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逃げる女好き王子と巻き込まれた男爵令嬢  作者: あやぺん
外伝「溺愛王子と青薔薇の冠姫」
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恋は思案の他

 見上げれば満天の星。はちきれんばかりの美しい夜空。

 幸せそうに身を寄せ合って微笑む男女が、丘の上で流星群を眺めている。

 白い服を着た男と金髪の巻き毛の白い肌の女。

 ここはどこだろう? とレティア姫は目を開いた。

 ゆっくりと開かれたまぶたの向こうは、石造りの見慣れた天井。部屋はとても暗い。暗闇に輝く星なんてない。寝室だ、とすぐに認識。


(夢……。綺麗だったけど……)


 どうしてだか無性に悲しくて寂しい、とレティア姫は体を丸めた。胸の前で手を合わせて軽く手を握る。

 そうしてから寝返りを打ち、目の前にあるサラサラとした髪の毛を見つめた。規則的に上下している。寝息も聞こえてくる。

 

(珍しくユース様より早起きだわ……)


 ほぼ毎日、レティア姫はユース宰相に起こされている。


「おはよう私の可愛いレティア」という台詞と共に頬にキス。それが今のレティア姫の起床の合図。

 パッと起きられる時もあれば、ぼんやりユース宰相の後ろ姿を見送ることもある。後者の方が多い。


(半年ぶりかしら? ユース様っていつも早起きだから)


 日の出と共に起きているのではないか? というくらいユース宰相の起床は早い。ということは今は日の出前かもしれない、とレティア姫はそっと体を起こした。

 静かにベッドから降りて、一番近い窓へと近寄る。

 二重のカーテンをそっとめくって確認すると、窓の向こうは雲海で、朝日が雲を照らし始めているところだった。眩しさに、景色の美麗さに、目を細めてしばしぼんやりする。


(日の出……。ユース様、そろそろ起きるってことよね)


 カーテンを閉めて振り返る。暗闇に再び目が慣れるのを待ち、足音を立てないようにベッドへと近寄る。

 レティア姫は自分が眠っていた場所とは反対側のベッド脇へと移動した。

 しゃがんで、己に背を向けて眠っていたユース宰相の顔を覗き込む。

 あどけない寝顔ではなく、少し眉間にしわを寄せた切なげな表情だった。


(悲しい夢を見ているのかしら?)


 それなら起こすべきか? それとも珍しく日の出と共に起きないのなら、寝かしておいてあげるべきか? レティア姫は悩んだ。


「んっ……」


 ユース宰相の唇が動き、睫毛が震える。レティア姫は両肩は自然と上がった。そのまま固まる。しばらくしてもユース宰相は目を閉じたまま。


(起きたかと思った……)


 レティア姫は肩を落とし、ふぅっと息を吐いた。するとユース宰相がゆっくりと目蓋を開いた。


「……ユース様。おはようございます」


 ドキリとした後に、レティア姫は掠れ声を出した。視点の定まらない様子だったユース宰相の瞳が、レティア姫の両眼を捉える。すると彼はへにゃっと微笑んだ。

 苦悶なんてどこかへ置いてきた、というような様変わり。


『朝、目が覚めた時に君の姿を見るとホッとする』


 先日聞いたばかりの台詞が脳裏によぎり、レティア姫は衝動に突き動かされた。唇をそっとユース宰相の頬に押し付ける。


「おはようございます、ユース様」


 顔を離して、視線を逸らしたまま声を出すと、両手をそれぞれユース宰相の手へと動かす。両手を掴んだところで顔を覗き込まれ、レティア姫はたじろいだ。


「あ、あの……」


 顔が近寄ってくる。キスをされたので目を閉じる。手を握られたので握り返した。唇が離れかけ、もっとと追いかける。

 スルリ、とユース宰相が両手を離してレティア姫の両肩に手を置いた。体を起こして両腕を広げ、目を細めて微笑んでいる。

「レティア、おいで」と聞こえた気がして、レティア姫はベッドに登って横になり、ユース宰相にそうっとくっついた。

 押し倒されて、キスをされ、両腕を彼の首に回す。

 体の隙間を埋めようとしたレティア姫の動きを、ユース宰相の片腕が阻んだ。レティア姫の頭の横に肘をつき、手でくしゃりと髪を掴む。

 反対側の手が頬から首へと移動し、寝巻きの上から鎖骨をなぞり、更に下がる。その手が柔らかなところをそっと揉んだ。


(……ん?)


