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【幕間】王子様は策略家

 執務室で書類確認。意見書、嘆願書、認可要請etc. 目を通すものや、やる事は山積み。それにしても、ダグラスは遅い。


「失礼します」


 隠し扉から入ってきたのは、待ちに待ったダグラスだった。遅かったことと、彼の気まずそうな表情に嫌な予感がする。


「何したの?」

「それが、部下が間抜けで、子ウサギを逃がしました」

「で?」

「探させてます」

「だよね? こんな真夜中に危ない」

「人を増やして、捜索中です」


 これは頭が痛い。立ち上がり、ダグラスの前に移動する。


「間抜けってどういう事だ?」

「中の様子を見たら、誰も居ないと慌てたそうで。単に扉脇に蹲っていただけなのに。間抜けが慌てている隙に逃亡です」


 淡々とした業務連絡。ダグラスはいつも冷静沈着。ただ、そのままにして来ない筈なので、もう解決したのだろう。


「今回は子ウサギだけど、凶悪犯ならどうする。おい、そんな奴はクビにしろ」

「既に地方へ飛ばす手続きをしてます」

「一刻も早く保護しろ。何かあったら最悪だ」

「もうしました」

「だろうね。優秀な忠臣が居て嬉しいよ」

「子ウサギは騎士本部署にいます」


 やはりそうか。よし、と立ち上がる。


「ユース様。ここまでするより、家族に素直な気持ちを教えるべきです」

「今更説教? 嫌だね。レグルスで十分だ。君も言うなよ」

「例の方に色々あった、地方へ飛ばされていたあの期間。あれがフィラント様の出征を止めようと奔走した結果出来た期間だからですよね?」

「ダグラス、何もかも分かっているなら、止めてくれ」

「ユース様、死者……」

「黙れ。俺は絶対に結婚しないし、君とレグルス以外には口を割らない。バラしたらレグルスや君でも潰すぞ」


 ダグラスの肩を叩き、執務室を出る。向かうのは兄、リチャード国王の寝室。


「子ウサギ、最初に捕らえる際に、巡回騎士に助けられました」

「治安系統が機能しているのは、良いことだ」

「その際、子ウサギの髪を切られました」

「はあ⁈」

「捕縛担当者が、子ウサギに予想外の反撃をされてイラついて、つい髪を掴んだそうです」

「あー、巡回騎士がその髪を切って助けたってこと。おい、その冷静さを失うマヌケな奴は……」

「既に地方へ飛ばす手続きをしてます」

「なあ、精鋭騎士の質、下がってないか?」

「ですので、フィラント様に外交を控え、隠密担当の王宮騎士を育成していただきたいです」

「わざとか?」

「まさか。仕事に支障が出て、余計な手間も増えて、帰宅も遅くなり、イライラしています」

「それはすまない。残業手当と特別休暇を与える。何日欲しい?」

「妻や娘がアストライアの聖地へ行きたいと言うので、二週間お願いします」


 ダグラスから長期休暇の要望なんて初。大抵、飛び飛びで欲しいというのに、珍しい。


「そう、分かった。アストライアに聖地なんてあったか?」


 ダグラスは深いため息を吐いた。


「騎士王子のデート先を巡りたいそうです」

「ぶはっ! 何、君、フィラントがエトワールを連れ歩いたところを、連れ回されるの?」

「そうです。サシャの小説に出てくる登場人物のモデルが、お二人だと知ったらしくて」

「ああ、あれ。何か女性達に回し読みされているやつ?」

「そうです」

「で、私はますます、そんな面倒な事までしないといけない結婚生活なんて嫌だと思ったけど、まさか勧めた?」

「愉快ですよ。小さな幸せを見つけられて、ニコニコする妻や娘がいて、あれこれ喋ってくるというのは」

「そのくらいの自慢では、私の心は微塵も動かないからな。それなら兄弟と甥っ子で十分だ」


 そう口にしてから、甥っ子だけでなく愛くるしい姪っ子も欲しい、そう思った。フィラントはエトワールにがっついていそうなので、待つしかない。新婚当初の「天使の笑顔を眺めていられたら至福」という男はもう消えてしまった。もうすっかり両思い。少し懐かしさを感じた。

