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【幕間】女好き王子、強要される


「はあ? レグルス、今何て言った?」


 執務室の机の前に並んで立つ、爽やか笑顔のレグルスと、無表情という通常運転のフィラント。


「ですから、良い縁談を持ってきました。流星国の国王宰相の娘。煌国華族でもあります」


 レグルスの手で「はい」と机に差し出された書簡。


「どうせあれだろう? エトワールちゃんの手前、見合いくらいしてみるか。いや、フローラを怒らせたし、レグルスの為にも一回結婚して大人しくなったフリをしてやろう。いや、婚約くらいだな。それで一年程度だ」

「何の話?」

「フィラントやロクサス卿から聞いた。あのシャーロットちゃんのことだ」


 実に的確な考察。流石、乳兄弟。性格を把握されているし、そもそもの思考回路も似ているせいだ。レグルスはニヤニヤして見える。フィラントは……分からない。彼に澄まし顔をされると真意は何も読み取れなくなる。


「本気だけど? この私が、文通からしている」

「ふーん、その内容、どんなだろうな?」

「愛の囁きさ。読みたい? レグルス、アストライア領地の運営はどうした? フローラの尻を追いかけて、領地管理が疎かになるのは困る」

「黙れ。お前のせいで激務だ。必死に上京する時間を作っている」

「いや、レグルス。ユースも悪いけど、君は自業自得だ。フローラさんに誠心誠意謝れ」


 言いたかった事を、フィラントが口にしてくれた。


「謝ってるさ。何でか知らないけど、帰らないの一点張りなんだ」


 ジロリと睨まれたので、レグルスに笑みを返す。その理由は知っているけれど、敵には教えてあげない。


「それで何で断り辛い縁談を持ってきた? あれか、私を同じ墓場へ引きずり込もうという事か。外交政策の一環なら、まあ受けないこともない」

「ご名答! 十を語らなくても察してくれるな」


 パチンッと指を鳴らすと、レグルスはフィラントの肩に手を回した。


「エトワールが、ユースに幸せになって欲しいとあれこれ……。俺もそう思う。そこに、まあ、この縁談を頼まれて……。レグルスから相談もされた……」


 ムスッと顔をしかめると、フィラントは俯いた。本当に分かり難い照れ顔。新婚時に、エトワールは良く「嫌がられている」と半べそをかいていた。突撃しまくれば惚れてもらえると、自分を好きな夫を誘惑三昧。思い出したら笑えてきた。


「おい、何でいきなり笑い出すんだ」

「いや、君は相変わらずだなと思って」

「こいつはずっとエトワールちゃん馬鹿。あと、君馬鹿でもある。ユース、観念しろ。俺としても、そろそろ君は落ち着くべきだと思う」


 エトワールに続いてフィラントとレグルスまで、私へ心配の眼差し。怖い。これには中々逆らえない。早くレグルスをこちらの陣営に取り戻さないと。


「二人で手を組んで私の誠意を無下にしようとは腹立たしい。嫌だ! 結婚なんてするか! 妥協してくれ! レグルス、そもそも私が魅惑の地へ連れ行っても、君が自制すれば良いだけだ」

「蓋を開けたらフィラントとエトワールちゃんみたいに、楽しい結婚生活かもしれないぞ? 私とフローラのように、喧嘩しながらも愛を深める。どうせ自分では決めないだろうから、君に合いそうな人を探した」


「探してないだろう! こんな逃げられない相手! 愛を深める? 亀裂が入っていて、捨てられそうじゃないか!」

「フローラが俺を捨てる訳無いだろう⁈ 俺はカンタベリ伯爵で、アストライア領主で、未来の国王宰相だぞ!」

「彼女を引き止められる理由は、肩書きしかないのか。憐れだなレグルス」

「そうだ。フローラは絶対に俺から離れられない。だから、大事にしている」


 浮気男が何を言う。頭が痛い、という風にフィラントがこめかみを揉んだ。


「レグルス、支離滅裂なのが分かっていないのか?」

「何だよフィラント。いいか、食欲、性欲、睡眠欲。生理的現象と愛をごちゃ混ぜにするな」

「その言い分はフローラさんには通用しない。愛があるなら、心の底から反省しろ。だから帰って来ないって理解しろ」


 レグルス、フィラントというかフローラ、どちらの言い分も理解出来る。目の前にご馳走があったら、手が伸びるものだ。フィラントの場合は、単にエトワール以外がゴミに見えるだけ。エトワールが分裂して迫って来たら、フィラントだって絶対に両方に手を出す。


