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新婚初夜は危険な香り2

 ルイ宰相に用意されたという客間に案内されて入室。ソファにカール令嬢とルイ宰相、アクイラ宰相が座り、ルイ宰相にワインを飲ませていた。

 向かい合うソファには、フィラント王子とユース王子、それからニール卿が腰掛けている。

 赤ら顔のユース王子と、ルイ宰相と同時に目が合う。


「レ…レティ……レティア様……」

「やあレティア」


 満面の笑みで手を振ってきたのはユース王子。ルイ宰相は猫目を大きく丸めて固まった。

 2人ともかなり赤い。酔っ払っているかもしれない。


「ルイ様、レティア姫が旦那様のユース王子を探していたのでお連れしました」


 私の隣で、ヴラド卿が低い声を出した。


「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死にます。貴方に死なれると困るので、ユース王子に管を巻くのは終わりです」


 ヴラド卿の発言に、ルイ宰相は頬を引きつらせた。


「いや。飲み比べで勝ったら、今夜ユース王子は軟禁で、明日1日レティア様とデートという約束です」


 そう言うと、カール令嬢は机に並ぶワインボトルのうち、まだコルクの抜かれていない瓶を掴んだ。


「デート? あの、視察に同行するのはデートとは言わ……」

「レティア様」


 ヴィクトリアに耳打ちされて、慌てて口を閉じる。今のは失言だ。


「だそうですルイ様。会いにきた日が婚姻日なんて、とことん縁がない。更にはまるで興味を持たれていません。視察はなし。明日の朝一で帰国しましょう。ユース王子は譲歩してくれるそうですが、肝心のお相手がこの有様です。往生際悪いですよ」


 私に微笑みかけると、ヴラド卿は大きく頷いた。彼にとっては、先程の発言は失言ではなかったようだ。


「ルイ、レティア様にこんな怯え顔をさせるとは、何をしたんだ?」


 バシン、とカール令嬢がルイ宰相の最中を叩いた。申し訳ないのと、居心地が悪すぎて、自然と顔が俯く。


「ルイ様がレティア姫をいきなり攫ったり、無理矢理結婚しようとしたりしたからです」

「そうなのですかヴラド卿。最悪だなルイ。基本的に冷静沈着でおおらかで相手に寄り添うタイプなのに、どうしたんだ?」


 チラリと見ると、カール令嬢は優しくて気遣わしげな表情をルイ宰相に向けていた。

 ルイ宰相と目が合ったけれど、すぐ目を背けられた。私もまた俯いてしまう。


「いやあ、すみませんルイ宰相。レティア様と話す機会が全然なくて、何の役にも立ちませんでした」


 ヴラド卿の隣に並ぶリシュリ卿が、あははと気まずそうな笑い声を上げた。


「レティア様の怯えよう。ルイが滞在する間、結婚は停止して、視察に少々付き合ってもらう。その話しは無しだな

「そうですね、カール令嬢。ユース王子、お気遣い結構ということです。さあさあどうぞ」

「ヴラド……応援するなどとは大嘘……」

「当たり前です。望みの無い横恋慕な上に、お相手は全く国の得にならない小国の姫君。賛成してくれたと信じる方がどうかしていますよ」


 ヴラド卿、随分と辛辣だ。ルイ宰相は恨めしそうにリシュリ卿を見つめている。リシュリ卿はサッとヴラド卿の背中に隠れた。

 チラリと見ると、カール令嬢がユース王子に目配せしていた。


「そ、そんな。帰るだなんて、レティア様と一言も話しをして……」

「それなら散策でもどうです? なあ、レティア」


 問いかけられて、私はユース王子を見つめた。彼は微笑んでいる。


「ユース、君は何を考えてるんだ?」


 フィラント王子がユース王子に問いかけた。


「人の心は誰にも縛れません。誰かに心変わりされたとしても仕方ないです。何せレティアは、陛下に重婚や愛人を囲うことを認められています」

「えっ?」

「ルイ宰相、決めるのは私達ではなくてレティア本人です」


 ユース王子は私を見ない。酔っているような赤い顔なのに、実に涼しい横顔。

 突き放すような言動に、悲しくなる。やきもちとか、焦燥感とか、そういう感情は無いのだろうか。


「……ユース様がそうしろと言うのなら散歩します。ユース様が……気にしないなら……。良いのなら……」


 しかめっ面や拗ね顔なんて見せるかと、笑ってみた。しかし、顔の筋肉は上手く動かない。

 ユース王子に困り笑いを投げられ、解答を間違えたと気がつく。

 

「ルイ宰相、大変申し訳ありませんが、失礼します。本当にすみません」


 サッと立ち上がると、ユース王子は私に向かって歩いてきた。ヴィクトリアの隣に立ち、彼女の腰に手を回す。

 私でないのは、ルイ宰相への配慮だろう。


「行こう」


 ユース王子に小声で言われて、私とヴィクトリアは部屋にいる全員に向かって会釈をした。

 カール令嬢がルイ宰相の肩に腕を回して、彼を自分の方へ引き寄せた。それから、私に向かって歯を見せて笑った。

 フィラント王子が私達に向かって小さく頷く。


 部屋を出ると、ユース王子は私の隣に移動をして、手を私の腰に添えた。


「窮鼠猫を噛むというか、あそこまで追い込むと、とんでもない事を言いそう。まあ、せっかく来てくださったので、はい。なんて言えないよな。君は」


 ポンポンと腰を叩かれて、私は俯いた。


「それで飲み比べという賭けを? ユース王子、触らぬ神に祟りなしですよ」

「それもそうだなヴィクトリア。しかしなあ、脅迫されてぶんどられるのは最悪だからさ」


 はあああ、とため息を吐くとユース王子は歩き始めた。私とヴィクトリアも足を進める。


「では、私は一度失礼致します。昼間から色々あって、積もる話しがあるでしょう。レティア様の就寝に必要な物の準備をしておきます」

「待てヴィクトリア。少し散歩をしたら私はまた戻る。誰かがルイ宰相の地雷を踏まないか見張りたい。なので、後ろについていて欲しい。散歩が終わったらレティアを部屋まで送ってもらいたい」