 廊下を進み、階段を登る。ダグラスはもう無駄口を叩かなかった。まあ、当然。これから行う小芝居にのほほんとした空気は邪魔。兄の部屋の前まで移動し、顔を作る。それからノックをしないで部屋に飛び込んだ。


「兄上。少々、困った事が起こりました。脅迫文です」


 もう深夜。寝てないと思ったが、やはりリチャード王は眠っては居なかった。山積みの本に囲まれた机で、読書をしている。橙色のランプの灯りに照らされるこの穏やかで静かな姿は、結構憧れ。


「ん? ユース。どうした? 脅迫文?」

「このまま税改正を進めるなら、部下とその婚約者を殺すと。身代金の要求まで」


 用意しておいた脅迫文をリチャード王に見せる。わざわざタイプライターで打って、筆跡から探れないようにしてある。


「ロクサス・ミラマーレの婚約者を預かった⁈ またか。ここ最近。こんなものばかりだな」


 最近、何処を襲撃するとか爆弾を仕掛けたという脅迫文が多いので、今回の為に対人の脅迫文も混ぜてきた。


「一応、ロクサス卿に遣いを出しました。それから、彼の婚約者の家にも」

「余程、税改正を反対したいのだろう。全く、それなら堂々と議会でやり合ってくれれば良いものを」

「多分、また何にもないでしょうけれど、この件は私が預かっても良いですか? 騎士団へ調査命令を出します。ロクサス卿はフィラントの側近ですけれど、私もあれこれ頼んでいるので心配です」

「彼とは懇意だったな。ああ、私の許可を取って、遣いを出したと言ってくれて構わない。素早い対応をありがとう」


 よし、これで良し。会釈をして、部屋を出る。部屋の前で待機していたダグラスと向かい合う。


「サー・ダグラス、ロクサス卿の婚約者が狙われている。保護して欲しい」

「仰せのままに」

「私は東塔へ行き、フィラントへ伝える。フィラントの側近の事だ。話しておかないと」

「では、門番を護衛にして東塔へ行って下さい」


 別に誰も聞いていないけれど、一応小芝居。ダグラスとは打ち合わせ済み。城門前まで共に移動して、その後ダグラスは私から離れていった。今夜の門番担当の騎士キールを伴い、東塔へ向かった。東塔の門番には簡単な挨拶もしない。慌てて、急いでいると装わないと意味がない。真夜中だが、緊急時用の鐘が繋がる紐を引けば、フィラントならその微かな音で起きる。門の隙間から、ユースだという紙を入れる。紐を引いて、そんなに待たないでフィラントの声がした。


「夜分にすまないフィラント。また脅迫文だ」


 門の覗き窓が開き、私の姿を確認すると、フィラントは門を開けた。


「ああ、例のか」

「それで、ロクサス卿と婚約者を殺すというものなんだ。婚約者に至ってはもう誘拐したと」

「シャーロット令嬢を?」

「え? シャーロット令嬢? カーナヴォン伯爵の長女、エブリーヌ令嬢ではなくて?」

「はあ? エブリーヌ令嬢?」


 フィラントは有り得ない、というように顔をしかめた。


「私はこの間の社交場でそういう噂を聞いた。私から可愛いシャーロット令嬢を奪っておいて、権威欲しさに鞍替えなのかと呆れていたんだが」


 嘘も方便。ロクサスは律儀なことに、シャーロット令嬢が気になると、私に言ってきた。おまけに「ユース様が本気なら、胸に秘めます」とまで、物憂げな表情で言い放つ。

 自分は「ユース王子に気に入られている」という自信と、黙って横取りなんて絶対にしてはいけないという律儀さからだろう。

 正直なところ、私はそういう誠実さや信頼の眼差しに滅法弱い。だから、シャーロット令嬢を婚約者や偽の妻役にするのを、早々に放棄して計画を変更してしまった。


「はああああ? つきまとわれて困っているのはロクサスの方だ。君は相談されてないのか? ロクサスが自分の事は自分で何とかすると言うから傍観していたけど、そろそろ俺からカーナヴォン伯爵に注意しようとしていたところだ」

