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逃げる女好き王子と巻き込まれた男爵令嬢  作者: あやぺん
外伝「溺愛王子と青薔薇の冠姫」
106/116

夫婦喧嘩は犬も食わない

数エピソード考えたので、3人称の練習をしようと、別連載で同じものを投稿しました。こちらでは一気読みver.、そちらで読む場合は分割ver.となります。中身は同じです。

 アルタイル城にある、お姫様の暮らす部屋の1つ。

 ソファに向かい合って座っているのは、アルタイル第一王女レティア、それから彼女の近衛隊長を自称する世話役のカール令嬢。

 彼女達の間にあるガラス製のローテーブルには、ティーセットの他に、2冊の小説が置かれている。


 小説のタイトルは「囚われの青薔薇姫は溺愛される」だ。


 ☆★ あらすじ ☆★


 風の王国ユース宰相は、女好きのろくでなしで有名。

 世の中には可愛く、綺麗で、素敵な女性が沢山いる。そして自分はモテる。だから恋人なんて要らない。縛られたくないので結婚なんてもってのほか。

 独身男が誘ってきた好みの女性と遊んで何が悪い? 

 誰かに何か言われると、そう豪語していた。

 そこに、彗星の如く現れたのは、シャーロット・ユミリオンという名の男爵令嬢。

 ユース宰相は、地方視察の際に熱を出した自分を、献身的に看病してくれた男爵令嬢に、強く惹かれる。

 男爵令嬢を、権力を使って王都へ呼び寄せ、義妹の侍女にしようと画策するも、彼女はユース王子のアプローチに一切靡かず、別の男性と婚約。

 怒ったユース王子は、更に強い権力を発動。男爵令嬢の婚約を破棄してしまう。

 おまけに、彼女が先代国王の隠し子だと分かると、運命的だ、姫は宰相と結婚するべきと、更に権力を振りかざす始末。


 王家の秘宝、青い薔薇冠によって発見された奇跡のお姫様、レティア姫の数奇な運命と恋を描く、待望の王室恋愛小説第2巻。


 ☆★


 膝の上で小説を開き、あらすじに目を通したレティア姫は顔を上げて、カール令嬢を見据えた。


「このレティア姫って、(わたくし)ですよね?」

「ええ。モデルは確実にレティア様です」


 レティア姫の問いかけに、カール令嬢はウンウンと首を縦に振る。


「1巻は2人の出会いと結婚まで。2巻からは結婚生活です。ザッと目を通したのですが、他の少々過激な恋愛小説と似たり寄ったりの内容でした。因みに、この次の3巻まで刊行予定という情報を仕入れました」


 呆れ声を出すと、カール令嬢はトントンと机の上の小説の表紙を指で叩いた。


「噂話を混ぜて組み立てて書かれた、レティア様の恋愛小説。社交場で、王室恋愛小説ということは、史実か? と聞かました。私がレティア様と知り合ったのは、小説でいうと1巻後半ですので、否定も肯定も出来ませんと答えました。とりあえず」

「は、はあ……」

「ご自身達がモデルの創作物というのは、抵抗があるでしょう。嫌なら廃刊させます。ただ、他の創作物と違って、少々人気作らしく、正当な理由なく廃刊はひんしゅくを買うでしょう」


 困り笑いを浮かべるカール令嬢に、レティア姫も苦笑いを返す。


「カールさんが読んだ限りでは、許容範囲、ということですね」

「ええ。1巻には概ね公にされているレティア様とユース王子のなれそめが書かれています。2巻からは、憧れのお姫様生活と、年頃少女の好奇心をそそる少々過激な恋愛描写といった感じです。流行の恋愛小説と似たり寄ったり」


