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【幕間】仮面舞踏会の夜

 今夜は素性や身分を隠す、仮面舞踏会。ロキソール男爵主催で、場所はサングレフィデスホテルの宴会場。王子と見抜かれると人が群がるので、王宮騎士の格好をして、変装もしてきた。レグルスを誘ったのに、恐妻に尻に潰されたせいで、断られた。明日には領地に帰らないとならないのに、フローラはまだ怒っているらしい。一緒に謝ってみたけど、無駄だった。


 彼女は本気で私に怒っている。レグルスをどうにかしろ、改心させるか、包囲するまで許さないということだろう。レグルスを仮面舞踏会に誘ったらのがバレたら、爆弾を投下されるかも。実にデンジャラス。ちょっと楽しい。仕方ないので、説教をしそうなロクサスを誘った。彼に話もある。護衛騎士のダグラスに「懲りませんね貴方様も」と呆れられた。むしろ、「不自由によく耐えてますね」と褒めて欲しい。


「ユ……フェンリス様」

「ロクサス卿、様は余計だ。君の友人として振る舞うのだから」

「すみません。フェンリス卿、今夜の目的は何ですか? 情報収集相手を教えて下さい。上手くやります」

「君、何か勘違いしてない? シャーロットに振られたから、新しい恋人候補探しだ」


 一瞬、沈黙が横たわった。


「デート中にキスしたら、泣いちゃった」

「止めたのに、聞かないからですよ」


 ダグラスが淡々とした声を出す。非難の目が痛い。キスはしなかった。ちゃんと指で遮ってあげた。シャーロット令嬢が可哀想だから。でもそれは二人だけの秘密。護衛のダグラスには、ちゃんとキスしたように見えたようだ。ダグラスは、シャーロット令嬢の泣きそうな苦笑いを目撃している。キスしてないのに、あそこまで嫌がられるなんて、結構凹む。これでも、女性に大人気の王子様なのに、恋する女性って珍獣だな。


「感激してくれると思ったのに。おお、いいな、あの色気」


 視界の端に、青みがかった金髪を、ポニーテールにしている、黒い蝶の仮面をしている男装女性。豊満な胸のようで、フリルの多い白いシャツは窮屈そう。黒いタキシードに黒いズボン。かなり目立つ。嘘も方便。ロクサス卿とシャーロット令嬢は惹かれ合っているようなので、作戦を変更した。オリビアを懐柔し、エトワールに嘘を吹き込んだ。エトワールはロクサスの婚約話に夢中。お祝いを考える、シャーロットさんと仲良くなりたいと口にし、私を結婚させたい事を忘れてくれた。単純娘のエトワールが横道に逸れると、夫も続く。フィラントはエトワールバカ。おまけに、ロクサス卿は気に入りの側近。見事にニ人から私への縁談話は消えた。断り辛そうな政略結婚まで持ってきたし、危ないところだった。残りはフローラだ。


「今、何ておっしゃいました?」

「ん? 色っぽいなって」

「その前です」


 仮面の向こうの、ロクサス卿の目が怒っている。よしきた。さあ、来い。


「ん? 独身男は未婚女性を口説くものだ。キスくらいする」

「しません! 押し倒した事を、反省したって言っていましたよね⁈ なのにこの間は更に⁈ それも反省したって言っていましたよね?」

「したした。だからもうやめた。この私を嫌がるなんて、彼女は本当に珍獣だ。デートしてくれるから、脈ありかと思ったのに」


 こう言うと、ロクサス卿の怒りは更に増える。案の定、彼の目付きは鋭くなった。何か噛み付いてくるかと思ったのに、意外にも沈黙。


「デートしてくれるからって……あの日、貴方は無理矢理攫ったんじゃないですか!」

「まあ、彼女は許してくれた。これでも傷ついている。真実の愛とか、唯一の伴侶なんて無理。入れ込めそうな相手を見つけても、上手くいかない。私には今までの生活が性に合っている」

