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男爵令嬢、再会する

 ソファでぼんやりしてから、私はドレスのポケットに手を入れた。ロクサス卿からの手紙を取り出す。美しい文字で綴られた「シャーロットへ」という宛名に胸が温まる。こんな事があったから、きっとそんなに日にちが経たないうちに会える。早く会いたい。そうしたら、きっと今以上に安心出来る。

 封筒を裏返すと「ロクサス・ミラマーレ」と書いてある。ダフィが「旦那様から預かった」と言っていたので当然か。しかし、事件続きなので、無意識に勘ぐっていたらしい。

 蝋封を剥がし、封筒の中から便箋を出した。


【シャーロットへ。急な事だが、三日程、隣街で仕事をする事になった。なので、今日は会いに行けないし、しばらく会えない。とても残念だ。来週、君とパーティへ参加する事になった。オリビアに支度金を渡してあるので、服や装飾品を用意しておいて欲しい。アルタイル城勤務のサシャという女性と会ったら、エトワール様と会える。オリビアとアリスさんと三人で訪ねて、ドレスなんかの相談をしてくれ。流行りなど、とても大切なので必ずそうするように。追伸 土産を指輪に似合う首飾りにするので、それは買わないように××× ロクサス・ミラマーレ】


 ロクサス卿は本当に隣街へ仕事で、そして私と一緒にパーティへ行ってくれる。お土産は首飾り。おまけに、最後の×はキスとか愛しているって意味だった筈。

 エトワール様の件は、ダフィが言っていた「フィラント様とエトワール様の鶴の一声で終わりですよ」の中身なのだろう。何のパーティか分からないけれど、そこでもしかしたら「ロクサス・ミラマーレ伯爵と婚約した女性」なんて風に紹介してもらえる?

 服はぼろぼろだし、汚れているし、おまけに草むらの葉で切ったのか、腕や足の一部がヒリヒリするけど、もう平気。私、こんなに運が良くて良いのだろうか?

 

「失礼します」


 ノック音と男性の声。騎士甲冑ではなく、事務服姿の壮年が二人入ってきた。一人はティーセットの乗ったお盆を持っている。私は手紙と封筒をテーブルに置き、立ち上がった。会釈をする。


「お掛け下さい。調書を取ります」

「こちらをどうぞ」


 素直にソファに座る。出された紅茶も、お礼を言って飲んだ。ずっと寒かったし、喉も渇いていたから有り難い。二人は名乗ってから、ソファへ腰掛け、あれこれと質問してきた。

 職人通りで消えた私は、何処で何をしていたのか? その問いかけに正直に答える。思い出すと震えて、涙も落ちそうになったけれど、思ったよりもしっかり話せる。

 結局、何も無かったからだ。暴力に晒される事もなく、陵辱されてもいない。己の幸運と、風の神様が助けてくれたような、あの壁の穴に感謝だ。それから騎士団。私を見つけて保護してくれたユゴーに、今度お礼をしないと。


「そうですか、犯人の顔は見ていないのですね」

「すみません」

「いえ、それにしても無事で良かったです。誘拐未遂で怪我をされている方もいますし、行方知れずの者もいますから」


 その言葉に、私は身震いした。


「失礼します」


 この声には聞き覚えがある。扉が開くと、サー・マルクだった。銀色の騎士甲冑が土で汚れている。左目に眼帯、それで頭には包帯。


「まあサー・マルク! 大丈夫ですか⁈」

 