「黙れフィラント。正論なんて聞きたくない。いいか、助けてくれ。とにかく、ユースを結婚させたら考えるって言ってくれている」

「おいレグルス! 私を生贄にするつもりか!」

「そうだ! 革命を共に駆け抜けた戦友なんだから、助けろ!」

「それはフィラントで、レグルスじゃない。君はどっちにも転べる立場だっただろう?」

「そうさ、君とフィラントの受け皿になれるようにだ。良いから、ほら、君はリチャード国王や国民や為なら何でもする男だろう? 良い縁組だ」


 レグルスが書簡を掌で示した。交易を始めた西の国の国王宰相の娘。おまけに東にある大国煌国の華族。そう、さっき聞いた。何だその化物権威を背負った女。そんなの断れない。いや、絶対に上手く破談にしてみせる。


「エトワールが、ユースと気が合うだろうからお茶くらいって。あと、エトワールと親しい流星国王女の推薦だそうです」


 フィラントが少し微笑んだ。柔らかくて嬉しそうな表情。この顔はあれだ、妻が兄の幸せを願ってあれこれしてくれるのが嬉しい。そういう顔。レグルスは隣でニヤニヤしている。つまり、レグルスに先回りされたってことだ。エトワールを使って、フィラントを乗せやがった。報復だ。レグルスからの報復。フローラを怒らせたきっかけを作ったのに、助けないからだ。くそっ! やり返してやる!


「その通りだユース。俺よりフローラを取っただろう。まあ、君はフローラ贔屓だからな。エトワールちゃんもそう。君は大事な友人である俺達の妻、という立場に滅法弱い」


 ぐうの音も出ない的確な指摘。私は笑顔の仮面を装着した。レグルスにしてやられてたまるか。


「何の話だレグルス。私は君の為にも……」


「言い訳誤魔化し無用! エトワールちゃんに乗ると珍事件を起こしそうだから、頑張れユース。いやあ、楽しみ。君を振り回す女って、数少ないから愉快だ。あはははは、ユース! たまには振り回される辛さを味わえ! より偉大な宰相になれるぞ!」


 レグルスの高笑いに、私は拳を握った。基本的に戦というのは先手必勝。それに根回しもそう。レグルスに思考を読み取られて、先回りされた時点で敗北は濃厚。ただ、私だって下準備をしてきた。レグルス、いやフローラとは徹底抗戦だ。取り敢えず、一刻も早くフィラントを懐柔しないとならない。そこからエトワール、でフローラに繋がる。


「フィラント。私は妻なんて怖い。守る自信なんてない」


 本心で縋りつけば、生真面目なフィラントなら……。フィラントは胸を張り、唇を真一文字に結んだ。


「君がエトワールに良くしてくれるように、俺が励む。もしも今の君に、本当に手を取り合いたい方がいるなら、教えてくれ」


 懐柔は無理そう。燃えるような誠心の眼差し。これには弱い。最悪。しかし、出てきた。生真面目で誠実なフィラントから、待っていた台詞。


「それは、最近、ずっと言っているように……」

「昨夜は誰とお楽しみだったかな? ユース」


 こんな野郎、レグルスめ、余計な一言を!


「そうだ。全然相手にされなくて、辛くてつい……。私は恋の応援までさせられている」


 作戦一、偽の婚約者を作るのは破棄。作戦二だ。シャーロットの態度が酷いので、こうなると思っていた。準備は割と順調。


「分かった。私はもう一切、女遊びはしない。だから、結婚話は勘弁してくれ。見定めてくれて構わない。エトワールやフローラにも謝って、有言実行する。な?」

「おい、ユース。何を企んでいる?」

「ユース、恋の応援って何だ?」


 よし、釣れた。フィラントがソワソワしているのは、ロクサス卿から何か相談されているのだろう。蒔いた種から芽が出たに違いない。


「フィラント、その話は東塔でしよう。レグルス、フローラに一緒に謝るから、許してくれ」


 腑に落ちないという目のレグルスも、フローラを使えば転がせる、筈。油断は禁物。とにかく、化物権威を持つ娘との縁談から全力で逃げたい。その為なら、何でもする。

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