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男爵令嬢、仮面舞踏会に参加する

前話から少し戻って、仮面舞踏会の日のシャーロット令嬢

 アストライア領主夫人、フローラに連れられて、人生初の仮面舞踏会へやってきた。フローラ夫人の目的は、友人をお見合い相手にこっそり会わせること、らしい。私を呼んだ理由は、そのお見合い相手にお供するロクサス卿を引き離すため、だとか。指示を出すから、よろしく、とフローラ夫人に頼まれた。参加する仮面舞踏会はロキソール男爵主催で、場所はサングレフィデスホテルの宴会場。立食パーティらしい。


 私はフローラ夫人に、宴会場隅の椅子で座っているように指示された。そこには、私と同様に、仮面で顔を隠したご令嬢だかご夫人が他に三人。三人とも、頭巾付きのローブを着ていて、髪の色すら分からない。一人は私達に食事を取って来てくれて、残り二人は他愛もない雑談をしてきた。最近流行りの香水だとか、オペラの事。私には無縁なものなので、頷いているだけ。仮面舞踏会では、相手の素性を探ったりはしない。それは、知っている。ただ、一人はエトワール妃だ。ついこの間聞いた声と同じで、話し方もそっくり。


「お待たせしました。用は済みましたし、帰りましょう」


 黒い妖艶なドレスに身を包み、顔が全く分からない仮面を付けるフローラ夫人が戻ってきた。後ろには男装女性。青みがかった金髪を、ポニーテールにしている。黒い蝶の仮面、フリルの多い白いシャツだが、黒いタキシードに黒いズボン。かなり目立つ。目や口は仮面で隠れていなくて、不機嫌そうな表情をしていると分かる。


「それで、あの方は?」

「帰るみたいです」


 そう言うと、何人か集まってきた。全員男。一人は騎士の格好をしている。兜で顔が全く見えない。何か耳打ちし合っているので、全員護衛なのだろう。


「会ってみて、あまり良い印象ではないようですね。お話は、帰ってから聞きますね」


 エトワール妃——多分——が男装女性へ話しかけた。彼女は会釈をしただけだった。


「挨拶回りがあるので、私は後から追いかけます」

「分かりました」


 エトワール妃——多分——達が移動し始める。騎士の格好をした者が彼女の真横に並び、エトワール妃——多分——が腕に手を添えた。小さな声で「フィラント様」という単語が耳に飛び込んできたので、騎士甲冑の者はフィラント王子。王子と妃が男装女性を連れて行く。要人? ロクサス卿がお供、王子と妃……男装女性のお見合い相手って、もしかしてユース王子?


 私、結局何もしてない。ロクサス卿を引き離す役は必要無かった? 頭の中に疑問符が浮かんだとき、フローラ夫人は私の隣に並んだ。


「予定変更です。貴女は私と少し遊んで帰りましょう?」

「え? 遊び? あの……」


 そっと腕を組まれ、引きずられるように連れて行かれた。


「あそこに、貴女の愛しい旦那様がいます」

「げほっ! げほげほっ!」


 フローラ夫人の台詞で、勝手に咳が出た。


「いと、いとし、愛しい……」

「見てれば誰でも分かるわよ。婚約したのでしょう?」

「誰でも? あの婚約というのは……」


 それは誤解というか、オリビアの嘘だと告げる前に、フローラ夫人が続けた。


「仕事らしいけど、かこつけて遊ばないか試すべきよ。仮面舞踏会なんて、浮気、不倫をする為の場みたいなものだもの。ここ、ホテルですしね。まあ、裏取引とか談合、密会とか政治的な事に使う人もいるけど」


 呆れ声を出しながら、フローラ夫人は足を進めていく。誤解を解く暇は無い。フローラ夫人は、窓際でボンヤリしている男性に近寄っていった。背格好、髪色は確かにロクサス卿っぽい。顔半分が仮面だけど、口元など、見えるところは彼と良く似ている。


