男爵令嬢、お茶会をする
侍女は私なのに、何故かオリビアが私に紅茶を淹れてくれた。お妃様の向かいの席なんて、緊張する。妃付き侍女のサシャはアップルパイを用意してくれた。サシャはエトワール妃の隣に着席すると、クラウス王子をエトワール妃から受け取り、膝に乗せた。オリビアが私の隣の席へ座る。
「今日、このお屋敷へ来た理由は、シャーロットさんに聞きたいことがあったからです」
優しげな笑顔に、温かみのある目。多分、嫌な質問はされないだろう。
「はい、何でございましゅっ……ございますか?」
噛んだ。恥ずかしい。エトワール妃は、別段気にもせず、左手を頬に当てて、首を傾けた。眉根が少し寄っている。
「ユース様の事です。今日はどちらへ?」
「は、はい。帽子屋と宝石店、それからメダ小道という場所へ行きました」
ユース王子といる時とは、また別の緊張感。エトワール妃に威圧感なんてないけれど、本当に同じ女性とは思えない。キラキラと光って見える。我が国の妃が、傾国の悪女ではなさそうなのは、安心だ。美味しそうなアップルパイの香りが鼻腔をくすぐるけれど、とても手を出せるような状況ではない。
「帽子屋……どちらの帽子屋です? そ、そうです、わ、私も帽子を探しています」
エトワール妃は急にどもり、視線を彷徨わせた。何故だろう?
「職人通りにある、バルジャンという帽子屋でございます」
「バルジャン……。まあ、そうですか」
ふむふむ、というように、エトワール妃は首を縦に振った。何だろう? 何かを探っている? バルジャン帽子屋は、職人通りの裏路地にある、小さな店だった。王室御用達とはとても思えない、どちらかというと庶民派な店。私の帽子は、オーダーメイドの特別製と言っていた。今思えば、確かに変。
「そうですか。そうなのですね。それで、シャーロットさんはいつロクサスと挙式を?」
「えっ?」
今、この人は何て言った? エトワール妃は、紅茶を飲みながら、私へ不思議そうな目を向けてきた。
「半年後くらいです。エトワール様、アルタイル大聖堂は使用させてもらえたりするのですか?」
「えっ⁈」
オリビアの発言に、私は思わず立ちそうになった。
「うーん、フィラント様やレグルス様にそれとなく聞いてみましたけど、許可が下りるのは小聖堂の方だと思います」
「おま、おま、おまち、お待ち下さい!」
「ぎゃああああ! マーマ!」
私が叫んだせいで、クラウス王子が泣き出した。白いもちもち肌が真っ赤。エトワール妃がサシャからクラウス王子を受け取り、抱き締める。
「まあ、まあ、クラウス。貴方はびっくり屋さんね。人見知りを治すためにも、もっと人と会ったり、散歩に行くべきね」
よしよし、よしよしと息子をなだめると、エトワール妃は私を見た。クラウス王子はエトワール妃の体にひっついている。
「心配性な家族がいて、あまり外出できません。贅沢代わりに不自由。なので、今日はここへこれて、オリビア達の生活振りを見れて、ロクサスの婚約者である、シャーロットさんに会えて良かったです」
「こ、婚約者だなんて! あ、あの! 旦那様は私なんかを相手には……」
きょとん、と目を丸めると、エトワール妃は「まあ」と呟いた。その後、彼女はオリビアを見た。
「いえ、エトワール様。お兄様とシャーロットさんは仲睦まじいです」
「オリビア様!」
「照れなくて良いじゃない。良かった。仕事一筋、自分の事は二の次人間のお兄様に、働き者の奥様が現れて」
「オリビア、聞いている話と違うようですけれど、どういうこと?」
「照れです、エトワール様。それより、シャーロットさんを隠れ蓑にして、遊び歩いているユース様の件は良いのですか?」
「そうでした。そうです! やはり、職人通りが怪しいのだわ! でも、やっぱりシャーロットさんに本気なのかしら? あんな落ち込んだような姿、久々に見ました。いいえ、あれは演技でしょう! ここまで結婚したくないって、実は事実婚の女性がいるのよ! 一瞬、そういう顔をしたもの!」
エトワール妃は立ち上がり、クラウス王子を抱っこしていない手を、胸の前でグッと握りしめた。淑やかな空気は綺麗さっぱり消えてしまった。表情も勝ち気に見える。