 悲鳴のような声が出る。私の体は自然とソファから離れ、彼に近寄っていた。


「ご無事で何よりです! 目の前の誘拐犯を捕縛出来ずに返り打ちに合ったことを、お詫びにきました!」


 サー・マルクが片膝をついて、こうべを垂れる。私は慌ててしゃがみ、彼の肩に手を置いた。


「顔を上げて下さい」

「シャーロットさん、本当に良かったです。無事に保護されたと聞いて、心底安心しました。本当にすみませんでした」


 今にも泣きそうな顔で笑うと、サー・マルクは「痛い」と呟いた。


「謝罪なんて必要ありません。あの、動くと体に障るのでは?」

「大袈裟なだけで大した怪我ではありません」


 私はサー・マルクの両腕を掴み、立たせた。それから彼の両手を強く握りしめる。


「危険を顧みず、助けようとしてくれてありがとうございます。そもそもいつも、送迎など助かっていますし、気に病まないで下さい」

「いえ、それが仕事です! このマルク、必ずやより強く、逞しくなります!」


 私の手を握り返した後、サー・マルクは手を離した。それで、事務官のエルムとラルフに敬礼。


「聴取が終わりましたら、このマルクがシャーロット令嬢を自宅まで送迎します!」

「いや、その怪我、他の者に頼むべきだろう。でも君、いつも送迎ということは、彼女の知り合いか?」


 エルムの問いかけに、サー・マルクは大きく頷いた。


「はい」

「そうか。これから彼女の家や保護者を尋ねるところだった」

「それでしたら、ロクサス・ミラマーレ伯爵です。現在、王都を離れ、ミモリア街へ出張しているそうなので、既に遣いを出しています」


 エルムとラルフが顔を見合わせた。それから、私を見つめる。


「ロクサス卿って、あの?」


 あの? あのってどの? 返答に困る。ラルフがチラリとテーブル上の手紙を見て、目を丸めた。裏返しの封筒に、ロクサス・ミラマーレと書いてあるからだろう。


「シャーロット令嬢!」


 聞き覚えのある声。振り返ると、フィラント王子だった。フィラント王子⁈


「フィラント王子!」


 マルク、エルム、ラルフが即座に頭を下げる。私は下げそびれた。ものすごい勢いで、フィラント王子に両肩を掴まれたからだ。


「無事に保護されたと聞いたのに、この切り傷はどうしました⁈ 髪は⁈ 何故、こんなにも汚れているのですか⁈」


 手を引かれ、ソファの方へ連れていかれ、座らされた。


「貴様等! 手当もせずに何をしている! 着替えもだ! 何て格好でいさせているんだ!」


 フィラント王子の怒声と怒り顔は、身を縮める程怖い。エルムとラルフは真っ青。でも、マルクは涼しい顔だ。


「フィラント副隊……じゃなかった。フィラント王子殿下! 夜間で女性事務官が不在です! 淑女に触るなんて出来ません!」

「あ"あ"? ああ、そうだな。その通りだマルク。おい、マルク、その怪我はどうした⁈」

「不名誉な負傷です」


 マルクがざっと事情を説明する。腹裂きジャックから私を助けたものの、別の者に私を誘拐された。頭の怪我はその時のもの。手当後、私の捜索に加わり、保護されたと聞いて戻ってきたという話。


「情けないです」

「そうだな」


 うな垂れたマルクに対し、フィラント王子は実に辛辣。


「お前に怪我をさせるなど、相当な手練れだ。関連各所に、捜査に人を増やすように進言しておく」


 ドン、とマルクの胸を握った拳で叩くとフィラント王子は微笑した。


「彼女は俺が預かる。だから帰ってゆっくり休め。治さないと市民の役に立てん。彼女は幸運にも無事だった。後悔は次に生かせ」

「はい」

「明日、サシャを遣いに出す。きちんと休めよ。励め。お前には期待している」

「はい、ありがとうございます!」


 サー・マルクって何者? スヴェン経由でフィラント王子に覚えられている? ずっと青ざめていたサー・マルクの顔色が少し良くなった。それで、彼は去っていった。私に心の底から申し訳無いという表情と「後日改めて謝罪します」という台詞を残して。私は首を横に振ったけど、伝わらなかったかもしれない。