「何が……本気ですか……。本気なら、それで反省もしているようだから仕方ないと思っていたのに……。もう、やめたって……」


 唸るような低い声。怖っ。普段、穏やかな分、ロクサス卿の怒りの雰囲気は恐ろしい。分かっていて挑発しているけれど、止めたくなる。


「ん? 何だ?」

「何が今回は本気ですか! 靡かないから、ムキになっただけってことですよね?」

「そうかも」

「そうかも? それに許してくれたって、彼女の立場で誰に何を訴えられるっていうのですか! あんな事までして!」


 小さいけれど、迫力のある声色。ヤキモチ妬きは怖い怖い。まあ、これでロクサスはシャーロットへの気持ちを大爆発させるだろう。さっさと口説け。で、本当に婚約しろ。そうしたら、フィラントやエトワールは、私の見合い話や恋愛事よりも、ロクサスやシャーロットに夢中になる。特に単細胞のエトワール。ロクサス卿の恋心にいち早く気がついて、私とロクサス卿の間にどう入るか、ずっとそわそわしていた。あとはロクサスとシャーロットの仲をそこそこ引っ掻き回して、フィラントやエトワールの関心をそちらにズラすだけ。


「結果的にそうなってしまった。誰にも未来は分からないものさ。何故、君がそこまで怒る。女性に大人気の私が、頬へキスしたくらいで泣かれるなんて、誰が想像出来る? あんな事まで? 頬にキスだ」


 ロクサスの目が丸くなった。


「頬へ……?」

「そっ。なのにあんなに怯えなくて良くない?」

「しかし……あの……首……」

「メダの小道って、蚊が多いんだ」

「えっ?」


 一瞬、ロクサスは心底安堵、という表情を見せた。私がシャーロットに手を付けたと思ったのだろう。まあ、そう仕向けたけど。蚊に刺されたのと、キスマークの違いも分からないなんて、ロクサスはこの歳で童貞か? フィラントと良く似た生真面目男なので、そうかもしれない。こんなにコロコロ転がされて、アホだな。普段は冷静沈着な方なのに。恋は盲目とはよく言ったものだ。


「まあ、そんなに妬くな。フィラントも面白いけど、君も楽しいよな」


 肘でロクサスの脇腹を小突いたのに、反応は無い。


「妬く?」


 ロクサス卿の視線が泳ぐ。上手く隠していると思っていたなら、大馬鹿野郎だ。この男は分かりやすい。シャーロットと同類。感情が直ぐに表に出る。


「まあ、君の婚約者になったみたいだから、今後は手を出さない」

「婚約者? まさか。ユー……」

「おい、名前を言うな。フェンリスと呼べ。私は友や信頼する部下の女には手を出さない主義だ。部下の婚約者に横恋慕なんて、おまけに歯牙にもかけられないって格好悪い。早く言って欲しかった」


 ロクサスは口をパクパクさせて、首を横に振っている。動揺と困惑。実に分かりやすい男。


「言い出せなかったことは許そう。私と君達の立場上仕方がないことだ」

「いえ、まさか、ユース様が手を出そうとしているのに婚約などは決してしません」

「それは分かっている。でも、君の熱い眼差しや嫉妬心も知っている。良かったな、恋敵が消えて。君の指摘通り、面倒だなって思ったら飽きたんだ」

「いや、その、あの……まあ……」


 ロクサスは満更でもなさそう。私のシャーロットへの興味は長く続かない、そう確信していたのだろう。これで、大手を振ってシャーロットを口説ける、と顔に描いてある。たいうより、こいつは多分もう無意識に口説いている。オリビアから、そういう情報を入手済み。だから、オリビアをけしかけた。


「安心するのはまだ早い。私が本気になって、落とせない女性はいない。で、あの単純娘は私の掌の上だ」

「どういう意味です?」

「逆らうと本気で強奪するぞ。そこに、主の恋人を寝取ったという話も付ける」

「なっ⁈ 何をおっしゃっているのか……あー……もしかして……」

「その通り! 君はこれで私の真の下僕だ。フィラントやエトワールに付くな。可愛い妻と、甘くて楽しい生活をさせてやるから、私の味方をしなさい」


 ロクサスが両手で顔を覆った。シャーロット令嬢という鎖と爆弾を付けられたと、気がついたのだろう。これが私の手駒の増やし方。恩を着せて、逆らえなくする。ついでに弱みも作る。王子が惚れた女に手を付けて、婚約、結婚したなんて社交場で吹聴されたら、誠実さや真面目さで出世してきたロクサス卿には大ダメージ。ロクサスは、私の手口を多少知っているので理解しただろう。


「もしかして視察の時から……」

「うん。君、分かりやすいんだもん」


 ロクサスは「あーっ」と呻いた。偽の婚約者候補にしたのは、この作戦二の為。非難からの盾役の作製と、興味関心逸らし。フィラントとエトワールは、ロクサスを大変気にかけて大事にしている。女っ気のないロクサスが、妙に助けようとするので、ピンときた。助けて、ロクサスに預けると決めた時の、嬉しそうな微笑みと期待したような眼差し。実に痒かった。


