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新婚初夜は危険な香り3

 困った。レティアが恐ろしく可愛い。月明かりで、艶のある黒髪がキラキラ光り、微風がサラリと髪と戯れる。

 その度に、アストライアジャスミンのような匂いの香水が仄かに鼻腔をくすぐる。

 酒のせいだ。酔っ払っているからだ。手を出すのも憚れる清楚可憐さ、と思っていたのに好き放題触りたい気分。


 キスもまだとは、最高だ! 


 横槍が入ったり、拐われる前に、思い出を。そう考えた時、ふとマリーの最後の笑みが脳裏に過ぎった。

 何年経っても消えない想い。後悔と寂しさ、それから自身への怒り。

 思い出が深い程、別れた後の苦痛は増す。、 このままレティアとの仲が深くなると、何かあった時、マリーの比ではなくなるだろう。

 ルイ宰相のような権力者が、国と引き換えに奇跡の姫を寄越せと脅迫してきて策無しとなった時、私はレティアを売り飛ばす。最低最悪の裏切り者になる。裏切りは反吐が出る程嫌いだが、ユースという男は人も物も信条も天秤にかけて、取捨選択する男だ。

 レティアを傷付けて、本心ではないことを言って捨てる未来なんて……吐きそう。


 酔いによる吐き気なのか、想像したことによるものなのか……どちらもだ。

 これ以上心を寄せる前にレティアから逃げたい。今ならまだ間に合う。

 初めてまともに実りそうな恋を、未来への恐怖で、何もないうちに手放すなんて愚かだな。

 いや、フローラと関係改善して笑い合えているように、愛するマリーを亡くした後も笑っていられるように、恋や愛の1つや2つを失っても、私は幸せに生きていける。


 にしても、レティアが可愛い。世の中の大半の女性は愛でるべき可愛い存在だけど、今のレティアは特別中の特別。

 月明かりの華と称したように、闇夜を穏やかに照らし、彩ってくれる。しかし夜はかならず明けて、月は姿を消す。ダメだ、本当に思考がぐちゃぐちゃで悲観的になっている。

 胸が熱くなって、泣きそうになった。少しぼやけた視界。目に力を入れて涙が落ちないように耐える。

 酒のせいで感情コントロールが効かないようだ。


「ユース様?」

「目にゴミが……」

「ゴミ? 大丈夫です?」


 レティアは私の嘘を信じて、ドレスのポケットからハンカチを取り出した。受け取って、目からゴミを取るフリをする。


「ありがとう。部屋まで送ろう。君が名誉と言ってくれるのなら、私は安心してルイ宰相を見張れる」


 深呼吸をして立ち上がる。レティアと手を繋いで部屋を出る。

 逃げたいけど、繋いでいる手を離したくないのも本心。彼女と一緒にいる幸せを味わいたい。恋愛は何年も拒否していたし、むしろもうしないと思っていうのに……変な気分。

 歳の離れた、タイプでもない、面倒臭そうな純情娘が私を変えるなんて、人生とはやはり奇妙だ。奴隷が今や王子、よりは珍事じゃないか。

 本来、恋なんて、そこらに溢れている。悲恋だってそう。


 廊下を歩きながら、レティア失踪時の話しに耳を傾けてた。地下神殿について教わったらしい。

 あの神を自称する男、流星国のエリニス王子は、本当に一体何者なんだ? 

 骨折があっという間に治せるなんて、セルペンスという蛇は高度文明を築いていて、エリニス王子はその親玉? 謎は深まるばかり。


「あの、ユース様。火事のこと、カールさんから聞きました……」

「そうか。気にするなと言っても気にするよな」

「そんなことしないでと頼んでみましたが、過剰ではないそうです……」


 レティアが悲しそうに俯く。


「それなら、諦めるしかない」

「私、なるべく大人しく暮らそうと思います」

「いや、大人しくするのは、君の周りの者だ。レティア、君が何をした? 一度ならず二度も蹴り、反省や謝罪どころか……」


 レティアは曖昧に笑うだけ。返事はない。私は言葉を続けるのはやめた。自分が悪い、と思っている彼女に、何を伝えても無駄だろう。

 よしよし、とレティアの頭を撫でてみる。効果は薄そう。

 彼女の隠された胸の谷間あたりから、ニュッと飛び出したセルペンスが、頬にスリスリと頭部を寄せた。

 レティアはくすぐったいようで、小さく笑い、祈るように目を閉じて、軽く身をよじった。


 ……セルペンスがレティアの胸と胸の間にいる? 初めて見た。セルペンスは腕輪のようき手首に巻きついているか、(ティアラ)のように頭の上にいることが多い。他だと肩にちょこんと乗っているくらいだ。