「されてない。何だ、誤解か。妙だと思っていた」


 入れと促され、東塔内へ入る。とりあえず、東塔の門番とキールに今の会話を聞かせられたのでオーケー。


「しまった、ダグラスにカーナヴォン伯爵邸へ騎士団を向かわせろと言ってしまった」

「職人通りなら直ぐだから、俺がシャーロット令嬢の様子を見に行こう」


 フィラントなら、そう言うと思った。


「私も……」

「君はあちこちで恨みを買っているから、真夜中に外へ出るな。大人しくしてなさい」

「君だって……」

「俺は相手を返り討ちにするだけだ」


 歴戦の強者は言う事が違うな、と言おうとして止めた。フィラントは何度も出征させられ、今度こそ死ぬかもと、気が狂いそうな気持ちになっていた。その爪痕は、心の傷は、今も深い。だから、強さのことは軽口で使って良い事ではない。


 ロクサスが絡んでいなければ、フィラントは多分指示を出すだけで終わっただろう。これも計算通り。


「エトワールも起きたから、少し出掛けると伝えてくれ。眠れないだろうから……」

「説明して、安心するようにも伝えて、適当に喋って待ってる」


 返事をせず、寝間着のまま、フィラントは駆け出した。宿舎で騎士の服を借りるだろう。それから多分、シャーロット令嬢の為に女騎士の誰か連れていく。恐らく一番信用しているミネーヴァだろう。キールに持ち場へ戻るように話して、門を閉めた。閂もする。


「ぎゃあああああ!」


 この泣き声は甥っ子のクラウス。火がついたような泣き叫び。二歳児でも夜泣きするのか。階段を登っていると、エトワールの声も聞こえてきた。


「まあまあ、クラウスはフィラント様と同じで耳が良いのね」

「エトワールちゃん、こんばんは」


 さて、後はこのエトワールを誘導したら終わり。


「ユース様、何がありました?」

「脅迫状だ。また単なる脅しだろうけど、相手がロクサスだから、フィラントに話しておこうと。そうしたら、心配して飛び出した」

「まあ……また……。物騒ですね……。どうしてこうも、暴力で解決しようとするのかしら……」


 憂い半分、憤り半分という様子。真面目に努力をして、他人に優しくあれば必ず報われるという思考の彼女には、権力闘争や陰謀を企てる者達は、全く理解出来ないだろう。


「君のような人には、永遠に理解出来ないさ。よし、クラウス。おじさんと遊ぼう」

「ぎゃあああああ! パーパ!」


 エトワールにしがみつくクラウスに蹴られた。父親と良く似ているので、クラウスは私だけには人見知りしない。こんなの初。辛い……。


「あらあらクラウス。せっかくフィラント様が一緒に寝てくれたのに、居なくなって寂しいのね」


 ギャン泣きするクラウスを、エトワールは優しくあやす。


「へえ。柔らかいし小さいから絶対潰す。怖いって言っていたのに、頑張ったのか」

「そうみたいです。二人きりにして放っておいたら、一緒に寝てました。私、最近編み物を張り切っているので、任せてみたのです」

「パパー!」


 ママにきつく抱きつきながら、パパを呼ぶ子供。私は頭を掻いた。少し……羨ましいかも……。今の私には、お前じゃないと嫌だ、離れないでくれ、という者はいない。


「フローラもお母さんになるし、ユース様にも家族が出来たら、大人数でピクニックに行けますね」

「またその話。だから……」

「子供がいっぱいなんて、楽しそう」


 ふふふん、と鼻歌交じりのエトワールにたじろぐ。このエトワールの機嫌の良さそうな愛くるしい笑顔には弱い。フィラントが喜ぶ、とつい思ってしまうせい。フィラントがエトワールバカなら、私は弟バカだ。