「私はそうは思いませんけど。まあ、エトワール様の勘は当たる方ですものね。職人通りでしたら、マルクが住んでいます。私、少し探りますよ」
「ダメよサシャ。腹裂きジャックとかいう通り魔が出るという噂です」
「それは夜ですよ。ついでに、噂のクリームパンを買ってきます。心配して下さるなら、誰か護衛に付けて下さい」
「それなら、それこそマルクと……後はミネーヴァかアテナです」
「マルクは阿呆で尾行なんて無理です。アテナさんは怖いので、スコールさんとミネーヴァさんでお願いします」
「サシャ、私も行きたいです!」
「いえ、オリビア様はダメです。あの辺りの治安は悪いですから」
「ならサシャも……。うーん、スコール君とミネーヴァなら大丈夫かしら……。それなら……」
「エトワール様はダメです。フィラント様に怒られます。あんな怖い睨み顔は見たくありません」
サシャが「そろそろ礼拝と、朗読会の時間です。続きは帰ってからにしましょう」と言い出し、エトワール妃達は帰宅する事になった。サシャとオリビアだけではなく、エトワール妃まで片付けをする。その間、私はクラウス王子を抱っこ。わんわん泣くクラウス王子には途方に暮れた。エトワール妃は「人見知りを治しましょうね」とクラウス王子の頭を撫でたけれど、片付けが終わるまで、息子を抱っこしなかった。何故、アルタイル王国のお妃様が皿洗いをするのだろう? 親しげなオリビアなら知っている? 私とロクサス卿の結婚話という、とんでもない話は何処へ消えた? 疑問だらけで放心状態。気がついたら、オリビアと共にエトワール妃とサシャを見送っていた。屋敷周辺の路地から馬に乗った騎士が何人も現れ、大通りの方からお王室馬車も登場。エトワール妃はサシャと共に馬車へ乗り、騎士達の護衛を受けながら、去って行った。
「エトワール様って、ユース様が弟の妻はこの人だって探して来たのよ」
「まあ、そうなのですか」
「だから、ユース様がお兄様に世話をするようにって預けたシャーロットさんも、そういうことな筈よ」
にんまり笑うと、オリビアは私の顔を覗き込んできた。悪戯っぽい上目遣い。
「あのー、えっと、それはどういう意味です?」
「確かに、ユース様は格好良くて素敵ですけど、誰とでも遊びよ! だから、シャーロットさん、貴方は地味で仕事一筋のお兄様を誑かすように。少しは良いところ、あるもの。真面目で優しいとか」
鼻を指で押された。オリビアは私から離れ、屋敷へと入っていく。後を追いかけた。
「た、誑かす⁈ 突然、何ですか? そうです。旦那様と私が結婚って、どういう事ですか⁈」
私はオリビアの前に移動した。向かい合う。オリビアはニヤリと笑い、目を細めた。
「だって、毎日熱視線だから。それにユース様に怯えているみたいだから、助け舟よ。私、地位やお金目当ての、意地悪義姉なんて欲しくないし。アリスみたいな姉妹も欲しかったの」
「ね、ね、熱視線⁈ ま、まさか……いえ……いやあ……」
自分の恋心は、メダの小道で自覚した。オリビアはニヤニヤ笑いをしている。肘で腰を小突かれた。
「お妃様公認の婚約。お兄様、割と注目株だから、もう結構知れ渡っていると思うわ」
「そ、そ、そんな嘘! 旦那様の耳に入ったらどうするのですか!」
「入るわよ。私が言うもの。お兄様、シャーロットさんと婚約するのですね。まあ、普通、奥様のいない家は貴族侍女を預かりませんもの。恋人だと隠して、私やスヴェンと暮らせるか確認するなんて、姑息ね」
「そ、そんな嘘……通じる訳……」
「でもお兄様、ユース様にお伺いを立てたらしいですよ。ユース様やエトワール様からそう聞きました」
「へっ? 旦那様が?」
クスクス笑いながら、オリビアは階段を登っていった。
「アリスー! お客様が帰ったから図書館へ行きましょう! ダフィ! 護衛代わりに付き合って!」
少し大きめの声を出すと、オリビアは階段の途中で振り返った。
「お兄様と別れたら、追い出すから」
「別れるも何も……」
「お黙りシャーロット! 顔に描いてあるんだから、早く事実にしなさい」
ニヤニヤしながら、オリビアは階段を上がっていった。