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男爵令嬢、浮かれる

 鏡の中の自分を眺める。髪型、良し。化粧、良し。服装、良し。多分。自信はないけれど、問題ない筈。レモンイエローの生地に白いレースのあしらわれたドレスは、自分の評価だと、タンスの中のドレスの中で一番似合う。


「おはようシャーロットさん。あら、バッチリね」

「おはようオリビア。お姉様、日の出くらいからずっと支度していたわ」


 屋根裏部屋に上がってきたオリビアと、寝ぼけ眼のアリスが、顔を合わせてニヤニヤ笑う。


「そ、そうよ。旦那様の荷物持ちが、みっともないと困るもの」

「そう? 張り切った分、とても素敵よ」

「お姉様、綺麗です」

「ありがとうございます、オリビア様。アリスもありがとう」


 荷物持ちではなく、デートに変わったのだけど、恥ずかしいからまだ誰にも言っていない。ロクサス卿は、今日の夕食は家族全員でレストランに食事に行き、そこで伝えると言ってくれている。でも、多分、全員にバレている。ロクサス卿は目に見えてウキウキしていて、すぐ私の名前を呼ぶ。それも、呼び方がシャーロットさんからシャーロットに変わった。談話室のソファでも、隣に座ってくる。書斎に行かないで、談話室に居ること自体が珍しいのに、わざわざ私が居る時だけ、隣にくる。


「お姉様、真っ赤」

「ねえねえ、何を考えていたの?」

「ああ、シャーロット! 君はなんて可憐で、愛らしく、そして働き者なんだ」

「まあ、ロクサス様。そんな……」


 オリビアとアリスが歌うようにお芝居を始めた。女学院の歌劇発表会は、恋愛物らしい。だからか、オリビアとアリスは最近、恋愛事に興味津々。いや、多分私とロクサス卿に興味津々。


「揶揄わないで下さい。旦那様がそんな事言うわけ……」


 言ってくれたら、倒れるほど嬉しい。シャーロット、可愛いよ、なんて。なーんて!


「お姉様? お姉様?」

「シャーロットさん? シャーロットさん?」

「へっ?」

「茹でたエビみたいよ」

「お姉様、流石に分かりやす過ぎると思うわ」


 オリビアとアリスがケラケラ笑う。


「き、気をつけるわよ!」

「へえ、やっぱり、そうなんだ。オリビアの言う通りね」

「でしょう? シャーロットさんはお兄様に惚れたの。まあ、お兄様ってモテるもの」

「お姉様に勝ち目ってある?」

「多分。お兄様が休みの日に仕事をしないって、珍しいもの。夜、皆で食事に行こうですって。外食も、誕生日以外は無いのよ。必要な物を買って夜は仕事、ではないって妙よ」


 オリビアがニヤリ、と笑う。とても十二歳には思えない妖しさ。


「頑張ってお姉様! 万が一結婚なんてなったら、私とオリビアは双子姉妹よ!」

「最強の姉妹ね。カーナヴォン派閥なんて、パッと蹴散らせるわ!」


 二人はイザベルとどう戦うか、という話を始めた。屋根裏部屋から去っていく。招かれている誕生会で、恥をかかせに来るだろうから、逆手に取るとか何とか。女学院って魔窟なの? 私はもう一度鏡で自分の姿を確認した。確かに赤い。パタパタ、パタパタと扇で風を送ってみる。意味無さそう。


「あら、鐘の音」


 アルタイル大聖堂の、朝一番の鐘が鳴る。神聖で厳かだけど、ちょっと鬱陶しかて煩い。王都に来たばかりの頃は、毎日のように感激していたのに、慣れとは怖い。屋根裏部屋から降りて、玄関ホールへ向かう。職人通りで評判のパン屋で、絶品だというクリームパンを朝食にして、そのあと隣街へ行こう。そういう話になっている。