 カール令嬢は足元の紙袋から、紺色の滑らかな革製のブックカバーを取り出し、テーブルの上に置いた。


「ザッとで良いので読んで、放置するか規制するか、ご検討下さい」

「流行の恋愛小説と似たり寄ったりなら、規制は難しいのではないですか?」

「ええ。しかし、レティア様が拒絶を示せば、内容や名称の変更は可能です。ただ、そうすると公式小説になる恐れもあります」


 カール令嬢はいそいそとブックカバーを小説に被せ始め、チラチラと振り子時計を確認した。


「エトワール様とのアフタヌーンティーまで時間がありますので、少々読んでみて下さい」


 レティア姫は、どうして今このタイミングでこの小説を渡されたのか、理解した。

 カール令嬢は、彼女が休暇を取らない限り、レティア姫の朝食後から夜の湯浴みまでの時間帯、世話役として共に行動する。

 カール令嬢がレティア姫に小説の話しをするのなら、午後になるまでにも、2人きりになる時間は十分にあった。

 そこに告げられた「エトワール様とのアフタヌーンティー」という単語。

 このエトワール様とは、レティア姫の義理の姉であるエトワール妃のことである。

 午前中、レティア姫が城のハーブ園を観に行った際に、エトワール妃も息子と共に散歩をしていた。

 それで、レティア姫はエトワール妃に「今日はとても天気が良いです。お庭でアフタヌーンティーを楽しみません?」と誘われ、2つ返事で了承した。


「こちらの小説を見つけてきたのは、エトワールお姉様ですか?」

「いえ。しかし、ほぼ同じタイミングです。エトワール様、この1巻の内容に、大変お怒りでして。私はあくまで噂をまとめた創作物なので良いと思うのですが……」 

「エトワールお姉様、この小説の何にご立腹でした?」


 レティア姫は、問いかけながらも、自身も考えるように首を傾げた。


「真面目に、紳士にレティアちゃんを口説いていたと聞いていたのに、強引かつ自分勝手な態度。と、ユース王子に対してです。小説と現実が混ざったようです。それから、少々過激だと」

「あー、えっと、つまり、この後のアフターヌーンティーの際に……」


 困ったというように眉尻を下げるレティア姫。彼女は両手で開いている小説をそっと閉じた。


「実は困っていない? これは本当? と質問攻めかもしれません。突然何の話? となると思いましたので、事前にお話しをと思いました」

「質問攻めならお話しをすれば良いだけですが、既にユース様にお説教をしていたりすると……」


 ほうっ、と小さく息を吐くと、レティア姫は目を閉じた。

 レティア姫の夫、ユース宰相の嫌いなものの1つは、義妹であるエトワール妃の可愛げのない怒り顔。

 怒りの理由を知ったユース宰相の取る行動を、レティア姫は「んー」と懸命に推測したが、結論は出ず。


(ユース様がエトワール様を丸め込むのは想像に容易いけれど、その後にどうするかはサッパリ読めないわ)


 レティア姫のまぶたの裏に、夫ユース宰相の飄々とした笑顔が浮かび、彼女はパッと目を開いた。


「あっ。多分もう、確認……されました。ユース様に……。昨晩の本の話しは、この小説のことだと思います」

「そうなのですか?」


 レティア姫は、昨夜の出来事を思い浮かべてながら「はい」という返事をした。


 