 ここで寝ぼけていたユース宰相の脳は覚醒。右手に感じる肉感を2回程確かめる。それから見開いた目でレティア姫の表情を確認した。

 レティア姫は眉間に皺を寄せ、ユース宰相を見上げている。唇は震えている。暗くて肌の色は不明。


(すまない寝ぼけていたと謝る。試しにこのまま続ける。どっちが正解だ?)


 覚醒した脳みそで状況を認識した今、ユース宰相の心臓は爆音を鳴らしている。軽く握った右手も硬直中。


(耐えられない。恥ずかし過ぎる。手が固まっている)


 ユース宰相は願った。「レティア、頼む。突き飛ばしてくれ」と。

 レティア姫の胸元から、ニュッとセルペンスが頭を出し、ユース宰相をジッと見つめた。


(前にもあったな、似たようなこと)

 ゴクリ、とユース宰相の喉が鳴る。

 そのレティア姫の心中は滅茶苦茶。大混乱である。


(む、胸。胸が……胸を……揉まれ……)

(朝から何? 何で?)

(前は突き飛ばしてしまったけど、このままだとどうなるの?)

(さそ、誘ったって思われていたりするのかしら⁈)


 拒否の反応がないのでユース宰相は困った。でへっ、と歪みそうになる表情筋に力を込める。ギギギギギ、と引き剥がすように胸から手を離し、むしゃぶりつきたい半開きの唇から唇を遠ざけた。

 このユース宰相の表情は、レティア姫の瞳には悲しげに感じられた。彼女がユース宰相の頬に右手を当てる。


「あの、お好きに……。お好きにどうぞ……」


 レティア姫は意を決し、(前は恥ずかしくて仕方がなかったけど、今日はまだ大丈夫な気がする……)とギュッと目を閉じた。


「レティアはユース様の妻ですもの……」


 数ヶ月前は「まだ無理」と突き飛ばしたのに不思議、とレティア姫はゆっくりと呼吸した。

 トクトクトクトクトク、トクトクトクトクトクと心臓は煩いし、体も熱くてならない。しかし、その一方でどこか冷静。

 なのに、いつまで待っても何もない。レティア姫はそろそろと目を開いた。ユース宰相は目を丸めて固まっている。茫然自失、という様子。


「ユース様……?」

「レティア、誘惑するな……」


 コツン、と頭突きされ、レティア姫は目を白黒させた。ふと以前のことを思い出し、尋ねる。


「理性と戦っているのですか?」


 ユース宰相はしかめっ面で顔を背けた。


「言わせるな」

「いえ、あの。戦う必要、あるのかなって……」


 んなっ! とユース宰相が顔の位置を元に戻し、レティア姫を見下ろした。彼女は視線を彷徨わせ、手を胸の前で握って指を弄りながら、もう一度「だってもう夫婦ですもの」とか細い声を出した。

 おずおずと手を伸ばし、ユース宰相の髪を、柔らかな猫っ毛をサワサワと撫でる。

 ユース宰相はジト目でレティア姫を眺めた。

 

(早く食べて♡ とか可愛い。可愛い、可愛い、可愛い——!!)


 心の中で頭を抱え、ベッドの上を転がりたい衝動を抑える。


(まだ早いって! 絶対まだ早い! お互い圧倒的な練習不足だ! なんだかんだ、絶対突き飛ばされる!)


 心の中で叫ぶ。現実では、表情筋を必死に動かしてデレた顔をしないように励んだ。小さなため息をつく。


「そう? 嫌なら嫌と言えよ」

(嫌だなあ。突き飛ばされたり泣かれるのは嫌だ。止まる理性、持てるかなあ……)


 物は試し。いつかは通る道、とユース宰相は覚悟を決めた。そうっとキスを落とし、そのまま何度もキスを繰り返す。

 レティア姫がもっと、というようにユース宰相の首に手を回した。


(冷静であれユース。気を確かに……)

「ユース様、好き……。大好きです」


 キスの途中、レティア姫がこぼした台詞にユース宰相の心臓はブスッと突き刺された。

 思わずもっと近くに欲しいと唇を押しつけ、そのままするりと舌を侵入させた。手も胸元へ移動。

 レティア姫は一度目を見開くも、そのすぐ後、戸惑いながら目を閉じようとした。けれども射抜くような熱視線に絡めとられて瞳を閉じられない。

 今までと全然違う。まるで別人みたい。そう、レティア姫は少し怯えた。

 首に回していた腕を肩へと移動させ、ギュッと掴む。


(やっぱり無理……。ううん、もうちょっと……)


