どうして……」

「荷物検査をして、調書に書かれたからね」

「えっ、サー・ミネーヴァ……まさか……」


 荷物検査をしたのは彼女だ。私がロクサス卿の婚約者だという証拠の確認をすると、指輪と手紙を一旦預けた。手紙の中身は閲覧しない、という話だったのに。


「誰がその情報を漏洩したのかしら? 素敵な指輪ね♡」


 ミネーヴァがページをめくる仕草をしたので、新聞をめくる。婚約指輪の推定絵が載っていた。購入店の絵、おまけに店主のインタビュー記事。


「な、な、な、何て高い……」


 新聞に載る、婚約指輪の推定金額に、悲鳴が出そうになった。気絶しそう。


「お兄様って貢ぐタイプだったみたいなのよね。お姉様、お兄様から財布を取り上げて、しっかりと紐を締めて下さいね」

「いえ、あの、私が財産管理ですか? それに貢ぐだなんて、オリビア様……」

「オリビアよ! お姉様! オ、リ、ビ、ア! 妹に様はいらない!」


 オリビアは腰に手を当てて仁王立ち。勢いに気圧され、何を言うつもりだったのか、忘れてしまった。


「ここ最近では、一番楽しい話ね。昨日の新聞社、訴えられるんじゃないかしら」


 ミネーヴァは愉快そうに肩を揺らした。確かに、昨日は酷い記事だった。ダバリ村での男狂いの噂。ユース王子を拐かすのに失敗しロクサス卿に乗り換えた尻軽破廉恥女。酒場でも働き男漁り。素手で大男をぶっ飛ばした怪力。教養のきの字も無いなどなど、少々捻じ曲がった話が記事にされていた。

 事件翌日は、事件の概要や、また革命の兆しか? などという陰謀説の記事。昨日は私に対する攻撃的な内容で、事件は単なる隙だらけの女が襲われただけ、みたいなもの。そして、今日は真逆。やめて欲しい。目立ちたくない。


「腹裂きジャックの連続殺人に心を痛め、近隣近所の娘達に護身術を教えていた⁈ 少し話したくらいよ!」

「お姉様、ここにはほら、誘拐され殺されそうになろうとも、被害者が他にもいるならと勇気を出して牢屋を開けて回るって」


 ひいいいい。話が誇張されている。


「慈悲深い令嬢は風の神に愛され、我等の星の妖精を更に尊い存在に……やり、やり過ぎよ! 誰なの⁈」

「ロクサス卿の背後には、フィラント様が付いていて、そこにユース様が引っ付いてますからねえ」


 のんびりした口調。ミネーヴァはテーブル上の切ってある林檎を掴み、ぽいっと口に放り投げた。


「ん、これ甘くて美味しい。もっとない?」

「はい、今お持ちします」


 確か、台所にまだ林檎があった。


「ちょっと、貴女の方が目上なんだから、はいはい言わないの!」


 楽しそうに笑うと、ミネーヴァが立ち上がった。トトトンッとステップを踏むように私に近寄ってくる。


「それは……あの……失礼致しました」

「ぷぷっ。小生意気そうな顔だから、拗ねとか反抗っぽく見える。だから虐められるのよ」


 ミネーヴァの手が伸びてくる。両手の人差し指で私の唇の端に触れ、グイッと持ち上げた。


「笑顔、笑顔。まあ、男性から見たら、そそられそう」

「へっ?」

「こう、つい構いたくなる感じ?」

「は、はあ……」

「だから女に嫌われるのよ。貴女の村での悪い噂って、貴女に負けた女達の仕業よ。で、王都では伯爵令嬢の逆鱗に触れた」


 クスクス、クスクス笑うと、ミネーヴァは私から離れた。


「ディオク様が、教育しなさいって。王宮内や社交場は魔窟よ。まあ、エトワール様が背後にいるから、風除けになってくれるでしょうけど」


 えっと……サー・ミネーヴァって何者?


「今週のクラウス王子の誕生祭。大変そう」

「クラウス王子の誕生祭?」


 パーティーって、誕生祭? そんな大行事?


「いやあん、打ち上げ花火が、ドドドンって上がりそう」


 んふふ、と含み笑いをすると、ミネーヴァは台所の方へ移動していった。


「言われたい放題ね、お姉様」

「あの、オリビア様。クラウス王子の誕生祭って……」

「たー、かー、らー、オリビア! オ、リ、ビ、ア!」


 バシンッと背中を叩かれる。結構痛い。


「あの、えっと、オリビア。誕生祭って、私がロクサス卿と参加するパーティの事?」

「そうよ。聞いて無かった? まあ、お兄様は根回しで忙しいみたいだものね。お姉様、香水とドレス……」


 コンコン、と玄関扉からノック音。


「こんにちは、アンリエッタと申します」


 誰? 私よりも先に、オリビアが玄関扉に近寄る。覗き窓を開くと、オリビアは振り返った。私も目を丸める。オリビアが扉を開いた。

 玄関に立つのは、つばの広い紺色の帽子に、同じ色の地味なドレスを纏う、四角い眼鏡を掛けた美女。柔らかく微笑む、愛くるしい美女は、エトワール妃だ。腕に白い紙袋を抱えている。これ、まるで変装になっていない気がする。