 ☆★ レティア姫の回想 ☆★


 ソファに横坐りして、ウイスキーグラスを片手に、真剣な眼差しで反対側の手に持つ小説のページを見つめる姿を、もう何回見ただろう。

 くつろいだ体勢なのに、どことなく品がある。湯浴み後で、まだ少し濡れている烏羽色の髪や、寝巻きの白いシャツから覗く鎖骨が、少々色っぽい。

 見慣れている姿の筈なのに、壁際の机に向かって、友人に送る手紙を書く手を止めて、つい見惚れてしまった。


「ん? レティア。何? チラチラ見て、構って欲しいのか?」

「へっ? い、いえ……」


 穏やかな笑顔で微笑まれ、思わず否定してしまった。これは、可愛げのない発言である。盗み見していたのを指摘されて、恥ずかしくてつい。


「そう? 私は構って欲しい。手紙を書き終わったら、ここへ来てくれると嬉しい」


 ニッコリと笑うと、ユース様は人差し指で、ちょんちょんと自分の膝と膝の間を示した。


「あ、あの。その、今夜は何の本を読んでいるのかなあって、思い……まして……」


 両想いになり、結婚して同じ部屋で暮らすようになって約半年経つ。

 結婚したと言っても、初心な私に合わせて、結婚式典を行う日までは婚約者扱いをしてくれている。

 私と彼は、国王陛下に恋人関係になったことを報告した後に、わりとすぐに結婚させられた。


 その理由は、「適切な恋人期間が分からないので無期限婚約」を主張して譲らないユース様に、国王陛下達が呆れたから。

「無期限婚約期間中に浮気して捨てられたら最悪なので、修道院に入り、禁酒禁欲しながら仕事をする」とゴネていたとも聞いた。

「浮気しないように無期限婚約期間中ずっと一緒に寝てくれ」と、兄弟のように育ったディオク王子の睡眠を妨害し続けて、鬱陶しかったとか、そんな話しも小耳に挟んだ。

 一緒に寝るのに、睡眠妨害とは寝相が悪いとか、いびきが酷いのかと思ったけれど、ユース様はとても静かに眠る。

 なので、この話は嘘だろう。


 その他にも、色々聞いたが、何が理由にせよユース様は戦いに敗れた。

 私とユース様は、国王陛下の号令、鶴の一声、絶対命令で結婚させられた。

 何も知らないで急に結婚させられて戸惑った。半年後、一年後、二年後などと思っていたから当然だ。

 しかし、国王陛下達に「結婚生活の内容は2人のペースでどうぞ」と言われ、ユース様とも「結婚式典の日まで婚約扱いにしよう」と話し合えたので、良しとしている。

 もう夫婦だけど、まだ恋人同士で、唇と唇が触れるキスをしたのは結婚指輪をお互いの左手薬指にはめ合った時、一度きり。

 それが、私とユース様の今の関係。


 ユース様の愛情表現はストレート。それにちっとも慣れない。恥ずかしい。


「ああ。君と私について書いてある本」


 予想外の台詞に、私は目を丸め、固まった。


「私達の噂を組み立てて、小説にして売っているみたい」


 涼しい顔でそう告げると、ユース様は視線を落とし、手に持つ小説を見つめた。


「私とユース様の噂を小説に?」

「そっ。極悪非道な冷徹宰相が、可愛いお姫様と無理矢理結婚する話」

「無理矢理だなんて、そんなの嘘です!」


 その噂のことは私も知っている。否定しているのに、なぜか真実のように語られているらしい。

 婚約者と別れることになり、辛かった時に寄り添ってくれた人に新しい恋心を抱いた。それで結婚。

 それが、婚約破棄させられて、無理矢理結婚させられた、という話になっている。


「この小説は創作。噂は噂。寄せ集めに空想を加えたストーリー」

「そ、そうですが……」

「愛する君を世間に晒されているとは遺憾だけど、私に溺愛されて可愛く喜ぶ君というのは大変満足。規制するか、放置するか悩んでいるんだけど、どう思う?」


 ユース様は、質問の時にこちらを見なかった。

 この意味は、彼の中でもう決定しているという意味。

 余程のことがなければ、その決定は覆らない。


「私が噂を否定しても、ちっとも訂正されないのは……」

「ロクサスと別れてから、私と結婚するまでの期間が短かったから。君やロクサスへの誹謗中傷は嫌だ」

「その件でしたら、ユース様への誹謗中傷も嫌だと、事実をありのままに説明して、噂は気にしないようにすると決めましたよね?」


 私は立ち上がり、ユース様の前に移動した。


「ん? 決めてない。君がそう主張しただけ。ははっ。怒った拗ね顔も可愛いな」

「ユース様!」

「悔しかったら励め。根回しで私に勝てればな」


 ツーンとそっぽを向くと、ユース様は小説を閉じてテーブルに置いた。


「気を利かせた方が、ロクサス卿と陰で会わせてくださり、とても気まずくなるのですよ」

「ふーん。神々しい聖女様は自分には荷が重いって逃亡したのに、まだ諦めてないんだ」

「ユース様なら、どなたが気を利かせたのか、この話がいつのことなのかなど、きっと知っていますよね?」


 ユース様の顔が向いている方向に移動をしてしゃがむ。

 目を合わせようとすると、またそっぽを向かれた。


「人の心は縛れない。私はフィラントの部下、それも真面目で仕事熱心な男の恋心を無下に出来ない」

「ロクサス卿は間も無く婚約します。かつての恋人と。それも知っていますよね? 私を試すのはやめて下さい」


 再度ユース様の顔の前に移動。今度はしゃがんで、顔を近づけた。彼はまたツーンとそっぽを向いた。


「試していない。後悔して欲しくないだけ」


 ユース様、ご機嫌ななめらしい。全部本心だろうけど、この態度はわざととしか思えない。

 私の言動の何かが、彼の地雷を踏んだようだ。

 彼の性格と、私の性格を加味した、適切な喧嘩の終わらせ方を考える。

 地雷は何だったのか、一生懸命考える。


「ユースさ……」

「お互いを想っているのに喧嘩とはバカらしいな。レティア、大人気なくて悪かった。すまない。確かに、試すという気持ちもあったかもしれない。もう嘘は広めない。約束する」


