おまけ、金の斧銀の斧パロ
くだらないパロを思いついて書きました
小春日和の穏やかな日が続いているので、ユース宰相とレティア姫は、まだ紅葉の残る森へ散策に来た。
彼等が辿り着いた場所は、実に幻想的だった。
泉の水は底まで見える程澄んでいて、その中には苔むした白い岩が煌めき、カラフルな魚が泳いでいる。
「まあ、素敵。王家の庭森にこのような泉があっただなんて」
「美しいが、レティアには敵わないさ。いや、君に相応しい場所だ。月明かりの華に良く似合う」
頬にキスをされたレティア姫は、頬を赤らめて、はにかみ笑いを浮かべた。
「あ、あの。ありがとうございます」
その時、抱き寄せられ、恥ずかしくて身を捩った際に、レティア姫は足を滑らした。
「きゃあ」
「レティア」
ユース宰相が掴もうとしたレティア姫の腕は宙をきり、彼女は泉の中へ吸い込まれるように落下してしまった。
途端に、パアアアアアと泉が青白く光る。
ユース宰相は眩しさで目を瞑ってしまった。その目を必死に開くと、光は徐々に消え、彼の視界に、真っ白い服を着る黄金の巻き髪の者が、眠るレティア姫を抱いている姿が飛び込んできた。
レティア姫の全身は黄金の装飾品で飾られている。
「我はこの聖なる泉の化身である。そなたが落としたのはこの金ですか?」
「この、とはそちらの装飾品を示すのか、それとも黄金のように美麗な我が国の姫を示すのか、どちらでしょうか? それに泉の化身を名乗る美しい方よ、なぜそのようなことを問われるのですか?」
泉の精はしばし沈黙した。
ここのところ、まともに話を聞いて、まともな返事をした者が居なかった上に、また妙に冷静な者だなと。
「金は金である。そなたが金を落としたのですか?」
「姫は姫と同じ理屈です? また人外生物に振り回されるのか。要求は何です? 彼女の為になることならば、極力受け入れるので単刀直入に申して下さい」
ユース宰相は苦笑いを浮かべ、小さなため息をついた。
「ですから、そなたが落としたのはこの金ですか?」
「何かを試したいのですね。金か。古語だとアウルム……。初代アルタイル王に与えられた一粒の金は……」
「もう結構です。金を落としていないと分かりました」
泉の精が告げると、レティア姫の体がパアアアアアと青白い光り、黄金装飾が銀細工の装飾品に変わった。
サファイア、ルビー、ダイヤ、エメラルドと種々の宝石が飾られている。
「では、そなたが落としたのはこちらの銀か」
「……」
ユース宰相は沈思というように、黙り込んだ。
(どういう仕組みだ? 発光物は何で、金をいきなり銀に変えるなど……いや、銀細工を黄金に見せていた? 銀だけだはなく他の宝石まで……。この怪しい女性、何が目的だ?)
