02 立地条件
私が土地について要求すると、二人は呆けたような顔になります。
そして、先に疑問を口にしたのはマルクリーヌさんでした。
「何故、乙木殿はそのような土地がほしいのですか? これだけのオリハルコンがあれば、貴族街の土地でも買えるでしょう。それに、王都を囲む外壁の外ともなれば、安全の保証が無い。何をするにしても不都合すぎるのでは?」
「はい。普通ならそうでしょうね。しかし、私が土地を欲しい理由から逆算すれば、外壁の向こう側の方が都合が良いのです」
そう言って、私は事情を説明します。
まず、工場を建てるには大きな土地が必要です。王都の中は、どこも既に建物が建っています。多少の空き地はあるでしょうが、工場を建てるには不都合でしょう。
街の中に新しく工場を建てるとすれば、立ち退き交渉やその対価等で、余計な手間がかかります。
また、工場を建てるとすれば騒音、廃棄物、取水等の問題も考えなければなりません。
突然出来た工場から騒音が日夜響いていては、近隣住民はたまったものではないでしょう。
産業廃棄物は処理の問題もありますから、外に作れば解決という話ではありません。ですが、あえて街の中に作っても公害となるリスクを抱えるだけです。
そして、スラム方面の外壁を少し離れたら、それほど大きくはありませんが川が流れています。そこから水を引けば、工業用水の問題は解決します。
こうした複数の理由がある為、私はスラム方面の土地を要求しました。少なくとも、王都の近くでこれ以上に良い条件の土地は存在しないでしょう。
「なるほど、事情はわかった」
マルクリーヌさんは頷きます。
「王都の外の土地であれば、こちらとしても安い支払いだ。是非、この交渉には乗らせてもらいたい」
そして、マルクリーヌさんが手を伸ばします。交渉成立の握手です。私はこれを受けて、がっしりと握り返します。
「ボクの方からも、上にお願いしておくよ。ボクとマルマルの二人で要求すれば、まず間違いなく通るだろうからね。土地は手に入ったものだと思ってもらっていいよ」
「おお、それは助かります。それで、頂く土地の範囲についてですが。できれば川沿いの土地が含まれるようお願いできませんか?」
「もちろん。そこは言い含めておくつもりだよ」
「ありがとうございます」
私とシュリ君は、そうして取引の細かい部分を話し合い詰めていきます。
すると、不意にマルクリーヌさんが笑みをこぼします。
「どうかしましたか?」
「いや。単に、感心していたんだ」
感心、と言われても、思い当たる節がありません。私は理由を問いたげな視線をマルクリーヌさんに注ぎます。
「初めて乙木殿と会った時、不思議な人だと思っていた。そして、この人は勇者の側ではなく、きっと私達騎士団が守るべき人間の一人なのだろう、と感じたよ」
確かに、言われてみればそういう扱いを受けていたような気もします。
「それが、気づけば城を出て独り立ちしていた。守るべき者から、騎士団の根底を支える市民の一人となった。そして今では、こうして対等な交渉事を持ちかけられるほどになっている。いろいろな意味で、今の乙木殿は私にとって対等な友人になった。目まぐるしく変わる状況と、それでいて着実に進歩していく乙木殿を、素晴らしい人だ、とふと思ったのだよ」
マルクリーヌさんは、感慨深げに言います。確かに、最初の出会いから今の状況を想像するのは難しいでしょう。
思えば、随分と私も変わったような気がします。
「ありがとうございます、マルクリーヌさん」
「ふふっ。なぜそこで感謝する。妙なところで感謝する癖は健在のようだな?」
私がふと思うまま言葉を零したところ、マルクリーヌさんは愉快げに笑いました。
笑いどころでは無かったのですが、まあいいでしょう。こうした良好な関係を、可能な限り続けていきたいものです。
「これからも、よろしく頼むぞ、乙木殿」
「はい。よろしくおねがいします」
私とマルクリーヌさんは、再び握手を交わしました。