 ユース様は私と目を合わせると、困り笑いを浮かべ、もう一度「すまなかった」と謝罪した。

 もう嘘は広めないもなにも、もう本にされている。と反撃しそうになったが、言葉を飲み込む。

 ユース様の言う通り、この喧嘩の原因はお互いを想っているから、である。

 きっとずっと平行線。上辺だけでも、ユース様は先に折れてくれた。いつもそう。私を優先してくれる。

 それにユース様が約束する、と口にした時は、その約束は破られない。

 この半年、幾つか交わされた約束に関しては、破られていない。


「私もすみません。あの、後悔はしています。ずっとします。だから今度は、今度の方とは……」

「ん? 私にもう好かれてないって思っても、追いかける勇気を出すって? それはとても嬉しい。ありがとう」


 伝えようとした言葉を先に口にされ、微笑みかけられた。しかし、目はまだ怒っている。


「それでレティア。私は君に構って欲しいのだけど、手紙は書き終わったのか?」


 ユース様は横坐りをやめて、ソファから足を下ろし、体を私の方に向けて、私の脇の下に手を入れた。

 ユース王子は立ち上がりながら、よっ、と私の体を持ち上げた。

 お互い立った状態。腰を掴まれて、コツンとおでこをくっつけられた。目と目が合う。

 今の台詞で、あっと気がつく。というより、ユース様は不機嫌な理由を教えてくれた。


「そ、そ、そんなに構って、欲し……」

「いや、嫉妬。小説のレティアは偽物だけど、ユース様、ユース様、ユース様って口にしているのに、実物は背を向けて無言だったから。同じ名前の空想人物にイラついた」


 右頬にキスされて、左頬にキスされ、ギュッと抱きしめられる。


「あとさ。可愛い顔でチラチラ、チラチラ私を見るくらいなら、一旦手を止めて、甘えに来ないかなって思っていた。だから呼んだのに、嫌がられるし、喧嘩に発展。そりゃあ少々ヘソも曲げる」

「あの、すみません。嫌がったのではなく、恥ずかしくて、つい可愛げのないことを申しました」


 君は可愛いと囁かれ、またほっぺたにキスをされる。今日も口にはされない。

 2度目のキスは、結婚式典の日なのだろうか? 


「レティア。話を戻すけど、私達の本、規制するべきか?」

「ユース様、放置するともう決めていますよね。先程、私に質問する際に、目を見ませんでした」

「へえ、私にそんな癖があったのか。教えてくれてありがとう」


 ユース様は私から少し体を離し、再び私の腰に手を当てた。上半身を少々のけぞらせて、私を観察するような目つきになる。


「あの。規制しないということは、それ程面白いのですか? 熱心に読んでいましたし」

「読んでいた2巻から、丁度エロい話が始まっててさ。実物を毎日眺めている私は、君の姿でありありと想像出来るので、丁度良いなと思った」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。


「君の妄想痴態が晒されているのは非常に遺憾なんだけど、読者はどうせ私達の顔や性格を知らない。知人は読むのを避けるだろう。それにこのジャンルの本のターゲットも年頃の女性。ユースとレティアが結婚して、愛し合ってるっていうのに、規制するなんて別れさせるみたいで嫌だなって思って」


 問いかけられた内容よりも、エロい話。君の姿で、ありありと想像出来るから、丁度良いな。妄想痴態が晒されている。という台詞が脳内をグルグルと回る。

 私とユース様の痴態⁈ エロい話⁈ 丁度良いって、何が⁉︎


「レティア? そう思わないか? 規制は私達の破局みたい。私と破局したい? 私達は別れるべきか?」

「へっ? 破局? 別れるなんて、そんな悲しい……。嫌……」


 切なそうな表情のユース様に、私はイヤイヤと首を横に振った。

 嬉しそうに笑うと「そうだよな。良かった」と、穏やかな声で告げた。


「紙の中のユースとレティアは、イチャイチャしている。一方の私達は負けている。約半年、キスして欲しいって可愛い可愛いおねだり顔を堪能してきて楽しかったけど、そろそろ限界。君はいつ私にキスしてくれるんだ?」