「早く来すぎたけど……」


 最後の礼拝時間の鐘が鳴ったら、出掛けよう。そういう約束。だから、まだ早過ぎる。落ち着かないから、花瓶の水を変えたり、庭の花に水をやったりしよう。


「おはよう、シャーロット。気が早いな」


 ロクサス卿の声で振り返る。小洒落た服を着たロクサス卿が、前髪を弄っている。勤務時のオールバックではなく、かといって休日の無造作な髪型でもない。七三分けで、半分は上げて、半分は割と自然体。なんか……素敵。見たことのない姿に、キュンってする。


「兄上、帽子を被るのに髪型なんて気にして笑える」

「おい、スヴェン、止めておけ」


 ロクサス卿の後ろから、スヴェンとダフィが現れた。その後ろ、談話室の出入り口にオリビアとアリスの姿も見えた。スヴェンとオリビアは、そっくりなニヤニヤ顔を浮かべている。確かに、止めて欲しい。


「可憐な淑女を伴って出掛けるのに、身なりに気を遣うのは当然だ」


 堂々とした態度で、ロクサス卿は子供達に流し目をした。これは……格好良い。ロクサス卿の慌てふためく姿なんて見たくない。あと、可憐って言われた。嬉しい。


「お互い支度出来たようだから、早いけど行こうか、シャーロット」


 頬を少し染めて、はにかみ笑いを浮かべると、ロクサス卿は私をエスコートしてくれた。腕を組むだけで、こんなに恥ずかしいとは驚き。忘れ物です、とアリスが私に帽子を被せてくれた。危ない、帽子も被らずに出掛けるなんて、恥をかくところだった。


「お兄様! 今夜は遅くて良いですよ!」

「兄上、今夜は帰って来なくて良いですよ!」

「 買い物に行くだけなのに、騒ぐな!」


 買い物に行くだけ。ちょっと、落ち込んだ。そうか、デートではないのか。


「全く、溌剌なのは良いが、どうしてあんなに人を食ったような性格に育ったんだ」


 ボヤくと、ロクサス卿は私を伴って屋敷を出た。瞬間、軽く耳打ちされた。


「照れ顔は可愛いし、落ち込んだようなのもいじらしくて愛くるしいな。その、買い物に行くだけではなく、夜まで二人でゆっくりしたい」

「へっ?」


 見上げたら、ロクサス卿は真っ赤だった。


「慣れないことは、言うべきではないな。社交辞令では無いのだが……。笑ってくれると思った」

「いえ、嬉し過ぎて放心していただけです」

「え?」


 自然と見つめ合う。


「兄上! 出掛ける前に部屋でも良いと思いますよ!」


 玄関扉を少し開けたスヴェンが、冷やかしの台詞を浴びせてきた。スヴェン、ダフィ、オリビア、アリスの順に縦に並んでいる。呆れ顔のダフィ以外は、全員ニヤついていた。


「おい、だから止めろってスヴェン」

「ヘタレだから、せっつかないと」

「見てるんじゃない! お前らは早く学校へ行け!」

「「「「はーい」」」」


 ムード台無し。


「完全に見抜かれている」


 ボヤきながら、ロクサス卿は歩き出した。私の歩幅に合わせてくれる。


「私が分かりやすいからです。すみません」

「いや、まあ、隠し事では無いから良いのだが……あの調子で喧しいから……」


 頬を掻きながら、ロクサス卿は私の帽子を少し下げた。見られたら困るという事? と少し勘ぐってしまった。しかし、ロクサス卿は「見せびらかしたいけど、見せたくないな」と言ってくれた。どうしよう、両思いって素晴らしいけど、フラフラする。大通りへ出て、朝市を眺めながら職人通りへと向かう。同じ街の筈なのに、キラキラと輝いている。


 職人通りの、小さなパン屋ハーメニー。店の前で、アリスくらいの女の子がパンを売っていた。店内での飲食サービスもあるという。それで、私とロクサス卿は店内で朝食を摂った。クリームパンと肉団子入りの野菜スープ。


「あれ?」


 お店の窓越しに、見覚えのある姿。帽子で顔が見えにくいけれど、丸眼鏡とホクロに見覚えがある。ユース王子? パン屋の子供から、パンを買っている。あまりにも優しい笑顔と、温かみのある瞳に驚く。あんな表情、見たことない。