「来週、ちゃんとお見合いして下さいね」

「はいはい。それは、まあ、断れない相手だし……」


 西の大国、大蛇連合国で重要な立ち位置を占める流星国の宰相の娘であるカール。彼女東の煌国には、この国でいう貴族である華族という地位も有しているという。

 彼女の父、宰相アクイラとは対面したことがある。豪快に笑う、気立ての良さそうな大男だが、ずる賢そうな印象だった。話術が巧みというか、嫌味がない嫌味を口にしたり、捉えどころがない。その娘の噂はまだ仕入れられていない。

 流星国といえば、行方不明になった二人の王子、絶世の美女である姫、それから彼女を手に入れた幸運な皇子などの話ばかり。


「私とティア姫が気が合うと思ったから、きっと運命の二人ですよ。私とフィラント様のように」


 ダメだ、恋愛話というか惚気話が始まる。面倒。私はソファに腰掛けて、エトワールの話を、右から左へと聞き流した。クラウスは泣き疲れて直ぐに寝た。エトワールの腕の中で、まるで天使みたいな寝顔である。やはり、姪っ子も欲しい。

 カールは兄か弟に押し付けよう。また新しい計略を考えないとならない。仕事も忙しいのに、疲れることばかりだ。


 今頃、シャーロット令嬢はどうしているだろうか? 騎士本部署でメソメソして、ロクサスを待っている筈。

 カーナヴォン伯爵邸へ行った騎士達は肩透かし。なのに、シャーロット令嬢と妹のアリス令嬢が借り暮らししているアパートには、謎の不審者。で、シャーロット令嬢は騎士団に保護されていて、知らせを受けたロクサスは絶対に彼女の元へ行く。事件は新聞記事になるし、ロクサス卿の本当の婚約者が誰なのか、という噂は勝手に広がる。

 カーナヴォン伯爵とその後ろにいそうなグラフトン公爵はネチッこくて面倒だけど、これでどうだ。私やフィラントの口出しなしに、シャーロット令嬢の名はロクサス・ミラマーレ伯爵の婚約者とした広がる。


 そして、ついに本当の脅迫文。これで本格捜査が出来る。不穏因子を探り出して、芋づる式に政治の邪魔をする者を片付ける為の第一歩。

 ついでに、真夜中に娼婦ばかり殺す殺人鬼なら、そんなに治安維持の予算を増やさなくても良いとか訳の分からない者達に、こう言える。


「ほら、可愛い娘さん達が襲われたり攫われたりするかもしれない。芽は早く詰むべきだ。と、以前から申してましたよね?」


 ロクサス卿やシャーロット令嬢が、不審に思って、万が一何か言ってきてもしてもこう言う。


「良かったな、私に潰されなくて。くっつけてあげたし、先回りして保護したのだから、感謝しろ」


 何事も先回りや根回し、布石を置くのが大事だ。足枷を付けるのも、本物の脅迫をしておくのも大切。

 痛みを伴わない経験よりも、苦痛や犠牲を伴う経験は身に刻まれる。将来有望、右腕候補のロクサス・ミラマーレもこれで少しは駆け引きや、策を練るということを学ぶだろう。


「ユース様、お疲れですね。紅茶とコーヒー、どちらが良いですか?」

「ん? 君」

「コーヒーですね」


 チッ、揶揄いに慌てなくなってきたエトワールは可愛くない。エトワールは自慢げに歯を見せて笑い、私にクラウスを渡した。柔らかで、温かくて、小さい。フィラントが一家団欒時に見せる幸福そうな微笑が脳裏によぎる。欲しいな、と呟きそうになり口を固く閉じた。

 私は子供達が、森に捨てられたり、戦争に駆り出されたり、スラム街でゴミを漁ることの無い国が欲しい。

 弱点は極力減らし、時間は政務にかけ、味方という貴重な駒の配置先にも気を遣わないとならない。もう荷物は持てない。本気の想いは重傷を負う。だから——……結婚なんて、ごめんなんだもん。

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