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新婚初夜は甘い香り


「やあ」


 本来いるはずのない、白い寝巻き姿のユース王子に声を掛けられて固まる。

 寝る前の支度が終わり、送りますか? というカール令嬢に断りを入れてお別れし、セルペンスと共に「秘密の通路でユース様のところへ」と意気込んでいた時だった。

 寝室へ続く扉にもたれかかるユース王子は微笑んでいる。しかし、少し雰囲気が怖い。何かに怒っている。


「ユース様……」

「お節介な弟に引越しさせられた。今夜からお隣さん同士だ」


 ニコニコ笑いながら手招きされ、戸惑う。


「お隣さん? あの、怒って……ます?」

「ん? 顔に出てるか? それは困るな。演技下手になったのか? 怒っているのは、ディオクにだ。なにせ部屋に戻ったら、何にもなかったんだ。空っぽ」


 困り笑いをすると、ユース王子は髪をくしゃりと描いた。


「それは、怒りますね」


 もう一度「おいで」というように手招きをされて、ユース王子へ近寄る。彼は私の腰に手を回し、私の寝室へ続く扉を開けた。


「あそこ、棚で塞いで使えなくしてあった隠し通路が、普通の通路にされている。向こうが元ディオクの部屋。今夜から私の部屋だ」


 あそこ、とユース王子に示された場所には、確かに通路がある。ガウンや膝掛けなどのしまわれたクローゼットがあった場所だ。

 そのクローゼットは元の位置から、より部屋の奥へとずらされている。


「それで私の寝台が消えた。君と寝なさいというお節介みたいだ」

「ええっ?」


 手を繋がれて、通路を通り、ユース王子の部屋の方へ移動。

 通路はそんなに長くなくて、ランプが設置されている。仄暗い通路の向こうにある部屋に、以前一度入ったユース王子の私室にあった家具が配置されていた。

 ユース王子はそのまま隣の部屋へ移動。広々とした空間に、箪笥とクローゼットが一つずつ。それから1人用の机と椅子。

 更に隣の部屋へ移動すると、私の部屋と同じで洗面台に浴室、それからお手洗いの部屋。確かに、寝台が無い。


「寝る時だけ他の部屋に行くことも可能だけど、君と寝るのは許されるかい? 私のお姫様」


 手が離れたと思ったら、後ろから抱き締められた。あつ、熱い。恥ずかしい。


「ふぁっ? えっ?」

「約束通り手は出さない。このくらいはするけど」


 そっと頬にキスされて、益々恥ずかしい。ユース王子が甘ったるい囁き声を出すから余計に。


「ははっ。固まって可愛い。それにしても今夜は綺麗な寝巻きを着ているな。少々誘惑的だ」


 ユース王子の腕に力が入り、体が更に密着する。


「ゆう、誘惑、て、き……」

「うん。着替えるか上にガウンを着てくれ」

「は、は、はい……」


 誘惑的。計画したり、努力した訳ではないが、色気の無い小娘から進化できたらしい。

 今日の寝巻き、別に私が選んだものではない。寝る際に着るものは、いつも湯浴みの際にもう用意されている。

 準備してくれるのは、湯浴みに付き添う、ヴィクトリアかペネロピー夫人だ。今夜もそう。しかも5種類ある寝巻きが、順番に回ってくるだけ。


「それにしても良い匂いだな」


 首筋にユース王子の顔がくっつく。首にちょん、と彼の鼻が当たった。


「か、かい……」

「ん? 花の匂いだ。薔薇だな」

「か、会場に……飾られた……」

「ああ、あの薔薇の数々を湯船に浮かべた? いや、君の場合だと浮かべられていた、かな」


 ユース王子は私の思考を読むのが上手いと思う。多分、私に限らず、なのだろうけど。彼の顔が私から離れていった。


「少し散歩しよう」


 再度手を繋がれて、手を引かれる。ユース王子は壁の方へ移動していく。


「散歩なら、あの、もし良ければ、少し遠いですけど……。地下の泉へ行ってみますか?」


 振り返ったユース王子は、くしゃりと笑い、小さく頷いた。


「私も行けるのか?」

「えっと……セルペンス」


 呼ぶとセルペンスはニュッと胸元から出てきた。肩へ移動して「呼んだ? 姫」と耳を頭部で突っつかれる。


「また地下の綺麗な泉へ行きたいの。ユース様と」


——ユースサマ? ユースサマって何?