 されるがまま。どうしたら良いのか分からず真似をする。いつ息を吸えば良いのだろうか? と悩む。

 鼻息が荒いなんて思われたら嫌だと、息苦しいのを我慢する。鼻がダメなら口。しかし絡み合っている口では呼吸なんて出来ない。

 胸を揉まれ、指で弄られるたびに驚きと羞恥で変な声が出るので、余計に。

 熱くて目が霞んで頭がぼーっとする。瞬きを出来ずにいたので涙で視界が滲む。レティア姫の腕から力が抜けた。ポスンッとベッドの上に腕が落下。

 目尻からツーッと涙が伝う。浅くて早い呼吸をしているので自然と眉間に皺が出来る。

 寝巻きのボタンを外され、鎖骨をなぞるように触られる。熱い指、掌が肩を掴み、袖から腕を抜こうと動く。レティア姫の体は自然と震えた。

 これはまだ始まり。本番はきっとこれから。ということに思い至り、急に怖くなったのだ。

 いつものように微笑んで欲しい。ニコリと笑って名前を呼んで欲しいと願う。

 そうして見つめていると、ユース宰相は彼女の願い通りニッコリと笑った。屈託のない無邪気な笑顔。レティア姫のよく知る表情だ。


(危なっ! 怯えさせていた! 気がついて良かった! 止まった自分を褒めたい!)

「良かった。いつものユース様で……」


 撤収! と心の中で叫んだユース宰相とは対照的にレティア姫はキスをせがんだ。

 両手でユース宰相の頬を包み、体を少し起こして軽いキス。その後彼女は完全に体を起こしてユース宰相に抱きついた。


(えっ……)


 ユース宰相は彼女を見下ろした。甘えるように寄り添われている。体に密着した胸が谷間を作っていて絶景。いつの間にかセルペンスは不在。なので余計にガン見。


(なるべく見ないようにしていたから、一度気になると目が離せない)


 自然と抱きしめた体の柔らかさ。淡く香ってくる石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。


(脱がして続きで良いよな?)

(ダメに決まってるだろう! さっき泣いていただろう!)

(女は気持ち良くても泣くじゃん?)

(旦那や愛人達に調教されまくった女達と、まだ何も知らないレティアを同列に扱うな! アホか!)


 ポンポンッと現れた自分の化身が言い合いを始める。


(そこだそこ。最初の人物になったことがないから、色々分からない。いつも自分中心だったし)

(本で予習したように……)

(あんな大事なところをボカしているファンタジー小説なんて役に立つか!)


 理性と本能の言い合いは続く。


「ユース様……。あの、レティアにはまだその……」

「ん? ああ、そうだな」


 スコーン! と幻想のユース宰相の分身が彼の頭を叩いた。


(そうだな、じゃない! 続きだ続き!)


 ユース宰相はレティア姫を片手で抱き寄せ、反対側の手でシッシッと自分の幻覚を追い払った。今度はポンッとレティア姫の幻覚が登場。


(ダメですよユース様。私が自慢したくなるような素敵な夜は、絶対に結婚式典の日です。一生に一度の晴れ舞台の日♡)


 うんうん、とユース宰相はレティア姫の幻覚に同意して、もう一度自分の幻覚を手で払った。ユース宰相の幻覚は煙のように消滅。


(でもぉ、その日にいっぱいいっぱいになってまた泣いたら台無しですね? 今のうちに色々練習して♡)


 レティア姫の妄想がウインクを飛ばす。


「えっ?」


 練習して、と可愛くねだられたらする。と、ユース宰相はレティア姫の首筋に唇を寄せた。一度抑えた理性が押し戻されている。


(おいこら! 半年以上かけてここまで来たのに台無しにする気か!)と、止まる。

 唇をレティア姫の首から離して、とりあえず、とレティア姫の体を抱きしめる。


(っていうか、あと半年くらいとか時間足りなくない? 結婚式典、延期しよう。どうにかして)


 これに対して、心の中でうんうんと肯く。


「ユース様、私のペースに合わせてくれてありがとうございます」


 レティア姫はもう嵐は去ったと勘違いし、ユース宰相にギュッと抱きついた。


「そういうところ、優しいところ、好きです……」


 擦り寄られて、ユース宰相の理性がまたしても決壊しかける。

 この後ユース宰相は理性を総動員してレティア姫の頭をポンポンと撫でて離れた。寝室からも退却。

 寝室を出たら早足。部屋を出て猛ダッシュ。行き先はいつものところ。被害者はいつもディオク王子だ。

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