「知人だと、仮面をしていても結構分かるものよ」

「あ、あの……」

「今の貴女は、かなり隠したからバレないと思うわ」


 確かに、私は顔が全部隠れる仮面を被っている。フローラ夫人はロクサス卿——多分——の真ん前まで移動した。


「こんばんは」

「え? あの……」

「いつも友人がお世話になっています。それから、たまに夫。ふふっ、仮面舞踏会で貴方に会うとは驚きました」

「あー、フロー……いえ薔薇夫人、何故このような場所へ?」


 ロクサス卿は、即座にフローラ夫人だと見抜いたようだ。声だろう。私でさえ分かる。


「あら、それは私が聞きたいわ」

「私は仕事です。今は上司に離席しろと言われまして」

「そうですか。紹介するわ。こちらは私の友人です」


 フローラ夫人、しれっと嘘をついた。声を出したらシャーロットだとバレる? 私は軽く会釈をしておいた。ロクサス卿もペコリ、と頭を少し下げるだけの会釈が返してきた。


「そういえば、ご婚約おめでとうございます」

「はい? 婚約?」


 割と間抜けな声を出すと、ロクサス卿の仮面の向こうの目が大きく見開かれた。フローラ夫人が首を傾げる。


「あら、あら、あら……」


 フローラ夫人は、しげしげとロクサス卿を観察。その後、チラリと私を見た。


「そう、なら良かったわね。まだチャンスがあるようよ。社交場では、良く嘘の噂が立つから、婚約話は誤情報だったようね」


 そう言うと、フローラ夫人はロクサス卿に笑いかけながら、さり気なく私を小突いた。その後、小声で囁いてきた。


「婚約したばかりでこれって、純朴男詐欺ね。泣き寝入りするか、まだ婚約だからと逃げ出すか好きにしなさい。ただ、女は度胸と根性よ。私は帰るわ」

「え?」


 えっ? 帰るの? 私を放置?


「そういう事です。私はお邪魔虫なので帰りますね。ごゆっくりどうぞ」


 フローラ夫人は、ロクサス卿に微笑みかけた。彼はまた目を見開いた。フローラ夫人はまた私の耳元に顔を寄せた。


「帰りたくなったら、先程の場所へ行って座ってね。従者が送るわ。待つ最後の時間はそれか十二時の鐘が鳴った時よ」


 その後、フローラ夫人は「ごきげんよう。良い夜を」と、私とロクサス卿に挨拶をして、去っていった。ロクサス卿は口元に手を当てている。眉間には軽い皺。


「あの……このような場ですので、名を尋ねるのもはばかられます。ただ、その、申し訳無いのですが……」


 言い淀むと、ロクサス卿は伸びている背筋を更に伸ばした。


「弟妹を養っておりまして、縁談は全てお断りしているのです」


 それは、スヴェンとダフィが話していたのを耳にしたので知っている。声を出すと正体がバレそうだが、会話をしない訳にはいかない。低い声を意識して、何か喋ってみよう。ロクサス卿と私は親密で無いので、声を変えればバレないかも。


「ええ、知っております。今夜はただ、少し、話をしてみたいと思っただけです。フロー……薔薇夫人を少々誤解させてしまいまして……」


 え? 私、ロクサス卿と話したかった? 今のは無意識に出てきた台詞。ロクサス卿は目を丸めて、ボーッとしている。疲れだろうか?


「そうですか。いやあ、自分に、その、何です? 貴女のような、品の良い方が……なんて、間違いだと思いました。その通りで、拍子抜けです。残念。その、とても」


 仮面の向こうで、ロクサス卿の目が細くなる。仮面をしていても分かる照れ笑い。何だか、胸が痛い。ロクサス卿はスヴェンやオリビアがいなければ、言い寄って来た相手とどうにかなる気持ちを持っているという事実に、意外な事に傷ついた。意外じゃないか。私、この人が好きらしいから、ヤキモチだ。


「品の良いとは、褒めていただいて嬉しいです」

「歩き姿や……少々、お待ち下さい」


 ロクサス卿の視線が、私の背後に向かう。振り返ると、騎士の格好に仮面をした男が二人近付いてきていた。


「こんばんはレディ。素敵なドレスですね」


 この声、ユース王子。手を取られ、手の甲にキスされ、その後に目を覗き込まれて、確信した。この爽やかで穏やかな声色なのに、冷めた黒い瞳はユース王子。やはり、私の推測は当たり。あの謎の男装女性の見合い相手は、ユース王子だ。だからフィラント王子とエトワール妃も会場にいた。ユース王子と同じ格好の男は、本物の騎士、護衛だろう。


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 見抜かれそうで、心臓がバクバクする。私の心配は杞憂だった。ユース王子はロクサス卿を見ている。


「今夜は解散。私は帰る。ブラックパールレディ、君と夜の夢を見れないのは残念です」


 チラリと私に愛想笑いを投げると、ユース王子はまたロクサス卿へ視線を戻した。


「ご帰宅ですか? 分かりました」

「別に君は帰る必要なんてない。だから、解散。今夜は釘を突き刺されたから帰るしかない。じゃあね。君は楽しんで」


 ヒラヒラ手を振ると、ユース王子は護衛騎士と共に去っていった。

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