「えっ? ユース様はこの目の前の方よ」


——目の前の人間。姫の(つが)いの匂い


 クンクン、というようにセルペンスが頭部を揺らす。セルペンスの目はあまり良くない? 目の前の人間ということは形は捉えているのだろう。


——番いは良いって


「そう、良かった。ユー……」


 ユース王子は知っているからと、堂々とセルペンスに話しかけたけど、彼はどう感じただろう。急に不安になり、おずおずとユース王子を見上げた。

 ユース王子は嬉しいことに、微笑ましそうな目をしている。


「あの……ユース様はちっとも私を怖いとか、変とか、そのようには見ませんね。ありがたいですけれど……」


 何故です? と問いかける前に、ユース王子は肩を軽く揺らした。少し呆れ顔をしている。


「まさか。色々思っているよ。ただ、別にシャーロットでもレティアでも、中身は何も変わっていない。知り合った頃よりも色々な面を知ったけど、ずっと君は君。ロクサスがバカ野郎なのさ」


 私は思わず顔をしかめた。


「旦那様は……」

「バカさ。神々しいお姫様に自分なんかは相応しくないと、怯えて逃げ出した。しかし、彼は良い男で、君を大切に思っていた。なので、勇気を出して、戻ってくるかもな。君を傷つけたことを、きっと深く後悔している」


 ブスっと顔をしかめると、ユース王子は私から目を逸らした。


「ルイ宰相も諦めないかもしれない。他にも現れるだろう。素敵な女性には常に男がまとわりつくものだ」


 ユース王子は目を瞑り、大きく息を吐いた。


「婚姻という契約で君を縛るつもりはない。レティア、好きに自由に生きろ。いつでも逃亡は自由さ」


 目を開くと、ユース王子は私を見据えた。その後、大きく手を広げ、ニッコリと笑った。


「しかし、私も好きにする。君が愛おしくて可愛くてならない間は、寄ってくる虫を常に全力で追い払う。振られても、諦めがつかないうちは君に付き纏うし、陰謀策略で私に縛りつける。私は非常に粘着質で、結構非情だ。例えば、政治や知人のために、貴族の婚約者の誘拐事件を起こしたりする」


 予想外の台詞に、私は目を丸めた。


「誘拐事件を演出……?」

「可哀想に無残な髪だ。恐ろしかっただろう? すまなかった。しかし、おかげで色々と良い収穫があった。ありがとう」

「良い……収穫……?」

「目的は渋られていた治安維持予算の拡大を、承認の流れに変えること」


 私は目を見開き、茫然としてしまった。あの誘拐事件を、ユース王子が仕組んだ。

 治安維持予算の拡大。私は苦笑いして、腕を広げたままのユース王子を見上げた。


「演出だから、危険は無かった? ユース様、けれどもサー・マルクが怪我をしました。小娘の恐怖やそこらの騎士の怪我なんて、ユース様の目的と比べたら、小さなものということですか?」


 イラッとして口にしたのに、自分でも「そうだな」と妙に納得してしまった。治安維持予算の拡大と、誘拐事件の「演出」だと、天秤は前者に傾く。


「ああ。負傷者が2人も出たのは、使えない部下が幾人かいたせいだ。治安維持の予算が増えれば、様々な事件の犠牲者が減る。無差別殺人をする通り魔も逮捕されるだろう。結果、された」


 ユース王子は相変わらずにこやかだが、目はとても寂しげで悲しそう。


「今更話して、謝罪したのは、後悔しているからですか?」


 黙っていれば良いのに、どうして話しをしたのだろう。


「そう。誰かを駒にする時、胸が痛まない訳ではない。謝れる場合は謝るというのが信条だ。マルクという騎士には謝るつもりはない。あれは演出ではなくて、事件でないといけないからな。綺麗事だけでは、世の中は回らない」


 ユース王子はもう一度「怖かったよな、すまない」と謝り、頭を下げた。


「あの……私にしたのは、何故です?」

「必ずロクサスが駆けつける。事件が記事になれば自ずと君が何者なのか街中に広まる。良い記事を書いて貰えば、フィラントの部下の婚約者の評判が、上がる」


 フィラントの、という台詞に力がこもっていた。

 私のではなく「フィラントの部下の婚約者」とわざわざ言った意味。ユース王子はフィラント王子が大切だ。その付属品も大事にする。あの頃のシャーロットは、フィラント王子の付属品の付属品だった。

「ああ」と自分が利用された理由を理解した。


「記事の数々、過剰ではありましたけど、大嘘は書いてありませんでした」

「そう?」

「何か下手なことをしたらシャーロットはロクサス卿婚約者でなくす。逆なら、謝礼としてシャーロットを妃付き侍女にする? サー・マルクへは……飛行船に乗っていたのって……」