 さて、もうこの男は無視しよう。揶揄って、十分楽しんだ。シャーロットという釘を打ったので、フィラントやエトワールに対するスパイの完成。エトワールが次々と手駒を奪うから、奪ってやった。私は男装女性に向かって歩き始めた。仮面は半分で、目元は開放的。大きな猫目。潤いのある、そばかす混じりの白い肌。結構若そう。


 追いかけてくるロクサスを追い払おうとした時、男装女性と目が合った。顔を全て仮面で隠している、漆黒のドレスの者と共に近寄ってくる。彼女も良さそう。抱き心地の良さそうな程よい肉付きで、こちらも巨乳。体の線が分かるドレスなのでなお良し。滑らかな曲線美には唆られる。二人のどちらかを、今夜の相手にしよう。黒ドレスの女性は顔が全部隠れているので、優劣を付けると、美人そうに見える男装女性の方だ。


「今晩は」


 男装女性に挨拶をされた。向こうから来てくれるなんて朗報。それか、正体を見破られていて、擦り寄りに来たか、暗殺。


「今晩は、素敵な装いですね」

「素敵?」


 ハスキーボイスだ。シーツの上で聞ける声はどう変わるのか? 想像もつかない。どう誘い出して、一晩過ごすか、腕の見せ所。今のところ、不審な気配はない。護衛のダグラスも私の真後ろに引っ付いてくれている。ロクサスも追い払ってくれていた。ダグラスはいつも気が利く。


「ええ、花畑の中で、宝石を実らせる花を見つけた気分です」

「はあ、あの、少しお待ち下さい」


 男装女性は、隣の黒ドレスの女性に何かを耳打ちした。小声過ぎるし、宴会場も煩いのので、聞き取れない。黒ドレスの女性も何かを耳打ちし返す。


「いや、無理です。こういう葉が浮くような台詞を、おまけに心にも思っていない事を言う男性なんて、信用出来ません」


 そう言うと、男装女性は私に背を向けて歩き出した。お世辞に対して——おまけに割と本心——あまりにも冷たい反応。


「お待ち下さいお嬢様。褒めたのは、本心からです」

「目を見れば分かります。貴方のような方と縁がなくて、良かったです」


 追いかけたのに、またピシャリと拒絶された。これは手強い。腕が鳴る。


「縁が無い? こうして出会い、話をしています。目を見れば? 心外です。ああ、貴女様こそあまり目を養われていないのですね」


 挑発に乗ってくるか、無視するか。前者だった。思いっきり睨まれ、ゾクゾクした。私の周りには居ないタイプ。蔑むような目が快楽に変わったら、さぞ楽しいだろう。


「何だと?」


 おっ、丁寧な口調が崩れた。チョロいな。私は太々しい態度を装ってみた。


「貴殿に侮辱されるような育ち方はしていません」

「そうなのですか? その辺りのことを教えてくれます? お互い、まだ何も知らない。飲み物を取りに行きましょう」

「言う訳ないでょう? 仮面舞踏会ですよ?」


 挑発するような返事。バカでは無いのか。黒ドレスの女性が、また何かを耳打ちした。


「まあ、せっかく旅行に来ました。この国の話くらい聞きたいです。歴史や治安、それから騎士団について教えてくれますか?」


 いきなり彼女の腕が伸びて来て、ダグラスに体を引っ張られた。


「失礼、お嬢様。兄は心配性でして。最近、腹裂きジャックという悪漢が現れるそうなのです」

「いえ。それよりも、今の動き……教えて下さい!」

「え?」


 彼女の瞳はキラキラと光りを放ち、ダグラスを一心不乱に見つめている。


「あのー」

「今の素早さ、絶対に役に立ちます!」


 彼女がジリジリ、ジリジリとダグラスへ近寄っていく。


「お嬢様……」

「ああ、壁際へどうぞ。お守りしますので」


 私に投げられたのは、つまらなそうな冷めた視線。ピシリと何かにヒビが入った。口元が震える。こんな目、妙齢の女性にされた事ない。惚れられなくても、基本的に女性は私にうっとりする。


