逃げる女好き王子のエピローグ
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泣きながら、腕に抱く白いおくるみを目の前に立つ黒髪の青年へ渡した。
「泣かないでくれ」
赤みがかった短い金髪の、そばかす顔で優しげな顔立ちの男性。服装はアルタイルの近衛騎士。
「嫌よ。お願い……」
胸が締め付けられる。酷く悲しい。涙が滲み、溢れて頬を伝う。
「兄君達が亡くなられて、君が未来の王だ。もしくは君の伴侶。駆け落ちなんて出来ない」
駆け落ち? と私は首を傾げた。
「それにしても、君に良く似た男の子だ。俺が必ず立派に育てる」
行かないで、と手を伸ばす。しかし、手は届かずに、彼は遠ざかっていく。
彼は誰で、何故私はこんなに幸せなのに、泣いているのだろう。
目を開くと、穏やかな朝。カーテン越しでも分かる良い天気。
今日もユース王子は私の隣、少し離れた位置で背を向けて眠っている。結婚式典までは恋人、と主張するユース王子は、私に指一本触れない。
唇にキスも、3ヶ月前が最初で最後。
このところ、同じような夢ばかり見る。体を起こして、目から溢れた涙をサイドテーブルの引き出しから出したハンカチで拭う。
夢の中の私は、いつも泣いている。悲しい、悲しいと。
この日、私はいつものようにセルペンスの巣だという、地下洞窟の海へ行き、ルシルおばあ様の部屋を掃除していた。
セルペンスがワラワラ、ワラワラ現れて、歌って、泳ごうと騒ぐので、すっ転んだ。その拍子に、本棚にぶつかり、バラバラと本が落ちる。
——姫、ごめんなさい。痛い?
「痛くないわ」
手元で開かれた本に視線を落とす。それは、かなり薄い本で、手書きだった。
タイトルに興味を惹かれたものは読んでいたが、その本には初めて触れた。
手書きの本は、ルシル姫の日記だった。そこに書かれていたのは、彼女には密かに産んだ息子がいて、父親である下級騎士に託したこと。
それは2人だけの秘密。騎士は子供を連れて、戦争中の国を離れた。
別れて2度と会えなくなった恋人と子供への愛と祈りが、日記の最後に綴ってあった。
驚きの事実を、私は直ぐにユース王子へ話した。見つけた日記は1冊だけで、恋に落ちたところ別れたところまでが内容。
ユース王子は「ふーん、あのルシルお婆様に隠し子。この血筋、隠し子ばかりだな」と口にした。そして、ルシル姫の息子を探す理由も方法もないので無視、と日記を元の場所へ戻すように私に告げた。
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これは、誰も知らないお話。
ルシル姫の隠し子は、アルタイル王国の田舎領地で育ち、貧しいながらも勉学に励み、画家の夢を抱いて上京しました。
弱者の味方をするあまり儲からない弁護士の傍ら、夢は叶わず、ちっとも売れない絵を描き続ける毎日。
ある休日、城下街の道の片隅で、風景画を描いていた彼は、街娘と恋に落ちました。
やがて2人の間に、元気な男の子が誕生。
その頃、アルタイル城下街には流行病が蔓延り始めていました。
数年後、夫を流行病で亡くした妻は、アパートから追い出されてしまいました。おまけに、子供にも流行病の兆候。
医者に診せるお金なんてなく、貧しい者を受け入れてくれるはずの教会も「流行病の子と共になんて困る」と受け入れてくれず、彼女は途方に暮れました。
そうして「ああ、子供と共に死のう」と城下街近くの森へ足を踏み入れました。
けれども、子供が日に日に衰弱していく現実も、熱のある子供に迫り来る死も受け入れられず、かといって自ら死ぬことも恐ろしいと怯えて、彼女は森に子供を置き去りにしてしまいました。
疲労と絶望による、気の迷い。
彼女は泣きながら森の中を彷徨い、やがて愛おしい我が子を捨てたなんてと後悔し、子供を置き去りにした所へと戻りました。
けれども、そこにはもう、彼女の子供の姿はありませんでした。
そのほんの少し前のこと。
王家の私有地である森に、最近遺体が多いと苦情を受けたアルタイル王室騎士達は巡回をさせられていました。その中の数名が、蹲る幼い子供を発見しました。
「おい、この子供……。ユース王子にそっくりじゃないか?」
アルタイル騎士の1人は、子供の頬をそっと上げて、目を丸めました。
「何か使えるか? 連れて帰ろう」
別の騎士は子供を担ぎ上げました。
「お前、名は?」
「……フィ……ラント……」
子供は熱に浮かされながら、小さな小さな声を出しました。
☆★
アルタイル王国のユース宰相は、女好きのろくでなしで有名でした。
世の中には可愛く、綺麗で、素敵な女性が沢山いる。そして自分はモテる。だから恋人なんて要らない。縛られたくないので結婚なんてもってのほか。
独身男が誘ってきた好みの女性と遊んで何が悪い?