 ユース王子は何も言わない。黙って腕を広げている。その手は少し震えているように見えた。

 私は思わずユース王子に抱きついた。出会った頃は、笑顔なのに、目の光が冷たく恐ろしい人だと思っていた。

 いくつもの線を引いて、間合いに入ってくるなというような拒絶感。

 今なら分かる。その中には利用する申し訳無さや、辛さも含まれていたと。

 そうでなければ、お礼なんて用意しない。利用するだけしてポイだ。

 ギュッと抱きついたら、ユース王子にそっと抱きしめられた。


「レティア、何かないの? ここ、抱きつくところではないと思うけど。女癖どころか、性格も悪い男だと告白したんだぞ」

「黙って隠しておけば良いことを伝えて、腕を広げて、私に自分を受け入れて欲しいと願ったのは、ユース様です……」


 ユース王子は嘘つきなのに、正直者。変な人。


「嘘つきなのに正直者だろう? 私は君より余程変さ」


 抱きついたまま、顔を上げる。ユース王子は私を見下ろして、少し潤んだ目を細め、小さく微笑んだ。


「レティアは悪い男に惚れたな。最初に私を完全無視して、即座にロクサスに惚れたというのに、男を見る目があるんだかないんだか。君のその、私のことを何でも好意的に捉えて受け入れてくれるところが好きだ。心配だけど」


 そうっと左頬にユース王子の唇が触れる。


「ユース様は、怖くて面倒臭い女性に惚れましたよ。悪さをすると、多分セルペンスが過剰な報復をします」

「まあね。君がやきもちを焼くだけで、足を噛まれたり、ドングリがぶつかってくる」

「えっ?」


 右頬にもキスをされて、身を捩る。


「ドングリに襲われ、蛇に噛みつかれるのに可愛いという感想を抱く自分が怖い。君ではなくて自分だ。私は変で、イカれてる。すっかり君に夢中だよ」


 そう言うと、ユース王子は私からゆっくりと離れた。

 これが「レティア姫が怖くないのですか?」に対する回答。

 君が私の良いところ、悪いところを受け入れてくれるように、私も受け入れている。そういう意味な気がする。


「散歩へ行くか? セルペンスは何て?」

「つ、つが、番いなら良いと」

「そっ。それは良かった」


 この後、私達はセルペンスに案内してもらい、地下神殿へ行き、そこから更に地下にある和泉へ向かった。

 ユース王子は青と白のマーブル模様の洞窟に白い砂と澄んでどこまでも続いていそうな大きな泉を「海」と評した。


「アルタイル城の地下に海岸があるとは……。真下ではないから地理的には……」


 ユース王子は靴と靴下を脱いで、水の中に入っていった。私も真似して、ユース王子に近寄る。ユース王子は泉に指を突っ込み、ペロリと指を舐めた。

 

「やはり海か塩湖だな。珊瑚礁に……この時期にこの水温……。こんな幻想的な場所があるなんて……」


 ユース王子は物知りらしい。聞いていて面白いので耳を傾ける。


「レティア、素晴らしい景色だな」


 不意に、ユース王子は私の方へ向き、私の体を抱きしめて持ち上げた。急なことに小さな悲鳴が出る。


「きゃっ」

「好きだ。愛してる」


 ユース王子の腕が少し降りたのと同時に、彼の顔が近づき、傾いた。反射的に目を閉じる。

 唇に柔らかくて温かい感触。


 これが……キス……。


 心臓がドクドク煩くて、胸がいっぱい。体の熱さで溶けてしまいそう。

 数秒して、唇が離れた。体が下され、足が海の中へ入る。ユース王子は私の体から腕を離した。

 恥ずかし過ぎて、ユース王子の顔が見られない。視線を彷徨わせながら、ぼんやりしていたら左手を取られた。


「王家の結婚指輪。結婚式典では、これとは別の特注品を用意しよう。他国では婚約指輪と言ってくれ」


 ぼけっとしていたら、私の左手薬指に白銀製の少々台座の大きい指輪が嵌められた。

 台座にはアルタイル王国の紋章が刻まれている。鷲の目は赤い宝石だ。ルビーだろうか。


「青薔薇の冠姫なのに、この伝統的な結婚指輪って陛下のセンスを疑う。まあ、君がアルタイル王族の直系です、という印でもあるけど」


 見上げると、ユース王子は唇を尖らせていた。目が合う。ユース王子は優しい笑みを浮かべて「はい」と私の右掌に何かを乗せた。

 確認すると、お揃いの指輪だった。つまり、ユース王子の分。


「はい、よろしく。練習、練習」


 左手を差し出されて、そろそろとユース王子の薬指に向かって指輪を運ぶ。

 震える手でなんとかユース王子の左手薬指に指輪を通すと、ポンポンと頭を撫でられた。おまけに「よく出来ました」と子供を褒めるような発言。

 ユース王子が私と手を繋いで、歩き出す。鼻歌混じりで、私と違って余裕たっぷりだなと思ったら、ユース王子の耳はほんのり桃色。

 この夜、私達は美しい景色の中の散歩を楽しみ、同じ寝台で手を繋いで眠った。薔薇の匂いに包まれながら安眠。


 胸いっぱいに幸せ、そう感じた。

ユース王子は素晴らしい景色の中で思い出に残るキスを出来たが、拷問……と眠れない夜を過ごしました。


ユース王子の心理は「姫と王子の空回り5」

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