 ジーッと見つめられて、羞恥で目が泳ぐ。


「わ、わたくし……が……」

「まあ、物足りなそうな愛くるしい顔を見るのも幸せだから、良いけどさ」


 そう口にすると、ユース様は私の体から手を離し、3歩後ろに離れた。哀愁を帯びた、なんとも言えない微笑。

 ユース様はくるりと私に背を向けて、寝室へ向かって歩き始める。


「今夜は先に寝るよ」


 ふふふーん、と鼻歌混じりでひらひら手を振りながら、ユース様は隣の寝室へ行ってしまった。

 キスして欲しい。私がそう思っている間、ユース様も同じことを考えていた。

 して欲しいって要求ばかりで、甘えさせてもらったばかりだったと反省。

 慌てて追いかけたら、仄暗い寝室の中、ユース様はベッドに座ってニコニコ笑っていた。暗いけど、隣の部屋からの明かりで表情が見える。

 彼は私と目が合うと、目を瞑り、右手でちょいちょいと私を手招きした。

 この意味は、分かる。先程の会話に、この状況となると答えは1つ。

 爆発しそうな心臓の喧しい音に、恥ずかしくて堪らなくて小さく震える体。

 そろそろとユース様の前まで移動して深呼吸。彼の肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づける。


「レティア」


 視界がぐるりんと回ったと思ったら、ベッドに寝かされていて、ユース王子に覆い被さられていた。


「好きだ。愛してる」


 冷たい髪の毛が頬に触れ、唇に柔らかくて温かな感触。優しい、触れるだけみたいな強さ。自然と目を閉じる。


「騙されたな。慌てて追いかけてきて、可愛い」


 耳元で囁かれた甘ったるい小さな声。耳にもキスされたので、ゾクゾクして身を捩る。


「す、好き……です……か……」


 絞り出すように声を出していたら、再びキスされた。今度は触れるだけというよりも、少々押しつけるような強めのキス。そして初めてのキスや、先程の2度目のキスよりも長い。

 やがてキスはついばむようなものに変わり、頬や首筋、耳へのキスを間に挟みつつ、何回か続いた。

 ずっとキスされていたい。甘くて幸せで溶けそう、とぼんやりしていたので、キスが止まった時はなんだか少し悲しくて、胸がキュッと締め付けられた。


「どう? この続きは無理そう?」

「続き?」


 問いかけられて、私は首を傾げた。


 続き。キスの続き。キスの続きって何?

 噂の男女の営み? それは結婚式典の夜で……。

 今、もうするの? 約束したから、というかユース様がそう決めたから、まだしないはず。


 続きは無理かと尋ねられても、キスの次が何になるのか分かっていないので、答えられない。

 まだ先のことだから、と調べていない。調べるのも、他人に聞くのも恥ずかしく後回しにしていた。

 そもそも、2度目のキスをされなくて悶々としていたので、その先の事などまるで考えていなかった。


「まだ続けて良いかって意味」


 ああ、キスの続き。私はドキドキしながら、小さく首を縦に振った。まだキスをされたかった。

 再び似たようなキスが始まって、身を任せていたが、勇気を振り絞り、2回だけだが、自分からユース様の唇とほっぺたにキスしてみた。

 その時の、ふにゃりと笑った顔が、見たことのないあどけなさで、格好良いではなくて可愛らしかった。


「そう言えば、今夜中に確認しないとならない書類があった」


 その台詞と、よしよしと頭を撫でられたのが終わりの合図。

 ユース様はベッドから降りて立ち上がり、書斎の方は消えていった。

 もう書きかけの手紙を仕上げるどころではない。布団に潜り込んで、きゃあきゃあ騒ぎたいのを堪えるために口元を両手で覆い、体を丸める。足が自然とばたつく。

 何回も、何回も、キスを思い出しては、頭の中で繰り返される「可愛い」「好きだ」「愛してる」にも悶絶。

 しばらくして、ユース様が戻ってくる足音がしたけれど、もう限界まで恥ずかしいので寝たフリ。

 その後、しばらくて、布団越しでも部屋が暗くなったと感じた。隣室のランプが消されたようだ。

 布団が動かされる気配に、冷えた空気が入り込んできて、ユース様も寝ると分かる。


「キョトンって顔をして、やはり何にも知らないな。そんなこと嫌って突き飛ばされるのは最悪だ……。半年でおこさまキス。ペースが遅いけど、アップアップなのが可愛いし、早く進むのは勿体ないし、どうするかな」


 衝撃的な独り言。私は自分の耳を疑った。


 ()()()()キス⁈


 ()()()()キ・ス・⁈


 他にキスがあるの? おこさま、なら大人のキス? 大人のキスって何? 