「まさか。このような素敵で可憐なお嬢様を守るのは、私の役目です」


 少し深呼吸をして、私は彼女の腰に手を回した。耳元に顔を寄せる。彼女がこちらを向いたので、目が合った。眉間に深い皺。嫌悪の滲んだ瞳。白い肌は赤い。


「可憐な……お……嬢……様……?」


 バッと離れられ、ゆらり、と彼女の体が揺れた。


「……やす……」

「やす?」

「気安く触るな! 私のどこが可憐だ! 目が腐っている!」


 私に背を向けると、彼女は早歩きで遠ざかっていった。人混みをスルスルと抜けていく。何人かが、後ろに続いた。気がついていなかったが、私のように護衛がついていたらしい。


「まあまあ……」


 この声……フローラ。存在を無視していた黒ドレスの女性は、仮面を下にズラした。悩ましい程艶のある上目遣い。やはりフローラだ。今夜はシャーロット令嬢を招いて、東塔で夜会だった筈。この仮面舞踏会の事も完全に隠していたのに、どうやって情報入手した? 何か謀られた。背中に冷や汗が伝う。


「極秘でお見合い相手を確認してみたいというので、お連れしたのですけれど……。国交にヒビが入らないと良いです」


 ()()()()()()()()()()。そういえば、彼女も「旅行」と言っていた。エトワールが薦める外交国の要人の娘。その話は、一度立ち消えた筈だが?


「まさか、今の方は……」

「そうです。例の。貴方様の義妹が最近色々と惑わされているようなので、私がご進言致しました」


 ふふふ、と笑うと、フローラは仮面を被り直し、会釈をして少し下がった?


「明日、非公式のお茶会です。楽しみですね。知人が待っているので失礼。ああ、旦那様によろしくお伝え下さい。ふふっ、今夜、誰かを相手にしたら、私かもってなりますよ」


 ゾワゾワゾワ! 全身に鳥肌が立つ。この仮面舞踏会、フローラの掌の上か。危なかった。レグルスに半殺しにされるところだった。


「貴方様の義妹が、彼女の性格を良くご存知なので、相談して下さいませ。美味しい紅茶を渡してあります。可愛い、大好きな家族に大嘘は良くありませんよ」


 ふんっ、と鼻を鳴らすと、フローラは背中を向けて遠ざかっていった。この私が、してやられた。


「ダグ兄……」

「甥の護衛筆頭にして下さるというので」


 抑揚のない声。ダグラスの仮面の向こうの目は、実に冷ややか。私は彼の何を怒らせた? 忠臣がエトワールやフローラに付くとは、かなりの出来事。何となくだが、エトワールだろう。彼女は他人の忠臣を直ぐに奪う。それも無意識に。タチの悪い女性だ。


「この裏切り者」

「そろそろ身を固めるべきかと。家族の願いは叶えるべきです。それが貴方様の為になるでしょう」

「君が一番分かっている筈だ。私は、妻など、絶対に……」

「死ぬまで護衛をするのは止めます。貴方の隣に立つ方に忠誠を。そういうことです。寂しそうな目で弟や妹、甥を見ているからですよ」

「寂しい? そりゃあそうだ。可愛い弟が兄離れをして数年も経つ」

「明日から、職人通りの帽子屋隣の護衛騎士と配置変えです」


 衝撃的な一言。私はしばらく放心していた。


「なっ……」

「貴方様の義妹は、嘘を見抜くのがお上手です」


 あの、ポヤポヤしたエトワールに秘密を暴かれたのか。何故だ? いつ?


「いえ、まだそこまでは。でも、時間の問題ですよ」

「何も言ってないのに、以心伝心だな」

「ええ、長年仕えてきましたから」

「頼む、それなら私の気持ちも分かるだろう?」

「ですから、貴方の甥の護衛筆頭にして下さるなら考えます」

「ああ、そういう事」

「それから、見合いはして下さい」

「断っても良い?」

「出来ます? お相手がお相手ですけど」

「上手く破談に持ち込む」

「あのお相手で? 大国が二カ国も付いてきそうなのに? そこまで嫌なら、まあその気持ちを汲みます」

「そっ。結婚なんて、そこまで嫌だ」

「かしこまりました。まあ、今夜は帰りましょう。仮面舞踏会なのに素性が割れています。危険です」


 そう言うと、ダグラスは有無を言わさないというように、私の腕を掴んで歩き出した。力の差は歴然。従うしかない。これは一度本気で遊ぶのを止めて見せないと、フローラの怒りは納まらない。彼女、今回は本気だ。レグルスに激怒している。

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