「沈黙とは、肯定か?」
「いえ、そのような装飾品を所持していたことなどありません。私も、我が国の姫も」
ユース宰相は困り笑いを浮かべた。
「何か誤解をしているようですが、迷い込み、足を踏み外してしまっただけです。泉へ入ってしまったことで気分を害したのでしたら、謝罪します。すみませんでした」
「金も銀も落としていないと申すか。正直なそなたには、これら全てを与えましょう」
そう告げると、泉の精はユース宰相の前にレティア姫を下ろしました。
(全てを与えるも何も、レティアはそもそも私のレティアだ。全てとは、どういうつもりだ。宝石類に目が眩むと人を泉に引きずり込むのか? そんな趣味の女性がいるとは、興味深い。愉快な女性を転がす火遊びは楽しそうだけど、遊びでレティアに捨てられるのは御免だ。我慢我慢)
ユース宰相は思考を隠すため、困惑顔を続けている。
「全て与えるとは、それはそれは、ありがとうございます」
「正直な者は徳をすると、そう伝えなさい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
ユース宰相は恭しい、有り難いという態度を示しながら、レティア姫に近寄った。
彼女に声を掛けても、揺すっても起きないので内心怯えながら笑顔の仮面を被り続ける。
彼はレティア姫の体から装飾品を外し、泉の近くに並べた。
「そなた、何をしておる」
泉の精に問いかけられ、ユース宰相は背筋を凍らせた。
(話す前に問いかけられるとは……。しくじった……。怒らせたかも)
恐怖を隠すために笑顔を浮かべると、ユース宰相は泉の精の動きに集中した。
「貴金属は全てお返し致します。私はとある国の政治に関わる者でして、急に財が増えると汚職などという誤解を受けます」
爽やかな笑顔を浮かべると、ユース宰相はレティア姫を抱き上げた。
一礼して、泉の精に背を向ける。ゆっくりとした足取りで、泉から遠ざかる。
(何も起こるな。何も起こるな。何も起こるな。私に武力はない。頼むから何も起こるな)
すやすや眠るレティア姫を抱えながら、ユース宰相は心の中で念じ続けた。それはもう、延々と。
王家の庭森を抜けると、へなへなと座り込み、パンパンになった腕から森入り口の薔薇の咲く垣根にレティア姫を下ろした。
ユース宰相は腕をさすりながら、大きなため息をついた。
「ん……。ユース様?」
「レティア。散歩中に休憩したら寝てしまって困った。しかし、可愛い寝顔で癒された。おはよう」
ニッコリと笑うと、ユース宰相はレティア姫の頬にキスを落とした。
「も、もう……。いくら人が居ない場所とはいえ……。あら、でも、ここは入り口ですよね? ここで休憩なんて……」
「運んだんだ。私のお姫様の寝姿にはこの薔薇達が似合うと思って」
そう告げると、ユース宰相は垣根から薔薇を手折った。
薔薇を受け取り、立ち上がろうとするレティア姫を手助けしながら、ユース宰相はふと考えた。
(金髪のレティア……。銀髪のレティア……。全てを……3人のレティア?)
沈思、というようにユース宰相は遠くを見た。
国の行く末を憂い、新たな法を考案するかのように真面目な表情。
レティア姫はその横顔に少々見惚れた。
(レティアが3人。戻ってみるか? いやいや、あんな得体の知れない者には金輪際関わりたくない。でも、レティアが3人かあ。3対1。レティアが3人で、私が1人。めちゃくちゃ良い。天国だ)
歩き出したユース宰相の顔の筋肉はキリリとした表情を維持している。
レティア姫をエスコートする仕草も完璧。
(レティアは可愛いヤキモチ妬きだから、対抗心を燃やして迫ってくる。ユース様、レティアを見て……。こっちのレティアを見て。こっちのレティアよ。くうう、可愛い。最高だ。やはり戻るか? いやいや、あのような不審人物と関わるべきではない。手品で貴金属を出せても、人間は増殖しない)
「ユース様?」
レティア姫に顔を覗き込まれたユース宰相は、にこやかな笑みを返した。
「寒くなってきたので、待たせている馬車へ早く戻ろう」
「はい。眠ってしまうなんて、すみませんでした」
「いや、私が夜更かしさせているからだ」
「もっ、もう……。ユース様はそういうことばかり言って……」
昨夜、ユース宰相に雨程のキスをされたことを思い出し、レティア姫は頬を赤く染めて俯いた。
(くそっ。可愛い。結婚式典の日よ、早く来い。キス以上だとどんな顔だ! あーあ、3人のレティアに迫られたい。金髪レティアは巨乳で、銀髪レティアは貧乳で、中間が今のレティアで……、レティアなのになんか浮気って刺されそう。嫌だ。冷徹無慈悲な目で捨てられるなんて、3人もいるのに全員去って行くとは……)
この日から約1ヶ月程度、ユース王子は3人のレティアに対して自分1人という妄想をして楽しんだ。
毎日忙しい、過労死すると言いながら、珍事は御免と公言しているのに、日々楽しげな男である。