「ユース様、キスしてって、明日もおねだり顔してくれないかな。いや、しばらくしないか? 今日頼んだ効果で、必死な顔で襲ってくれたりないかな。まあなんでも可愛い……やばっ」


 その後、ユース様はベッドから慌てた様子で抜け出して、しばらくして戻ってきた。

 何か忘れ事があったらしい。



 ☆★ レティア姫の回想終了 ☆★



「レティア様? 顔が真っ赤です」

「へっ? あっ、あの、余計なことまで思い出してしまいまして。その、ユース様は放置と決めているようです。しかも、同意していないのに、同意したような流れになってしまって……」


 レティア姫は、言葉巧みに誘導されていたと気がついた。


(きっと、キスで私を乱心させたのも、ユース様の作戦のうちだわ……)


 はあ、とため息をつくレティア姫を眺めながら、カール令嬢は頬に手を当てて、むーっと唸った。


「レティア様、エトワール様とユース様の板挟みになるかもしれませんね」

「はい……」


 レティア姫は再び小さなため息を吐いた。


(楽しみだったアフタヌーンティーが、急に億劫になってきたわ)


 ところが、いざエトワール妃とのアフタヌーンティーが始まると、レティア姫が全く予想していない展開が待っていた。

 レティア姫の兄、フィラント王子一家の暮らす東塔の庭へ到着したレティア姫を待っていたのは、ニコニコ笑顔のエトワール妃。

 エトワール妃は息子のクラウス王子と手を繋ぎながら、「素敵なお知らせがあるのよ」と歌うように告げた。


「あのね、レティアちゃん。レティアちゃんのお話しを歌劇にするそうなの。王家できちんと監修するそうよ」


(……歌劇? 私の話しを歌劇?)


「貴女とユース様が監修するので、噂の偽物語よりも、うんと素敵な作品が完成するわね。楽しみ。ねっ、クラウス。歌劇、楽しみよね?」

「ママ、かげきなに?」

「お歌の劇よ」

「うーん。あっ! へび! レティちゃ、へび!」


 クラウス王子がレティア姫の手を取り、力強く走り出す。クラウス王子の目標は、庭にある花壇近くでトグロを巻く、鷲のような頭をした蛇。

 レティア姫はクラウス王子に引っ張られながら、歌劇とは良い予感がしない、と心の中で大きなため息を吐いた。


 ☆★


 彼女の予感は的中する。

 ユース宰相監修、脚本協力、添削により、レティア姫の誕生日祝いとして発表された歌劇のタイトルは【青薔薇姫と伯爵】


 貧しい田舎令嬢から華やかな王都での生活。伯爵との甘い初恋。田舎令嬢が実は王女様だった衝撃的な話。そして、身分差故に引き離されてしまう、二人の悲しい別れ。

 貧しい田舎令嬢から伯爵の恋人、そして王女とあらゆる立場を知った彼女は、豪奢なドレスに絢爛な部屋の中で、自分ならばあらゆる民の気持ちが分かる。与えられた豊かさに見合う王女になろう、と決意する。

 ユース宰相の登場は最後の最後。

 国王に「我が右腕と共に、この国を栄えさせ、守護して欲しい」と告げられ「私はこの国の柱の1つになります」と返事をするシーンである。


 ユース宰相は、自身がどっぷり関わったこの歌劇を嫌い、生涯に一度も観劇しなかった。

「一緒に観ましょう?」と妻に言われても断固拒否。監修者のユース宰相に、この歌劇への賛美を贈ると、彼は非常に不機嫌になる始末。

 しかし、ユース宰相は【伯爵と青薔薇の冠姫】という、伯爵と青薔薇の冠姫が結ばれる、非公式なハッピーエンドバージョンが出来ると、ウキウキ観に行った。

 妻の話なら喜劇、それが理由。

 ユース宰相の機嫌を良くするこの歌劇は、非公式なのに当然のように保護された。

 しかし、この非公式歌劇は一方で、結婚相手が違うとレティア姫の機嫌をすごぶる不機嫌にし、何も知らない者達の心を、度々凍らせる。

 アルタイル王国のレティア姫とユース宰相は、おしどり夫婦で有名、となるが、その一方で、面倒ではた迷惑な夫婦、とあちこちで噂された。

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