「通りで馬車を借りて、隣街へ行って、買い物。その後、実はオーケストラのチケットを取ってある」

「オーケストラ?」


 予想外の発言に、私はロクサス卿へ顔を向けた。


「ああ。オリビアやアリスさんの歌の練習に付き合っているから、音楽は嫌いではなさそうだと思って」

「オーケストラなんて、夢みたいです。ありがとうございます」

「そうか。今の笑顔が見たかった。良かった」


 眩しい笑顔。胸がいっぱいで、クリームパンの続きが食べられない。いや、でも食べよう。食べ物は残してはならない。チラリと見ると、ユース王子らしき人物はもう居なかった。


「そういえば、エトワール様がオリビアやアリスを東塔に呼んで下さっている。君もだ。都合が良い日を教えて欲しい、時間を作りますと」

「それは……有り難い事ですけれど、緊張します。私、大丈夫でしょうか?」

「あの方は気さくで、人の良い所ばかり見るから、大丈夫さ。ただ……」


 ロクサス卿は少し顔をしかめた。


「エトワール様の人の良さに付け込もうとすると、ユース様やディオク様を怒らせる。何か頼んだりはしないように」

「かしこまりました」


 第三王子ディオクか、魔除けの為に姫として育てられた王子。国一番の美貌を有するレティア姫の正体。かなり切れ者で、今の政権で一番怖いという噂を、父から聞いた気がする。


「そのうち社交場へ顔を出してもらうから、少し説明しておこうか。国王陛下の名前は流石に知っているよな?」

「当然です。リチャード国王陛下です」

「宰相は分かるかい?」

「はい。ユース王子、ディオク王子、マクシミリアン市爵ですよね?」


 マクシミリアン・ロベスピエールは、フィラント王子と市民革命を起こそうと蜂起するも、フィラント王子の仲裁でリチャード王子と手を結んだ。結果、無血革命。という噂。市民革命から、新政権までの流れは、色々な話が飛び交い、何が真実かサッパリ分からない。


「まあ、そんな所。前宰相はカンタベリ公爵とグラフトン公爵。今の中央政権はカンタベリ公爵派閥で溢れている。地方はグラフトン公爵派閥が割と牛耳っている。二人共、未だに影響力が強い。中央と地方で政治家の派閥が捻れてていて結構荒れる」

「もしかして、父はグラフトン公爵派ですか?」

「そうなる。私と親類というのが嘘なのは分かっているよな? 君の父親はグラフトン公爵派の末端にいる」

「それで、ロクサス卿はカンタベリ公爵派閥……」


 あれ? 政敵側なの? それでも、ロクサス卿は私を選んでくれたのか。


「なので、申し訳ないけれど、社交場では親の味方は一切しないで欲しい」

「それは、とても簡単なので良いです」

「えっ?」

「アリスも同じだと思います」


 これぞ、因果応報。私をぞんざいに扱って来た両親の味方をする気なんて起きない。


「あー、まあ、そうか……」

「呆れました?」

「いや、予想通りで拍子抜けって感じだ」


 ホッとした様子なのは、私の返答が違った時のことを考えてくれていたのだろう。


「まあ、俺は外務省に勤務している。外交長官のフィラント王子の部下。フィラント様はアルタイル騎士総帥でもあり、市民代表のマクシミリアン市爵の後ろ盾だ。ゴルダガ戦線の英雄、市民の味方の騎士王子。結構特殊な立ち位置なんだ」

「んーっと、私って、どう立ち振る舞った方が良いとかあります?」

「のらくら、八方美人が一番助かる。それで、必要最低限の社交場に顔を出すくらいが良い」

「分かりました。そうします」


 嘘偽りなく教えてくれるなら気が楽。


「なんだか、出来過ぎというか……。そもそも、こう、何だ? 派閥争いとか権威を考慮した縁談ばかりだったので……」

「そうですか。その中からではなく……その……私で良かった……です……」


 物凄く恥ずかしいけれど、ロクサス卿は喜んでくれそう。


「いや……俺もそうだ……」


 甘ったるい雰囲気。私とロクサス卿は無言でクリームパンを頬張った。


 なんか……幸せ♡

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