 背後に背の高い、気の強そうな女性。もう一人は男性で、ダグラスだ。ユース王子と良く一緒にいる騎士。市民服姿である。女性従者は眼鏡は無いけれど、エトワール妃と同じような格好。


「お邪魔してよろしいでしょうか?」

「はい!」


 オリビアがエトワール妃の手を引いて中へ促す。従者も続いた。


「俯いて歩くのは、大変ですね」


 ダグラスが扉を閉めると、エトワール妃は帽子を脱いだ。私に笑いかけてくれる。


「アンリエッタ、手短に。直ぐに帰るぞ」


 ダグラスが冷ややかな声を出した。


「はい。お兄様」


 エトワール妃が頷いて笑うと、一瞬、ダグラスは口元を緩ませた。微笑ましいという表情。


「元気そうな姿を見られて良かったです。この度は、ご婚約おめでとうございます。お祝いに、こちらを渡しにきました」


 どうぞ、と紙袋を渡される。


「新作の香水です。ガーデンパーティで使って下さいね」


 予想外の来訪者に動揺しているし、緊張して気の利いた台詞が浮かばない。あと、何故彼女が香水をくれるのだろう?


「ありがとうございます」

「今日の服で構いませんので、当日は早く来てください。朝の最後の礼拝の鐘が鳴るくらいに、迎えがきますからね」


 それは、つまり、どういうこと? エトワール妃は白い歯を見せ、胸の前でグッと拳を握った。


「お任せ下さい! この私がきちんとフォローしますからね!」

「アンリエッタ、その仕草は禁止だ」


 女従者が淡々とした声で注意。エトワール妃はしょぼくれている。


「はい、お姉様。気をつけます」

「アンリエッタ、用が済んだので速やかに帰宅だ」

「はい、お兄様」

「では、これにて我等兄弟は帰ります。お世話になっているロクサス卿の婚約者に、お祝いを述べる事が出来て良かったです」

「突然、お邪魔してすみません。快く迎えていただき、ありがとうございます」


 会釈をすると、エトワール妃は帽子を被り、下を向いた。ダグラスが扉を開く。バタバタという遠ざかる足音。


「壁に耳あり、扉にも耳ありですね。全く、よじ登ったのか?」

「記者とは大変だな」


 ダグラスと女従者は、ピリッとした低い声を出した。三人が部屋から出ると、ダグラスが玄関扉を閉める。


「あの服に偽名、どこかへの寄り道のついでかしら?」


 台所から現れたミネーヴァが唸る。片手には林檎。そのまま齧ったらしい。アリスも現れ、テーブルにティーセットを運ぶと、私に近寄ってきた。


「お姉様! っは! 小声で話さないとならないのね」


 大きな声を発した後、オリビアは一回両手で口元を覆い、その後は小声になった。アリスに向かって、「しーっ」と人差し指を立てる。


「お姉様、見せて、見せて」


 アリスにせがまれて、白い紙袋の中身を出した。透き通った水色の、涙型の瓶。蓋の上の飾りは星。瓶の口に文字が刻まれている。


【エトワール・フィラント】


 古語で流れ星。


「綺麗……」


 私が感嘆の声を漏らすと、オリビアとアリスは羨ましそうに私を見上げた。ほんのりと香る匂いはアストライアジャスミン。


「これ、交易で売ろうとしている香水の試作品ね」


 私の手から瓶を奪うと、ミネーヴァはしげしげと瓶を眺めた。


「ドレスも多分……ふーん、そういう事」


 シャク、と林檎を齧る小気味の良い音。ミネーヴァは「やっぱり楽しそう」と呟き、ソファへ戻った。また踏ん反り返って座り、何やら読書を始める。


「ガーデンパーティで、誰かにドレスや香水の事について言われても、大丈夫ね」


 オリビアはそう告げると、エトワール妃そっくりな仕草をした。気合十分、かかってこい、というように胸の前で拳を握る。あまり良い予感がしない。


 この夜、ロクサス卿は手土産に花、クッキー、更に高そうなサファイアの首飾りを買ってきてくれた。婚約指輪と同じ店で購入したという。オリビア曰く、ロクサス卿がこんなにあれこれ購入するのは、大変珍しいんだとか。確かに、財布を取り上げて、紐をキツく結ぶべきかも。


「ガーデンパーティは何も心配ない。エトワール様によくよく、君の事を頼んだ」


 ソファで私の手を握り、唇以外の顔周り、首筋にも、何回もキスするロクサス卿の笑顔には少し辟易。キスや甘やかしは幸せだけど、やはり良い予感はしないというか、嫌な予感。ガーデンパーティは嵐かもしれない。


 とりあえず、私はロクサス卿にひたすら「もう何も買わないように」と頼みこんだ。ロクサス卿は貢いでいるとか、婚約者が散財しているとか、そういう噂が立つのはお互い困る。

 遠慮しなくて良い、と聞く耳持たなそうだったので、少し考えてこう言った。


「物よりも思い出の方が、うんと欲しいです。あと、買い物の時間分、会えるとか……」


 顔から火が出る程恥ずかしい。効果あるのか? 覿面だった。ロクサス卿は「そうか。可愛い事を言うな」と帰るまで手を離さず、始終ご機嫌。

 気は重いけれど、なんだか頑張れそう。私は思わず、拳を胸の前でグッと握りしめていた。

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