「……。レティア。セルペンスは移動したんだな」

「はい。ここはすぐ隠れられて、すぐに飛び出せると親に言われたそうです。ルシルおばあ様は嫌がっていたみたいですけど」

「へえ……」


 君も嫌がれ。私の胸だ、とアホなことを言いかけて慌てて口を閉じる。アホは私だ。


「おばあ様といえば、とても素敵な場所を知りました。ユース様にも見せたいです」


 はにかみ笑いをすると、レティアは甘えるように私の腕に手を添えた。実に可愛い。

 と、思いながら私の視線は胸元。セルペンスが掌サイズだろう胸元へ潜っていく。

 私が挟まりたいところへこの野郎、とバカな事を言いかけて、慌てて奥歯を噛む。バカは私だ。

 酔いのせいだ。しっかりしろユース。切ない思考から、今度は変態妄想か。

 純情娘が嫌悪を示すと、恐ろしい冷酷無慈悲な目をする。あれは嫌だ。思い出しただけで身震いした。

 

「ユース様? 悪寒です? それにぼんやりして、風邪でしょうか」

「ん? いや、少し冷えたのかもしれない。ぼんやりは、君の話しに夢中になっていただけだ。続けてくれ。聞きたい」


 大嘘である。レティアは素敵な場所について、一生懸命語っているが、私の頭の中は「レティアの胸の揉み心地はいかほどで、どれだけ可愛い反応をするか」とピンク色。

 デートして、おままごとキスをして、その次が純情乙女には少々過激なキスで……胸を揉めるようになるのはいつだ? 

 欲求不満か? 欲求不満だ。新婚なのに、これからも禁欲生活。妄想くらい許される。考えるだけなら自由だ。


「水が澄んでいて、底まで見えるのです」

「ベネポランスの泉とはまた違うのか?」


 返事をしながら、脳内でレティアのドレスに手を掛ける。しかし、その手が止まる。「やっ、恥ずかしい」という真っ赤な顔で小さく囁いて、追い詰められた小動物みたいなレティアを堪能しないのは勿体ない。

 サッサと脱がして、サッと終わらせるような、欲を満たせば良いというのとは真逆。1から100まであらゆる姿を楽しみた——……。


「——……ですが、ユース様は泳げます?」

「ああ、泳げる。もしも水の中に突き落とされた時のために、練習させられた」


 小首をかしげたレティアに、顔を覗き込まれた。ぷっくりとした、瑞々しい唇に目がいく。

 1度口にしたら、2度と味わえない果実か。これの最適な食べ頃はいつだ? 絶対に今夜ではない。

 しかし、禁欲する日々なんてやはり拷問。うっかり浮気しないように、無理矢理結婚させた恨みも込めて、またディオクの部屋に居座り、嫌がらせしよう。


 小走りの靴音と「レティア様」というカール令嬢の声で、私とレティアは振り返った。

 カール令嬢は私達の前に到着すると、自慢げに笑った。


「無事にルイを酔い潰して、飛行船に放り込む手筈が整いました。もう安心して下さい」

「飛行船に放り込む?」

「ええ、レティア様。そうそうユース王子。お痛が過ぎると、本来ならあのようではないルイに、まあ……でしょうね。そのうち。もしかしたら」


 ズイッと一歩前に出て私に人差し指を突きつけると、カール令嬢は不敵な笑みを浮かべた。


「優秀な近衛隊長は、主の心身を共に守る。いいかユース王子。裏切りには反目。これまでのような生活をしたら、叩き切るからな」


 手刀で首を切る真似をすると、カール令嬢はレティアの手を取った。

 レティアが安心したような、嬉しそうな表情を浮かべる。つまり、信用無しということだ。脅されたら浮気しないかも、と思われるとは……先日、誠意を込めて伝えた言葉の効果は薄いらしい。

 「当たり前だ」と返事をして笑いながら、心の中で凹む。レティアのこの不信感は、身から出た錆だ。


「レティア様。まだまだ夜は長いので、いつでも寝られるように先に身支度しましょう。私も仕事が終わらないと落ち着かないです。今夜はユース王子が部屋を訪ねるのか、それともレティア様が訪ねるのか、どうするか決めました?」


 「神が決めた近衛隊長だ」と主張し、レティアの世話を始めたこのカール令嬢を、止められる者はアルタイルにはいない。

 多分、他国にもいない。いつの間にかリチャード兄上に直談判して、根回し完了していた。リチャード兄上曰く「グウの音も出ない正論で捲し立てられた」らしい。


「はず、恥ずかしくて無理なので、まだ無理なので、どちらもありません!」


 見えている白い肌部分を真っ赤に染めると、レティアはブンブンと首を横に振った。


「ユー、ユース、ユース様は色々と大事に積み重ねてくれるそうで……」


 照れ照れ笑いながら、レティアはカール令嬢の腕にしがみついた。この2人、どんどん親密になってないか? 全然性格が違うのに。


「カールさん、夕食前のチェスの続きをしません?」

「ええ、良いですけれど積み重ねる?」

「順番に、デートからです」


 機嫌良くニコニコ笑うレティアを眺めてから、カール令嬢は私に向かってニンマリと微笑んだ。


「そのデートの日取りや内容を決めてから休むと良いと思います。ユース王子は多忙みたいですから、時間が合う時というのは貴重でしょう」


 何か計算したカール令嬢の脳内を推測。恐らく、朝まで我慢して悶えろ、という嫌がらせ。理由は仕返し。真っ先に浮かんだのはそれだった。

 残念だなカール令嬢。私はまだまだ色気の無い、清楚可憐な娘に食指が伸びる……ような気もする。酔いとセルペンス、欲求不満にかつてない禁欲生活のせいで。

 また視線がレティアの唇や胸元にいきそうになり、グッと堪えて、だらしのない顔にならないように顔の筋肉に力を入れた。

 