誰かに何か言われると、そう豪語していました。
少し親密な者には、こうも話しました。
女性はお喋り。あちこちに人脈を築いておくと、情報収集の役に立つ。
恋人や妻なんて、人質になったり、利用されると困る。
絶対に結婚なんてしない。恋人だって要らない。
殆どの人が知らないユース宰相の本心には、かつて愛して亡くした女性を、未だに想っていて、彼を妻だと思って生きていく。そういう気持ちもありました。
そこに、彗星の如く現れたのは、シャーロット・ユミリオンという名の男爵令嬢。
ユース宰相は、地方官吏視察の際に熱を出した自分を献身的に看病してくれた女性に、強く惹かれました。
権力を使って王都へ呼び寄せ、義妹の侍女にしようと画策するも、彼女はユース王子のアプローチに一切靡かず、別の男性と婚約してしまいました。
怒ったユース王子は、更に強い権力を発動。なんと、シャーロット男爵令嬢の婚約を破棄。
おまけに、彼女が先代国王の隠し子だと分かると、姫は宰相と結婚するべきと更に権力を振りかざしました。
レティア姫と名前を改めたシャーロット男爵令嬢は、ユース宰相を拒み続けましたが……。
「ダグラス、これは酷い男だな。しかも実名とはどういうことだ?」
「さあ? 読書はやめて下さいユース様」
「それなら……」
「レティア様の絵を眺めるのも止めて下さい」
「おっと定刻だ! 後は任せた諸君! 私は楽をする為に後進を育てている。明日までに課題を終わらせろよ」
あはは、と笑いながらユース宰相は読んでいた本を机に置き、上着の内ポケットから出そうとした絵をしまい、部屋から出て行きました。
向かう先は、アルタイル城の東塔。
本日の護衛騎士ダグラスは、ため息混じりでユース宰相を追いかけました。他の護衛騎士も続きます。
「囚われの青薔薇姫は溺愛される。酷いタイトル。王室に関する単語を勝手に使用するとは、規制しろ規制。しかもエロ本みたいな内容だし」
「それが世間の乙女達が求めるものです。そして非難しながら取り締まらず、最新刊が出るたびに読んでいるのはどこのどなたです?」
軽快な足取りで歩きながら、ユース宰相は肩を竦めました。
「乙女達、ねえ。ふーん。ねえ、君の娘も読んでいるのか?」
「隠しているのを……見つけました……」
「泣くなダグラス。娘は基本的に嫁に行く。で、変態的なエロいことをされる」
「そういう言い方、やめて下さい! 貴方という人は!」
ユース宰相は護衛騎士ダグラスからツーンと顔を背け、歩く速度を上げました。
「まだ指1本触れていないのに、大衆に妄想痴態を晒されている私の可愛い天使に比べたらマシなんだもん」
「その気持ちの悪い語尾もやめて下さい!」
「やめないんだもん。気持ち悪いのが取り柄なんだもん」
「レティア様に言い付けます。私の娘を侮辱したって」
「侮辱ではなく褒めと真実だ。彼女みたいな美人ちゃん、大きくなったら男が蜂蜜集める蜂みたいに寄ってくる。レティアみたいに。また虫が寄っててさ、早く駆除しないと。まあ可愛いから仕方ない。可愛いと言えばさ」
ダグラスと他の護衛騎士は、惚気始めたユース宰相に呆れ顔。新米騎士は「切れ者冷酷宰相」の噂は嘘か……と戸惑いました。
「真面目に姿勢を正して歩け。ああ見えて、観察しているぞ」
新米騎士は、先輩騎士の肘で軽く小突かれました。
1年後は、女好き王子改め溺愛王子ユース宰相と青薔薇の冠姫の結婚式典。
2人は末永く幸せに——……暮らすはずですが、ユース宰相だけではなく、他の男性にも過剰に好かれるレティア姫に、ユース王子は常にやきもきし、権力から逃げ回り続けないとなりません。
それは、また別のお話し。
亡国アルタイル王国の宰相ユース・アルタイルの人生は、義弟フィラント・アルタイルと共に、実に波乱万丈だったと伝えられています。
逃げる女好き王子のお話はこれで終わりです。
そして「逃げる女好き王子と巻き込まれた男爵令嬢」はこれにて完結です。
完結表記させましたが、ここの続きに、外伝「溺愛王子と青薔薇の冠姫」を投稿予定です。
基本的に2人がイチャコラする、おまけ的なものです。
ここまで読んでくれた方、ブックマークしてくれた方、わざわざ評価をしてくれた方、皆様ありがとうございます。
常に文章力や考えたエピソードのまとめ方に苦戦しながら書いています。
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