「お褒めいただきありがとうございます。では、失礼します」

「ヴィクトリア、無視するな。おい」


 ツンとした表情で、ヴィクトリアは足早に遠ざかっていった。廊下の角を曲ったので、あっという間に姿が見えなくなる。


「あの、ユース様。私……」

 

 ヴィクトリアを追いかけようとしたユース王子を止めようと、そっと彼の腕に手を添える。顔が見れなくて、視線は斜め下。ユース王子のよく磨かれた革靴。


「ん? レティア、ああ。すぐに会いに行けなくてすまなかった」


 離れたところに護衛の女騎士がいる。けれども、私は気にせずにユース王子に抱きついた。

 寂しかった。会いたかった。本心が分からず不安だった。色々な感情がごちゃ混ぜ。

 私の体は勢いよく離された。ユース王子は私の手を握り、引きずるように歩きはじめた。


「ユース様?」


 返事はない。小走りをして隣に並び、ユース王子の顔を覗き込む。不機嫌そうな表情。

 1番近い部屋に入り、暗い室内を無言で通り過ぎて、ベランダへ。

 月明かりで室内よりも明るいベランダ。心地良い風が吹いているが、不穏な空気。

 混乱と動揺に襲われていたら、ユース王子はベランダに出た瞬間、しゃがんでしまった。手は繋がれたまま。


「あの男の手前、我慢していたのに誘惑するな」


 ボソリと呟くと、ユース王子は掴んでいる私の手をギュッと握り締めた。

 腰を落として、ユース王子と目線を合わせる。ぶすくれている。


「あ、えっ? 誘惑? いえ、あの、はい。すみません……」

「私が良いのならなんて、あんな切なげな可愛い顔をして、怒らせたらどうする」

「えっ? はい、すみません……」


 お説教タイムらしい。何故ベランダでなのかは分からない。


「可愛い……」

「へっ?」


 突然抱き締められて困惑。腕の力がかなり強い。密着する体から伝わる熱に、私の心臓はバクバクと暴れ出した。


「可愛い、可愛い、可愛い。レティア……君は本当に可愛いなあ……」


 ユース王子の腕から力が抜けたと思ったら、左頬にキスされた。次は右頬。その後は右耳。吐息がお酒臭いのは、相当飲んだのだろう。この突然の可愛いの連呼、お酒の酔いのせい?


「ユ、ユース様。あ、あの……」


 恥ずかしい。恥ずかしくてならない。


「無理……」


 俯くと、ユース王子は「うえっ」とえづいた。


「ご気分、大丈夫です? あの……」

「結婚とか無理……。最悪……。逃げたい……。気持ちわる……」


 ユース王子の背中をさすろうとした手が止まる。結婚とか無理。最悪。

 可愛いと言ったり、ぶんどられるのは最悪と口にしたのに、結婚とか最悪とは意味不明。

 酔っ払いだから支離滅裂なだけ? 何が本音で、どれが演技なのだろう。


「君を連れてどこかに行きたい……。邪魔ばっかり……」


 髪の毛の先をそっと握られ、顔を覗き込まれる。切なげなユース王子の表情に、胸がキュッと締め付けられた。


「まずはデート。順番があるんだ。君との恋人期間を謳歌しようと思っていたのに、いきなり結婚ってなんだよ……」

「謳歌……ですか?」

「そうだ。デートでうんと笑ってもらって、その可愛らしさを堪能する。最初はそれ。美しい景色を見せて、美味しいものを食べてもらい、喜んでくれそうな贈り物をする。なのに……結婚……」


 ユース王子はカクンと頭を下げた。


「あのー、それは……。そうしましょう? 私もユース様とお出掛けしたいです。それだけで十分なので、贈り物は必要ないです」

「今夜は初夜だぞ。何もされなかったなんて不名誉を君に押し付けるのか? 却下だ。でも最悪だ。少しずつ大事に、大事に積み重ねようと思っていたのに……。無理……」


 ユース王子はディオク王子への文句をぶつぶつ言い始めた。小さな呟きの中、バカ弟とか、許さないとか、やり返してやる、という言葉を聞き取れた。

 

「あの、私も、その、多分キスで限界です。キス自体もその……したことがないですし……。その先は……予備知識もなくて……。先程のように抱きしめられただけで、恥ずかしさで爆発しそうですし……」


 大きく深呼吸をして「だから」と続ける。


「大事に積み重ねるという意見は嬉しいです。それで良いです。不名誉とは何です? 旦那様が私を慮ってくれるというのは、むしろ名誉ではないですか?」


 私はユース王子の顔を覗き込んだ。こういう話しをしたかった。

 勝手に決めつけないで欲しいし、私も彼の考えが分からなくてグジグジ悩み続けるのは嫌だ。

 相手への不信感は、溝を作る。それを、私はロクサス卿とのことで学んだ。

 他人の頭の中は読めないのから、話しをするしかない。怖くても、不安でも、勇気を出さないと、良い未来も悪い未来も見えてこない。

 

 ユース王子は複雑そうな表情で、黙ってジイッと私を見つめ続けた。

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