「レティア、休みはもう取ってある。あと私はなるべく君との時間を作る」

「時間とはとても貴重です。新居はどうするのか、結婚式はどうするのか。式まで長いようで短いですよ。私とチェスは毎日出来ます」


 レティアは可憐なはにかみ笑いを浮かべた。


「ありがとうございますユース様。それにカールさんも。確かに時間は貴重です。ユース様、後で少し部屋にうかがいますね。まだ話しの途中でしたもの。続きを聞きたいですよね?」


 愛する者の「私の話を聞いてくれるの? なんて嬉しい」という喜びの眼差しに、首を横に振れる男は少ないだろう。

 葛藤せずに大きく頷く。その後、これから酷い拷問時間が始まるのか、と呻きたくなった。

 では行きましょう、とカール令嬢がレティアを連れて歩きだす。

 去り際、カール令嬢にレティアには見えない角度で「バーカ」と、声を出さない口だけの動きで蔑まれた。

 やはり嫌がらせだ。他の狙いはなんだ? 

 カール令嬢に何て脅されるか、何を要求されるか推測して、先回りをしないとならない。また疲れそう。

 レティアという大きな弱点が出来たので、ディオクにもこき使われるに違いない。他にも色々な人物が現れるだろう。


 ため息混じりで、トボトボ歩く。

 結婚なんて御免。婚約者を作って破局してみせたら、フィラントやエトワールも諦めるだろう。そこから始まり、随分と見当違いのところへ来たものだ。

 自室に向かいながら、レティアが部屋に来た時のシミュレーションを開始。

 適切な距離を保つために、チェスをしながら話そうと誘う。チェス盤と駒を用意しよう。

 その前に、リチャード兄上から渡された、王家伝統の結婚指輪をレティアの指へ。

 世界で唯一無二の婚約指輪と結婚指輪を用意しよう、特注品を頼もうと思っていたのに、気の利かない兄め。

 指輪を贈るのなら、思い出に残る演出が必要。まず花だ。花は必須。

 部屋を仄暗くして、ロマンチックな雰囲気にして……良いムードになり過ぎるのは困る。うっかりキスするかもしれない。今の案は却下。

 指輪を贈る場所は、城内の礼拝堂にしよう。

 場所が礼拝堂なら、うっかりキスしても、結婚式で行うような神聖さのある、触れるだけのキスで済むだろう。飾りの準備をする必要もない。花も必要ないか。礼拝堂とは、実に名案。


 自室前まで来ると、かなり遠くにいた今夜の護衛騎士ランディとハークが、扉前へと移動してきた。

 今夜もご苦労、と声を掛けてから、鍵を開けて部屋に入る。

 衝撃的なことに、部屋が空っぽ。何もない。寝室は確認するまでもないか、と体の向きを変える。

 私の部屋の鍵を持っているのはごく限られた人間のみ。


「ランディまたはハーク、何か言付けは?」

「はっ! 国王陛下より、ユース宰相へのお言葉を預かっています。閣下が戻られましたら、こう告げよ、と。弟ディオクの部屋へ移れ。荷物はこちらで移動させておいた、だそうです」


 その部屋はレティアの部屋と続く場所。私は頭を抱えた。

 そうだ、国王号令での急な結婚は「お前は面倒。俺達の部屋に来るな」という兄弟からの批判故。これも想定内なのに、別のことで頭がいっぱいで想定していなかった。

 下手すると、レティアの部屋も模様替えされていそう。いや、されている。私がディオクならする。


 新婚初夜に、愛する妻と同室で、何もしないように励み、疲労困憊する男は、この大陸中にどれだけいる? いないだろう。私だけに違いない。

 清楚可憐な純情乙女を狼小屋に放り込み、貞操の危機に晒すとは、妹想いではない兄弟には、近いうちに怒りの鉄槌を下してやる。

 

その頃


リチャード国王

「あのユースが結婚か。一生しないと思っていた。急かし過ぎたが、ディオクがああ言うなら仕方ない。これで勝手自由な決定をされて、振り回される心配はないだろう。良かった良かった。寝よう。ディオクに任せておけば安心だな」


フィラント王子

「息子か娘が産まれるのか。ユースもようやく落ち着いてくれたし……いやしかし、また演技や演出か? ディオクと何か企んでいるのか? あのユースが結婚なんて、おかしいよな……。レティアを無下に出来ないのか? まあ基本的に放っておこう。首を突っ込み過ぎると、どうせ面倒なことになる」


ディオク王子

「今寒気がした! 面倒だから結婚させたけど、自由にさせてもどうせ面倒事ばかりだし……八方塞がり……。い、一刻も早くレティアと親しくなろう。ユース兄上をレティアで操縦……しきれるか? レティアはレティアでなんだあの謎の男に火事。仕事以外は平穏だったのに、安息が遠ざかっていった気がする……」


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