「君、職人通りの派出所にサー・ミネーヴァという騎士と彼女が保護しているお嬢さんがいる。騎士の誰かを遣いに出して呼んでくれ。姉は無事に保護されたと伝えるように」

「はい、かしこまりました!」


 命じられたラルフが部屋を会釈をして出ていく。フィラント王子は私に微笑みかけた。後、ラルフが腰掛けていた位置に座った。


「部下が来たら手当と着替えをしましょう。妹さんも無事なので、安心して下さい」

「アリス? あの、アリスに何かあったのですか⁈」


 両手を握り締めた時、フィラント王子は首を横に振った。


「何も無いですよ。大丈夫です。危険がないように安全な場所にいて、部下が付き添ってます。君、彼女はどうやって保護された?」


 エルムに問いかけたのに、フィラント王子はテーブル上にある調書を手にした。視線は文字を追っている。騎士王子、という噂通り、騎士団で色々な権限を有しているようだ。


「あの……恐らく、最近捜査している人身売買組織でしょう」

「人身売買組織? いや、この件はそれとは別件だ。脅迫文が届いたからな。また手紙だけかと思ったが、とうとう本気らしい」

「脅迫文? そう言えば、フィラント王子殿下、こんな時間に署へどうされましたか? シャーロット令嬢の件、誰かに頼まれたのですか?」


 エルムはチラリ、と私を見て訝しげに顔をしかめた。


「ロクサス・ミラマーレ伯爵の婚約者を誘拐したという脅迫文が届いた。それで職人通りに向かったら、本当に誘拐だと。泡を食って、捜査に加わった。保護されたと聞いて安堵したが……運が良かっただけか……人身売買組織の方も否定出来ないよな……」

「あの、フィラント王子殿下。その脅迫に関しては少し前に王宮騎士が来て、カーナヴォン伯爵邸へ様子を見に行きました」

「ああ、それは聞いた」


 ……それってどういう意味? ロクサス卿の婚約者を誘拐したという脅迫文。それで、カーナヴォン伯爵邸? エブリーヌ令嬢のこと? なら、私は?


「単なる噂のカーナヴォン伯爵令嬢ではなく、本物の婚約者の方を攫うとは、裏切り者でもいるのか?」


 ボソリ、と呟くとフィラント王子は口元を押さえ、俯いた。沈思という様子。しばらく続いた重たい空気を切り裂いたのは、私が待ち焦がれた人だった。


「シャーロット!」


 突然。部屋に飛び込んできたロクサス卿は即座に私を抱き締めてくれた。あまりにも力強いので、嬉しいけれど苦しい。

 少し遅れて現れたのはダフィ。その後ろに、アリスと騎士甲冑姿の金髪女性がいる。あの人がサー・ミネーヴァだろう。ラルフが去ってからそんなに時間は経過していないので、彼女達はフィラント王子の命令が届く前にここへ向かっていたのだろう。多分、ロクサス卿がダフィから話を聞き、隣街から帰ってきて、騎士派出所に行ったとか。


「ダフィが来て君が行方不明と聞いて、心臓が凍るかと思った! この髪はどうした⁈ 何て酷い格好なんだ!」


 ロクサス卿が少し離れ、私の全身を確かめる。彼の表情は真っ青。紫に変色した唇は震えている。


「お姉様!」


 アリスが私に縋り付いてきた。アリスも震えている。私はアリスを抱きしめ、背中や髪を撫でた。


「不安だったわよね。ごめんね、アリス」


 アリスは何も言わないで、私を抱く腕に力を入れた。


「落ち着けロクサス。運良く何も無かった。いや、まあ、擦り傷はあるが……ほぼ無事だ。彼女や子供達はミネーヴァに任せる。別室で話をしよう」


 ロクサス卿はバッと振り返った。


「フィラント様⁈」

「ダフィ、行方不明になって直ぐにロクサスの所へ行ったのか。気がきくな」

「いえ……フィラント様……」


 ぐしゃぐしゃな顔になって泣き出すと、ダフィは袖で涙を拭った。私、気がつくのが遅い。フィラント王子は優しい微笑みを浮かべている。


「俺……近くにいたのに……」

「あのマルクが怪我を負うくらいだ。君が無茶をしなくて良かった」


 コクン、と頷いたダフィの頭を、フィラント王子はわしゃわしゃと撫で回した。


「気になるなら、今度俺と色々練習しよう。エトワールが君やスヴェンと会いたがっている。多分、クラウスもだ」

「はい、ありがとうございます」


 泣き笑いするダフィにアリスが近寄る。


「ロクサス、行くぞ。事務官の貴方も来なさい」

「はい。かしこまりました」


 声を掛けられたロクサス卿とエルムが立ち上がった。

 フィラント王子に従うロクサス卿は、ダフィを軽く抱きしめ、何か告げていた。感謝と労いだろう。フィラント王子達が部屋を去ると、入れ替わりでサー・ミネーヴァが入室してきた。さっきまで居たのに、いつのまにか居なくなっていたらしい。彼女は手に布を持っていた。


「ミネーヴァと申します、シャーロットさん。さあ、着替えましょう。それから、傷の手当もします」


 そう言うと、彼女はアリスとダフィをソファへ座らせ、優しく頭を撫でた。小柄で穏やかそうな顔立ち。甲冑姿でなければ、とても騎士だとは思えない。彼女は私達に始終優しかった。

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